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クリント・カムシの戦い

 代官屋敷を襲う前日、母親と久しぶりに話した。突然部屋に入ってきた俺をベラは冷ややかな眼差しで見た。


 首都星にいた時と比べ、ベラは痩せた。干し芋みたいになった。豊満だった乳房はなく、今は頬だってコケていた。


 「どうなさいました、陛下?」

 「今日は、お詫びのために来ました。母上の平穏安らかな日々を壊してしまうことのお詫びに」


 ベラはそれを聞いて俺の言わんとするところを察したのか、そうですか、とだけこぼした。


 「詳しく聞かれないんですね」

 「陛下の御心のままに。陛下の御意のままに。詫びなど必要ありません」


 強い眼差しをベラは向ける。こうも真っ向から自分を肯定されるとは思っても見なかったから、少しだけ気圧された。


 「皇帝たる者がそんなことでどうします。よもや、私が陛下の御意に逆らうと?」

 「——母上は私を疎んじておられるのかと思っていました」


 「そんな単純な話ではありません。皇帝たる者が下々の気分に左右されてはなりません」

 「ごもっともです。それなら今から普段の調子で話させてもらいます」


 正した姿勢を解き、俺は近くにあった椅子に足を組んで座った。ベラはそれを見て咎めることはしなかった。


 「代官屋敷を襲撃する。それによって、首都星にいる摂政が俺を殺すかもしれない。暗殺部隊を送ってくるかもしれない」


 「そうですか。どうでもいいことです。陛下の御意はこの銀河帝国の意志です。それに逆らうものなどあっていいわけがありません」


 「自分が死ぬかもしれないのにどうでもいい、と母上はおっしゃる。兄上達が心配じゃないんですか?」


 「陛下だってどうでもいいと思っているのでしょう?ならば、そのままに」


 ひどい母親だ。自分の子供が死ぬかもしれないのに平然としている。ひょっとしたら心の中ではビクビクしているのかもしれないが、それを面に出さないのは流石としか言いようがない。


 ベラはいわゆる毒親だろう。自分の中の皇帝観を息子や娘に押し付けている。その重圧にジェイムズ兄上らが耐えられるわけもなく、たまたま俺が合致しなければ今でもベラはきっと、首都星にいたかもしれない。


