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エピローグ——殴られる

 「この、クソ野郎!!!」


 顎に向かって鋭いアッパーが飛んだ。


 空中に向かって打ち上げられた俺は鮮やかな放物線を描き、床の上に倒れた。


 大の字になった俺に馬乗りになり、白髪の少女が何度も何度も拳を振るう。容赦のない白い洸粒を纏ったストレートが何度となく俺の顔面に浴びせられた。


 もし静身を解除していなければ、俺の顔面はいまごろ無くなっていたかもしれない。それほどに強い怒りを彼女の拳からは感じた。


 「解けよ!静身、解けよ!!死ねよ!!!」


 少女、ラナ・ニキャフは銀色の瞳を充血させ、俺を殴り続けた。殴られる俺をキリルとクリントはハラハラして見守っていた。アリーナはジョナサンに羽交い締めにされていた。ロアはポップコーンを片手に状況を見物していた。


 ベル星系を滅ぼしてから半年が経った。その間にラナは回復し、歩けるようになった。そんな彼女が俺の所業をしった結果が、これだ。


 ラナの拳が俺の頬を射抜く。


 攻身による攻撃は静身でガードしていても、とても痛かった。しかもただ痛いだけじゃない。強く強く体に響いた。


 「虐殺!?あんた、何やってんの!!何考えてそんなバカなことやってんのよ!!」


 俺の襟首を掴み、ラナは壁に叩きつけた。それ自体は対して痛くもないが、続くラナの拳が鳩尾に入り、俺はたまらず、息を吐いた。


 「あんたが!!あんたが!!そういうことしちゃいかないって、一番!!一番わかってるはずじゃん!!」


 拳だけじゃない。蹴りも撃ってきた。


 騎士の蹴りだ。とても痛いし、苦しい。脳がぐらぐらと揺れているのに、不思議とラナの声だけは明瞭に聞こえた。


 「クソ!!」


 胸に向かってラナは膝蹴りを撃った。息がつまり、苦しさは増してった。


 「一方的に殺されるのがどれだけ怖いか、あんたは知らない?いきなり死ねって言われるのがどれだけ怖いか。あんたは知ってるんでしょう!?」


 ラナがそう言うのは俺が首都星を追われた立場だからだろう。ある日突然帝位を追われた俺が、どうして同じことを何億という帝国臣民にするんだ、と。


 確かに俺もあの時は怖いと感じた。今でもいつソフィアが刺客を送ってくるんじゃないか、とビクビクしている。


 ラナも立場としては似たようなものだったのだろう。奴隷時代、そしてウロヤに囚われていた時と2度も命の危険を感じれば、嫌でも虐殺された奴らに同情するということか。


 だから抗弁するつもりはなかった。ここでラナに殺されてもそれはそれで仕方のないことなのかもしれない。


 もっとも、それはラナには図星だったようだ。


 「あんた、ひょっとして殺されてもいいとか満足してんじゃないわよ!!!死んでどうにかなんなら、最初から虐殺とかすんな!!」


 首に手がかかる。ゴキゴキと締め付ける音だ。いくら体が頑丈になっても締め技は有効だ。気管が潰されては呼吸ができない。


 「あんたの命ひとつで贖えるわけないだろうが!!!」


 しかしラナは俺をそのまま窒息させようとはしなかった。首を掴んだかと思えば、俺を窓に向かって叩きつけた。


 「このクソ、クソったれのクソ物がぁ!!!」


 ラナはそれから半日ほど俺を殴り続けた。最後の方には攻身ができなくなり、ただのパンチになっていた。静身をしている俺にはなんの痛痒にもならなかったが、泣きじゃくりながら俺を殴りつけるラナを見ていると、少しだけ心が痛んだ。


 「くそ、くそ、くそ。最悪。いつからあんたそんなクソ野郎になったわけ」


 泣き腫らしたラナはよろよろと俺の机に座った。充血した赤銅の瞳は俺を睨み続けていた。


 「抗弁するつもりはない。俺が気に入らないって言うなら、出ていけ」


 俺の言葉にキリルやクリントが目を丸くした。ジョナサンですら目を細めた。半日間ジタバタしていたアリーナですら驚いていた。


 「出て行ったら、あんたまたやるでしょ、同じこと。だから出て行かない」

 「必要だったから殺した。それだけだ」


 例え、ラナが近くにいても多分、同じことをしたと思う。救えないものは救えない。それを救おうとするのは労力の無駄だ。


 笑える話だ。散々スケープゴートになった前世の俺が、弱者を殺すなんて。


 「じゃぁ、あたしが、あんたにそれをさせない。そうさせないようにする」

 「なんだそれ。お前に何ができるんだよ」


 「あんたが暴走しないようにあんたに出来ないことをあたしがやってあげるって言ってんの!!このラナ・ニキャフが生涯をかけて」


 「は。無理だろ。海賊に捕まるお前じゃ」


 うっさい、とラナはあぐらをかいている俺の股間を蹴り上げた。ついつい静身を解いていただけに非常に痛かった。


 股間を押さえたまま、尻を持ち上げる俺を足蹴にしてラナは俺を見下ろした。


 「レアン、あんたを魔王にはさせないから」

 「年頃か?あいにくとそういうのは」


 「また、玉蹴ろうか?」

 「やってみろ、今度は静身でふせ、ぐひゃ!!!」


 目にも止まらぬ神速の玉蹴り!!!


