リップマン侯爵領
リップマン侯爵領はセクター31にある。モンテギュ星系は第4惑星モンテッキを本拠地とし、それ以外にもいくつかの星系を保有している大領主である。
その本拠地であるモンテッキに上陸した俺が最初に抱いた感想は「どこかで見たことある惑星だなー」だ。
見渡す限り広がる荒野、むき出しの岩盤、巨大構造物たる宇宙エレベーターが地平線の彼方に複数本見え、その根元には工場らしいオブジェクトが見えた。
俺が降り立ったのは観光客などを迎える空港直結式の宇宙エレベーターの地上基地だ。いくつもの立体高速道路が地平の向こうまで伸びていて、その周囲に細々とした都市が見えた。そのまたさらに向こうには山嶺と誤解してしまうかのような巨大な構造物があった。
程度こそ違うが、どこか以前、俺が盛大に焼き討ちにしたミドカウザー伯爵の領地を思わせる荒廃具合だ。草木一本とも生えていないひどい風景にゼルドリッツ兄上は絶句していたし、他の官僚団や軍人も絶句していた。
そんな絶句している俺達とは対照的な、煌びやかな衣服に身を包んだ一団が、エレベーターの地上基地のエントランスに到着すると、俺達を出迎えた。
一団の先頭に立つのは茶髪でオールバック、ちょび髭を生やした推定30代くらいの男だ。写真で見たから、俺はその男が誰か知っている。この星の支配者、エリック・エル・リップマン侯爵だ。
「レアン陛下。この度はわざわざお越しいただき、臣は感激に打ち震えております。かような僻地にお越しくださるなど数万の金品に勝る喜びでございます」
大層なことを言いながら、リップマン侯爵は俺の前に片膝をついた。それに倣い、彼の背後にいた部下やら親族やらもそろって片膝をついたり、スカートの裾を持って一礼した。
「リップマン侯爵の歓迎に感謝する。面を挙げられよ」
はっ、と勢いよく返事をしてリップマン侯爵は立ち上がり、差し出された俺の手をうやうやしく握りしめた。
本当に嫌になる。これがつい一週間前は俺に非難の手紙を送った奴だと思うと、余計にその変わり身の速さや、節操のなさに辟易してしまう。
おおよそ一週間前、俺が宛てた偽造公文書への返答がリップマン侯爵から届いた。概ね、俺の行動を非難するものだった。曰く、帝室の跡目争いに巻き込むな云々、西部のことは西部で解決する云々という内容だ。
しかしその翌日、謝罪の手紙が送られてきた。ジェイムズ兄上がオーデル家に与したことを知ったからだ。
この広い銀河帝国で、情報の伝達速度はすこぶる遅い。リップマン侯爵が事態を把握するより早く、俺への非難の手紙を出したのは、侯爵からすればゲボを吐きそうになるおうな凶事だったに違いない。心なしか、写真で見たよりも侯爵は痩せているように見えた
「お疲れでしょう、まずは我が屋敷でゆるりとお休みください」
一通りの挨拶を終え、俺とラナをはじめとした使節団はリップマン侯爵家の大型航空機に先導される形で、侯爵の屋敷へと案内された。自宅に巨大な飛行場があるというのはなかなかすごいな、と密かに俺は関心した。
*
夜、開かれたのはリップマン侯爵の身内を招いての立食形式のパーティーだった。上座に座らされ、侯爵の身内の挨拶と紹介を受けるレアンや、その補佐に奔走するテオを尻目にラナは一人でパーティーを楽しんでいた。
彼女の隣には西部の料理に目を輝かせるクリント達がいた。上司であるキリルがレアンの後ろに侍っているから、護衛の仕事がなく暇なのだ。普段の近衛騎士の衣装を脱ぎ、タキシード姿のクリントを見るのはラナにとっては新鮮だった。新鮮なだけだが。
「ラナも食べたらどうだ、うまいぞ?」
