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アルベルト・ハイラント・ソル・アルクセレス

 銀河帝国第9代皇帝、アルベルト・ハイラント・ソル・アルクセレスは俺の父親だ。アルガダ銀河を一手に収める銀河の覇者である。


 俺が初めて皇帝に会ったのは10歳の時だ。謁見の間で皇位継承権を与えられた時のことだ。玉座に座る皇帝は俺を一瞥しただけだった。


 興味がなかったのだろうことはその一瞥だけでわかった。その場にいた俺の母すら、俺を一瞥することはあっても、話しかけてくることはなかったのだから。


 銀河帝国の皇子、皇女は一人一人に宮殿が与えられる。基本的に皇子らが顔を合わせることはなく、せいぜい同じ母親の子供同士がどちらかの宮殿を尋ねることがあるくらいだ。


 皇帝の妃、皇子達の母親達は後宮に引きこもっていて、普段は会うことができない。だからか、子供も親も互いに興味だったり、愛情だったりが希薄になるのだそうだ。


 俺が皇帝にとってこんな息子いたかな、ぐらいの扱いなのはきっとそういった宮殿事情が原因だ。まぁ俺も憶えていてほしいとかは思っていない。むしろ下手に憶えられている方が迷惑だ。


 なにせ俺は139人いる、俺より継承順位が高い皇子や皇女を亡き者にしようと企んでいるのだ。最終的には皇帝を殺すプランも考えておかなければならないかもしれないことを考えると、下手に目立ったり、記憶されているというのはリスクになる。


 そうやって密かに武力を蓄えたおかげで、俺は訓練が10年目を迎えるころには先生ことアンジェリカからなんとか十本勝負で一本を取れるまでには成長できた。九連敗した末、ようやく一勝できる程度だが。


 「殿下の成長速度は本当に凄まじいですね。普通、10年の鍛錬でここまで動ける人間はいませんよ?」


 仰向けになって倒れる俺を先生は褒めてくれる。嬉しくはあるが、模造剣で思いっきり脇腹を叩かれぶっ倒れたというカッコ悪いことこの上ない状況のせいで、ちっとも嬉しいと感じられなかった。


 立ち上がった俺は再び先生と剣を打ち合う。数合の打ち合いを経て、俺は踏み込んで、先生の脇腹を狙った。先生はそれを肘と膝で挟み込み、防いでしまう。剣が取られた俺の頭を先生の模造剣が打った。


 「ぐが」

 「ぉお。今のはちょっとヒヤッとしました。果断ですね、殿下」


 たまらず頭を抑える俺に先生は笑顔で話しかけてくる。やはりまだ先生には敵わない。こちらの攻撃をうまく誘導しているようで、どうにも上手に剣が振れないのだ。


 「ふむ。それは私が殿下の動きを誘っているからですね」

 「やっぱりそうなんですか?どうやって、それはやるんですか?」


 「明確にどうやって、というのはありませんが、返しやすかったり、防御しやすい形を整えてから、攻撃されやすいように隙を作ったりなどですね。普通、戦う相手はこちらの隙を突いてきますから」


 実演をしながら、先生は説明してくれる。だからこそ、予期せぬ接近や、攻撃をされると咄嗟に防御ができないのだそうだ。


 「先ほど、殿下は果断にも攻めてこられました。もしあの一撃があと数秒速ければ、私に一撃を入れられていたかもしれません」


 なるほど、と俺はつぶやく。攻撃をする上ではきちんと備えの構えを作っておくことと、果断に攻める臨機応変さが重要というのはよく理解できる。準備も大事、現場判断も大事というのは前世でも散々経験してきたことだ。


 「さて、殿下。休憩はそろそろ終わりましょう。もう一度です」


 先生に促され、俺はまた剣を構えた。


 そうやって剣の修行をする日々がもっと長く続くものと思っていた。



 ある日のことだ。朝食を食べていると、神妙な表情でアリーナが現れた。普段から怖い顔をしているアリーナだが、今日は一段と険しい眼差しだった。


 「殿下、お食事中に申し訳ございません。火急の事態ゆえ、急ぎお召し替えをお願い申し上げます」


 「何があったんだ?」


 俺の問いにアリーナは一瞬、言葉をつまらせた。よっぽどのことがあったのだと察せられた。


 「昨夜の未明、皇帝陛下がお隠れになられました」


 「陛下が?それはつまり」


 「はい。ご推察の通りであります。ですので殿下、どうか急ぎお召し替えの準備を」


 アリーナに言われるがまま、俺は喪服へ着替える。着替えると言っても前世のように服を脱いだりするわけではなく、着ているナノスーツの設定を葬儀用に変更するだけだ。この世界でのファッションはもっぱら、アクセサリが主体だ。


 喪服に着替えた俺が宮殿の玄関まで行くと、そこには黒塗りのリムジンが停まっていた。外で待っていたのは俺の執事であるジョナサンだ。壮年の老執事で、普段は宮殿の管理をしている。俺も会うのは久しぶりだ。


 「殿下、ご心中お察し申し上げます」


 ジョナサンはうやうやしく俺に頭を下げる。思わず俺は肩をすくめた。悲しんでいるとかそういう感情はないのだがな。


 「アリーナ、陛下はなにが原因でお亡くなりに?」


 車の中で俺はアリーナに皇帝の死因を尋ねた。アリーナはそれに対して、不明です、と返した。


 「わからないってことか?」

 「申し訳ありません。ただ宮中からは死因は不明としか。暗殺だと騒ぐ一派もおり、死因の特定には時間を擁すると」


 「ふーん。面倒なんだな」


 権力とは総じてクソだ。前世で俺をビルから落としたヤクザ達の会話を思い出して仕方ない。他人の死因を簡単に隠蔽できてしまうなんて、本当にクソだな。


 そうして2時間も車に乗っていると、俺達は皇帝の住む宮殿の前に到着した。すでにたくさんの車が宮殿前にはごった返しており、宮殿に使える官吏が駆り出されて列の整理を行っていた。


