表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/67

アステラ②

 先生が死んだ。


 体がぐずぐずに崩れ、まるで霜柱かのように人としての原型を留めないままに、崩れてしまった。


 何が起こったのか、わからない。なんで先生があんな姿になったのかもわからない。ただわかることが一つだけある。それは先生を殺したのが俺だということだ。


 気がつくと、俺は自室のベッドの上だった。体を起こすと、あちこちが痛んだ。筋肉痛だろうか、それともアステラを使った後遺症だろうか。まぁ、とにかくベッドから立ち上がれないくらい、体がとにかく痛かった。


 「お目覚めになられましたか、陛下」


 扉を開け、中に入ってきたのはアリーナではなく、執事のジョナサンだ。ナイスシルバーな老執事で、その手にはティーセットが乗ったトレイを持っていた。


 「本日より、アリーナに代わって私めが陛下のお世話をすることとあいなりました。よろしくおねがいします」


 挨拶もおざなりなまま、ジョナサンは自分がここにいる理由を俺に教えてきた。一方的ではあったが、なんとなく彼がいる理由が伺い知れた。


 「きっとアリーナも怖かったんだろうな」

 「いえ、それは違います。陛下の担当を変えるように仰られたのは母君です」


 「母が。そうか、世話になった侍女長を俺に殺されたくはないか」


 答えられないのか、ジョナサンは口をつぐんだ。きっと正解なんだろう。


 「先生は、先生は、死んだんだよな?」

 「はい。ほぼ即死であった、と」


 肉体が下手なスプラッタ映画に出てきそうなくらいぐちゃぐちゃだったのだ。あれで生きていたら、それはそれで不幸だろう。


 改めて先生が死んだと聞かされ、俺は自分がしたことを自覚した。やっと自覚できたという表現が正しいかもしれない。


 クソ、なんなんだよ、これ。


 自分の両手を見て、俺は乾いた声で笑った。


 人を簡単に殺せる。そんな力が自分にあるなんて。まったくひどい話だ。


 前世、俺は簡単に殺された。だから今世では抵抗できるようにと剣術を習った。おおよそ15年、半生を賭して剣術を身につけた。


 こんな力があるなんて知っていたら、初めから剣術なんて習わなかった。先生とも会わなかった。


 どうして俺にこんな力があるって教えてくれなかったんだ、ネイズラハットは。知っていれば。


 「ああ。クソが」


 わかっている。意味がない罵倒だと。俺がいくら誰かに責任転嫁をしたって、手をくだしたのが俺だってことは変わらない。


 変わらないんだ。


 「陛下。紅茶でございます。本日の銘柄は」

 「いらない。一人にしてくれ」


 「かしこまりました。御用がございましたらお呼びください」


 会釈し、ジョナサンは退室した。残った俺はたただ嗚咽をもらした。



 自分が嫌になった。自分という存在を殺したくなった。いっそ死んでしまおうかとすら考えた。


 そう思って何か道具はないか、と部屋の中を探したが、ナイフやハサミといった刃物になるものは部屋の中にはなかった。きっとジョナサンがあらかじめ回収したのだろう。


 仰向けになって俺はベッドの上に倒れた。


 「舌を噛む、とか?」


 前世では舌を噛み切るほどの力はなかった。でもこの世界なら舌くらいは簡単に噛み切れる。


 ——だから、舌を噛み切った。


 舌先がなくなって、徐々に血が溢れ出す。意識が遠のいていく。やっと死ねる。



 そう思っていたのに、死ねなかった。


 舌を噛んでまもなく、様子を見にきたジョナサンによって助かった、と聞いた。銀河世界の救命技術はすごいもので、噛み切ったはずの舌もすぐに再生されてしまった。


