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新皇帝

 葬儀が終わり、三日が経った。その間、俺はずっと皇帝宮殿内の一室で過ごすことを余儀なくされていた。


 理由はシンプルに、次期皇帝を誰にするかについて、まだ結論が出ていないからだ。主だった上位の継承権保持者と大貴族は日夜、宮殿にある大会議室で話し合いを続けていた。


 「一体いつまで話し合うんだか。さっさと継承権1位のやつを帝位に付けちゃえばいいだろ」


 「殿下、現在の継承権第1位であらせられるセドリック様は、皇太子として正式に任命されておりません。それゆえ、1位ではありますが、皇位を継がれる正当性がないのです」


 ぼやく俺をアリーナが嗜める。わかってるよ、と投げやり気味に俺は返した。


 継承権第1位の兄、セドリック・ソル・アルクセレスは皇帝の第1子である。だから継承権第1位なのだが、彼の母親であるレヴェス皇妃の生家、ドナ家は伯爵家でそこまで権力がない。


 他の大貴族からすればそんな弱小貴族が自分達のトップに躍り出るのは気に食わない。帝国の次代を牽引したい大貴族達からすれば、今のセドリック兄上を帝位につけることは何としても阻止したいのだろう。


 悲しいことに俺の母親もその一派の一員だ。むしろあの手この手を使ってセドリック兄上を蹴落とし、次期皇帝に自分の子供を据えようとすらしている。連日連夜、母親が夕食会と称して自分の子供を貴族に紹介する姿を見てしまい、否応なしにそう理解するようになった。


 もっとも、誰が皇帝になろうと俺には関係ない。とりあえずは静観し、機を見て簒奪してやるつもりだ。だからさっさと帰ってそのための計画を練りたいのが本音である。


 「あー。はやく決まらないかなー」

 「そう悠長にもしていられないと臣は具申いたします。万が一を考えねばなりません」


 「万が一って?」

 「次代の皇帝になられた方が後顧の憂いを断つため、他の兄弟を手にかける恐れがあります。そうなれば、殿下も他人事ではございませぬ」


 どういうことだ、と俺はアリーナに疑問を投げる。アリーナは一度、護衛であるキリルを一瞥した。その目配せで何かを察したのか、アリーナに変わってキリルが前に出た。


 「レアン殿下。昨今でこそ、宮中は穏やかではありますが、今から1,000年から2,000年ほど昔、第6代皇帝陛下や第7代皇帝陛下の御代においては宮殿内の派閥争いは実力に寄ったものが多かったと聞きます。有体に言えば、暗殺や謀殺などですね」


 歴史の授業だかで習った話だ。6代皇帝の皇太子が父親を弑逆しようとして、逆に殺されてしまったとか、7代皇帝の息子の一人が、不審死を遂げた、みたいな話だった気がする。


 「公的には刑死や事故死として処理されておりますが、その裏では幾多の謀略がありました。先代皇帝陛下であらせられたアルベルト陛下が帝位を継がれる時も、多くの犠牲が出ました。皇族、貴族、平民問わず、です」


 それだけ銀河帝国皇帝というものは血まみれの歴史と屍の山の上にあるのだとキリルは語り、アリーナもそれに同調して頷いた。


 「ですので、殿下にはもっと緊張感を持って頂かなくては困ります。仮に殿下の母君やその生家と敵対している貴族が推す皇子が皇帝となれば、殿下も処刑の対象になるやもしれないのですから」


 「怖いな。それは怖い。けど、今更だろ。これは父が悪い。さっさとセドリック兄上を皇太子に据えていれば無用な争いなんて起きなかったんだから」


 俺の発言にアリーナとキリルは瞠目していた。密室とはいえ、宮殿内で堂々と皇帝批判をする俺に驚いているのだろう。


 だが敢えて言おう。候補者をきちんと指名せず、勝手に死んだ皇帝が悪いと。嫁が大勢いるからといちいち面倒くさがらずに、ちゃんと管理しておけばあるいはパワーバランスも保てたかもしれない。


 前世で浮気された俺が言っても意味はないかもしれないが、もう少し妃やその生家を吟味するべきだったのだろう、と思う。つまるところ、妻がどういう人間で、どういう家の出か、生活習慣はどうかとかを把握していなかったから、セドリック兄上は今、継承権1位なのに、皇帝になれないのだ。


