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奴隷商人

 アステラの修行をはじめて早半年、俺は日々修行という名の折檻を受けていた。


 鬼畜という言葉はこのクソジジィのためにあるのだろうと、顔がパンパンに膨れ上がり、仰向けになって芝生の上に倒れた俺は空の青さに涙した。


 ジョナサン・イト・カリフという男を一言で表すなら、猫被りクソジジィだ。普段の紳士然とした態度からは想像もできないくらいのスパルタで俺を、仮にも銀河帝国皇帝を容赦無く模造剣でバシバシ、ビシビシとぶん殴ってきた。


 斬りかかれば、たやすく俺の攻撃はいなされ、肘鉄を打たれる。それで地面に倒れ、立ちあがろうとすればその隙に蹴りを入れられ、容易に立ち上がれない。なんなら時には腹めがけて蹴りを振り下ろすこともあった。


 立ち上がるのも修行と言うが、容赦のなさがもうえげつない。結果として訓練時間のほぼほとんどを俺は芝生の上で寝てすごすようになった。


 「陛下、もう少し真面目にやってもらわなくてはならないと困ります」


 クソジジィが。もう少し手心を加えてもいいんじゃないか?


 まるで駄々をこねる子供を見るような目で俺を見る。俺のことをボコスカ殴っていることを少しも悪びれていないようだった。鬼畜なのだろうか。


 一体何度歯が欠けただろう。その度に再生治療で治し、折られ、治し、折られを繰り返した。骨とかも折られたし、内臓に骨が刺さったこともあった。


 まぁ要するにとんでもなくひどい目にあったわけだ。一種の拷問、ネグレクト、ドメスティックバイオレンスである。


 ばたんきゅーとベッドの上で大の字になった俺にアリーナが軟膏を塗った。顔の腫れを抑える作用があり、浸透させることで、朝起きる頃にはもう顔の腫れが引いているという優れものだ。


 「もう良いのではないでしょうか?」

 「ぁあ?なにがいいんだよ」


 アリーナは救急箱に包帯や軟膏を仕舞いながら、俺の方に向き直った。


 「そも皇帝陛下が剣を持って戦場に立つ時代ではございません。なにゆえ、陛下はそうまでして武力を求められるのですか?」


 アリーナの問いに俺はむすっと不機嫌そうに顰めっ面を浮かべた。


 確かにアリーナの言う通り、普通の皇帝なら武力なんていらない。武芸なんて嗜み程度でいいだろうし、そもそも皇帝の武力とは大量の戦艦、いく億の軍隊だ。個人武力を高めてもどうしようもないというのは、確かにその通りだ。


 だが、それは俺が玉座で安穏としてられたらの話だ。今の俺は安穏とは程遠い。玉座はなお遠い。


 「俺はいつか。首都星に戻る。そして唯一の皇帝として君臨する。それまで、俺は無防備だ。暗殺されるかもしれない。だからこれは俺が、俺自身を守るために必要なことだ」


 「護衛であればキリル殿がおりますが?」


 「キリルは信用してる。でも、キリルだって死ぬかもしれない。俺が皇帝になる前に。皇帝になってからもキリルじゃどうしようもない事態だって起こる。手っ取り早く俺の手で解決するために武力は必要だ」


 武力という俺の言葉にアリーナは片眉を上げてみせた。俺の言葉を疑問に思ったのだろう。


 俺がアステラを習得したとき、それは武力ではなく、暴力となるのではないか、と。


 武力と暴力は違う言葉のようで同じ言葉だ。少なくとも俺はそう考えている。


 俺にとって暴力とは理不尽に振るわれる力の総称だ。その暴力に大義、正義、正当性のガワを被せた力が武力だ。本質は変わらないのに、武力と言えばなんとなく暴力よりもマシなように感じてしまう。言葉のマジックというやつだ。