 そう考えると哀れな女だ。俺という彼女の皇帝観に合致する子供さえ生まれなければよかったのに。


 「——以後、エールマン家の財は俺が掌握する。それでいいんだな?」


 「来るべき時が来た。それだけのことです。ここに、我が家の財産の証明カードがあります。これであなたは正式にエールマン侯爵家の支配権を得たことになります」


 ベラは小机の上に黒いカードを置いた。俺が使っているゴールドカードではなく、列記としたブラックカードだ。


 それを受け取り、俺はポケットの中に入れた。


 「もっと、時間がかかるかと思いました。あるいはそんな日は来ないと」


 「俺は母上の子供で、皇帝だ。そんな甘えが許される立場じゃないことはわかっている。あまり、俺を侮るな」


 「そうですね。苦節20年と少し。飛翔の時ですか」


 「どうでもいい。ただ、俺がそうしたいからそうするだけだ。いい加減、この偽物の空にも飽きてきたしな」



 クリントを連れ、俺は代官の部屋に向かった。道中、出会した警備の人間や使用人を脅し、奥へ奥へと進んでいった。


 代官の私室は屋敷の18階にあるらしい。付近のビルよりも高地に屋敷が立っているため、周りを見下ろすことができる位置だ。


 移動は階段か、エレベーターか。もちろん階段だ。流石にエレベーターを登っている途中で落とされたりしたらたまらない。


 皇帝である俺がまさかの階段生活だなんて、まったく許し難いことだ。しかも豪奢な赤絨毯の階段ではなく、硬質な鉄階段だなんて、登っていてストレスしか感じない。


 「それにしても」


 階段を登ってくるカンカンという音に気がつき、振り返ると4階下からレーザー銃で武装した奴らが登ってきていた。全く学習能力がない奴らだ。こうしてやる。


 剣を抜き、リーディングデバイスを起動させると、洸粒が迸った。剣先に纏った洸粒を階下めがけて振るうと、ガラガラと階段が崩れ出した。


 「ひどいことするな。ここ、もう使えないぞ?」


 崩れた階段を見下ろしながらクリントが苦言を言う。俺は肩をすくめた。建物なんてまた建て直せばいい。全く、貧乏人はこれだから。


 「貧乏人はこれだからってか?」

 「いや、別に」


 俺の考えがわかっているのか、クリントは冷めた目を向けてきた。なんだか俺の内側をこいつに見透かされているみたいで少し嫌だな。


 「とにかく行くぞ。上で代官様が待ってる」

 「もうエレベーターで下に逃げてるかもしれないぞ?」


 「まさか。どーせ、ふんぞり返ってるよ」


 そうでもなければわざわざ何度も上から下から警備の人間が来ることもないだろ。というか、一階ではいまだに盛大にドンパチをやっているんだから下には逃げないはずだ。もちろん、真っ当な思考回路なら。


 そんなこんなで18階に到着した俺達を出迎えたのはレーザー銃の雨だった。ドア開け、廊下を歩いていると、突然即席のバリケードを構えた連中が銃を連射してきた。


 「ちぃ、バカのひとつ覚えが」


 レーザー銃に使われているガスの匂いが充満する。全くこれだから、学のない奴らは。


 「どうする!?これじゃぁ進めないぞ!!」

 「問題ない。レーザー銃のバッテリーシリンダーくれ。予備のでいい」


 言われるがまま、クリントは俺にバッテリーシリンダーを投げてよこした。受け取ったバッテリーシリンダーの蓋を開き、ポイっとバリケードに向かって放り投げた。


 直後、充満したガスに反応し、爆炎が起こった。角から顔を出すと爆炎に呑まれた焼死体が転がっていた。


 レーザー銃に使われている燃焼ガス、それが気化し、シリンダーの発火装置に引火した結果、ドカンというわけだ。こういった事態を避けるため、室内では使うレーザー銃のシリンダーは排気しないものを使うのだが、どうやらそんなことも憶えていないようだ。


 「よく知ってるな」


 クリントが褒めてくれるけど、少し調べればわかることだ。まして警備員であれば必修事項だ。それがわかっていないとか、頭がおかしいんじゃないか?


