誘導
翌日、俺は再びクロードと面会した。
面会が始まって早々、クロードは昨日の件を謝罪してきた。昨日の件とは会議室で俺を連合の盟主にする、という宣言をした件のことだ。
本来なら謝って済む問題ではない。打ち合わせもなしにいきなり会社のトップになってください、なんて非常識な話だ。
「これで貸し二つだぞ?」
しかし、寛容さを示すために、そして彼我の戦力差を考えて俺はクロードの謝罪を受け入れた。
「お許しくださり歓喜で心が震えております。お許しくださらないかも、と今の今までほら、汗が滲んで止まりません」
そう言ってクロードは手のひらを見せた。確かに手のひらはテカっていたが、しかしそれは事前になんか仕込みでもしていたんじゃないか、と俺は首をひねった。水で手を濡らしておくとか色々考えられるだろう。
面会をしている部屋にはクロード以外にも人がいる。だからクロードは終始、慇懃な態度を崩さなかった。丁寧と言えば聞こえはいいが、胡散臭く見えてしまうのはクロードの見た目のせいだろうか。
話題の主導権はクロードが握っていた。クロードの話題に俺が相槌を打ったり、意見を言ったりする。そんな感じだ。そしてその他愛のない話題も出尽くしたところで、ようやくクロードは本題を切り出した。
「——それでですね。昨日のお話なのですがいかがですか、陛下?」
そらきた。どうでもいい話で俺の注意を逸そうという魂胆かもしれないが、そうはいかない。その話が来ることは予想していた。
「即断はできない。俺一人で判断できる話でもないからな」
「おや、それは意外です。陛下は皇帝であらせられるのに、なぜ下々の意見に左右されねばならないのですか?」
本当に意外だと言いたげにクロードは瞠目して見せる。
演技だろうか。おそらく演技だ。
クロードの言葉には、お前は皇帝なのに他人の顔色を窺ってるんだな、という嘲笑が垣間見えた。本当は俺を笑いたいに違いない。
ここは下手に相手の意見を肯定したりするべきではないな。こういう時は皇帝プレイが一番効果的だ。
「俺は愚鈍な皇帝になるつもりはない。俺とて間違える。部下の意見に耳を貸さぬ王は遠からず、破滅する」
「それは単にその王が愚者で、王の器であるだけでは?」
「王の器を王ならざるものが語るとは滑稽だな。王を覇者たらんとするその思想は王を孤独にさせる。王を殺したいのなら話は別だがな」
その瞬間、クロードは初めて感情をあらわにした。一瞬だったけど、真顔になった。
しかしすぐ笑顔を貼り付け、クロードはすばらしい見識ですね、と俺を褒めた。もちろん、表面上。
「クロード殿下の考えはどうあれ、俺は俺の道をゆく。である以上、俺はすぐ貴殿の提案に乗ることはできない」
「そう、ですか。いえ、出過ぎた真似をしました」
クロードは露骨に落ち込んでみせた。しかしすぐに笑顔を貼り付けた。驚くべき切り替え速度だ。
いや、演技なんだから切り替え速度もないか。落ち込んだ演技と笑顔の演技を切り替えただけだ。
「無論、殿下の提案が魅力的であることは認める。すぐの返答はできないというだけだ。だが、そう」
少し間を置いて、俺は続きを話した。
「貴殿には一つ借りがあったな。そう、留学生を受け入れてくれた件だ。その借りを返すという意味で一つ。貴殿に本音を明かそう」
「本音でありますか?」
「俺自身は貴殿の最初の提案に乗ってもいいと思っている。それだけは本音として受け取ってもらいたい」
なるほど、とクロードは目を細めて頷いた。どうやら俺の言葉の意味を理解したらしい。その証拠にこれまで見せていた上面だけの笑顔ではなく、含みのある笑みを浮かべていた。
正直、誘導されている感はある。
けれど、ここでクロードになんの手土産も持たせずに会談を終えるのはリスクがあるように思えてならなかった。
*
「あれってどういうこと?」
その日の夜、ヒッタイトの自室に戻った俺にラナは早速、質問してきた。
俺はニヤリと笑みを浮かべいじわるく、なんでだと思う、と聞いてみた。ラナはその態度にムスッとして顔をしかめた。
「おやー、クロード兄上はすぐ気づいたのに付き合いの長いラナちゃんは気づか、うわ」
「——もったいぶってないで話せ、おい」
いつもの丁寧な口調はどこへやら、目を血走らせたラナは俺の頬を引っ張った。皇帝に対してひどい態度だが、それもラナだから許される。もちろん、誰も見ていない場所限定だが。