 自殺を図ったこともあって、目が覚めた俺はさるぐつわを噛ませられ、両手は手錠で拘束された。


 ご無礼をお許しください、と手錠を嵌めたジョナサンは俺に謝罪する。謝罪するくらいなら、手錠をはずせと目で訴えたが、すげなく断れた。


 俺が目を覚ましたのは舌を噛み切ってから一週間後だそうだ。先生が死んでから十日後のことだ。


 誰か見舞いに来たのか、とベッドのそばに置かれたペンを使ってジョナサンに尋ねる。ジョナサンは母が訪れた、と言った。とても心配していた、とジョナサンは言った。


 母が俺を心配したのは別に俺が好きだからとかではないだろう。皇帝である俺が死ねば、自分の立場がなくなるからだ。


 それにしても、他の兄弟は来なかったのか。ジェイムズ兄上達が来なかったのはともかく、アリンまでも来なかったのは予想外だった。


 「アリン殿下はお母上に止められたため、お見舞いに伺えなかったと聞いております」


 どうだか。母がそこまで子供に気を配るだろうか。まだ首都星にいた時ならともかく、今はこんな僻地に押し込められている。子どもへの愛情なんてとうの昔に尽きているだろう。


 ジョナサンはその文を読んで悲しそうに眉を寄せた。


 俺のさるぐつわが外されたのはそれから半年が経ってからのことだった。医者の判断で、精神的に異常はない、と判断されたからだ。


 「ようやく、まともに喋れる」

 「おめでとうございます、陛下」


 ジョナサンに祝われても嬉しくない。医者の判断なんてそれこそ嘘っぱちなのだから。


 今度はもっと目立たないところでやろう。そう決意して俺は作り笑いを浮かべ、愛想良くジョナサンの問いに答えた。


 「時に陛下。陛下におかれましては今後、再びご自害を試みられるおつもりでしょうか?」

 「なんだ、その質問は」


 心の中を見透かされたようだった。老人には子どもの考えなんてお見通しということだろうか。だから、隠そうとせずに俺はジョナサンの問いを肯定した。


 「——俺は先生を殺した。そんな俺がどうして、生きたいなんて思えるんだ?」

 「カウシル卿の件については残念でした。しかし、陛下がお気に召されることではありません」


 「俺が、俺の手で殺したのにか。俺が、人殺しをしたのに、か?」

 「異なことをおっしゃいますな。陛下はいずれ玉座に戻ると意気込んでおられたのに、一人の犠牲になぜそうまで取り乱されるのですか?」


 ジョナサンの言葉に不快感を覚えた。まるで先生の犠牲をちっぽけなものと言っているようで、気分が悪かった。


 「人が傷つくのが怖いとおっしゃるのであれば、セーベル卿はどうでしょうか。陛下を守るために爆弾の前に姿を晒しました。にも関わらず、陛下がセーベル卿を気遣ったことはありません」


 「キリルの傷は、俺のせいじゃない」


 「いえ、同じことです。陛下が皇帝たるがゆえに、セーベル卿は傷つき、カウシル卿は亡くなられました。陛下の責任であります」


 「うるさい」


 「ご気分を害することを承知の上で申し上げます、陛下。陛下はカウシル卿に特別な感情を抱いていたのではありませんか?」


 「うるさい!!敬愛していたんだ、当然だろう!!それを、そんな人を自分の手で殺したんだ!!なのに、何も気にするなってお前は言うのか!?」


 俺が叫ぶと、ジョナサンは目を細め、首肯する。


 それはまるで俺に機械みたいになれって言っているようだ。そんなの、前世で俺を嵌めたクソ政治家と同じじゃないか。


 「敬愛なさるのは大いに結構です。陛下のお気持ちを一臣(いちしん)である私が決めることは恐れ多いことであります。なれど、責任を強く意識するあまり、自暴自棄になられては困ります。陛下はいずれその命令ひとつで何万、何十万、あるいは何億もの命を左右する立場に座すことになるのです」


