オーデル公爵領
オーデル公爵家はセクター14にその領地を持つ貴族だ。本拠地であるキャピュレ星系は第3惑星カプレの他、複数の星系を所有する大領主である。
しかしその領地は決して裕福とは言えない。宇宙から一瞥したカプレは一部をのぞいて赤々とした大地ばかりの、死の大地と化していた。
惑星に数十と形成された巨大なアーコロジーとその周囲の赤く干からびた荒涼とした大地は否応なしにジェイムズにかつてのアンディーク星系が基幹惑星ベルリオズを想起させた。それを不快に思い、ジェイムズは車の中で静かに瞼を下ろした。
ジェイムズとセドリック、二人の皇子を乗せた車は宇宙港からオーデル家の屋敷へ通じている専用の高速道路を走っていた。たかが一個人の屋敷とインフラの要である宇宙港を直通させるだけの高速道路などあるだけ邪魔なだけだが、帝国貴族はそういった非合理を好む。
単に合理を知らないだけとも言えるが。
車が移動すること30分、オーデル家の屋敷に到着した二人が下車すると、玄関で待ち構えている人物がいた。この星の領主、フョードル・エル・オーデルである。黒髪にカイゼル髭、たくましい胸筋の、もしレアンがこの場にいればなんかの風刺画の英国紳士みたいと言いそうな体型の人物だ。
「ジェイムズ全権大使、セドリック特使!!この度ははるばる帝都からよくぞ参られた。我が領は全領民を挙げて、貴殿らの到来を歓迎しますぞ!!」
オーデル公爵の大仰な言葉遣いに身振り手振りにジェイムズは「嘘つけ」と心の中で彼をなじった。
本当に歓迎するなら空港まで出向いただろう。屋敷に呼びつけている人間が、玄関に来て出迎えてもまるで誠意を感じられない。
しかしジェイムズも多少の自制心はある。笑顔を貼り付け、ジェイムズは差し出された手を握った。これも本来はジェイムズが手を出すのを待つべきだ。
「歓迎してくださり、ありがとうございます。西部の統一へ微力ながらお力添えいたします」
「いやはや、帝室のお力がお借りいただけるとは光栄ですな。ささ、まずは屋敷へどうぞ。ささやかではありますが、歓迎の宴を用意させていただきました、さぁこちらへ」
ジェイムズの手を引き、オーデル公爵は彼を屋敷の中に招き入れた。その行動にジェイムズは眉を顰めた。
まるで友達でも来たかのような気やすさだ。仮にも皇族にする態度ではない。
それを指摘しようとしたが、直後は以後からセドリックが肩に手を置いた。振り返るジェイムズに小さく首を横に振り、自制するように促しながら、セドリックはオーデル公爵へ話しかけた。
「オーデル公爵。貴殿の心遣いは大変うれしく思う。だが、ジェイムズ全権大使は長い航海でお疲れだ。休める部屋を用意してくれないか?」
声には力があった。その声は味方であるジェイムズすら萎縮させるものだった。いわんやオーデル公爵など、当然表情筋をこわばらせ、明らかに恐れを覚えていた。
「そ、そうですな。長旅の両殿下に無理をさせてはいけませんからな。——おい、お部屋にお通ししろ」
荒っぽくオーデル公爵は隣にいた侍従に命令した。それから数分後、ジェイムズとセドリックはそれぞれ別々の居室に通された。その居室に通された直後、セドリックがジェイムズの部屋を訪ねた。
「お疲れですか、ジェイムズ殿下」
「セドリック兄上、本当に良かったのですか、これで?」
セドリックが入ってくるなりジェイムズはソファから起き上がって彼に詰め寄った。隠し用のない焦燥感が見て取れた切迫した表情を浮かべるジェイムズにセドリックは大丈夫でしょう、と落ち着いた声で返した。
「その前に。入れ」
セドリックが入室を許可する命令をくだすと、複数の男達が入ってきた。その先頭には壮年の男性が立っていた。
「用意しろ」
セドリックがそう命じると、男達は懐からなんらかの機械を取り出し、それを持って部屋の中を歩き回り始めた。しばらくして、リーダー各と思しき壮年の男がセドリックに「問題ありません」と告げた。
壮年の男がセドリックと会話する傍ら、他の男達はティータイムの準備を進めていた。そしてセドリックが男との会話が終わる頃にはティーポットからカップへ、湯気をほわんと上げた薄緑色のお茶が注がれていた。
「どうやら、盗聴器や盗撮機の類はなかったようです」
「仕掛けられていたらそれこそ大事ですな。防音も問題ないのですな?」
ええ、とセドリックが頷いた。セドリックが呼んだのは彼の生家であるドナ家に仕える暗部組織だ。主に防諜を主任務としていて、近侍の真似事もできる優秀な人材だ。
彼らの淹れたお茶を飲みながら、ジェイムズから話を切り出した。
「噂以上にオーデル公爵は暗愚な領主であるようですな。さっきまでの会話である程度の人となりも見えてきました」
「多弁は金、雄弁は銀。目は口ほどに物を言うとは言いますが、ああもあからさまで取り繕えない貴族というのも珍しいですな。家格くらいでしょうか、誇れるのは」
