ヴィジョン
ルードヴィッヒが財政再建案の試案を持ってきたのは、俺がそれを命じてから二ヶ月が経過してからだった。久しぶりに俺の前に現れたルードヴィッヒは口髭も顎髭も生え放題で、頬もものすごくコケていた。
「御尊顔を拝し恐悦しご」
「ものすごく顔色悪いな。大丈夫か?」
「陛下のお気持ち、痛み入ります。大丈夫でございます」
全然大丈夫に見えない。ゾンビの方がまだ顔色がいいんじゃないかとすら疑ってしまう。実際、立っているのもやっとといった感じだ。
よろよろのルードヴィッヒは俺の机の上に試案を置いた。俺はそれを受け取り、概要を確認した。中身を見て、俺は疑念の眼差しをルードヴィッヒに向けた。
試案の中身は確かに財政再建案だった。現在の税収を財源とした財政再建案だ。そこには経済発展をしていこう、という姿勢がなかった。
「なんだ、これは」
「陛下のご疑問はごもっともでございます。つきましては、付録をご覧ください」
言われて、試案の続きがまだあることに気づいた。電子ペーパーの表面をスワイプすると、付録が現れた。それを読んでいくと、なぜ試案に経済発展についての言及がなかったのが理解できた。
現状のアンディーク星系には確固たる産業基盤がない。細々とした市場はあるが、それは産業と呼べるようなものではなく、町市場程度のものだ。
唯一、産業と呼べるほど整備されたものがかつての奴隷貿易だったというのは皮肉なことだ。もちろん、だからと言って奴隷貿易を再開するつもりはないが。
「目下、新たな産業の基盤となる事業を策定中であり、これが見つからない限りはどれだけ徴税制度を見直そうと、投資をしようと、無意味かと愚考いたします」
「なるほど、な」
「はい。ですが解決策がないわけでもありません」
まるで見計らったかのようにルードヴィッヒはそう言った。どんな策だ、と問うとルードヴィッヒは俺を見つめた。
「確たる産業がないアンディーク星系がどうなるかは陛下のヴィジョン次第であります。どのような星系するか、それ次第かと」
「お前、はっきりと言うな」
「ですのでこのような辺境の星系に飛ばされました。ですがそのおかげでやりがいのある仕事にありつけたのですから、運命とはわからないものです」
朗々と語った後、ですぎたことを、と言ってルードヴィッヒは謝罪のお辞儀をした。しかし、その明朗さは俺の好みだった。
「いい。お前はそれでいい。しかし、俺のヴィジョンか。そうだな。少し考えていいか?」
「御意。一昼一夜で決められる内容でもありますまい。陛下の御意がお決まりになられるまでの間、私は予算に余剰がないか、調べてみます」
「いや、お前は休め。命令だ」
そんな、とルードヴィッヒは狼狽する。しかし、今回ばかりは俺も看過できなかった。
指を鳴らすと騎士の礼服を纏った若い連中が現れた。その一人は浅黒の肌の少年、クリント・カムシだった。
「客人を丁寧に浴槽に放り込んで差し上げろ。メイド達には局部に至るまで洗え、と伝えろ」
「セクハラだろ、それ」
「パワハラかもよ?」
「うるさい。200歳間近のおっさんの局部に興味があるやつなんていないだろ。逆にこいつだって100歳未満のガキに欲情なんてしない」
なんなら100歳越えの、元の世界で言うところの20代前半ぐらいの、魅惑的なレディに会ったところで、局部が勃起するかわからない。不能なのかもしれない。
嫌がるルードヴィッヒを強引に浴槽に連れて行き、それを報告するため、クリントが俺の部屋に入室した。浴槽に入れる時に一悶着あったのか、クリントの頬は腫れていた。
「大変だったな。あとで医薬品かなにか、届けるよ」
「別にいい」
「あっそ。それよりも実はお前に聞きたいことがあってな」
椅子に腰を預け、俺はルードヴィッヒに言われたことをクリントにも話した。
代官屋敷を襲撃してから、クリント達アンディーク少年自警団は俺の屋敷に引き取られ、そこで騎士になる訓練を受けさせた。騎士としての教育はキリルが、礼儀作法についてはアリーナが教えた。さっき俺が触れたメイドも元々はアンディーク少年自警団の少女達だ。
母ベラには俺が信用できる人間に仕事を任せたい、ということで了承をもらった。なんだかんだと言ってもベラは母親だ。屋敷内のことに関して多少はお伺いを立てる。
文句を言ってきたのはジェイムズはじめ、アリン以外の兄弟達だ。貧民街のガキを受け入れるなんてとんでもない、と言ってきた。無論、うるさい、と一蹴した。