 その度に泣かれては困ります、とジョナサンは言った。


 「じゃぁ、俺に先生のことはもう忘れろって?」

 「責任は責任のままにそれを痛感なさるのは陛下のご自由になさればよろしいでしょう。しかし、過度に責任を感じるべきではありません」


 責任を感じること。それは否定されない。ただ、入れ込みすぎるな、とジョナサンは言う。


 「それは、なんていうか、辛いな」

 「皇帝とはそのようなものであるとこのジョナサンは考えております。無論、あくまで非才なるこの身の戯言にすぎませぬが」


 「——いや、いい。そうだな。そうかもしれない」


 先生の死について、俺は責任を感じなければならない。でも過度に想ってはいけない。


 ——さよなら、先生。今は、胸の内にこの感情を閉まっておこう。



 「すまなかった、ジョナサン。少し取り乱していたようだ」

 「さしでがましいことを申し上げましたこと、ここに謝罪いたします。陛下が首を刎ねるとおっしゃられるなら、、臣は」


 「いいよ、もう。それより、新しい剣の指南役が欲しい。アステラの修行も再開したい」

 「はい。ですが、それは厳しいかと」


 「俺が名ばかりの皇帝だからか?」

 「いえ、単純に剣を教えられるほどの騎士で、暇なものがおそらく帝国には今いません」


 は?一応、銀河ひとつを支配している銀河帝国だぞ、ここは。どうして騎士の一人もいないんだ?


 「2年ほど前から帝国は隣国の合同共和国へ遠征を行なっております。その戦争が激化しているため、帝国内には余っている騎士がございません」


 ジョナサンから聞いた話をまとめるとこうだ。銀河帝国に隣接する別の銀河国家である合同共和国の示威行為に対して、帝国は共和国へ宣戦布告。その戦争が泥沼化して、現在の帝国にはまともな教官がいないのだとか。


 「主だった騎士の教官は首都星にて、後進の育成に縛られておりますれば、辺境に送れる余裕はございません」


 なるほど。というか、俺はその話知らなかったんだが?なんで、俺は皇帝なのに自分の国が戦争をしていることを知らされてないんだ?