 俺の命が狙われた時、俺を守る騎士は今は一人しかいない。だから、俺が力をつけるしかない。力さえあれば、少なくとも自分の命くらいは守れるのだから。



 ボコボコに(粉骨砕身)され、ズタズタに(死屍累々)され、ボロボロに(六根清浄)される日々を送る俺ではあったが、常に修行にかまけているわけでもない。ジョナサンとの修行以外にも、俺は統治の勉強をしたり、母親に代わって、旧エールマン家の出身者と会合を開いたりしている。


 その日、俺は午前中に訪れたとある商人からある商品について紹介されていた。


 「皇帝陛下、御尊顔を拝し、恐悦至極に存じ上げます。この度は一介の商人にすぎない私めに謁見の機会をいただき、まことにありがとうございます」


 「名ばかりの皇帝だがな、俺は」


 アンディーク星系に逃げてきて15年が経っていた。30代も後半に入った俺は少しだけ、身長も伸び、心身も大分成長した。ざっくり言えば皇帝っぽい振る舞いをすることが多くなった。


 傲岸不遜で常に不機嫌な名ばかりの皇帝。そんな印象を抱かせるように振る舞うことができるようになった。それがプラスになるかは知らないが、この演技をしていると、なんか気分が良かったので、来客に会う時は進んでこの演技をしていた。


 商人、アブ・ベーコンは俺の偉そうな態度に苦笑する。


 俺とアブはテーブルを挟んで互いに目線を合わせて話している。そもそも皇帝が目線を同じくする相手などいない。この時点で、俺の皇帝としての威厳は死んでいた。


 それに配慮してか、アブは平身低頭で俺に接していた。最低限、俺を敬う気持ちがあるところに好感が持てた。単に俺の後ろに控えているキリルが怖いだけかもしれないが。


 「それで?商品とはなんだ?」


 アブは古くからエールマン家と懇意にしている商人だ。エールマン家の没落によって彼の商会は大分落ちぶれたらしいが、それにも関わらず義理堅くエールマン家に商品を卸してくれていた。


 「ははぁ。実はこちらの商品を陛下に進呈いたしたく」


 そう言ってアブはコンパクトな情報端末を俺に差し出した。円形のマークが描かれたマジックペンくらいの大きさで直方体の機械だ。


 俺が円形のマークを撫でると、半透明のホログラフィックディスプレイが現れた。そこには白髪銀目の少女が映し出された。


 外見は10代前半、俺と変わらないくらいだろう。均整の取れた顔立ちをしている。だが、なんと言えばいいのか。ものすごく目つきが悪かった。ものすごく俺を睨んでいた。


 「なんだこ」

 「どういうつもりだ、アブ・ベーコン!!!陛下にこのようなものを見せるなど!!」


 俺が発言するよりも早く、キリルが会話に割って入ってきた。その横顔には怒りを滲ませ、今にでも右手の義手でアブの顔面にストレートパンチを叩き込んでしまいそうだった。


 「キリル、落ち着け」

 「しかし、陛下!これはチェネレント人ですよ!?帝国内における彼らの立場はご存知でありましょう!!」


 「ああ、知っている。馬鹿馬鹿しいとは思うがな」


 キリルの言うチェネレント人とは、チェネレントという惑星に土着していた人々の総称だ。生まれつき、ミクロコードが活性化している彼らは平気で700年以上を生きることができる。数多いるヒト型知的生命体の中で、これほど長生きできる人種はチェネレント人だけだ。


 そのチェネレント人は銀河帝国では差別対象だ。ある種の因習のようなもので、外縁星系(アウター・ユニヴァ)辺境星系(バンダー・ユニヴァ)では廃れてはいるが、首都圏では根強い差別が残っている。