「あい、あなします」
「穴がなんだって?」
「あなして、こえ、いひゃい」
ラナはふんと、ソッポをむきながら俺の頬から手を離した。ラナにつねられた頬を撫でながら俺はボソボソと説明し始めた。
「最初の提案ってのはクロード兄上との同盟の件だよ。連合の盟主の件はほら、2番目の提案だろ?」
「迂遠な言い回しね。貴族っぽくて嫌いよ」
「そんなに迂遠でもないだろ。結構直接的だぞ?」
多分、あの場にいてクロード兄上が俺に同盟を持ちかけた件を知っていた人間はほぼ全員、気づいていたんじゃないかと思う。
「ラナはもう少し察しよくならないとだめだぞー」
「タマ、蹴ろうか?」
「すいません、すいません。どうかお許しください。タマ蹴りは勘弁してくんなまし」
タマを蹴られたら直前に静身で防御しても、想像すると怖いというか痛い。股間にぶら下がっている諸々が腸内にまで逃げ込んでいくような変な感覚を覚え、それがダイレクトに脳みそに痛みの感覚を与えてくるのだ。
まぁそもそもラナの蹴りを俺が静身で防御できるとも思えないんだけどね。
ラナのアステラ能力は「体感時間の制御」だ。肉体を超高速で動かすせいで、普通の人間はラナの動きに反応することはできない。
つまりラナがタマを蹴る、と言えば事前に静身をしていない限り、俺は不能になる未来が確定するのだ。
くわばらくわばらだ。
「まぁ、とにかく。そういうわけでクロード兄上との同盟の話は受けてもいい、と俺は思ってる。なんせ、『同盟』だからな」
「責任から逃げるの好きすぎじゃない?」
「うるさい。好き勝手動く手足の頭に誰がなりたがるんだよ。神輿として担がれたくもないしな」
なぜクロード兄上が俺を連合の盟主にしたがったのか、それは俺を神輿にするためだ。
現在のクロード兄上達の立場はかなり微妙だ。皇子ではあるが、皇帝ではない兄上達を端的に表せば、賊軍ということになる。
一方、憎きソフィアの手元には一応、皇帝がいる。俺からすれば、はよ死ね偽帝、としか思わない俺の兄だが皇帝は皇帝だ。
皇帝を擁しているからソフィアは一応官軍だ。彼女が兄上達を賊軍と言えば、兄上達は賊軍だ。
今、彼女がそれをしないのは単純にその暇がないからだ。
2度の戦争。辛勝と惨敗。今のソフィアには国内の内敵の処理をするだけの政治力がない。今ある勢力圏をとどめようとするのが関の山だろう。
だからこそクロード兄上はその隙を突き俺を盟主にして、拮抗しようとした。手元に皇帝がいるなら、味方集めもしやすいから。
「でもさー。それって利用されてるよね?ていうか、大分誘導されてない?」
「あ、ラナもそう思った。多分な」
クロード兄上の本来の目的は俺との同盟だったと仮定した場合、それを達成するためにクロード兄上は偽りのゴールポストを設置した。俺を連合の盟主にする、というゴールポストだ。
俺がそれから逃げようとするのは容易に想像できる。そのための逃げ道を予め用意してやればあら不思議。みごとにクロード兄上の目的達成という寸法だ。
「もうちょっと情報があったり、武力があったら話も変わったんだろうけどな」
仮に俺がゼロ回答などすれば、クロード兄上は強硬手段に出たかもしれない。俺の兵力は1万2,000。対してクロード兄上はそれこそ何十万もの艦船を動員することができる。勝ち目はない。
蟷螂の斧という故事成語があるが、わざわざ地雷に飛び込むカマキリになるつもりはない。穏便に済ませられるならそれに越したことはない。
とはいえ、ムカつかないと言えば嘘になる。個人的にはあの綺麗な顔面にぐーぱんを叩き込んでやりたかった。
「そういえばいつか殺すことになる、みたいなこと言ってなかったっけ?」
「そうだなー。その日は案外近いかもな」
「やめてよ、激情に駆られて同盟相手を惨殺とか」
するわけないだろ、俺をなんだと思ってるんだ。
俺だって成長している。ちょっとやそっとで怒ったりはしない。
「どーだか。レアンって自分が思ってるよりも怒りっぽいからね」
「それは俺を怒らせるようなことを言った奴が悪い。それで死んでも自業自得だ」
俺は聖人君主などではない。ちゃんと怒るし、ちゃんと憤る人間だ。そしてそんな俺のぶち殺したいリストの上位にクロード兄上は躍り出た。
ただ、それだけの話だ。
「ただ利用されてムカついてるだけじゃない」
「おだまり!!」
*




