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ウロヤ・クコンザ

 宇宙海賊、ウロヤ・クコンザは自身の座乗艦の環境で、ワインをくゆらせていた。


 浅黒の肌、全身の刺青、煌びやかなスキンヘッド。ならずもの、という表現が似合う衣装。どこからどう見ても悪党である彼は手に持ったワインをぐいっと飲み干した。


 一本数万インペリエンはする高価なワインだが、それをありがたがることもせず、ガブガブと飲み干すその姿に彼がそういった金銭に執着していないことが窺い知れた。


 「連中、俺らの存在にようやく気付いたかな?」

 「へい、船長。さっきから工場の周りが慌ただしくなってきやした」


 正面のモニターには慌ただしく周囲の建造船が移動していく様子が見えた。それを見てウロヤは獰猛な笑みを浮かべた。


 「ゆっくりと進撃しろ。」

 「一思いに潰してやらないんですか?」


 問いかけてくる部下はウロヤの意図するところを知って、ニヤニヤしていた。ウロヤはあたぼうよ、と返した。


 「恐怖をすり込んでやれ。俺達の名前を聞いて、しょんべんちびらすほどになぁ!!」


 下卑た声でウロヤは笑った。それに応えて、彼の艦隊はゆっくりと、工場へ向かって侵攻し始めた。



 「ウロヤ一味ってあの有名な?」

 「はい、現れた宇宙海賊はそう名乗っています」


 工場の管理室で責任者の男は青ざめていた。ガクガクと震え、今にも逃げ出してしまいそうだ。


 そんな彼を無視してラナは近づいてくる宇宙海賊をモニター越しに睨んだ。


 ウロヤ一味は帝国の辺境星系(バンダー・ユニヴァ)で暴れ回っている有名な海賊団だ。時にはさらに内地である外縁星系(アウター・ユニヴァ)で掠奪を行うという暴れっぷりだ。