クリントが持っている皿には赤みの肉、おそらくは品種改良されたアオウシの肉が乗っていた。弾力のあるその赤みをもしゃもしゃ食うクリントにラナは呆れた眼差しを向けた。
「あなたね、一応護衛でしょ。護衛がそんな調子でいいの?」
「いいんだってキリルのおっさんがいるし、ノクトだっているんだろ?俺が出る幕はねーさ、それに」
クリントはフォークを皿の上に置き、タキシードの左脇腹あたりをこづいた。コンコンと布地の衣服ではまず鳴らない音にラナは、その下にあるものの正体を察した。
クリントがタキシードの下に隠しているのは携帯型のレーザーブレードだ。ドールの持つ武装を小型化し、対人用に改良した、アンデルセン博士渾身の作品だ。
同じものをラナも携帯している。既存の防犯システムにも引っかからないため、パーティー会場にいるレアン配下の騎士は全員懐に隠し持っていた。
騎士であるラナやクリントでなくてはまず意味がない武装だ。当然レアンも持っている。それでも幼馴染のことが不安でついついラナはレアンに視線を向けていた。
「あれ?そういえばテティスちゃんは?」
「あっち。ヴァニカのねーちゃんと一緒」
いつもならばメイドとして近くに侍っているテティスの不在にラナがあたりを見回していると、クリントがその疑問に答えた。炎髪の女性将校の手に抱かれているテティスが彼の指差した方向にいた。
「テティスちゃんとランシス少将はお知り合い、なのかしら?」
「さぁ、俺が知るかよ。それはそうとほれ、陛下も解放されたみたいだぞ?」
そうみたいね、とラナはレアンの方を見ながら答えた。彼女の主人であるレアンはようやく挨拶地獄から解放されたようで、キリルに運ばせた食事をもりもりと食べていた。
「あの、よろしいでしょうか?」
不意に背後から話しかけてきた声にラナとクリントは振り返った。そこには若いが中くらいの背丈の、二人とそう変わらないくらいの外見年齢の青年が立っていた。
青年は茶髪で、その顔つきはリップマン侯爵によく似ていた。今の侯爵の外見を15歳分若返らせたら、青年とそっくりになるだろう。
「ご歓談中のところ、申し訳ありません。私はロメル・エル・リップマンと申します」
「リップマンということは、キャピュレ侯のご子息であらせられますか?」
ラナの問いにロメルは頷いた。口元には柔和な笑顔を浮かべ、甘いマスクのその顔はラナが生娘であれば黄色い声の一つを上げたかもしれない。しかし、擦れて削られたラナの心には響かなかった。
「いかがですか、我が星の海産物や、肉類の数々は。我が星の名物なのです」
「ええ、大変美味しく味合わせていただいております。このような料理を食べたのは初めてですわ」
「そう言っていただけると幸いです。他にも色々とご用意しておりますので、ご賞味ください」
それだけを言ってロメルはラナ達から離れていった。そしてラナ達とは別の、レアン陣営の人間に接触しまた会話を始めた。
「なんだったんだ、あれ?」
「おそらく、品定めね」
「はーん。それはまた随分なお役目で。招き入れたくせにこっちを品評するなんてさ」
クリントは不愉快そうにエビの殻をバリバリと噛み砕いた。今にもロメルを背後から切りつけそうな殺気を放つクリントを、ラナは軽く蹴って静止した。
「——一番大変なのは多分、レ、陛下よ。あんなところに座らされてお人形さんみたいに。あれじゃぁ侯爵を捕まえて話題を切り出すことだってできないんじゃないかしら」
「なんだってレア、陛下を拘束するんだ?」
「自分達のペースに持ち込むためでしょう、陛下に主導権を握られたら、立場上侯爵達は従わざるを得ないもの」
「つまりなにか?侯爵達はうちらの陛下を都合のいい勢力として使いたい、と?」