クリント達を受け入れた理由はいくつかある。信用できるからというのもその一つだ。他にも、こうして惑星や星系の事情を庶民目線から話せる人材としても重宝している。
俺の話を聞き、クリントは少し考えるそぶりを見せた。
「産業ってのは、あれだろ?この星だったり、星系だったりを発展させるための、仕事、だろ?」
「そうだな。基盤となる産業がほしい。ただ、それを見つけるためには俺がこの星系をどうしたいかっていうヴィジョンが必要なんだってさ」
ヴィジョン、あるいは展望。どういう青写真を描けるか、という話だ。考えてもみれば皇帝になる前の足がかりとしか、俺はこの星系を見ていなかった。だが、皇帝となるためにはこの星系の発展は必要不可欠だ。
皇帝になると粋がっておきながら、その観点が抜けていた。まったく、恥ずかしい限りだ。
「うーん、パン食べ放題とか?」
「なにそれ。ふざけてる?」
「お前がヴィジョンねーかって言ったから提案してやってんだろ」
「パン食べ放題って人間はパンだけで生きてるんじゃないんだぞ?」
「パンないと、死ぬけどな」
それはそうだ。ただパンばかり作っても、発展性はない。
「いや、違うな。パンが作れることが大前提か。うーん、難しいな」
いずれにしても、すぐに結論が出る話でもなかった。
*
俺の星、俺の星系。それを発展させるためにはどうすればいいか。
ルードヴィッヒの問いに俺は答えを出しかねていた。あの日から何日も経ってもだ。
この星系を玉座奪還のための足がかりにする。それがヴィジョンだ、と言われてもやや漠然とし過ぎている気がする。
それが産業発展とどう結びつくのか。
「思考を整理するか」
今の俺に必要ものは軍事力、政治力、経済力。他にも色々あるが、まずはこの三つだろう。
その内、一番必要なのは軍事力だ。では軍事力を得るためには何がいる?
経済力に他ならない。そうなると、どういった経済力が必要になるという話になる。
軍事力を後押しするための経済力。言い換えるならば軍需産業だろうか。それを得るためにはどうすればいいか。
「やっぱり、工廠は欲しいな。あとは、でかい宇宙港と資源惑星と、それからそれから」
欲しいものがいっぱいある。しかし、そのすべてを今すぐに手にいれることはできない。
「地道に一つずつ。そのためのヴィジョン」
なんだ、最初からヴィジョンは決まっていたようなものじゃないか。
「玉座の奪還。そのための軍事力。そのための経済力」
そのために必要な産業とは何か。いや、そもそも産業なんていうことを言っていたのがおこがましかったのかもしれない。
まだ、俺は産業云々と言えるほど、この星を発展しきっていないじゃないか。
「——首都星交換人を呼べ。そうだ、連絡係だ」
*
緊急の会議。そう言われ、緊張しない官僚はいない。政庁の会議室に集められた官僚達は強張った表情で列席していた。
そんな彼らの前に俺はふんぞり返っていた。正直、視線が痛い。上座に設けられた豪奢な椅子に座っているだけなのに、腰のあたりで発症してもいないヘルニアが再発しそうだ。
「——諸君、忙しい中、わざわざ招集に応じてくれたこと、感謝する。今日は今後の方針について諸君と話したいと思って、急遽集まってもらったんだ」
一番上座に近い官僚がおずおずと手を挙げた。どうした、と目で問うと、官僚はボソボソと答え出した。
「へ、陛下。今後の方針とは、一体いかなるものでしょうか?」
「うん。それをこれから話す。決して聞き漏らすなよ?」
はい、と官僚はさっきまでの元気のなさが嘘のような大声を張り上げた。別に取って食ったりしないのに、なんで、そう萎縮しているんだろうか。
まぁいい。
「まず明言しておこう。俺はこの星系の王で止まるつもりはない。俺は玉座を奪還する。そして、首都星にはびこる管寧邪智の輩を粛清する」
ゆえに、と俺は続けた。
「この星系の発展は必要不可欠だ。だが、それは難しい。そうだな、ルードヴィッヒ」
俺の問いにルードヴィッヒがはい、と首肯し、起立した。
「現在のアンディーク星系には産業と呼べる規模のものはありません。したがって、今度の発展は望めないかと」
官僚達が顔を見合わせる。わずかに会議室がざわついた。
しかし俺が手を上げると、そのざわめきは静寂と化した。
「そういうことだ。だが、考えてもみろ。そもそもこの星系は産業に発展するほど経済が成長しているか?教育が行き届いているか?」
否だ。断じて否だ。少なくとも貧民街のやつらはまともな文字の読み書きだってできない。
「ゆえにまず行うべきは教育改革!!そして教育の水準が十分に達した時のために、外部から技術移転をするための準備をする必要がある。