 神出鬼没の大海賊。それがウロヤに与えられた二つ名だ。その名が示す通り、どこからともなく現れ、星系を荒らし回っていくのだ。


 ウロヤに狙われたら生きていけない。それが辺境で生きる者達の共通認識だ。それがいざ自分達に牙を剥いたとなれば、目の前の工場の責任者よろしく青ざめるのは無理もない。


 「今動かせる船は?」

 「へ?ああ、はあい!防衛艦隊が500隻ほどです!!」


 戦力比1対12。勝つためには1人で12人を殺さなくてはいけない計算だ。生身ならいざ知らず、とても艦船同士の戦いでどうにかなるものでもなかった。


 「すぐに撤退準備を。非常時につき、軍の司令権は私が握ります」

 「へ、あは、はい!!!」


 戦って勝ち目がないなら、逃げるに限る。幸い、モニターの向こうのウロヤ軍はゆっくりと侵攻していた。艦船が逃げるのに十分な時間がある、とラナは考えた。


 「ニキャフ侍従武官!防衛艦隊の司令官がお会いしたいと申しています!」


 そんなクソ忙しい時に面会を求めてくる防衛艦隊の司令官にラナは怒りを覚えた。どう考えても逃げるべきだろうに、その司令官は交戦すべき、と主張した。


 実戦経験に乏しい首都星あがりだ。元は前代官に仕えていた男だ。首都で惰眠を貪っていたような男で、非常時にあって冷静な判断ができてはいなかった。


 それでも指揮権の上でラナよりも上位にあたることは間違いない。元来、侍従武官であるラナには軍権がなかった。せいぜい自分の宇宙船を自由に使えるくらいだ。


 「わかりました。ですが、工場の従業員や作業員は撤退させます」


 よろしいですね、と銀色の瞳で司令官を射抜いた。気圧された司令官はおずおずと頷いた。去り際、ブラッシュ風情が、と言ったような気もするが、聞かなかったことにした。


 「はぁ。最悪。クソが」


 いつもの落ち着いた口調は剥がれ、素が出た。それくらいラナは怒りを感じていた。


 「あれ、ラナじゃん。どしたの?防衛戦は?」


 「追い出された。博士達は?」


 「研究資料をデータ化して本星に送信(そーしん)してる。すぐに終わるって」


 船に戻ったラナははぁ、と盛大にため息を吐いた。それを気遣ってか、珍しくロアが彼女にココアを差し入れした。


 「甘い」


 久しぶりの糖分にラナは頬をほころばせた。そうしていると、窓の向こうを行く光があった。宇宙船の噴出光だ。


 「哀れね。ああやって死ぬだなんて」


 たかが500隻で何ができるのか。ヒロイズムに酔った連中は哀れだな、と心の底から司令官に付き従う兵士達に、ラナは同情した。



 「船長、連中こっちに向かってきてますぜ?」

 「はっ!バカだな、おい。俺らに勝てるわけねーだろ。戦力差10倍だぞ!!」


 「どうやら、工場の連中を逃すつもりらしいです。玉砕覚悟の特攻ってやつでしょう」

 「泣かせるな。そんな奴らの心意気を買って、降伏は許すな。一人残らず、宇宙の塵にしてやる」


 ウロヤの号令と共に戦艦が主砲を放つ。それを合図にして左右の艦船が砲撃を開始した。砲撃、もといビーム攻撃である。


 それは防護シールドで守られた防衛艦隊めがけて容赦無く降り注いだ。1発、2発ならいざ知らず、それが横殴りの雨のごとく降り注ぎ、シールドを貫くのに時間はかからなkった。


 「なんだ、これは」


 艦橋で司令官は戦慄していた。夢見ていた華々しい戦場とは違う。一方的な殺戮がそこにはあった。


 「か、勝てない。勝てるわけがない!!す、すぐに降伏する、降伏する、と伝えろ!!」


 死にたくない、と司令官は叫ぶ。降伏する、とオープン回線で彼は叫んだ。


 しかしそれに応答する声はなかった。無慈悲な砲撃が彼の座乗艦を撃沈したのはその直後のことだった。


 旗艦の撃沈を確認したウロヤはすぐ、撤退していく工場の建造船を追撃するように命令した。残った防衛艦隊など、もはや彼の目には入っていなかった。


 「奴らが星系内に入る前に捕まえろ。ジャミング、強化しろ!!」


 戦列の先頭を征くのはワープ阻害装置を装備した特殊艦だ。ワープ装置が日常化したこの世界では、戦争の際には必ずこのような艦船が用いられる。ワープで逃走するのを阻害するためだ。


 効果範囲は通常のものであれば100スケール。ウロヤが持ち込んだものは150スケールと広範囲にわたってジャミングを展開する。


 目的の建造船はその範囲外にある。一見すると、ワープで逃げてしまいそうだが、そう簡単にワープが使えない事情がある。


 ワープをするためにはある程度の推進力と距離が必要となる。助走のようなもので、それは船体が巨大であるほど、速力と距離が必要となる。


 巨大な建造船の速度でそれだけの距離を稼ぐより早く、海賊の特殊艦が追いつく方が速かった。船尾にぴったりとくっついたその船から発せられた発せられた波動によって、ワープ機能は阻害された。


 「追いつきました!!」

 「砲撃用意!!撃沈してやれ!!」


 「へい!!——ん?なんだ、あれは」


 意気揚々とビーム砲撃をしようとしたその時、不意にレーダーに現れた反応があった。気分を害しやがって、とウロヤは舌打ちをする。血走ったその目は現れた異分子に向けられていた。


 「これは、ドール?船長!!ドールです!!

 「ドールだぁ?そんなもんが一機来たからってどうした!!対空迎撃!!さっさと撃ち落としちまえ!!」


 号令がくだり、船底に備えられたレーザー機銃が火を噴いた。赤色の弾雨が暗闇の中で光り輝いた。


 それを迫るドールは軽やかに、減速せずに回避した。


 「はぁ!?曲芸かよ!!」


 銃座に座る迎撃要員はその姿に思わず声をもらした。



 機体が重い。操縦桿が思い通りに反応しないばかりか、むしろこちらが引っ張られていた。


 「ちっ。これだから汎用型は!!」


 たまらず舌打ちがこぼれた。いつもとはまるで違う不出来なマニューバ。汎用機のスーンではこれが限界だった。


 宇宙を走るのは緑の機影だ。おおよそ常人の反射神経、動体視力では追いつけない速度でスーンは弾雨を登っていく。その速度はマッハ20にまで達していた。


 搭乗しているのはラナだ。騎士として優秀な彼女はパイロットとしてもまた優秀だった。


 彼女のスーンは建造船に搭載されていた護衛機だ。装備は防衛用のそれで、高出力のビーム砲を装備していた。飛行形態となれば、その火砲は正面を向く。引き金を引けば、その火力は存分に発射された。


 「船底に大穴。被害、よし。抜けられる」


 ビームが放たれ、敵船のバリアを貫いた。正面に比べ、船底は守りが浅い。それは銀河世界でも変わらない。


 開かれた大穴からラナのスーンが飛翔する。崩れ落ちていく海賊船を尻目にラナは戦闘形態に変形し、姿勢を変え、再度加速する。


 「つ。次は!?」


 ラナの視線が左右へ泳いだ。次の獲物を見定め、突撃する用意をする。そして彼女は再び加速した。


 いっそう弾幕は激しくなった。隙間もないほどのレーザー光がモニターを埋め尽くし、それを回避するたびに強烈なGがラナにかかった。


 「ここ!!」


 さりとて彼女の攻勢が緩むことはない。銃火に晒されながらも、ラナは火砲を構え、海賊船の艦橋を撃ち貫いた。


 艦橋を貫かれた海賊船はダメージコントロールができず、ゆっくりと沈んでいく。それには目もくれずラナが次の標的を探そうとした時、対空迎撃とは異なる攻撃が彼女のスーンをかすめた。