 たまらず、俺は壁の隅までゴロゴロと転がった。視界の端ではクリントが股間を押さえていた。


 「——もっと頭使ってよ。レアン、頭いいんだから」

 「俺は凡人だよ」


 「頭が良くて機転がきく人を世間一般じゃ凡人なんて呼ばないのよ。もっと自信持ったら?そうすれば」


 そうすればベル星系を焼かずに済んだかもって?たらればの話は好きじゃない。


 過程の話なんて無意味だ。家庭の話をするくらいどうでもいい。


 「とにかく、今後はああいうことしないで。それでようやく、あんたは許されるのよ、あんたがころした数十億の人間にね」


 ここで何か揚げ足取りのようなことを言うのは地雷だろう。今度は玉を蹴られるどころか潰されかねない。


 だから俺はわかった、と頷いた。


 どのみち、ラナとは契約もあるから彼女を裏切れない。ラナがそうして欲しいなら、そうするしかない。


 そう、と納得したラナは冷たい表情のまま、部屋を出て行った。



 「陛下、大丈夫ですか、その」


 ジョナサンとアリーナ、そしてクリントが退室し、部屋にはキリルだけが残った。キリルは心配そうに俺の下半身を見つめていた。


 「気にするな。それより報告があるんだったな」


 ラナは俺がキリルから報告を受けようとしたまさにその時、ジョナサンとアリーナに連れられて乱入してきた。だからキリルの報告は完全に棚上げされていた。


 「は。実はミドカウザー元伯爵の屋敷の地下から生存者が発見されました」

 「生存者だと?」


 「はい。生存者は2名、いずれも女性で、発見時はひどい有様だったと」

 「全身に火傷でも負ってたか?」


 いいえ、とキリルは首を横に振り、手に持っていたタブレットを俺に見せた。


 「全身に裂傷、打撲痕、それから性被害を受けた痕あり、か。再生治療をすればなんとかなりそうだな」


 「幸い、感染症は確認されておりません。体内からベンドロゼンの毒素も検出されておりません」

 「なるほど。貴族の闇って感じだな。表向き英雄として祭り上げただけに、ちょっと不味いか、これは?」


 領地の窮状を救わんとした英傑、というのが今は亡きミドカウザー伯爵の評価だ。伯爵の身内も全員、砲撃でぶっ殺したから表立って伯爵の本性を知る人間は貴族以外にはいない。


 そんな中、伯爵が領地から女性を屋敷内に監禁し、性的陵辱を続けていた、というのは外聞が悪い。半日前の俺だったら、さっさと処分しろ、と言っていたかもしれないが、ラナの手前それをやるのは憚られた。


 というか、そんなことをしたら確実にラナの拳が俺の頭蓋骨をスイカさながらに爆散させてくる。今度は剣を抜いて切り掛かってくるかもしれない。


 嫌われたくないし100%なしだ、秘密裏に処分とかは。


 「身元は?」

 「現在調査中です。仮にベル星系の出身者だった場合は、戸籍データが失われているため、特定は困難になります」


 「なるほど。うーん。とりあえず、再生治療を受けさせろ。生きてはいるんだろう?」

 「御意。最高の治療を受けさせるように手配いたします」


 会釈し、キリルは部屋から出て行った。



 夜、誰も連れず俺は屋敷の一角にある塔を訪れた。


 その塔を下に下に下っていくと、そこには霊安室があった。


 貴族などが身内の遺体を安置するための場所だ。


 そこには一人の遺体だけが寝かされていた。今後もここに寝かされる遺体はあと一人だけだろう。


 「お久しぶりです、先生」


 赤髪の長髪は今も生き生きとしていて、美しく朝露の輝きを帯びていた。肌は瑞々しく、しかし身体中の轢断痕が生々しく見ていられない姿だった。


 ヴェロニカ・イト・カウシル。俺の先生だ。


 俺が殺してしまった彼女は凍結保存された状態で、こうして安置されていた。俺がそうするように望んだ。


 「今日、殴られました。俺の相棒に」


 ラナに殴られたことを俺は滔々と語る。今日あったことを話していると、この場にいない先生がその場にいるように感じられた。


 「金玉を蹴られました。潰れなくてよかったと思ってます」


 一応、検査はさせた。幸い、金玉に傷はついていなかった。


 「——先生、どうすればよかったんでしょうか、俺は」


 ベル星系を焼いた。そのことに後悔はない。ないから、悪夢だって見ない。


 「何かできたんでしょうか?」


 答えは返ってこない。死人なんだから、当然だ。


 「考え続ける必要がある、そうですよね。それしかないんですよね」


 今後、同じことになった時、俺はまだ見ぬ彼らを見捨てることはできない。


 それが義務。皇帝である俺の義務だ。


 「先生、また来ます」


 深々と一礼して、俺は霊安室を後にした。


 また、何かあったらここに戻ってくるだろうけど。


 祝・第二章完結!!!


 今回の章を個人的に総括するとしたら、レアンが一人だけの時ってすごくつまらないなー、ってことです。基本的にワンマンになりやすいため、ラナみたいなツッコミ担当がいないと、どうしてもレアン無双になってしまいます。


 基本的にマジメという設定のせいで、突拍子もないことをしないんですよね。あとラナとの罵り合いとかもないし。


 とにかく、今回の章は今後の試金石になったため、個人的には書いていて満足でした。第三章は来週の日曜日に投稿する予定です。


 第三章では本格的に玉座を取り戻すためにレアンは動き出します。これまで顔見せせず、名前だけだった「ソフィア」とかも出てきます。ソフィアに関しては多分、[ロシア ソフィア]とか検索すれば出てくると思います。ええ、モデルはその人です。

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