「外部から、でありますか?しかし、そんなことが可能なのでしょうか」
いい質問だ。確かに常識的に考えれば今の俺達に協力する物好きがいるとは思えない。
現状、このアンディーク星系は俺が代官に代わって統治している。それは摂政ソフィアからすれば反乱と言ってもいいのだが、しかし彼女自身が戦争で忙しいため、見過ごされている状態だ。
それでも俺達が発展をしようとすれば邪魔をしてくる余裕くらいはあるだろう。そんなソフィアを恐れ、まともな連中は協力しようとすらしない。
だが、まともではない連中なら?可能性は大いにある。
「狙い目はこれだ。帝国軍第13兵器工廠!!知っているものもいるかもしれないが、設立から300年、常に年間売り上げ最下位常連の工廠だ」
帝国には総計13の兵器工廠がある。半官半民のこの組織はそれぞれが帝国軍技術科の傘下にありながら、半分独立している組織で、それぞれが経済競争でしのぎを削っていた。
ざっくり言えば、技術発展を目的とした国営企業、それが帝国兵器工廠だ。ただし、国営ではあるが、倒産することもあるらしい。一度や二度ならいざ知らず、50回、60回と倒産と再建を繰り返している工廠もある。
第13兵器工廠はそんなどうしようもない工廠の一つだ。その名を知るものはこう言うらしい。妄想バカの肥溜め、と。
「陛下。えー。そのー。諫言よろしいでしょうか?」
「待て。まぁ、待て。言いたいことはわかる。こんなゴミの肥溜めを招集してどうするんだ、と言いたいのだろう?」
背後のスクリーンに映し出された第13兵器工廠のダサいプロモーションビデオを指差すと、官僚は苦々しげに頷いた。
プロモーションビデオにはなんとも言えないデザインの戦艦が映し出されている。そしてひどいデザインのドールもだ。それらは極太のビーム砲撃を放ったり、よくわからない武器を振り回したりしていた。
妄想バカの肥溜め、と第13兵器工廠が揶揄されるのは理由がある。それはその武装からも分かる通り、とにかくロマン過多なのだ。
「陛下、不人気どころを狙うなら、第12兵器工廠はどうでしょうか?あそこであれば技術も製品も標準的です」
「もっともな意見だ。だが、そんな発展性の塊をソフィアが俺に渡すと思うか?」
「それは、難しいかと」
本音を言えば、ソフィアだって第13兵器工廠を渡したい、とは思わないだろう。しかし、何度も経営破綻を繰り返すお荷物に俺が金を出すと言っているのだ。首を縦に振るしかない。
俺のやりたいことはつまりこうだ。十分に領民の教育が行き届いたところで、その受け皿になる工場を誘致させる。工場を中心とした産業発展、かつての日本ではよく起こった波及効果だ。
「なるほど。これであれば」「13というのが気がかりだが」「技術力はある。手懐ければいい」
官僚達は色良い返事をする。その場で俺の提案は採用され、すぐに綿密な計画が練られていった。
そして5年後、十分に教育が行き届き、いよいよ工場を誘致しようという時に事件は起こった。
「陛下、こちらをご覧ください」
自身の映像端末をルードヴィッヒは見せる。覗き込むとそれは記者会見の様子だった。
見出しはこうだ。「帝国第13兵器工廠、69回目の経営破綻!!70回目は目前か」。いや、目前かじゃねーよ、ふざけてんのか。
「それよりも倒産!?」
「はい、倒産です」
「え?じゃぁ工場誘致の話は?お流れか?」
「いえ。工場は誘致されると思います。ただ、このあぶれた技術者達がまるまる我が方に来る可能性があります」
なぜそうなる。普通は他の工廠が吸収するんじゃないのか?
「平時であればそうかもしれませんが、今の帝国は戦争中です。この時期に外部から勝手の知らない人間を入れる可能性は」
「ないな、うん」
いや、うんじゃない。それだと、つまり俺の方に想定以上の技術者が来るってことじゃないか?そんな受け皿、この星系にはないぞ?
「受け入れなければ海賊や他国が帝国の秘匿技術を確保する可能性があります。技術流出を防ぐ点でもここは受け入れるべきかと?」
「身内だけの忘年会が、派閥みんな出席で店がパンクした時のこと思い出したよ。はー。予定外のことって嫌だな」
「忘年会云々はわかりかねますが、予想外のことが嫌だというご意見には同意いたします」
一礼し、ルードヴィッヒは出ていった。執務室に残された俺は盛大に絶叫した。
「バーカ!!!!!」
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