 列の整理を行う官吏らの隣には武装した騎士もいた。全員がキラキラと光る眩しい鎧を着ており、とても凛々しく思えた。


 「殿下、こちらへ」


 その光景に見惚れていた俺の手をアリーナは取り、宮殿の一室へと案内した。手狭だが、清掃の行き届いた豪奢な部屋に案内され、どこか別世界のように感じた。


 しばらくその部屋にいると、コンコンと扉をノックする音が聞こえた。扉をアリーナが開けると、外には黒いサングラスをかけたいかつい男達が立っていた。


 「ベラ・エールマン・ソル・アルクセレス皇妃殿下の名代として参りました。こちらにレアン・ソル・アルクセレス様はいらっしゃいますか?」


 「俺がレアンだ。母上が俺に何の用だ?」


 ベラ・エールマン・ソル・アルクセレスは俺の母親だ。皇帝の何十何番目かの妃で、エールマン侯爵家の出身でもある。俺が皇位継承権を得た日以来、なんの音沙汰もなかった母親が今更俺に使者を送るなど、怪しさを感じた。それはアリーナも同様だったのか、部屋の前に立つサングラスの男を警戒した眼差しで見ていた。


 「皇子殿下、母君が及びであります。至急、鵬王の間へおいでください」


 鵬王の間とは、母が一度だけ、例の継承権を得た日に俺を招いた母の部屋だ。赤で統一されたギラギラした部屋だったことは朧げながら憶えていた。


 仮にも母親の申し出だ。無碍にはできない。アリーナに目配せをして、俺は鵬王の間に向かった。


 鵬王の間に着いた時、俺は少しだけ驚いた。部屋の中には母だけがいると思っていたからだ。しかし、実際は部屋の中にいたのは母と、俺を含めた母が産んだ八人の子供達だったからだ。


 男は上から順にジェイムズ、ライマン、ベンサム。女は上から順にソレイシア、ヴェルネラ、リリシア、アリンだ。七人いる俺の兄弟の中で、俺よりも年下なのはアリンだけだ。


 皇子達、皇女達が立っているのにも関わらず、母はどっしりと椅子に座っていた。大きく張り出した乳房が重荷なんだろうか、と下品なこと考えていると、徐に母は俺達に話しかけてきた。


 「お前達、よく集まってくれました。誰一人、欠けずにこの場に集まってくれたこと、まずは感謝しましょう。すでに存じの通り、昨晩皇帝陛下が身罷られました。医師が言うには死因は心不全とのことですが、いくつか怪しい部分があります」


 傍らに置かれていた机の上の冷えた水を一口含み、母は続けた。


 「暗殺をされた、と騒ぐ一派もおります。その可能性は私もあると考えています。万が一、これが皇族を狙ったテロであった場合、その標的にあなた達がなりうる可能性も大いにあります。そこで、各皇子、皇女に一人ずつ、護衛役を用意させました。——はいってらっしゃい」


 母に呼ばれ、ゾロゾロと銀甲冑を着た騎士が部屋の中に入ってきた。彼らは順番に俺達の前に立つと、カシャンと甲冑を鳴らし、騎士礼をした。


 「この者達は古くからエールマン家に使える騎士達です。あなた達の盾となるでしょう」


 それだけを言って、母は部屋から出るように俺達に言った。長男であるジェイムズが何か言おうとしたが、それも許さず、何も言うことが許されないまま、俺達は自室に帰らされた。兄弟同士で話し合う機会すらなかった。



 「レアン殿下、エールマン家より御身を護衛のため、派遣されました。キリル・イト・セーベルです。以後、お見知り置きを」


 キリルと名乗ったのはどこかたくたびれた印象のある騎士だった。甲冑が豪華だが、無精髭を生やしたその姿は元の見た目がほどほどに良いだけにどこか残念さをただよわせていた。


 「レアンだ。キリル殿、俺は貴殿に護衛されるのか?」

 「はい、殿下。殿下をお守りするように皇妃殿下からは命じられました。この身に変えましても、御身をお守りいたします」


 言葉の端々から漂うのは胡散臭さだ。キリルという男が信用に値するのか、よくわからなかった。


 そうこうしている内に皇帝の葬儀の日取りが決まった。皇帝の葬儀とあって国中の大貴族が列席し、実に数百万人が集まった。


 皇帝の遺骸が入った棺が居並ぶ皇子達の前を通り過ぎ、上座へと移動していく。継承権第一位の皇太子や、宰相、現在の正妃など、最後の顔合わせのため、次々に上座へ移動していき、俺の番が回ってきた時には早朝から始まった葬儀は夕暮れ時を迎えていた。


 これで最後のお別れよ、と同席していた母親が言う。覗き込んだ先には霜が降り、事切れた皇帝がいた。すでに動かないそれをマジマジと見ていると、母親が俺の肩に手を置いた。


 「もう時間です」


 珍しく悲しそうな表情を浮かべる母親が何を言いたいのか、俺には手に取るようにわかる。おおかた、皇帝の死を悲しんでいるとか考えているのだろう。


 だが、それは大いなる間違いだ。俺はただこうやって死体を加工する技術もあるんだな、と思っていただけだ。そうでなければよく知りもしない父親の死に顔など見るわけもない。


 皇帝の遺骸は三日後、火葬された。一瞬で蒸発したその姿に、あああれも人なんだな、と実感できた。皇帝だからと棺が燃えない、消えない、蒸発しないというファンタジーはありえなかった。


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