「かもしれません。あの程度の人物であれば操るのも余裕でしょう」
いろいろ用意した手間が無駄になりました、とジェイムズは残念そうに笑った。しかしすぐに真顔になり、セドリックへ視線を向けた。
「とはいえ、いくらオーデル公爵を操れたとしても、我々から攻めては他の貴族の反感を買います。セドリック兄上はどのようにそのあたりを考えておられるのですか?」
「まぁ、いろいろと。ですがそのためにも我々がちゃんとオーデル公爵を御せるかどうかを見極めなければいけません」
「どのようにして、それを見極めるのです?」
「簡単ですよ、彼が我々を受け入れることを書面なりで残せばいいのです。西部統一に向け、全面協力する、とか」
「なるほど。それはいい手ですね。彼を乗り気にさせればいいわけですから」
ははは、と笑い合いながら二人の皇子はオーデル公爵を傀儡にするための計画を練り始めた。
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夜、歓待の宴が開かれる中、オーデル公爵はジェイムズ、セドリックの二人と密やかな会談を行なっていた。
会談の内容は大まかに二つに分けられる。一つは西部統一のために尽力すること、もう一つは西部統一後は帝国に心中を誓うことだ。
いずれもオーデル公爵その場で即決した。子供同士の約束事と思っているのかとジェイムズやセドリックが疑うほどのフットワークの軽さだ。
「前々から気に入らないと思っていたのですよ。本来であれば、西方の利権などはもっとも家格の高い我が家が有してしかるべきところを、こともあろうに古株だからと残る三家が好き勝手に鉱石の売買を行う現状を」
オーデル公爵の口からはリップマン家やバートン家、リノベル家への恨みつらみがこぼれ出た。それを半ば半眼視しながら、ジェイムズとセドリックは話を聞き流した。
聞いても得にならない話に貸す耳を二人は持ち合わせておらず、ジェイムズなどは家柄だけで公爵位に就いたオーデル公爵をレアンと同じくらい軽蔑していた。それでも味方だからと雑音を撒き散らすことに我慢し続けた。
ジェイムズにとってレアンは真実、唾棄すべき対象だ。レアンが慣例を無視して皇帝となってから、ジェイムズの人生は惨めなものになった。自身が皇帝になっていればこんな惨めな奉公生活をすることもなかった、と愚痴らない日々はなかった。
そうしてしばらくすると、いい加減ワインも飲むのも飽きたのか、セドリックがオーデル公爵に話しかけた。気分よく話していたところを邪魔され、オーデル公爵は隠さず嫌そうな顔を浮かべたが、セドリックの顔を見た瞬間、とりくろって柔和を装った引き攣った笑みを浮かべた。
「オーデル公爵、此度の西部統一を完璧なものとするにあたって、一つ提案があるのですがよろしいですか?」
「おお、一体いかなる企みですかな?」
オーデル公爵は目を細めた。不躾にも皇族の企みを値踏みするその視線にジェイムズは不快感を覚えた。しかし、セドリックは眉ひとつ動かさず、話を続けた。
「此度、公爵が錦の御旗を有することは紛れも無い事実であります。しかし、一部の貴族には無知蒙昧な輩もおりましょう。例えばリップマン家を支持するセクター31の貴族などです。彼らは例え公爵がその権威と武威でもって、栄光を手にいれたとて、文句を言うのではありませんか?」
「そ、そうですな。奴らは長らくリップマン家を支持してきました。あのような地元の豪族上がりを支持する輩ですから、さぞかし残念な頭の作りをしておるのでしょうな」
「そうでしょうとも。そこで私からご提案がございます。お耳を拝借してよろしいでしょうか?」
言われるがままオーデル公爵はセドリックに耳を傾けた。いっそ噛みちぎっちまえとジェイムズは目で訴えるが、セドリックは首を横に振り、密かに企んでいた策をオーデル公爵に伝えた。
「バートン家を利用するのです」
「なんですと?」
オーデル公爵は瞠目した。さしもの公爵も驚きを隠せないようで、思わず持っていたグラスを落としてしまった。急いで駆けつけた給仕が割れたグラスを回収していく中、セドリックはその詳細を、オーデル公爵にもわかりやすい言葉で明かした。
それを聞き、なるほど、とオーデル公爵はほくそ笑んだ。自分の思い描く理想の光景だったのだろう。下卑た笑い声すら奏で始めた。
「ご満足いただけましたか、公爵」
「ええ、満足いたしましたとも、さすがはセドリック殿下。ジェイムズ殿下も。このような策をお持ちになられるとはさすがは皇族の方ですな」
みえすいたおべっかだ。しかし気分が悪いということはなかった。少なくともぞんざいに扱われるよりもずっといい、とジェイムズは素直にオーデル公爵の賛辞を受け入れた。
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