 当然、アブもそのことは知っている。それにも関わらず俺にチェネレント人の少女を見せてくるということは何か目算があるのだろう。


 まずは話を聞いてみよう。その話に納得できなければ、アブを切り刻んでしまえばいい。


 「アブ・ベーコン。どうして俺にチェネレント人の少女を見せた?奴隷にでもしろ、と?」


 俺の問いに汗をだらだらと流しながらアブは答えた。


 「はい、陛下。実は風の噂で陛下がアステラの修行をしている、と聞きました。アステラはその修行をする上でどうしても実戦が必要となります。そのために」


 「実験体を用意した、か。随分と容赦のないことを考えるな」


 「奴隷と申しましても上級、下級とございます。上級は年季が明ければ元の場所へ帰さなくてはなりませんが、下級は違います。今回ご紹介させていただいたチェネレント人(ブラッシュ)は後者でありますから、いかように扱っていただいても構いません」


 アブの声には恐怖が滲んでいるが、言葉への嫌悪感はない。チェネレント人を差別用語である「白洗剤(ブラッシュ)」と呼ぶところからもそれは明らかだろう。


 俺はアブの提案に少なからず嫌悪感を覚えていた。不愉快でもあった。


 奴隷を売るというのが、そもそも現代日本にいた俺からすれば常識を疑う話だ。あまつさえ、実験体扱いなど、前世でひどい扱いを受けた俺からすれば憤慨ものだろう。


 ただ、ここは貴族制が存在する銀河帝国だ。アブからすれば、この差別をするというのは息をするくらい普通のことなのだろう。


 だからここで俺がただ不快だ、というだけでアブに激昂するというのは彼からすれば理不尽だ。


 俺は理不尽が嫌いだ。俺自身が理不尽にさらされてきたからだ。だからアブに怒りをぶつけることはしない。ただ、こいつの俺の中での評価が最底辺に行くだけだ。


 「——わかった。買い取ろう。名前はなんだ?」

 「名前?なぜ、そんなものを聞きたがるのです?」


 「名前がないと呼ぶ時に面倒だろう」

 「な、なるほど。ですが私めはこのブラッシュの名前は知りません。ただ『D50-215』と呼んでおります」


 「ちっ。まぁいい。とにかくそのD50-215を連れてこい」


 かしこまりました、と会釈し、アブは大急ぎで退室した。


 残った俺はキリルに確認する。


 「アステラの修行には実戦が必要なのか?」

 「はい、陛下。往々にしてアステラは他者へ向けることが多い技術です。慣れるために実戦は必要です」


 しかし、とキリルは俺から視線を逸らし、言い淀んだ。


 「なんだ?なんでもいい、言ってみろ」

 「は。陛下のアステラは特殊でありますれば、通常の実戦訓練は不可能であります。しかるに」


 「俺のアステラを受ける相手がいる、か。それって使い捨てだろ?」

 「おっしゃる通りです。アブ・ベーコンの思惑としては、今後とも継続的に下級奴隷を買わせるつもりなのでしょう」


 「いっそ、あいつを実験体にするか?」

 「おたわむれを。現在、アブ・ベーコンの商会は陛下が唯一交渉可能な商会です。また、陛下のお母上も懇意にされておりますゆえ、陛下の一存では」


 陛下、陛下と呼ばれるのに俺には実権がないようだ。仕方ないことだが、不快ではある。


 「そういえば、あいつ。アステラのことを知ってたな」


 席から立ち上がり、去り際の雑談の話題を振る。キリルはそうですね、と返した。


 「アステラ自体は別に機密でもありません。あくまで、一般認知度が低い、というだけです」

 「俺の元いた宮殿の書庫にはなかったぞ?」


 「あの宮殿にある文献は基礎教育レベルですので、学術書の類はございません。ネットワークからも遮断されているため、陛下のお目に触れることがなかったのでしょう」


 小学校の図書館で小学生用三国志は見つかるけど、ポプラ社の三国志が見つからない、みたいなものだろうか。よくわからない例えかもしれないが。


 とにかく、これまで俺が秘匿技術だと思っていたものは存外、ありふれた知識だったということか。


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