そうよ、とラナは断じる。ムカつくな、とクリントは吐き捨てる。相当苛立っているのか、テーブルの上に置かれていた骨付き肉を骨までバリバリと噛み砕いてしまっていた。
ラナは一方で警戒した。このまま侯爵達の思い通りになれば自分の幼馴染ただの傭兵として扱われてしまう。便利使いされる皇帝など、決してよい外聞ではない。例え西部の統一を成して遂げても、栄誉はことごとく侯爵に奪われてしまうだろうから。
「ちょっと席を外すわ。レアンのフォローよろしく」
「おう、任せとけ。って、おい敬称!!」
「うっさいわね。誰も聞いてないわよ」
ぶっきらぼうに、普段の丁寧な口調を捨て去り、つかつかとラナは密かに会場を跡にして廊下に出た。
「何か、情報を得てアドヴァンテージを得ないと」
ドレス姿で歩き回るのは目立つからとラナは化粧室で衣装替えをした。ナノスーツではなく、本物の生地のドレスであるため、いちいち脱がなくてはいけないのが面倒だった。
改めて官僚団の男性官僚が一律に着ている白いスーツに袖を通し、ラナは何食わぬ顔でリップマン家の屋敷を歩き始めた。
リップマン家の屋敷を一言で表すなら、豪奢な屋敷、だ。レアンの住んでいるあの屋敷と比べても数段敷地が広く、それだけ一つ一つの部屋や廊下が大きかった。
屋敷は常に明るく、豪華なシャンデリアがキラキラと輝きを放っていた。壁には絵画が、あるいは壁画が飾られており、その価値を知ることはできない。
廊下を歩くラナを止める者はいなかった。屋敷内を忙しく走り回るメイドや使用人の姿こそあったが、ラナを呼び止めたりすることはなかった。
「うちとはえらい違いね」
慌ただしく一礼してから、脇を走り去っていったメイドの後ろ姿を一瞥しながら、ラナはつぶやいた。
彼女自身に自覚はないが、ラナは帝国でも最高の高等教育を受けている。他ならぬ彼女の教育係が、教養、武術、学問のいずれにおいても、皇帝であるレアンのそれと同一人物なのだから、それは当然と言える。
最高の教育を受けた彼女から見れば、大抵のメイドや使用人、あまつさえ貴族ですら無教養に見える。まして普段からそれが当たり前の感情にいれば、如実に映ることだろう。
「教育にお金が使えない?それだけ、困窮しているってこと?」
ラナが知るリップマン家は多数の鉱山惑星を有している大領主だ。それがメイドの教育すらおぼつかないほど金がない、というのはやや考えられなかった。
頭の中で色々と推測をしながら、ラナは不意に誰かの会話が耳に入った。
「愛しい君。ああ、そうだ。色々と。ああ、うん」
その声には聞き覚えがあった。ついさっき、会ったばかりのロメルの声だ。遮音装置が内臓されているだろう部屋のドアが開いていて、中の声が外に漏れていた。
面白そうだ、と思ってラナは扉に近づき、耳をすました。
「君とはこれきりかもしれない。ああ、僕はリップマン家の人間だ。家を裏切ることはできない。君だってそうだろう?」
痴情のもつれだろうか。いや違うな、と話の流れからラナは断じた。
「ああ、ユリア。悪いが、君との通信はこれっきりかもしれない。父上も兄上も、みんな戦争に乗り気だ。君のところは、ああやっぱりか」
ユリアという個人名が出た。名前からして女性だろうか。ラナは頭の中でその名前を検索したが、該当する人物はいなかった。
「いっそ二人で逃げてしまえばいいのかな。はは、そうだよね。どこへ行くんだって話だよね」
そこまで聞いてラナは音声を記録する機械を止めた。それ以上、聞いても大した収穫にならないと思い、彼女は部屋の前を後にした。
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