 こんなことならいっそ、他国に亡命でもしてやろうかしら。このまま帝国にいても、最悪処刑台行きだろうし。


 「おやおやおにーさん。そんなこと言ってていいのかなー?」


 不意の声に俺は振り返った。懐かしさすら感じるよく響く声に、俺は安堵すら感じていた。


 「お前か、ガラスの女」


 「ガラスのー?あーなるほなるほどそういえば名前を名乗っていませんでしたね。私はネイズラハット。縦横無尽に数多の世界を渡る、時空の旅人でございます」


 胡散臭く自己紹介したガラスの少女、もといネイズラハットはニコッと笑顔を俺に向けた。


 彼女の外見は20年前と変わらない。登場の仕方も変わらない。時間を止め、どこからともなく現れた。アリーナとキリルからは色がなくなり、モノクロが周囲を包んでいた。


 「20年ぶりだな。なんか用か?」

 「ここのかとおか?と、そんな冗談を言っている場合はありませんでした。ええ、まぁ、はい。そういえば言い忘れていたことがありまして」


 「20年越しに言いにきたって?随分なアフターケアだな」

 「そう邪険になさらないでください。これはあなた様にとって大変メリットのある話でございます」


 ビシッと人差し指を立て、ネイズラハットは胸を張った。


 「あなたを皇帝にする。そのお約束が果たせそうです!!」


 「は?」


 「皇帝になってみたら、と提案したのは私で、無責任なことはしたくありません。ええ、ですから。ちょっと皇帝になってみません?」


 「そんな明日からシフト入れるみたいなノリで皇帝ってなれるのか?」


 世の中そんなもんですよ、と小馬鹿にしたようにネイズラハットは言った。


 「私が言うのも何ですけど、政治家であれ、皇帝であれ、お膳立てさえすれば誰だっていいんですよ、なるのは。神輿になる人って選びやすいですし」


 「支離滅裂だな。それで、今会議室で議論してる母親とかが俺を皇帝にするって?」


 「そうするように誘導しましたから。ま、元々あなたを皇帝にする案はあったみたいですけど、と。これは今は関係ない話でしたね。失敬、失敬」


 何やら気になることをネイズラハットは口走る。それについて言及しようとしたが、すぐに彼女は俺の言葉を遮った。


 「——とにかく、皇帝になるというあなたへのアフターサービスはこれにて完遂です。どうぞ、うはうはライフを楽しんでください」


 それだけ言い残し、ネイズラハットは次に瞬きした瞬間にその姿が消えた。


 あとに残った俺は瞠目するアリーナとキリルを無視して、ひとりほくそ笑んだ。


 よもや、こうも簡単に皇帝になれるなんて思わなかった。色々と小難しいことを考えていたが、それをしなくていいというのは肩の荷が降りた気分だ。


 自然と笑いが込み上げてくる。


 驚いたアリーナとキリルが俺を見るが、無視して俺は肩を振るわせ続けた。狂ったのか、とすら思っただろう。


 傍目にはそう映るのだろう。


 けれど、別に俺は気にしない。もうすぐ皇帝としてのうはうはライフが手に入るのだ。これまでの20年よりいっそう素晴らしい、栄華を極めた人生が。


 皇帝となったら何をしよう。皇帝になっても俺はまだ20歳だ。この世界では成人もしていない。そうである以上、政治は母親やその家臣がやるんだろう。だから、俺はただ怠惰に放蕩生活を満喫するだけでいい。


 Viva お飾り、Viva 神輿!!


 無駄飯ぐらいのなんと素晴らしいことよ!!そうして時に暗愚を極め、うはうは生活を満喫してしまおう!!悪逆皇帝として、今度は俺が強者として振る舞ってやる!!!



 そうして待つこと20日ほど。俺は皇帝となった。


 第10代銀河帝国皇帝、レアン・ハイラント・ソル・アルクセレス。高き地の偉大なアルクセレス家のレアンという意味だ。


 我ながら、いい響きだ、とその時は思った。


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― 新着の感想 ―
そうして彼は堕ちててしまったのです、玉座の奴隷に。 ……なんてならないといいのだけど()。
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