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西部攻略を目指して

 銀河帝国を抱くアルガダ銀河は四つの領域に区分される。すなわち、首都を置く中央星系(ミドル・ユニヴァ)、その周辺である近縁星系(インナー・ユニヴァ)、その外周である外縁星系(アウター・ユニヴァ)、そして辺境である辺境星系(バンダー・ユニヴァ)の四つだ。


 この時、帝国の東部やら南部やらは外縁星系、辺境星系の星系群を指す。逆に近縁星系以内の星系群は、中央と呼ばれている。


 なぜ、俺が今星系の区分やらに言及しているかと言えば、それは今俺の前にある議題が、帝国の西部に関する議題だからだ。かいつまんで言えば、帝国西部に進出しよう、という話だ。


 「まず初めに、帝国西部は、長らく希少な鉱物資源の産出地として帝国の発展に寄与しておりました。近年、鉱物資源の高騰により、その需要性は増しております。西部の獲得は市場需要を満たすことはもちろん、偽帝を掲げる旧帝国の物資事情を圧迫し、来る大戦に向け消耗を促すことを約束するものであります」


 ホロスクリーンをバックにして、国民部尚書であるルードヴィッヒ・ウォーハイトが長々とプレゼンテーションをしていた。普段通りの、どこか気の抜けた声で力説されるのは西部を手に入れた時に、俺の勢力が得るメリットについてだ。


 プレゼンテーションが始まって15分後、どうかこの事実をご考慮した上で論議ください、と締め括って提案者であるルードヴィッヒは着席した。その顔には辟易した表情が見てとれた。


 実を言えばルードヴィッヒがこの話をこの会議室でするのは6回目だ。毎回言い回しは変わっているが、基本的な内容は同じだ。いい加減同じ説明を何度もすることに辟易しているのか、最後の方は少し苛立ちが混じっていた。


 『もう何度となく議論されたことではありますが、いい加減決めてしまいたいものですな。こう何度も議論を重ねる話かどうか、むしろそちらを議論する羽目になりそうでなりそうで』


 苦言をこぼすのは傷だらけのスキンヘッドの大男、ホロス星系の領主であるグラウジ・エル・ドーア伯爵だ。彼は帝国東部のセクター36の貴族を代表して出席している。ちなみに彼はホログラムでのリモート出席だ。


 ドーア伯爵の他にも東部、南部の各セクターを代表する貴族達が会議に出席している。実際にこの場にいる者もいれば、リモート出席である者の割合は半々くらいだ。


 「ホロス伯、これは議論を重ねるべき議題であると小官は愚考します。少なくとも、軽々に決めるべきではありません」


 会議室の反対側から飛んできた非難の声にドーア伯爵は、顔をしかめた。しかしそれ以上何かをするということはなかった。


 ドーア伯爵の苦言に対して苦言を重ねるのは獅子のような険しい外見の男、ゴッドハルト・ランスターだ。俺のもとで元帥として辣腕を振るっている、元帝国少将だか中将だ。


 過去、何度となく貴族の無茶振りに振り回されてきたゴッドハルトは貴族に噛みつきがちだ。噛みつかれた相手がドーア伯爵でもなければ、激しく怒り出したかもしれない。


 「現状の問題は支配域の拡大による兵站と防衛か」

 「御意、陛下。支配域が増えればそれだけ守るべき要所が増え、こちらの負担が増加します」


 ゴッドハルトが頷いた。俺も同じ考えだ。今すぐ西部攻略に挑むべきではない、と。他の貴族達も同じような考えだ。


 しかしルードヴィッヒはまた違った考えを持っていた。議論が煮詰まった頃、ルードヴィッヒが取り出したのは試算表だ。今後50年の経済発展をシミュレーションしたものだ。


 「現在、レアン陛下の治める帝国は急速な開拓事業と、軍需産業の隆盛による、好景気状態にあります。しかし、これは一過性のものであり、長期的な視座に経った場合、旧帝国との経済競争で敗北する確率が高い、と試算されています」


 「初めて見る資料だな。この会議のために試算したのか?」


 「御意。——話を戻します」


 そう言うルードヴィッヒの顔をよく見ると隈ができていた。それでも快活さを感じるのはこいつが数字中毒だからだ。


 「将来的に我々が欲するのは帝国全土の掌握とそれによる内政の充実であります。他方、現状の状態を維持したままではそれが困難であると試算されているのですから、先んじて行動すべきです」


 『そうは言うが、西部を暴力的であれ、平和的であれこちらの支配下に置くのは並大抵ではあるまい。俺はそこまで詳しいわけではないが、西部貴族の仲の悪さは有名だぞ』


 なぁ、とドーア伯爵は隣の席の貴族に同意を求めた。その貴族は南部の貴族で、西部とはご近所関係にあった。強面のドーア伯爵に話しかけられ、その貴族はおっかなびっくりしていたが、まぁそうですね、としばらくして肯定した。


