悪代官は斯く吼える
扉の奥には鼻が長い男がレーザー銃を構えて待っていた。ひどく怯えた情けない姿の男だった。
きっとこいつが代官のラビッツ・エル・ノークスなんだろう。ピノキオみたいな顔して、悪代官だなんてとんだ詐称もあったものだ。
けれど間違いがあったらいけない。だから確認しよう。
「お前が、ラビッツか?」
「ひぃ!!」
返事の代わりに悲鳴が出た。顔を引き攣らせたラビッツはレーザー銃を持つ手を振るわせた。
皇帝にきちんと返答しないだけで重罪もの、増して銃を向けるなど極刑ものだ。さっさと切り捨ててしまってもいいだろう。そう思って一歩近づくと、レアンは待て、と俺を静止した。
「待て、いえ、待ってください!!お願ひひまふ!!!皇帝陛下!!!」
「俺を皇帝と知ってなお、待て?皇帝に命令するのか、お前?何様のつもりだ」
「おねがいします!!!お待ちください、皇帝陛下!!弁明を、弁明の機会をお与えください!!」
泣いて懇願するラビッツを見ていると、少しだけ気分がよくなった。少しは話を聞いてやってもいいか、という気にさせられた。
「私は陛下が侵入者であるなど知らなかったのです!!どうか、どうか、お許しください!!銃を向けたこと、伏してお詫び申し上げます!!」
ラビッツは土下座をする。だが、俺の顔を知っていて、知らなかったは通じない。監視カメラで見ていたんだろうに。
なにより、土下座をしているのに銃を手放さないところでこいつの言葉は信用できなかった。
「お詫びしているなら、銃から手を離せよ。ほら、早くしろよ」
「え?あ、はい!もちろんです、陛下!!」
言われるがまま、ラビッツはレーザー銃から手を離した。しかしすぐに手が届く場所だ。
やはりこいつに降参の意思なんてない。俺が油断して背中を向ければズドンと撃つつもりに違いない。
「まったく、度し難い奴だな。その様子だとなんで俺がここに来たのかも知らないか」
「ひっ!!いえ、その!!何故でございますか?」
「お前の部下が俺の部下を誘拐した、と聞いた。それを取り戻しに来たんだ」
ラビッツは平伏したまま、なるほど、とこぼす。
「しかし、それなら私めに命令なさればよいではありませんか!このような乱暴なことをなさらなくても」
「なるほど?お前の部下の不祥事をもみ消せ、そう言うんだな」
刹那、ラビッツの表情が強張った。
ラビッツの言葉を正面から受け取ればそういうことになる。なにせ、俺が命じれば応じる、としかこいつは言っていない。当事者を処罰する、とも言っていない。
つまり、返せばいい、と思っているのだ。それは俺を侮っていることに他ならない。
「ご命じになられれれば、即刻無礼を働いた者は処罰いたします!!言葉足らずで陛下のご不興を買い、申し訳ございませんでした!!!」
「は?なんでいちいち俺に迷惑をかけた奴を殺せ、と俺が命じなくちゃならない?俺に無礼を働いた時点で死刑だろ、死刑。ああ、もちろん。俺が許す場合は例外だがな」
キリルなんて俺が止めなかったらアブやクリントを切っていただろう。つまり、俺に無礼を働いた人間が切られるのはもう確定事項だ。
これだけ言えばラビッツも自分がどうなるかの予想がついたのだろう。青い顔をして、必死になって床に頭を擦りつけて謝罪した。
「お許しください!お許しください!お許しください!!!!」
なかなかどうして香ばしい光景だ。おそらくは散々、地下の連中を痛ぶっただろう人間が恥も外聞もなく、俺に頭を下げる。小気味いいにもほどがある。
だが、所詮は小物の土下座だ。ビール一杯分も酔えやしない。
「地下でお前の悪行について知った。なかなかだな」
「え?あ、いえいえ。そんな悪行などとご冗談を。あれは私の芸術でございます!!」
話題を変えてやると、ラビッツはすぐに飛びついた。自慢に思っているのか、ベラベラとどの人間をどうした、こうした、とくっちゃべった。聞いてもいないことまでしゃべってくるものだから、苛立ちを覚えた。
しかも悪びれた様子がない。あれだけのことをしておいて、自分は高尚な芸術家で、あれは万人に理解されない至高の作品群だ、地下は自分のアトリエだ、と言って憚らない。
「ロアを痛めつけたのもその芸術の一環か?」
「ロア?誰のことでしょうか?」
「お前が痛めつけたチェネレント人だ。まだ小さい子供を痛めつけるのもお前の趣味か?」
するとラビッツはそれまでの焦った表情が嘘のように真顔になり、きょとんとした様子で首をかしげた。
「陛下もご冗談がうまいですな。あれは人ではありません。人の形をした家畜です。芸術の練習にと色々しましたが、やはり所詮は豚や牛と大差ありませんな。至高の作品にはとてもとても」
「そうか。もういいよ、お前」
ラビッツの首を切るつもりで、俺は剣を振った。しかし、ラビッツはそれを避けた。まぐれだったのだろう、汗がだらだらと流れていた。
「な、なにをなさるのですか!!」
「言ったはずだ。俺に無礼を働いた奴を切るのは当たり前だ、と。お前は俺に無礼なことをしたら切る。俺はそれを許さない。だからお前が死ぬ。ごくごく自然な三段論法だよな」
いや前提条件を加味すれば四段か?まぁいいや。
こいつが死ぬことに変わりはないのだから、どんな論法だったかなんてどうでもいいことだ。
再びレーザー銃を握ったラビッツはピュンピュンとそれを撃った。しかし、そのレーザーは当たらない。俺が避けているのではない。単純にラビッツの射撃の腕が低いだけだ。
