ヴェロニカ・イト・カウシル
一週間後、俺のところに一人の騎士が現れた。炎髪のポニーテルを靡かせた凛々しい女性騎士だ。
「ヴェロニカ・イト・カウシルであります。この度、レアン皇子殿下の武術の指南役を拝命いたしました」
片膝をつき、ヴェロニカと名乗った女性騎士は俺と目線を合わせようとする。それでも180センチに迫るだろう、彼女とではどうにも視線が合わなかった。有体に言えば、少しだけ俺が見上げる形になった。
「カウシル卿は幾度となく戦で名を馳せた御仁であります。殿下、くれぐれも皇族だからと軽々な態度は取られないようにお願いいたします」
「わ、わかってる。えーっと。では俺は貴殿をなんとお呼びすればよいでしょうか?呼び捨ては、失礼、ですよ、ね?」
アリーナをちらちらと見ながら俺はヴェロニカに聞く。さすがに現役の騎士を呼び捨てにするのは気が引けた。これが成人し、かつ継承権の高い兄や姉であればまた違うのだろうが、俺はまだ子供で、継承権も低い。対面上でも相手を敬っておくべきだろう。
「ヴェロニカで結構ですわ、殿下。もとよりこの身は帝国の直臣。いかなる呼び名でもかまいません」
まっすぐな目でヴェロニカは俺を見る。髪色と同じ燃えたぎった瞳を向けられ、俺は反応に困った。
呼び方はなんでもいいだなんて、後々問題になる一因の一つだ。俺は知っている。そうやって関係をおざなりにしていると、色々とまずいことになるんだ、と。
だから俺は前世での戒めも込めてヴェロニカを「先生」と呼ぶことにした。俺を散々弄んだクソ政治家と同じ呼び名だ。2度と騙されたくない、いい加減な人間関係を作りたくないという一心を込めた呼び名だ。
「皇子殿下がそのように呼びたいのでしたら、いなやはございません。——では殿下、早速ではありますが、まずは殿下がどれほど動けるかを見せていただきましょう」
そう言って俺と先生は庭に出た。動きやすいようにスポーツウェアに着替え、俺は訓練用の模造剣を握った。先生も同じものを握り、構える。見様見真似で俺も先生と同じように構えた。
「どうぞ。好きなタイミングで打ち込んでいらしてください」
「では、いやぁああ!!!!」
大きく振りかぶり、俺は先生に向かって突撃した。対して先生ははそれをすべて受け止めた。俺が適当に振る剣をこともなげに受け止めていった。
ひとしきり打ち終え、俺は息が上がった。はぁはぁ、と肩で息をする俺の頭に先生はポンと模造剣を乗せた。
「ふむ。大体わかりました。やはり基礎から取り組んだ方が良さそうですね」
先生は涼しげな顔で剣を構えた。
「先ほど、殿下は私の構えを真似しましたね?きちんと他人の動きを追うことができるのは勤勉である証拠です。それさえできれば、基礎はすぐにマスターできますよ」
そう言って先生は俺に動きが見えるように横向きになって剣を振った。綺麗な軌跡だな、と思った。思わずそれを口に出して言うと、先生は少しだけ口角を上げてみせた。
「今日の戦場ではこういった剣術は意味がない、と言うものが多いのです。曰く、綺麗な軌跡など描くだけ無駄だ、と」
銀河世界の軍隊で広く採用されている武器はガスレーザー銃だ。高熱圧縮したガスをレーザーに変換し、それで対象の皮膚や臓器だけでなく、体組織も焼き切るのだそうだ。前世で言うところの鉛弾のようなものか、と聞いた時は解釈した。
そんなおっかないレーザーが飛び交う戦場では確かに剣術は時代遅れ感がある。ここが銀河帝国という貴族階級が存在する国じゃなければ廃れていたかもしれない。
思わず、剣術は無意味、という思想に同調しそうになった俺を、しかし先生は待ったをかけた。
「違うのです、殿下。もし本当に剣術が無意味ならば、騎士が歩兵一個大隊と同格などどうして言えましょうか」
「えっと、それはアステラを使えるから、ですよね?」
