ノランドの戦い
「ノランド星系外縁部にワープアウト反応を確認。総数8万2,572隻」
観測手の声が艦橋に響く。それを合図に第一種戦闘体制が言い渡された。
「偵察艦カナリーより通達、暗号解読完了しました。『出現した艦隊の中にハラド侯爵家の家紋見ゆ』」
「来たか」
それまで背もたれに預けていた上体を起こし、俺は前のめりになってモニターを睨んだ。
偵察艦カナリーから送られてきた映像には無数の艦船が見えた。8万という軍勢が誇張表現でもなければ、諜報員が見誤った数字というわけでもないのだろう。
「識別中ではありますが、帝国貴族として認定されている家紋が多く確認されております」
「その家紋を持つ貴族家を特定しろ。陛下に仇なす連中だ」
艦橋にヴァニカの声が響いた。その凛々しい後ろ姿を見ながら、俺は隣に立つゴッドハルトに彼女について問いかけた。
「なんで、お前じゃなくてあいつが指揮を採ってるんだ?」
「は。彼女の指揮能力は突出しておりますので、階級を飛び越えた指揮権を与えました」
いや、それは合流した時に聞いたけど。どうにも不安だ。
「能力は申し分ないって言ってもシミュレーターでの話だろ。実戦での話じゃない」
「ご安心ください、陛下。あの者は陛下の意を汲んだ上で最上の戦術で勝利をもたらすでしょう」
「——いざとなったら遅滞戦術に移行するからな?」
御意、とゴッドハルトは頷く。
少しだけハラハラしながら俺は意識をモニターへ向けた。
*
8万の艦隊がノランド星系に向かって進撃を開始した。ランス星系にもっとも近いこの星系は唯一、宇宙乱流や次元断層もなく、一度の空間跳躍でランス星系へ侵入できる。
しかし誰もこの星系を管理しようとはしない。それをするだけのメリットがないからだ。
固定資産税のようなもので、星系を有する貴族はそれ相応の税金を帝国に納める必要がある。発展させる気もない、税収も期待できない星系を管理する余裕は帝国貴族にはなかった。
グランにもこの星系を管理するつもりはなかった。ゆえに何の気負いもなく彼は本来禁止されている兵器を投入することができた。
「ノランド星系第四惑星付近に敵艦隊を確認しました。数3万。さらにその後方の第三惑星周辺に4,000の艦船が陣を敷いております」
「家紋は確認したか?」
「帝国紋、並びにランカスター公爵家の家紋を確認しております。諜報員の情報通りの艦数です」
モニターに映った艦隊は第三惑星を周回する衛星の影に隠れるようにして陣を展開していた。地形を利用するというレアンらしい戦い方だとグランは感じた。
「よし。——特殊ミサイル艦、進発」
ワープ阻害装置を搭載した無数の大型武装艦。それに守られる形で船首が剣のように尖ったオブジェクトを携えたミサイル艦が戦列から前進を始めた。
「よろしいのですか、殿下。あれは忌むべき」
「構わん。それにあの陛下ならば、この程度の危機くらい乗り越えるだろうよ」
進撃する戦艦が目標宙域に到着した時、グランは左手を前方に突き出した。それを合図にモニターを目にしていたすべての船員は遮光サングラスを装着した。
「特殊ミサイル、発射用意。——放てぇ!!!!」
ミサイル艦からその船体に匹敵する巨大な剣が放たれた。それは亜光速まで加速し、目的の艦隊へ向かって飛翔する。
そして直後、それはワープ現象の光を発した。
「特殊ワープ成功です!」
「——爆ぜろ!!」
——刹那、空間が膨張した。モニターの映像が歪み、眩い閃光が迸った。
ハイパーノヴァ爆弾とそれは呼ばれている。ワープアウト時の空間歪曲を利用した禁止兵器だ。
太陽の大爆発である超新星爆発すら超える、という意味でハイパーノヴァ爆弾と呼ばれている。惑星はおろか星系一つを消滅させうる危険性があることから、忌むべき禁忌の兵器とされている。
本来、その一撃だけで決着しうる兵器だ。それをグランは4発撃ち込んだ。ハラド侯爵が個人的趣味で保有していたミサイルすべてだ。
「空間膨張、空間轢断を計測。次元収縮終了までには二週間を要します。後方の4,000はいかがなさいますか」
「健在か。ならばその掃討に動くとしよう」
いまだに灼熱が揺らぐ宇宙に背を向け、グランは艦橋を後にしようとした。その時だった。不意に警報が鳴った。
「なにごとだ!?」
「左右より挟撃、挟撃です!!突如ワープアウト反応多数」
「つ。なんだと!!!」
モニターに映るレーダー、それは広がったグランの艦隊の左右から一万5,000ずつの艦隊によってすり潰されていく様子が映し出されていた。
とっさにグランはなぜワープ阻害装置が機能しないんだ、と疑問に思った。しかし、すぐにワープ阻害装置の弱点を彼は思い出した。
ワープ阻害装置はその範囲内におけるワープを阻害する。正確にはワープインができないようにジャミングをかける。逆を言えばワープアウトは防げない。星系を覆う巨大ワープ阻害装置でもない限りは。
