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レアン・ソル・アルクセレス

 庭園の一角に大樹がある。その大樹に背中を預け、眠るのが俺は好きだ。


 くーくーと寝息を立てていると、不意に俺の名前を呼ぶ声がした。


 「レアン殿下、レアン殿下!!どこにおいでですかー!!」


 俺を呼ぶのは侍従メイドだ。大方、勉強がおろそかになっているとでも言いにきたのだろう。全くもって、その通りすぎて、逆に逃げたくなってしまう。


 レアン・ソル・アルクセレス。それが今の俺の名前だ。ガラスの少女に転生させられてから早8年、俺は銀河帝国アルクセレス朝の皇子として新たな生を謳歌していた。


 「見つけましたよ、殿下。さぁ、お部屋にお戻りください。先生が待っています」


 俺を呼びにきたのは年配のメイドだ。白髪なのに、未だに若々しく見えるのだから、この世界のアンチエイジング技術はとてもすごいのだろう。


 俺が転生した世界、仮に銀河世界と呼ぶが、銀河世界は大小無数の星系を支配する強大な銀河国家が乱立している。銀河系規模が一つの国家なのだから、とんでもない話だ。


 銀河帝国はその一つである。アルガダ銀河と呼ばれる銀河系全域を支配する強大な国家であり、いわゆる貴族制が存在する帝国だ。


 「殿下はその銀河帝国の皇室の一員でございます。日々、無為に時間を浪費されては困ります。


 俺に説教するのは侍従メイドであるアリーナだ。古くから皇室に仕えているメイドで、俺の母親もまたこのメイドの世話になったのだという。


 「アリーナ。俺はまだ子供だぞ?それに皇室は俺以外にもいくらでもいる。俺一人が惰性に振る舞ったところでかまわないでしょ?」


 「いいえ、殿下。皇室の一員であればどなたであろうと、相応の振る舞いが求められます。つまり」


 ピシャンと鞭をアリーナが鳴らした。何を言いたいのか、その行動だけでなんとなく察してしまった。


 ガラスの少女は公言した通り、俺を銀河帝国の皇室の一人として転生させた。だが、そんな俺を待っていたのは勉強漬けの日々だ。まるで狂ったように勉強させてくる。小学生になって間もないようなガキに二次関数を教えようとするとか、馬鹿なんじゃないか?


 幸い、この世界の勉強は脳みそに知識を焼き付ける「インフォメーション・インプラント」という技術のおかげですぐに知識は手に入る。大事なのはその知識を復習し、定着させ、応用を効かせることにある。要するにその定着のための学習が大変なのだ。


 「計算が間違っています、殿下。この数式はまず」


 教育係であるベンに言われ、俺は式を書き直した。デジタルペンでタブレットに書き直した式を再提出すると、ベンはよろしい、とベンはうなずいた。そして俺の後ろでは鞭を掌の上でパンパンとさせるアリーナがいた。


 はぁ、最悪だ。


 あのガラスの少女は嘘をつきやがった。まさか、俺はまた騙されたのか。


 そう思ったが、しかし待て。


 考えてもみれば皇帝なんてそうそう簡単になれるものではない。前世の歴史では8歳の皇帝もいたにはいたが、それは父王が早逝したからだ。


 では今の俺の父親、アルベルト・ハイラント・ソル・アルクセレスはどうだろうか。


 現皇帝アルベルトははっきり言えば創建だ。御年380歳で、むこう100年はまず帝位に居座り続けるだろう頑強な偉丈夫だ。


 銀河世界は科学技術の発達により、細胞の劣化が抑えられている。500年生きるのは当たり前、中には1,000年を生きる人間だっているらしい。そう考えた場合、380歳というのは元の世界で言うところの40代か30代後半くらいの認識なのだろう。


 「はぁ。皇帝になりたい」

 「なら、勉強なさってください。殿下のお父君であらせられる皇帝陛下も若かりし頃は机に相対し、教養を深められました」


 「はーい」


 アリーナに言われ、俺は勉強へ戻った。皇帝になるため、と言われたら逆らえない。これも皇帝になるまでの我慢と考えれば多少は溜飲も下がる。


 これは悪逆皇帝になるための布石なのだから。



 そうやって野心を秘め、勉強に打ち込んで2年が経った。10歳になった俺は皇帝アルベルトから継承権を与えられた。銀河世界、というか帝国では10歳から家督を継ぐ権利が与えられるのだそうだ。


 俺の継承権は140位。ざっくり言えば、139人も俺より上の継承権がいるということだ。俺が皇帝になるためにはこの139人にまるごとざっくりと消えてもらう必要がある。


 気長だな、とそれを聞いた時は肩を落とした。140位などあってないようなものではないか。なんだか、皇帝になる気も失せてきた。


 もういっそ皇帝になるのとかやめてどこかの辺境領主にでもなろうかとすら考え始めていた。帝位争いから抜け、辺境で悠々自適な引きこもりライフを満喫するだけでいいんじゃないか、と。


 そこまで考え、俺は首を横に振った。いやいや、なんでそんな情けないことを言うんだ。これはチャンスだ。皇帝になるチャンスが少しでもあるのに、それをみすみす棒にふる馬鹿がどこにいる。


 前世の歴史で元の継承権が低くとも皇帝や王様になった人物は大勢いる。だから俺にもチャンスはある。ゼロではない。


 「そうなると、何が必要だ?知識、は勉強で得られる。だから、大事なのは軍事力、か?」


 しかし俺の継承権は140位。それにまだ10歳の、この世界的には赤ん坊のような存在だ。戦艦が欲しいなどと言っても聞いてはもらえないだろう。


 「いや、そうだ。武術の訓練だ。護身用のためとか理由をつけて武術の先生なりを雇ってもらえばいいんだ」


 善は急げと言う。早速俺はアリーナに「武術を習いたい」と相談をもちかけた。


 「武術、でございますか」

 「ああ。万が一に備えて護身用の武術を学びたいんだ」


 「皇室の方々にはいついかなる時も最精鋭の護衛が付きます。武術を嗜まれる意義はない、とこの老骨は愚考いたしますが?」


 「いやいや。もしその護衛を打ち破るようなやつがいたらどうする?仮にも俺は皇室の一員だぞ?そんな人間がなんの抵抗もせず、無様に逃げるのを良しとするのか?」


 アリーナはそれ聞き、口元に手を添えて思案するそぶりを見せた。そしてほどなくして、わかりました、と言った。


 「では軍部より武術とアステラの両方を教えられる指南役を派遣させましょう。きっと、殿下のお役に立つことでしょう」


 「ちょっと待て。アステラってなんだ?」


 「失礼いたしました。アステラとは騎士階級のものが扱う特殊な技術です。これを用いることで騎士は一般の兵士以上の戦闘力を発揮します」


 「そんなにすごいのか?」


 「ええ。なんでもアステラ使いの騎士一人で歩兵一個大隊に匹敵するのだとか」


 歩兵一個大隊がどれだけすごいかはわからないが、とにかくそのアステラとやらを身につければとんでもなく強くなると言うことは理解できた。


 前世の俺は刑務所で虐められても反抗できなかったし、ヤクザにも抵抗できなかった。全然鍛えていなかったからだ。だが、そのアステラとやらを習得できれば、きっとそんなことはなくなる。


 まずは皇帝になる第一歩だ。


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