 顔を上げれば、いつの間にか弾雨は止み、代わりに複数のドールがラナを見下ろしていた。


 バルグラ。青いハードメタルの装甲色が特徴的な帝国第12兵器工廠のドールだ。スーン後期型に性能面は劣るが、豊富なオプションでその差をカバーしている。実際、目の前のバルグラはどれも多様な兵装を装備していた。


 「数だけいたって!!」


 操縦桿をにぎりしめ、ラナは特攻する。飛行形態に可変し、群がるバルグラ達の中を突っ切った。


 ギュンと勢いよくバルグラ達の間を通り過ぎ、振り返りざまにラナは火砲の引き金を引いた。


 太いビームが放たれる。戦艦の装甲すら貫く火砲だ。ドールの電磁バリアで防げる代物ではない。瞬く間に数機が光の中に消えた。


 『ひゃっはー!!撃ってきたぞ、おい!!』『こえー!!!』『おっかねーな!!!』


 海賊達はオープン回線で好き勝手まくしたてた。仲間が死んだというのに、まるで緊張感がなかった。


 「うるさい!!」


 戦闘形態に可変し、ラナは近くのバルグラに近づき、左手首から抜き放ったビームサーベルを突き刺した。コックピットが焼かれ、バルグラは機能停止した。


 ラナ目掛けて、海賊達は攻撃をはじめた。ビームライフルで攻撃してくるものもいれば、ビームバズーカーで攻撃してくるものもいた。それを時に避けたり、斜線を切ったりしてラナは回避した。


 不慣れな機体で、しかし軽やかにラナは攻撃を回避する。加速と減速を何度となく繰り返し、高次元のマニューバを実現した。


 『当らねぇ!!』『くそ、照準装置がズレてんの!!』『どんな手品!!』


 「ああ、うっとうしい!!!!」


 オープン回線で好き勝手叫ぶ海賊達が不快だった。大した腕もないのに、鬱陶しいと感じた。


 火力ばかりの防衛装備でなければすぐにでも血祭りにあげていただろう。それができないことに悔しさを覚え、ラナが旋回した時、不意に海賊達の会話に割り込んできた通信があった。


 『そこのスーンのパイロット!艦船の正面を見ろ!!』


 不意の通信にラナは意識が逸れた。その隙を突き、海賊の機体が放ったビームが彼女のスーンの片腕を貫いた。


 『おい!!俺が話してんだぞ!!撃つのをやめやがれ!!』


 通信の主は砲撃する海賊達を一喝する。それを他所にラナは言われるがまま、艦隊の正面を見た。


 「あ、しまった」

 『そぉーだ。しまったってなぁ!!』


 見れば二隻の建造船の周りを海賊船が囲んでいた。海賊船の主砲は建造船に照準され、いつでも砲撃可能な状態にあった。


 『投降しろ、スーンのパイロット。でねーと、この船、ぶっ壊しちまうぞ?』


 通信の主の下卑た内心が伝わってきて、吐き気を覚えた。だが、その言葉が嘘でないことは理解できた。投降しなければ数千人が犠牲になる。それを見過ごせるほどラナは非情にはなれなかった。


 機体のアタッチメントを外し、武装解除をする。そしてオープン回線を彼女は開いた。


 「わかった、投降するわ。だから」

 『あれれ?聞こえないなー。もっと大きい声で言ってもらわないとなー』


 降伏を宣言するラナは、しかし直後の言葉に絶句した。動揺し、瞠目した。


 「は?嘘を言って」

 『投降するつもりがないならちょーがないなー。——撃て』


 無数のビームが建造船を射抜いた。装甲が融解し船体が爆散した。真っ二つにへし折れた建造船はそのままゆっくりと沈んでいった。


 「嘘をついた、嘘をついたぁあああああ!!!!!」


 即座にラナは取り外した武装に手を伸ばそうとした。しかし、海賊達もバカではない。ピンポイントに取り外した武装を彼らは撃ち抜いた。


 爆散した火器の衝撃でスーンが吹き飛ばされる。その矮躯は近くにいた海賊船の船体にぶつかり、機体は動かなくなった。


 モニターを埋め尽くすのは無数のバルグラだ。それはラナのスーンを取り押さえ、そしてウロヤの待つ船に彼女を連れて行った。


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