プロローグ——午後のティータイム
俺はレアン・ハイラント・ソル・アルクセレス。アルクセレス朝銀河帝国の第10代皇帝である。そんな俺の生い立ちを軽く語ろう。
俺はかつて、信じていた人間、愛していた人間に裏切られた挙句、刑務所行きになり、出所後に諸々の口封じのため、廃ビルの屋上から投げ落とされたという過去を持つ。自分で言うのもなんだが、中々にハードなライフを歩んだな、と思う。
死ぬ間際、俺はある人物によって救われた。そいつはネイズラハットと名乗り、ガラス細工の人形の姿をしていた。神なのか、悪魔なのかわからないが、ともかくも別次元の超存在であることは確かで、俺を異世界にある銀河帝国の皇族として転生させた。
そういえば、最近はまるで姿を見せないが、元気しているだろうか。閑話休題。
ともかくもその後もなんやかんやあって、俺は20歳で皇帝となった。銀河帝国を含む銀河世界は平均寿命が500歳ほどで、20歳というのは元の世界で言うところの10代前半か下手したら未就学児という扱いだから、俺の皇帝即位は前世で言うところの、徳川家継や安徳天皇みたいなものだ。実権は俺の母親とその生家が握っていた。
しかし何段どころか、百何十段も飛ばした即位だ。それを快く思わない奴らもいるもので、ソフィアという顔の怖い皇女様が俺をはるか辺境の星系に追放してしまった。
その星系で自堕落に時を謳歌すること20年以上、俺が40代になった頃、俺に転機が訪れた。
星系を支配する代官を追いやり、星系を乗っ取ったのだ。
以後、今に至るまで俺は勢力を拡大していった。そして今、俺の支配域は帝国の東部、南部にまで達した。
*
午後の昼下がり、アンディーク星系は基幹惑星ベルリオズで俺はささやかなティータイムに興じていた。
俺の相手をするのは侍従武官であるラナ・ニキャフ、配膳を務めるのは専属のメイドであるテティス・リンドハルトだ。
ラナは白髪鋼目のすらりとした身長の少女だ。彼女はチェネレント人という被差別民族で、俺とは契約関係にある。おおよそ30年以上、俺に仕えている幼馴染のようなものだ。50を超えてからさらにその美しさに磨きがかかり、俺としては美人を侍らせられていい気分だ。
対してテティスとの付き合いは短い。さらさらの亜麻色の長髪と宝石のように翡翠の瞳を持つ彼女はまだ20代半ばで身長も高いということはない。彼女は俺がかつて色々あった惑星の出身で、訳あってメイドとして俺に仕えている。
洗練された所作でラナはティーカップに口をつけ、一口飲んでから、それをソーサーに置いた。そして美しい顔で紅茶を淹れたテティスに「美味しかったわ」と微笑んだ。
褒められたテティスは笑顔を浮かべ、恐縮ですと頭を下げた。
「紅茶なんて誰が淹れても同じだろ」
女子二人のイチャイチャに俺は悪態をつく。すると、机の下でラナが俺の脛を蹴り上げた。
「痛い」
「せっかくテティスちゃんが淹れたものにケチをつけるべきではありませんわ、陛下」
ラナが俺を半眼視する。臣下として最低限の言葉遣いはしているが、この場にテティスがいなければ俺の脛を折っていたかもしれない。三つ子の魂百までと言うし、幼少の頃から気質は変わっていなかった
俺達二人が睨み合うと、テティスがわたわたと交互に俺達を見た。小動物のようで可愛らしくもっと見ていたかったが、ここは申し訳なさが勝った。それはラナもらしく、俺が彼女に退室を促す前に、ラナの方からテティスを退室させた。
「テティスちゃん、かわいそう」
退室したテティスの後ろ姿を見送ったラナが、視線で俺を刺した。胸の辺りにうずきを覚えたが、俺は平静を装い、カップに残った紅茶を一口で飲み込んだ。
「下品よ」
「誰も見ていないし、いいだろ」
誰に遠慮するでもなく、俺はケーキスタンドに乗った天然物のケーキを手づかみで頬張った。
「うん、やっぱ合成調味料でないケーキは美味いな」
「お行儀の悪いことで。アリーナが見たら鞭を片手に襲いかかってくるんじゃない?」
ラナの嫌味に俺はそうだろうとも、と頷き返した。
アリーナとは俺の教育係だ。今はメイド長としてこの屋敷の管理と、新人の育成などをしている。もう一人、ジョナサンという執事がいるが、彼はアリーナほど行儀ごとにうるさくはない。
「こうして、天然の砂糖や、ミルクをふんだんに使ったケーキが食べられるっていうのも、物流が安定化した証拠なのかしら」
「だと思うぞ。ここ数年はとにかくその辺にかかりきりだったからな」
ケーキの甘味を噛み締めながら、俺はここ数年で起こったことを振り返った。
ことの発端は6年前、俺の政敵であるソフィアが俺の影響が強かった帝国東部の農産物の国内外での流通を禁じる発布を発令したことだ。輸出はもちろん、国内での流通も禁じたこの発布は帝国内部に波紋を呼ぶに十分だった。
それに加えてソフィアはさらに工業製品にも厳しい制約を設けた。事実上、帝国東部を帝国の経済圏から切り捨てるに等しい蛮行は、当然帝国東部の貴族の反感を呼んだ。
貴族達の抱いた反感は、そのまま俺の力となり、帝国東部、次いで帝国南部が旧来の銀河帝国から事実上独立したのが現在の帝国だ。必然、独立した星系群は独自の経済圏を構築する必要があり、新たな貨幣制度、徴税制度の制定にはじまり、物流の整備や新たな星系の開拓などとにかくやることは山積みだった。
前世日本なら人材や技術の面でパンクしそうな話だが、ここは人類の技術が遥かに進歩し、人があふれにあふれた銀河世界だ。ある程度、道筋を作ってやればあとは、人的資源と技術のゴリ押しでどうにかなる。
——もとい、どうにかなってしまった。
その結果が今、俺の前に置かれたケーキや紅茶だ。いずれも合成調味料や合成食品を一切使わず、天然物の砂糖、ミルク、フルーツのみを使ったデザートだ。
天然物だからいい、とか、合成食品だからダメ、という話ではない。食べたいものを食べたい時に食べられること。それこそが裕福の象徴、平和の証だろう。
もっとも、この状態でずっといいか、と言われれば答えはノーだ。
現在、ソフィが支配する帝国と、俺の帝国との間に明確な武力衝突はない。しかしそれは協定や条約によるものではなく、ただどちらも戦争をしている余裕がないから、武力衝突がないだけに過ぎない。
遠くない未来、俺はソフィアと雌雄を決する大戦争を行うだろう。その戦いに勝つためにも、今は力を蓄える必要がある。
その決意を胸に抱き、俺はこの日三つ目のケーキを口の中に放り込んだ。
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