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ささやかな日常

 夕食を終え、俺は自室へと向かった。


 久しぶりのベッドだー、とノリノリで自室の前に立つと、そこにはアリーナが頭を下げたまま待ち構えていた。隣には亜麻色髪の幼いメイドが同じ姿勢で立っていた。


 「お疲れのところ失礼します、陛下。実は折り入ってお話したいことがございまして。お時間よろしいでしょうか?」


 「ここじゃ話しにくい話か?」


 「いいえ、それほどではありません。ただ」


 アリーナの視線が俺から彼女の背後に立つ幼いメイドに向けられた。


 俺の屋敷で幼いメイドというのは珍しくはない。かつて俺が参加に加えたアンディーク自警団の女の子が多くメイドとして雇われているからだ。ロアみたく、騎士になるのは少数ということだ。


 ただ目の前の少女は元アンディーク自警団のやつらと比べると、気品を感じる。上品さと言い換えてもいい。まるでフランス人形のような端正な顔立ちだ。


 彼女がアリーナの相談の種か?まぁいいや。話してみろ、と俺は相談することを許可した。


 「実は陛下のそば付きのメイドとしてこの者を仕えさせてほしいのです」

 「陛下、テティス・リンドハルトと申します」


 カーテシー、いわゆる屈膝礼をテティスというメイドはする。慣れた所作だ。外見年齢はアリンとそう変わらないのに偉い違いだ。兄として情けなくなってくる。


 というかテティスと言ったか、目の前の少女は。その名前は記憶にある。ミドカウザー伯爵のところから()()した二人の女の片割れだ。


 長らく、再生治療を受けていたとかで、会うのは初めてだ。


 「側仕えってことは今までアリーナがやっていた仕事をその子が引き継ぐってことか?」

 「はい、そのように捉えていただいて構いません」


 曰く、アリーナはメイド教育に本腰を入れるらしい。確かに管理職と世話係の二足の草鞋は老体にはきついだろう。それにここ最近はその側仕えとしての仕事よりも、管理職に重きを置いていた。


