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プロローグ——屋敷

 俺の名前はレアン・ハイラント・ソル・アルクセレス。アルクセレス朝銀河帝国の皇帝である。あまねく銀河の星々を支配する絶対権力者である。


 俺は今アンディーク星系という辺境の惑星にいる。開発もされていない田舎の星系だ。


 なぜ皇帝である俺がこんな田舎にいるのか。それは追放されたからだ。


 俺を追放したのは義母であるソフィアだ。摂政を僭称し、勝手に自分の息子を皇帝に据えた憎むべき大悪党だ。


 そんなソフィアに俺は家族と共に追放された。そしてこのアンディーク星系で腐っていくのかと思ったが、この世界は俺にそんな未来を歩むことを許さないらしい。


 いくつかの幸運が重なって、俺はアンディーク星系の代官を倒し、代官代行として星系を掌握した。しかし、掌握したはいいが、この星は色々な問題を抱えていた。



 予算が足りない。金がない。


 アンディーク星系の基幹惑星ベルリオズにある屋敷で俺は背もたれに寄りかかっていた。俺の目の前には来期の予算案が置かれていて、その中身に俺は軽く落ち込んでいた。


 このアンディーク星系は大きく、そして開発可能な惑星が三つもある辺境の星系としては比較的発展しやすい土壌が揃っていた。当時、この星系を直轄領とした皇帝もきっとこの星系の発展を期待していたのだろう。


 しかし二千年以上の歳月が経ち、かつての期待の星は絶望の星に変わってしまった。


 まず大前提として税収が期待できない。土地が汚染され、農業をするための自然環境が壊滅的と言えた。一次産業が無理なら二次産業と思ったが、鉱山惑星はどれも開発放棄されていて、一から採掘をするとなるとかなりの費用を必要とした。


 一体どれから着手すべきか、そう悩んでいると扉を叩く音がした。入室を許可すると、電子ペーパーを片手に持った白髪銀目の少女、ラナ・ニキャフが入ってきた。騎士の礼服を着た少女だ。