 「あらかた、片付いたか?」

 「そうみたいだ。いや、違うな」


 焼死体を踏みつけ、進もうとした時だ。人の気配がして、俺は足を止めた。


 廊下の端から人影が現れた。どうやら仲間を盾にしたようだ。身体中のあちこちに火傷の痕があった。


 「ジョン・バール!!」


 その男はクリントの知り合いだったようで、表情をこわばらせていた。


 「まったく、お前らは本当に火が好きだなぁ。見ろよ、俺の顔をさー」


 ジョンと呼ばれた男の顔には大きな火傷の痕があった。よく見ると、男の体にある傷は今ついたもの以外にも火傷の痕があった。


 それだけ情報が揃ってようやくジョン・バールという名前を思い出した。確かロアが言っていたノースガーター一派の残党の一人がそんな名前だった気がする。


 「ったくよぉ。ほんと勘弁してほしいぜ。ボスもやられて、俺も後がねーっていうのにさ」


 ジョンは恨み節を吐き、ナイフを取り出した。さっさと切り捨ててやろうと思って俺が前に出ようとすると、それをクリントが止めた。


 「レアン、悪いけどこいつは俺にやらせてくれ」

 「なんでだ?俺がやった方がいいだろ」


 「因縁があるんだ。俺が倒す」

 「あっそ。だったらちゃんと殺しておけよ?こういうやつは後々生きてると面倒臭いんだ」


 わかった、とクリントは頷いた。気が付けば、いつの間にかクリントの手には大型のレンチが握られていた。断熱装備の内側に隠していたらしい。


 「ほら、行けよ。扉、目の前だぜ?」

 「ああ、任せた」



 レアンをジョンは止めなかった。戦っても勝てないって理解してるからだ。


 愛用のレンチを構えた俺を見て、ジョンは怪しげな笑みを浮かべた。そして身を低くし、俺めがけて突進してきた。


 「つ」


 突き出されたナイフをレンチで受ける。直後、もう片方の手に握られたナイフを横薙ぎに振るった。それをレンチの角でガードし、弾くと、ジョンは大きく胴を開けて、後ろに跳んだ。


 ナイフの二刀流。それがジョンの得意技だ。順手と逆手を手の内で交互に繰り返すとことでこちらの遠近感を殺してくる厄介な技だ。


 今度は俺から攻撃した。レンチを片手に構え、ジョンめがけて突進する。振ったレンチをジョンは避け、すぐにカウンターを繰り出そうとしてくる。それを予想して、振ったレンチをもう片方の手で受け止め、前に向かって突き出した。


 レンチの持ち手がジョンの頬に直撃して、ジョンはたどたどしい足取りで後退した。そのまま追い打ちをかけようと踏み込んだが、すぐにジョンは体勢を整え、俺に向かってナイフを振るった。


 「ちっ。クソ」

 「ちょこまか動きやがって、鬱陶しい!!」


 背の低い俺に向かってジョンは蹴りを繰り出した。それを紙一重で避け、すかさずレンチを突き出した。するとジョンはそれを素手で受け止めた。その時に左手に持っていたナイフの柄が割れ、ジョンの手の中にめり込んだが、気にすることなく、強く俺のレンチを受け止め、持ち上げた。


 「死ねぇええええ!!!」


 空中に持ち上げられた俺をジョンがナイフで刺そうとしてくる。たまらず、レンチを軸にして、上体を持ち上げ、その攻撃を回避した。そして間髪入れずにジョンの顔面目掛けて蹴りを叩き込んだ。


 もんどり打ってジョンは仰向けになって倒れた。レンチを握っていた手も緩み、ちょっと俺がレンチを強く引いただけで簡単に取れた。


 「ぅううあおおお!!!!!」


 好奇とばかりに突貫する。しかし直後、俺の脇腹を貫く熱線があった。


 レーザー銃の銃撃だ。隠し持っていたレーザー銃でジョンが俺を撃った。


 痛みが込み上げてきた。蹴られたり殴られたり、ナイフで刺されたりするのとはまるで違う、内臓を焼き焦がすほどの痛みだ。至近距離だったせいで断熱装備が意味をなしてなかったのだ。


 「う、ぐうう」


 「は!!バカが。大人を舐めるからこうなるんだ、よ!!!」


 うめく俺の傷口をジョンが蹴り付ける。痛い、痛いと言うとジョンはその度に一層笑顔を深めていった。


 「は!ガキが、ガキがガキが!!!!!」


 俺を蹴るジョンは目を迸らせていた。手前勝手な理屈で俺を散々に蹴り倒した。


 だからゴロンと仰向けになってレーザー銃を構えた時も、あいつは目の前の光景を理解できていなかった。


 チュン。


 レーザー銃から熱が排気される音が廊下にこだました。


 「あ、ゔ」


 心臓を貫かれたジョンは苦しそうに胸の辺りを手で押さえた。そして俺を恨みがましく睨みつけながら仰向けになって倒れた。


 どうにか勝てたと胸を撫で下ろすが、すぐに脇腹が痛んだ。慌てて断熱装備の内側から医療キットを取り出した。


 その中にある冷却スプレーを傷口に吹きかけると、傷口はたちどころに凍りついた。ひとまずは窮地を脱せられた。


 よし、よし、よし。


 のっそりと起き上がって、奥の扉を目指した。


 その時だった。扉の向こう側から爆音が聞こえた。


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