 自分の代わりとして別のメイドを側仕えとして推薦するのも理解できる。ただその後任が見るからに新人のメイドとはいかがなものだろうか。


 怪訝そうな眼差しを敢えて向けて見ると、とアリーナは得意げな笑みを浮かべた。


 「ご安心ください、陛下。この者の仕込みは完璧です」


 仕込みとか言うな。なんか、その。いかがわしく聞こえる。聞こえてしまう。


 「アリーナがそこまで言うなら別にいい。しばらくは試用期間ってことで使ってみるからさ」

 「御身のご温情に感謝いたします」


 深々とお辞儀をするアリーナの前を通り過ぎ、俺は自室へと入って行った。それにテティスが続く。


 ベッドの上に俺が横になってもテティスは我関せずといった様子で、直立不動のまま壁を見つめていた。


 「——えーっと。テティスはなんでここのメイドに?」

 「はい、陛下に助けられた恩を返すためです」


 「ああ、恩。なるほど。ミドカウザー伯爵の」

 「ええ。再生治療によってまた清い体に戻していただいた恩でもあります」


 まだ成長していない胸にテティスは手を置いた。その所作に年に似つかわしくない微かな艶美さを感じたのはきっと俺が煩悩まみれだからだろうか。


 心なしか頬を赤らめているように見えた。


 うん。やっぱり煩悩まみれだな、俺は。


 30なりたて、前世で言えば10歳そこらの少女に欲情するとか、ロリコンか俺は。いやエロスを感じている以上、ロリコンなんだろうな、うん。


 「恩を感じるのは勝手だが、それでメイドになるっていうのはかなり思い切ったことをしたな」


 冷静になれ、俺。ここは話を逸らしてお茶を濁そう。そうしよう。


 かつて貴族の手籠にされていた彼女がまた貴族に仕えるだなんてきっと相当の覚悟があったのだろう。だっていい記憶があるわけないし。


 しかしテティスはにこやかに笑い、首を横に振った。


 「陛下のお近くでそのお力になりたい、と私は切に願っております。であるならばこのメイドという仕事がぴったりかなと」


 「なるほど?なる、ほど?」


 奉仕したいとかそういう話だろうか。前世の俺を見ているようでなんだか複雑な気分だ。


 目の前の彼女をかわいい子犬のように感じる反面、どうしようもない庇護欲も感じてしまう。前世で俺を散々利用したクソ「先生」もその類だったのかな。


 「俺は別にテティスに何かを要求するってことはしないから、そんなに気負う必要はない。だから恩とか言われてもな」


 「ご容赦ください、陛下。陛下のお力になることこそ私の生涯をかけてのご恩返しでありますので」


 「忠義なら間に合ってる。それに過去の恩で使い倒すのは俺の趣味じゃない」


 前世で色々とあった手前、恩義とか、忠義とかは信用できない。せめてキリルくらい身を投げ打ってもらわないと信用できない。


 「そういうわけだ。俺は寝る。だからもう下がっていいぞ」


 「かしこまりました。おやすみなさいませ、陛下」


 テティスは屈膝礼をして、俺の部屋から出ていった。俺は一人、巨大なベッドの上に横になった瞬間、安眠のるつぼへと誘われていった。



 翌日から数週間、俺は休日をもらった。正確には休みを取らされた。


 ルードヴィッヒやゴッドハルトから休みを取ってくれ、と言われたから休みをとった、それだけだ。


 その休日を使って俺はとある星系を訪れていた。かつてウロヤ・クコンザがアジトとして使っていた惑星を有する今は俺の銀河外での活動を支える拠点として利用している場所だ。


 アルガダ銀河の外にあるため、この星系は常にならずものが訪れる。そういった連中から情報を得るため、俺の出先機関がこの惑星を統治していた。


 その統括であるテオ・カイ。かつての俺の秘書官が俺の前でものすごい顰めっ面を浮かべていたのには理由がある。わかりやすく言えば、ここ最近の俺の方針転換に不満を持っているのだそうだ。


 「陛下の決定に異論を挟むつもりはありません。しかしできれば事前にお伝えいただきたかったものです」


 「俺はいち秘書官にいちいち相談しないと、なにも動けないのか?」


 「いえ、そうは申しておりません。ただ、事前にお知らせいただければ、その」


 テオは視線を逸らした。何か言いたげな目だ。


 これはあれだ。俺のミスを指摘したいが、俺が偉すぎるから指摘できないパターンだ。前世でも経験がある。


 「構わない。言いたことがあるなら言え」


 「は。では失礼いたします。——星系の治安を維持するための資金に不安があります」


 ——え、どういうこと。


 「この星系の治安を維持するためには莫大な資金を必要とします。陛下が帝国からの独立をいたしますと、その」

 「あー。なるほど。うん、理解した」


 基本的に予算とは計画的に使われるものだ。だが、軍事費となると話が違う。特に星系の防衛艦隊にとって追加予算は発生してしかるべきものだ。


 その追加予算の大元である俺が財政不安に陥ればどうなるか。


 送られるかもわからない予算をあてにして防衛計画を練るなど、確かに顰めっ面の一つや二つは浮かべたくなるだろう。これに関しては確かに俺が悪かったな。


 「理解した。予算については心配するな、とここに明言しよう」

 「ありがとうございます。いや、ここ数ヶ月間の心配事がなくなり、一安心ですよ」


 先ほどとは打って変わって安堵の表情をテオは浮かべた。懸念事項が払拭されて心底安心しているように見えた。


 「陛下はいかなる御意をもって、この星系に?」


 テオから一通りの情報を聞き終え、俺は軌道エレベーターの宇宙港にあるスーパーVIPエリアで優雅に紅茶を飲んでいた。その俺に問いかけるのはラナだ。テティスが淹れた紅茶を彼女も飲んでいた。


 いつも通り、人前では臣下モードのラナに少しだけ物足りなさを感じながら俺は胸中を明かした。


 「理由は二つ。一つはテオから裏社会の情報を得るためだな。知っておいて損はないだろ?」


 「はい、それは理解できます」


 例えば、アブと話した武王国の話はテオ経由で伝え聞いたものだ。普段は傍受の危険性があって、そう大した情報の取引はできないが、こうして直接顔を合わせてであればより大量の情報のやりとりができる。


 今回、受け取った情報はなかなか興味深いものだった。それが俺の役に立つかはさておいて、持っていて損するような情報でもない。いずれ役に立てばいいのだ。


 「二つ目はバカンスだな、バカンス。たまには羽を伸ばしたい」


 「——はぁ。バカンス。えーっと、そのー」


 ラナは渋面を浮かべた。何が言いたいかは理解できる。皇帝がお忍びでバカンスとかバカなんじゃねーの、と言いたいのだろう。


 けど俺は声を大にして言いたい。


 「皇帝だってバカンスを楽しみたいんだよぉ!!!」


 「うわー。ねぇ、テティスちゃん。あなたも言いたいことがあったら言っていいわよ?」


 話をふられ、テティスは言いづらそうに視線をなゆたへ向けた。しかししばらくしておもむろに彼女は口を開いた。無礼講だと理解したのだろう。酒はないけど。


 「——皇帝ってその、自由、なんですね!!」

 「うぅ」


 「ほーら、言われていますよ、陛下?」


 皮肉、嫌味、あるいは当てつけ。わかりやすく呆れた様子のラナとは対照的にテティスは笑顔で毒を吐いた。


 そういった行動は庶民というより貴族のそれに感じた。


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