 「レアーン。今使える予算はこんくらいだってさー」


 電子ペーパーをラナは俺の机に置いた。すぐにそれに目を通し、俺は項垂れた。まるで足りない。軍事力を得る多めにも経済力を得るためにもお金が足りなかった。


 「はぁー。地道にやるか」

 「ん。それがいいと思うよ?」


 ため息をつきながら、俺は改めて電子ペーパーに映し出された帳簿を眺めた。中身は絶望的だが、品よく中身は整理され、妙に読みやすかった。


 「よく整理されてるな。とても読みやすい」


 細かな数字まで書いてあるから、暗算が楽だ。ただ病的な細かさではある。


 「これ、誰が書いたかわかるか?」

 「政庁に問い合わせれば、多分。聞いてこよっか?」


 「いや、俺がやる。ラナはそれよりも視察をよろしく」


 ラナには星系内の各惑星の視察を命令している。生活状況の把握などが主な目的だ。


 ラージャ、と皇帝に対して不遜な返答をして、ラナは部屋から出ていった。


 残った俺はさっそく、帳簿を書いた人物について政庁に問い合わせた。返答はすぐに返ってきた。すぐに面会がしたい、というとその日のうちにその男は俺の前に現れた。


 「財務課長を務めております、ルードヴィッヒ・ウォーハイトと申します。皇帝陛下のご尊顔を拝し、恐悦至極に存じ奉りあげます」


 ぎこちなくお辞儀をするのはメガネをかけた男だ。端正な顔立ちの人物でだが、だらしないボサボサの髪と剃っていない口髭のせいで、不潔に見えた。


 「この帳簿を書いたのはお前か、ルードヴィッヒ」

 「はい。私の手によるものであります」


 「とても細かく書いてあって大変、わかりやすかった。いっそ病的とすら言えるほどだ」


 ルードヴィッヒははぁ、と気の抜けた返事をする。少し間抜けな雰囲気があるが、この男の能力はなかなかどうして、得難いものだ。多分。


 「お前の能力を見込んで頼みたいことがある。この星系内の公金の流れをすべて記したレポートを提出してほしい」


 「すべて、でありますか?それは時間がかかるかと思いますが」


 「必要なら人も貸す。財務課の連中を全員駆り出してもいい」


 そういうことでしたら、とルードヴィッヒは頷いた。さすがに一人で資金の流れを全部調べ上げろなんて俺も言わない。


 「ただし期限は三ヶ月だ」

 「三ヶ月!!それは、いえ。私はともかく他の財務課の職員がどう言うか」


 「最悪、半年以内に終わればいい。一般業務は人工知能を使え」


 旧代官派の役員を大量粛清した後に抜けた人員の穴埋めのために高性能な事務用AIを導入した。抜けた奴らの穴埋めをしてもなお、その処理能力には余裕があった。


 「そういうことでしたら、期限以内に収められるかと思います」

 「ほー。さすがだな。じゃぁ頼むぞ」


 ルードヴィッヒは一礼し、部屋から退室した。不思議とその瞳は活き活きとしていた。


 「これで使える予算が確定する」


 あとはそれをどこに配当すればいいかだ。そのためにもまずすべきことは一つ、学校を建てることだ。



 四ヶ月が経った。その間に俺は資金を投じて貧民街の再開発を行っていた。人口が少ないアーコロジーの運営を停止し、浮いた資金を開発に投じたのだ。


 今建てているのは自動治療機能を完備した無人診療所だ。貧民街でたびたび起こるという感染症対策の施設だ。


 この世界の建設技術はすごいもので、わずか三日で巨大な建造物が誕生する。いわゆる3Dプリンターみたいなものだ。


 「ほんと、技術だけはすごいな」


 これだけの技術があれば、領地の再建だってもっと楽にできただろうに、一体どうしてこうなるまで放置したのか、全くわからない。


 「基本的に代官は発展させても見返りがありませんから」


 俺の隣に立つ老け顔の騎士、キリル・イト・セーベルは苦笑する。思うところがあるのか、建設されていく新しい建物を見る彼の目は胡乱だった。


 「目先の利益ばかりじゃなくて、長期的視野が必要だってことか。そういうのを官僚とか役人には求められるんだろうな」


 「御意。しかし難しいことです」


 俺は肩をすくめる。前世が秘書だったから、なんで官僚が目先の利益を求めるのかもよくわかる。単純に官僚の生活が危ういからだ。平民出身がほとんで、貴族のような確かな地盤がないのだ。


 そんな奴らに長期的視座を持て、というのは酷な話だ。是正すべきなんだろうけど。


 そんな会話なんかがありつつ、貧民街の開発を進める俺の元にルードヴィッヒから連絡があった。例の公金運用についてのレポートがようやくできた、という話だった。


 「思っていたよりも時間がかかったな」

 「申し訳ありません。ですが、完璧に近いものはできたと自負しております」


 心なしか、ルードヴィッヒの口髭は一層濃くなっていた。香水の匂いに隠れて微かに汗の匂いもした。ひょっとしたらまったく風呂に入っていないんじゃないか、こいつ。


 ルードヴィッヒから渡されたレポートを読んでいると、だんだん不愉快な気持ちになってきた。ルードヴィッヒに対してではもちろんない。資金の流れを見ていると、不愉快になったのだ。


 「海賊やチンピラに資金が流れていた、と?」


 「陛下が粛清なされた役人の中にその種の犯罪行為に手を染めている輩がいました。すでに処分されてはいますが、相当の資金が流出しています」


 「ふーん。他にも仲介業者を何人か挟んで中抜きしたりしてるわけか。アーコロジーも、やっぱり多すぎだな、これ」


 やはり、アーコロジーは全部潰す方向で決定だな。10年後にはこの星系にアーコロジーなんて存在しなくなるだろう。


 「これで資金の流れはだいたい把握できた。ルードヴィッヒ、大義だった。二週間、いや一ヶ月の休養を許可するぞ」


 「え?そんなに、でありますか?」


 「俺の期待に十二分に答えてくれたんだ。これくらいの休暇はとうぜ」

 「そんな、殺生な!!」


 え、なに?


 急に膝を落としたルードヴィッヒは土下座しながら、虫みたいに俺の机の前まで這ってきた。ゴンゴンと机の足に頭をぶつけ、メソメソと泣き出した。


 怖かった。中年男性が泣き崩れ、土下座している時点で十分に怖かったが、それがダンゴムシみたいに体を丸めて机にぶつかっている光景が恐怖を加速させた。


 「お願いします、陛下。どうか、どうか、休暇中も仕事をさせてくださいおねがいします」

 「え、いやいや。休暇中は仕事させられないだろ」


 銀河帝国にも労働基準法はある。それに則れば四ヶ月間ぶっ続けで働かされたルードヴィッヒ達は間違いなく、基準法違反で、強制休暇だ。そして俺はお縄になる。


 まぁそんな戯言はさておいて、休暇をくれてやる、と言われていやです、と言われるとは予想外だった。ワーカホリックというやつだろうか。


 「せめて、せめてなにか政庁の数字関係のものを見せてください!!!お願いします!!」


 何を言っているのかわからなかった。俺には完全に理解できない生物だった。


 だから、とりあえず相手を宥めるため、休暇の時間を使って、財政再建案を作るように命令した。それを聞くと、ルードヴィッヒは嬉々としてはい、と答え部屋から退室した。


 優秀だが、変人。ルードヴィッヒ・ウォーハイトとはそういう人間なのだと理解した。


 それはこの世界に生まれて初めて、人間怖い、と思った瞬間だった。


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