 「それは些事です。あくまで彼らが忠誠を誓うべきはレアン陛下であり、何も我々は彼らに手と手をつないで、一緒にケーキを作れなどと言うつもりはないのですから」


 「手をつないでたら、ケーキは作れないだろ」


 俺の揚げ足取りに議場がざわめいた。嘲笑めいたものまで聞こえた。しかしルードヴィッヒは気にする様子はなく、俺に向き直り、どうかご裁可ください、と言った。


 このままだと議論は平行線だ。仲の悪いご近所さんのところへ出向くなど、犬も食わん愚行だろうが、同じくらい来る破滅をのんびり待つのもまた愚行だ。嫌な二者択一、どちらを選んでも俺の手は大火傷だ。


 ならばマシな方の火傷を選ぶしかない。手の平だけの火傷か、全身大火傷かと問われれば間違いなく前者を選ぶだろう。


 「わかった。ルードヴィッヒの提案を受けよう。ただ、慎重に進めろ。なるべく、混乱が少なくなるようにコンパクトな計画を立案しろ」


 「御意。遡及に取り掛からせていただきます」


 それで今日の最初の議題は終了した。続く議題は物流の安定化についてだ。



 一通りの議題が終わり会議室を後にした俺はその日、ゼルドリッツ兄上の邸宅を訪れていた。


 ゼルドリッツ兄上は帝国の第8皇子だ。とはいえ、現在はその地位も有名無実のものであり、後援者であるドロム侯爵の領地を離れ、俺の惑星に居を構えていた。


 もっぱら、俺とドロム侯爵のお金を使って芸術活動に勤しむ豚ニート、そう形容してもいいかもしれない。


 屋敷を訪れた俺はそのまま、ゼルドリッツ兄上の作業場に通された。いくつもの石膏像が置かれた大きな部屋で、その中心の日当たりの良い場所でゼルドリッツ兄上が彫刻を行う職人を見上げ眺めていた。


 「ゼルドリッツ兄上、ご気分はいかがですか?」


 弟気分で話しかけると、俺の来訪に気がついたゼルドリッツ兄上は恐縮した様子で姿勢を正し、汗をぬぐった。


 「こ、これはレアン陛下。ご挨拶が遅れ申し訳ありません!!このような場所に御身が行幸なさるとは思いもよらず」


 「ああ、そうだろうとも。だからこうして兄上の元を訪れたんじゃないですか」


 「へ?えっと、それはどういう?」


 しどろもどろになり、汗をかくゼルドリッツ兄上を面白おかしくからかっていると、後ろに立っていたラナが俺の背中をこづいた。早く話を進めろ、ということだ。


 「今日はゼルドリッツ兄上を旅行に誘おうと思って、こうして参ったのですよ」


 「りょ、旅行?陛下はどこかへ行幸なさると?」


 「そうとも。ゼルドリッツ兄上にも馴染み深い場所へな」


 「は、はぁ?」


 ゼルドリッツ兄上は最初、ドロム侯爵の領地ですか、と聞いてきたが、俺は首を横に振った。なんだって、今更になって南部のドロム侯爵の領地に行かねばならんのだろうか。


 俺が無意識下に出したクイズにゼルドリッツ兄上は答えがわからず、観念して解答を聞いた。俺は胸を張って答えた。


 「西部だ。兄上は西部にゆかりがあっただろう?」


 それを聞いてゼルドリッツ兄上は破顔した。さっきまでの暗い表情はどこへやら、興奮した様子で頬を赤らめ、口角を上げた。


 見るからに喜んでいるとわかるゼルドリッツ兄上を、その丸々とした外見も相まって俺はかわいいな、とこの時初めて思った。もっとも、別にゼルドリッツ兄上を喜ばせたいから、連れて行くわけではないのだが。


 「実は公務で西部に行くことになりまして。土地勘のあるゼルドリッツ兄上から色々とお話しを聞きたいのですよ」


 「なるほど。それでですか。わかりました。皇族の名に恥じぬガイドをお約束しましょう」


 前向きに快諾したゼルドリッツ兄上の笑顔を見ながら、俺はわずかばかりの罪悪感を覚えずにはいられなかった。おそらく、ゼルドリッツ兄上が考えているそれとは別の情報を俺は欲しているからだ。


 帝国西部は有数の鉱物資源の産地であると同時に、自由芸術の土地でもある。その全域がというわけではないが、特にリノベル伯爵家を中心としたセクター19は帝国有数の芸術のセクターとして有名だ。


 帝国中央の芸術作品が古典主義的な、王家礼賛の作品ばかりであるのに対して、西部のそれは惑星アートだとか、銀河ラッピングとか、そういう大規模な芸術活動をはじめ、さまざまな芸術活動が奨励されている場所といってもいいだろう。


 それでも反国家的な、王室批判や貴族批判めいたものは禁止されている。当然と言えば当然だ。


 ゼルドリッツ兄上もそういった新しく、先鋭的な芸術の息吹を感じたいと思っているのだろう。しかし、俺の目的は芸術鑑賞ではない。あくまで西部攻略の一助とするための、極めて実務的な外遊だ。


 ——だから、まぁ。喜び浮かれるゼルドリッツ兄上には悪いが、多分兄上の思い描いている楽しい芸術学校の修学旅行にはならないということだ。


 そうと知らずに浮かれているゼルドリッツ兄上は見ていて、哀れなピエロだった。


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