どのみち撃たれても断熱装備である程度無効化できるし、いざとなれば静身で防御できる。つまりラビッツは無駄弾を撃つしかないのだ。
やがてバッテリーも切れ、カチカチと引き金を引く音だけがむなしく室内に響いた。俺の背後には無数の弾痕があり、それだけの数ラビッツが射撃を外したことを物語っていた。
「おしまいか?」
「クソ、くそったれ!!おい、いいのか!!私を殺せば、首都星のソフィア様が黙っていないぞ!!貴様に叛意ありとして、大艦隊で攻めてくるぞ!!」
「バカか?今の帝国にそんな余裕があるわけないだろ」
つい先日、10年以上続いた合同共和国との戦争が終わったばかりだ。今の帝国には新たに軍隊を起こす余裕はない。代官がそんなことも知らないだなんて、嘆かわしいにもほどがある。
「待て!殺すな!何が、気に入らなかったんだ!!金なら払う!!」
悪代官はレーザー銃を捨て、必死に命乞いをした。ドラマの子悪党を見ているような、見事な命乞いだった。
「はぁ。何が気に入らなかったか。そうだな。お前がロア達をバカにしたこと、あんなひどいものを芸術呼ばわりしたこと、かな」
「ぇえ??それは、えっと。どういうことですか?」
「理解できないのか?——ああ、それならもう救えないな」
一歩近づく。狼狽したラビッツは必死に薄っぺらい弁明を始めた。
「いえ、理解しました。理解しました。理解しました!!」
「へー?どう理解した?」
「で、ですから陛下のおっっしゃりたいことは理解いたしました!!以後、陛下のお怒りを買わぬように努めますゆえ、なにとぞ、なにとぞ、命だけは命だけは!!!」
「——やだ。お前はロア達をバカにした。そういう奴を生かしておくと、俺がラナに嫌われるだろ?」
「ラナって、誰?」
「知る必要はない」
泣きじゃくるラビッツの首に剣を振り下ろす。そのまま断頭できると思った。
その矢先、何か巨大なものが室内に影を落とした。気がつくと窓の外に巨大な人型の影があった。
それはゆらりとどこからともなく現れ、俺目掛けて対人機銃を掃射してきた。たまらず回避し、俺が家具の影に隠れている隙それはラビッツを回収した。
『代官様!!ご無事ですか!!』
その影から拡声器越しの声が響いた。
徐々に輪郭が顕になる。
闇夜に浮かんできたのは複眼を思わせる一対のオレンジ色の瞳。緑を基調とした鋼の体、肩は出っ張っていて、背中には巨大なブースターユニットを背負っていた。
ドール。この銀河世界において広く運用されている人型戦闘機だ。そう、ロボットではなく戦闘機なのだ。ただ、実態としてはもうロボットでいいと思う。単に兵器の種別の話だ。
現れたドールの名前はスーンという。帝国軍の正式採用機で、その全高は18メートルにも及ぶ。
人間対ロボット。側から見ていれば勝ち目がないおうに見える。実際、ラビッツは狂ったような声で俺を洪笑っていた。
「ははは!!!このままmお前は死ね!!さすれば摂政様は俺を取り立ててくださる!!」
「なにか繋がりでもあるのか?」
ただ俺をの首を獲っても意味がないことくらい、少し考えればわかることだ。曲がりなりにも俺は皇帝、それを殺したラビッツは極刑ものだ。例え、それがソフィアを利することであっても、諸々の事情で、ラビッツを処刑するしかない。
いや、間違いなく処刑する。自身の政治的デモンストレーションのために。
それを理解していない時点でラビッツに未来はなかった。もちろん、これから先も。
すくりと立ち上がり、リーディングデバイスを起動した。洸粒が漏れ出るより先に静身に移り、流出を防ぐ。対人機銃程度ならこれで防御できる。
「泣いて謝るなら許してやるぞ!!」
スーンの手の中でラビッツが吼えた。勝利を確信して、笑顔を浮かべていた。
まったく、めでたい奴だ。たかがドール程度で俺を殺せると思っているだなんて。
俺はまっすぐ、ドールに向かって歩き出した。すかさず、ドールのパイロットは俺に向かって対人機銃を撃つ。一般的なレーザーそれは俺には通用しない。
弾かれていくレーザーを見て、ラビッツはもちろん、パイロットもまた息を呑んだことだろう。その証拠に距離を取って右手に持っていたビームライフルをスーンは構えた。
大きなギターケースを彷彿とさせる直方体のライフルで、それで屋敷の上階を消し飛ばすつもりなんだろう。
さすがに俺もライフルで撃たれたら死んでしまう。このあたりが潮時だろう。
右手をスーンに向けた。そしてそれまで抑えていた洸粒を放出した。溢れ出した洸粒はスーンを捉え、俺の意志をその巨躯に伝えた。
刹那、スーンの体が軋みを上げた。ガチガチと上下、左右、前後に機械の体が膨張し、それが決壊する。
中から拡声器越しにパイロットの悲鳴が聞こえた。体が裂けていく感触をリアルタイムで味わうのだ。その痛みは想像を絶するはずだ。
裂けていくスーン、それは霜柱を彷彿とさせ、機関を停止した機体は真っ逆さまに落下し始めた。当然、手の上に乗っていたラビッツも巻き添えだ。
ラビッツの叫び声は聞こえなかった。敢えて俺のアステラ能力の対象から外して、悲鳴を聞こうと思ったのに、無駄手間だった。
落下していくスーンが中庭で爆発する。ラビッツはその爆炎に巻き込まれて焼死した。
爆音轟く中、俺は一人、誰もいない屋上でくつくつと喉を鳴らした。声にならない笑い声がこだました。
「汚い狼煙だな」
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