だからワープを用いた奇襲も利にはかなっている。それが可能であることも重々理解できる。
ワープアウト反応が出なかったのはいただけないが、それもサンバーストによる誤作動だと思えば理解もできる。
「だが、どういうことだ?なぜ、これほどの艦隊が。情報と違う!!」
「閣下、応戦開始します、よろしいですか!?」
「無論だ。しかし、どういうカラクリだ?」
応戦の指示を出し、グランは思考を巡らせた。
それから数時間、戦闘が落ち着いた頃グランはある考えにいきついた。
「くそ、そういうことか」
「殿下?いかがなさいましたか?」
「ハリボテ、デコイ。あの陛下の考えそうなことだ。は。よもや三万ものハリボテを作るとはな」
額に汗を滲ませ、忌々しげにグランはつぶやいた。
*
旗艦ヒッタイト、その艦橋にふんぞり帰りながら俺は挟撃を続ける艦隊を見つめていた。
「結構うまく対応するな。さすが武闘派の貴族」
「は。予想以上でありますな。しかし」
「ああ、徐々にグランの軍が押し込まれてる。——どういう理屈だ?」
視線を指示を飛ばす炎髪の彼女に戻し俺は首を傾げた。
視線の先では赤髪を振り乱してヴァニカが手前に置かれた無数の受話器に向かって指示を出していた。その受話器群は銀河世界という人類が銀河規模にまで発展した世界に不釣り合いな、時代に逆行する極めて原始的な、しかし確実に情報を伝達しうる装置だった。
受話器には無数の電線が繋げられ、それを追って行けば宇宙までそれは伸びている。それは船外へ至るとビームロープというビームの通信コードへと代わり、有線的働きをした。
まぁざっくりと言えば、銀河世界レベルの有線LANだ。サンバーストによって無線が乱れる宙域ではたびたび用いられる。
もっとも星系規模で使うことは稀だ。それだけの規模を用意するのははっきり言ってバカの所業だ。
しかしうちにはそういうバカをやる連中がいる。だからこの場に用意できたと言える。
閑話休題、それはそれとして、ヴァニカの指揮は端倪すべからざると言うほかない。
圧倒的に数で劣る俺の軍隊をきちんと勝たせている。一気呵成に攻めるのではなく、初手に一撃を加え、それ以降はゆっくりと後退していった。
「——ヒット&アウェイだっけ?数万規模でもやれるもんなんだな」
「いえ、尋常ではない読みのセンスが必要となるため、容易なことではありません。読み間違えたり、深入りすればこちらが狩り取られるわけですから」
ゴッドハルトは俺に説明する傍ら、隣に立つ自身の書記官に作戦記録を取るように命令する。書記官が手早く手元のタブレットに記録していった。
なかなか落ち着いているな。まるで観戦気分だ。
「それはそうですわ、陛下。なにせ今、グラン殿下の軍は攻めたくてもこちらに攻められませんもの」
振り向いたヴァニカが俺の疑問に答える。
「私達の目の前に見えるあの空間のうねり、あれが解決しないことにはグラン殿下の軍はこちらに攻め込めません」
ヴァニカの指差した先には赤色のうねりを起こす破局した空間があった。ついさっき、大体4時間くらい前にグラン兄上が放ったミサイルによって生じたうねりだ。
今思い返しても、もしあの時駐留させていた艦隊のハリボテの中にいたらと思うと冷や汗が出る。いくら体を頑丈にしようと空間ごと抉り取られては死んでしまう。
もっとも、今はその空間の轢断が俺とグラン兄を隔てる障壁として機能しているのだから皮肉な話だ。
すでにヴァニカが指揮をしていないことからも分かる通り、俺の軍は撤退した。グラン兄上の艦隊のワープ阻害装置の範囲外から外れ、星系外へと逃げていった。
「とりあえず第一フェーズは完了した、と言う認識でいいか?」
「はい、陛下。作戦通りと言えますでしょう」
作戦の第一段階、グラン兄上の艦隊への奇襲は成功した。けれど、次はこんな奇襲は通じない。グラン兄上もバカではないだろうから。
艦船用のワープ阻害装置は星系全体を覆うそれと異なり、ワープインは防げてもワープアウトは防げない。しかし、設定を変えればワープアウトを防ぐことに近いことができる。
「第二段階へ移るとするか。デコイを射出、流されないように近くの衛星に係留させとけ」
「御意。次の大規模サンバーストを確認後、ワープを行う!全艦、戦闘体制に移れ」
ゴッドハルトの声が響く。それまでゆったりとしていた艦橋内が慌ただしくなり、居ては邪魔だな、と俺はおずおずと自室に引き下がった。
去り際、ヴァニカがきひひ、と貴婦人らしからぬ、騎士らしからぬ奇声で笑っていた気がしたが、聞かなかったことにしよう。
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