「それもあります。まぁ、アステラが使えるから騎士になるのですが、それは今は脇に置いておきましょう。重要なのはどうして騎士が剣術を収めるか、です」
先生の視線が俺から離れた。俺が先生の視線を追うと、そこにはアリーナと彼女の後ろに控えるいくつもの人型ロボットがあった。
「あれらは帝国で軍事教練のために用いられる戦闘用アンドロイドです。人間ほど細かな動作はできませんが、戦場ではデコイや数合わせとして多くが用いられます」
カチカチと戦闘用アンドロイドにスイッチを入れながら、先生はかいつまんでどうしてアンドロイドが戦闘目的で使われなくなったかを教えてくれた。
端的に言えば、戦争が高度化しすぎて人間の方がロボットよりも安価になったからだそうだ。
人間一人に基礎を教えるだけなら「インフォメーション・インプラント」で事足りる。それをきちんと身につける訓練期間は必要だが、即席で兵士を揃えるなら、インプラント以上に効果的な手段はない。
ではアンドロイドはどうか。アンドロイドは高度な知能体にすればするほどその計算領域を拡張しなければいけない。そのための電子頭脳を作るには希少なレアメタルが使われる。安上がりの低知能型にすると、今度はハッキングをされるリスクがあったり、臨機応変な対応ができないなどの問題が出てくる。
結果、アンドロイドはもっぱらハッキング対策だけされた低知能型ばかりが戦場に送られたわけだが、それだと戦略や戦術の幅が限られてしまった。結局人間でいーじゃん、となったのは皮肉でしかない。
「人間ならハッキングはされませんからね。さて、と。アリーナ様、殿下をシールドの内側にお願いします」
先生に言われて、アリーナは俺の手を引いて、用意していた電磁シールドの内側に俺を入れた。レーザー銃程度なら無効化できる半透明の薄い膜の外では剣を抜いた先生が10体はいるだろう、戦闘用アンドロイドと対峙していた。
アンドロイドが銃を放つ。拳銃型のレーザー銃から赤い光線が放たれた。先生はそれをかわし、素早くアンドロイドに接近すると、その胴体を横薙ぎに切り飛ばし、返す刃で胸部を貫いた。
レーザー銃から次々に光線が放たれる。先生はそれを時に躱し、時に壊れたアンドロイドの残骸で防御した。瞬く間に10体すべてを切り捨て、先生は笑顔で俺に向かって手を振った。
「どうでしょうか、殿下。剣術一本でもこのように多対一でもなんとかなるものです。そして、剣術を収めていればこのように」
庭の芝生に剣を突き刺し、先生は俺に刀身を見せた。叩けばコンコンと硬質な響きがするアンドロイドを10体も切り捨てたにも関わらず、その刀身にはヒビどころか刃こぼれひとつ付いてはいなかった。
「切り口が鮮やかであったため、剣が摩耗しないのです。おかげで研師泣かせですよ」
「すごい、です。これはどういう理屈なのですか?」
「理屈と呼べるようなものではありません。剣術とはその名が示す通り、剣で相手を斬る術です。ですので自然と長く長く剣一本で切り続けるため、私共の剣はひたすら研ぎ澄まされていきました。その結果、刃こぼれはもちろん、例え人を切っても脂で剣が、と。こういった話はあまりすべきではありませんでしたね」
自身を睨むアリーナの視線に気付いたのだろう。先生はわざとらしく咳払いをして、突き刺した剣を鞘に収めた。
「殿下にはまず基礎をお教えします。基礎が十分と判断すれば発展として、今見せた剣の使い方を伝授いたします」
鉄を切っても刃こぼれなし。剣術って面白い。
そう思い、俺は勉強の傍ら、先生から基礎を教わった。数式や文法と同じように、剣術もまたかなり理屈っぽかったが、不思議と勉強よりも楽しく感じられた。
そうして大体5年が経った頃、俺は先生から斬鉄の方法を教わるまでに至った。
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