アステラ
基礎訓練を再び初めてから5年が経った。おかげでようやく勘らしいものが取り戻せた気がする。
剣を再開してようやくわかったが、俺には才能というものがないらしい。学習能力は高い、と先生は評してくれるが、そこから発展させる才能がないそうだ。要するに、秀才タイプだと先生は言っていた。
「気にすることはありません、陛下。天才だけで世界が回っているわけではありません」
「でも世に名を馳せるのは剣の天才ですよね」
「そうでもありません。剣の実力のみでは騎士の世界では名を馳せることはありません。もう一つ、騎士たるなら身につけなければならない力があります」
それがアステラだ、と先生は言う。
アステラという言葉を最初に聞いたのは18年くらい前だ。騎士が使う特殊な技術だという話だが、具体的にはなんなのかはよくわからない。先生に聞いても教えてくれないから俺の元いた宮殿の書庫を漁ってもみたが、アステラに関する文献は出てこなかった。
データ化された文献はもちろん、紙媒体の文献にもその記述はなかった。その時は騎士団秘伝の技術とかなんだろう、と納得してこれまで記憶に蓋をしてきたが、いよいよその正体を知る日が来たことに俺は猛烈にワクワクしている。
こんなワクワク気分になったのはいつ以来だろうか。前世で「先生」の正体を知らずに精力的に働いていた時以来かもしれない。
クソが。クソな記憶を思い出してきた。忌々しい。
とにかく、アステラを教えてくれるのにワクワクしている。それで今はいい。
*
「アステラを説明する前にまずは陛下にひとつ質問です。陛下は現代の延命医療がどういったものかご存知ですか?」
俺は首を縦に振る。
現代の延命医療、言い換えるなら銀河世界で寿命を伸ばす医療は生後すぐの赤ん坊に特殊な細胞加工をすることで、寿命を延ばしている。それだけで100年くらい生きることは確定で、20年から30年周期で検査を行い、寿命を延ばしていくのだ。副産物として、体も強く強化される。
「はい。その通りです。その細胞加工に不可欠な要素が、ミクロコードという細胞に刻まれた情報記録です」
それを読み取り、活性化させることで細胞の劣化を防いでいるんです、と先生は言った。
「ミクロコードなんて、聞いたことありませんよ?」
「それはそうです。医療大学などで習う内容ですから」
そうなのか。へーそうなんだ。
前世が日本の成人男性であるためついつい勘違いをしてしまうが、一般庶民にとってこの銀河帝国において大学に進学するというのはエリートの証明だ。一般庶民は大学はおろか、高等教育だって受けられないことはザラだ。
俺達の流刑地であるアンディーク星系をみれば、それは一目瞭然だろう。アーコロジー内の人間はほんの一部だ。大半はその外で貧困に喘いでいる。小学校に通えているかすら怪しいものだ。
貴族だってお遊びで大学に行っているようなものだ。いわんや医大など、まずいかない。ミクロコードについて俺が聞いたこともないの当たり前だ。
「さて、そのミクロコードですが、寿命を伸ばす以外にもう一つ、副次的な効果があります。それがアステラです」
先生はどこからか、無骨な腕輪を取り出すと、それを手首にはめた。飾りは一切ない、手錠を思わせる腕輪だ。
「これはリーディングデバイスと言って、装着した対象のミクロコードを読み取り、アステラを発現させる装置です。これがないとアステラは安定しません」
そう言って、先生はぐっと右手に力を込めた。ピコピコと腕輪の表面が光り、次いで、光の粒子が先生の体から迸った。その色は赤だった。
「これはアステラの発動第一段階である『発露』です。身体能力が向上するだけでなく、光の粒、洸粒を用いた攻撃や防御ができるようになります」
例を見せましょう、と言って先生は模造剣を握った。先生が剣を構えると、赤い粒子、洸粒が剣にまとわりつき、それは剣の刀身の倍ほどはある刃を形成した。
「レーザー兵器などにはこれで間合いを詰めます。振れば、そうですね。まぁ並の兵士くらいは簡単に両断できます」
「すごいです!!」
「ではすごいついでにもう一つ。防御についてです。陛下、試しに私の脇腹に打ってきてください」
ぽんぽんと先生は自分の脇腹を軽く叩いた。どういうことだろう、と疑問に思いつつ、俺は模造剣を先生の脇腹目掛けて振り下ろした。
カーン。
振り下ろした直後、そんな音がこだました。まるで鉄でも叩いたかのような音だ。いや、斬鉄ができる俺が鉄を着れないなどないのだが、俺の剣は弾かれた。
見ると、先生の脇腹を半透明の赤い壁が守っていた。局面が目立つそれはまるで鋼のように固く、しかし薄氷のように薄かった。
「洸粒を一箇所に集め、防御するというやり方です。レーザー銃程度ならこれで防げます」
「すごいです!!」
はしゃぐ俺を見てか、先生ははにかんだ。無邪気な子供でも見ている気分になったのかもしれない。
「さて、それでは陛下もやってみましょう。こちらに新品のリーディングデバイスを用意しました」
「先生のものではダメなんですか?」
「さすがに皇帝陛下に中古品を差し上げるわけにはいきません。貸借することすら不敬です」
「そーなんですか。俺は気にしませんけど」
気にしてください、と苦笑しながら先生は俺に腕輪を差し出した。
「最新型ではないことをお許しください。このような辺境の惑星では最新式が支給されないもので」
「いいですよ。別に。先生からの貰い物であればなんでも」
差し出されたリーディングデバイスを受け取り、俺はすぐ右手にそれを装着した。するとピコピコとリーディングデバイスの表面が点滅し、やがて俺の体は熱くなった。
「体が熱いです、先生」
「リーディングデバイスが陛下のミクロコードを読み取っているのです。慣れれば気にならなくなります」
確かにその通りだ。少しすると、額に溜まっていた汗が乾き、熱に変わって虹色の洸粒が俺の体から溢れ出していた。先生を見ると、先生はそれを見て驚いているようだった。
「先生、これは、なんですか?」
先生から迸っていた赤い洸粒とは違う、虹色の洸粒に俺が動揺していると、先生が俺の右手をやさしく包み込んだ。
「陛下。大丈夫です、力まずとも。ゆっくりと深呼吸です」
言われるがまま、俺は深呼吸をする。何度か深呼吸をしていると、自然と心が落ち着いてきた。それに比例してか、同調してか、さっきまであれほど勢いよく溢れ出てきた洸粒が鳴りを潜めていた。
「落ち着きましたか?」
「はい、今のところは」
「それはようございました。今後は洸粒を抑えるところから始めましょう」
はい、と俺は勢いよく返事をした。その時、また洸粒が溢れ出した。いけない、いけない、とすぐに深呼吸をする。
溢れ出していた洸粒が収まり、俺は羞恥でほおが熱くなった。注意された側からこれだ。アステラとやらを完璧に操るのはまだまだ難しそうだ。
「すいません、先生。でもいつかは、あれ?」
ふと先生を俺は見た。
怒っているだろうか、呆れているだろうか、それとも小馬鹿にしているだろうか。
視線の先にいた先生はそのいずれでもなかった。
先生は、体が崩れていた。
*