 「母君より口止めをされておりました。陛下を俗事でかかずらせるな、と」

 「俗事って。戦争って俗事か、普通?」


 「お答えいたしかねます」


 なんだかな。俺としては政敵であるソフィアが疲弊するから別にいいが、巻き込まれた帝国の臣民にはたまったものではないな。


 「じゃぁ、しばらくは剣術の稽古は無理か」


 俺がそう言った時、ジョナサンが思案顔を浮かべた。


 「ひとつ、提案がございます」

 「なんだ、ジョナサン。いい提案なら聞いてやるぞ」


 「はい、陛下。この老骨に、陛下のアステラを鍛えさせてくださいませ」


 「は?お前が?」


 はい、とジョナサンは頷いた。


 「お前、騎士だったのか?」

 「昔のことにございます。若かりしころは放浪騎士として数多の戦場を駆け回っておりました」


 「えー?まじ?」

 「真剣と書いて、マジでございます」


 にわかには信じられない。目の前のナイスシルバーでダンディズムすら感じるイケメン老執事が、若い頃は戦場で暴れ回った剣士というのは中々、イメージが合致しない。


 どう見ても平安美人な会社の御局様が、昔はミスコンで優勝したこともあるのよ、と前世のなんだったかの式典で言っていたのと同じと考えればいいのだろうか。


 まぁとにかく信じられなかった。


 「本当にお前が騎士だって言うなら証拠を見せろ。使えるんだろ、アステラ」

 「ご随意のままに」


 そう言ってジョナサンは執事服の内ポケットから指輪を取り出した。手袋を取り、それを人差し指に入れる。直後、ジョナサンの体から虹色の光が迸った。


 「陛下。いかがでしょうか?」

 「あ、ああ。理解した。確かにお前は騎士だ」


 というか、光の色が俺と同じなんだな。なんだか、親近感を覚えた。


 「すでに老兵ではございますが、剣術の手ほどき程度であれば、問題はないと思います。無論、陛下のアステラの使い方についても」


 自信満々にそう告げるジョナサンは心なしか、少し興奮しているように見えた。



 翌日、ジョナサンと俺の修行が始まった。


 最初の修行は屋敷内にある俺の勉強部屋で行われた。電子ボードの前にジョナサンが立ち、いくつかの図を描いた。


 「アステラの実習を行う前にまず陛下にはアステラの種類について知っていただかなくてはなりません」

 「アステラの、種類?アステラは身体強化とかに使う技術だろう?」


 俺の問いにジョナサンは頭を振った。


 「はい、いいえ、陛下。それは第一段階である『発露』です。アステラの本質は第二段階である『励起』にあります」


 ひとつ実践してみましょう、と言いジョナサンはリーディングデバイスを起動させた。虹色の洸粒が迸り、直後、ジョナサンの周りに半透明の、口だけしかない生物が複数体出現した。


 それに触れようとすると、ジョナサンは触らないでください、と言った。


 「これらは私のアステラの真の能力です。この化け物らはアステラ獣という特殊な生命体です。固有名称として、私はハングリービーストと呼んでおります」


 ハングリー・ビーストと呼ばれた口だけの生物は自由気ままに部屋の中を遊泳する。しかしどれも俺を避けて泳いでいるように見えた。


 「消えろ。——さて、殿下。話をアステラの種類に戻しましょう」


 ジョナサンが手をかざすと、ハングリービーストはたちどころに消えた。


 「アステラは大まかにその洸粒の色によって種類分けがされています。赤、青、緑、白、黒、金、そして虹の計七種類ですね」


 大まかにジョナサンは各色の性質を説明した。


 赤は身体に作用する。青は精神に作用する。緑は鉱物や土地に作用する。白は感覚に作用する。黒は肉体に作用する。金はアステラに作用する。虹は万物に作用する。


 希少度は低い順に赤、青、緑となり、白と黒は同じくらい、次いで金、虹と続くらしい。


 先生は赤だったから、希少度は一番低かったのか。だから才能の話をした時、苦笑したのかもしれない。


 「私、そして陛下のアステラ色は『虹』。これは極めて希少度が高く、数億人に一人とすら言われています。おそらく、この銀河帝国でさえ、10万人もいないでしょう」


 数千億、あるいは数兆、数十兆の人口を抱える銀河帝国で、10万人はとても少ない。前世の地球が80億だったから、ついつい多く感じてしまう。


 俺がそんなことを考えていると、ジョナサンはさらに続けた。


 「そういった経緯から虹のアステラが発現したとしても、きちんとそれが使えるように指南することは非常に難しいとされています。同じ虹のアステラ使いでも、その能力は大きく異なりますから」


 「じゃぁ、先生だと俺にちゃんと教えられなかったってことか?」


 「はい、陛下。『発露』はともかく『励起』は無理だったことでしょう」


 ジョナサンは即言する。そうなんだ、と答える俺はどこか他人事だった。


 「まずは『発露』を、そして洸粒がきちんとコントロールできるようになったら、陛下には『励起』の修行に移ってもらいます」


 「ああ。わかった」


 翌日から俺の訓練が再開された。


 ネイズラハット談


 ——こういった能力があると、ご存じでしたか? 


 ネイズラハット】「いえ、もちろん知りませんでした。そもそも私は彼を皇族に転生させただけです。こんな能力があるとか予想外」


 ——なぜ、こんな能力が発現したのでしょうか?


 ネイズラハット】「ねー。なんでさえぎったんですか?まぁいいけど。発現した理由は知らない」


 ——どういった能力なんですか、これ。


 ネイズラハット】「肉体をバラバラに刻んで、ぐちゃぐちゃに崩す能力。浅い賽の目切りのステーキみたいな感じ」


 ——おっかないですね。


 ネイズラハット】「有機物、無機物双方に有効で、防ごうと思えば同等の能力がないと厳しいですね。もしくはとんでもない再生能力か」


 ——本日はありがとうございました。


 ネイズラハット】「一人芝居って寂しいな」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