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クリント・カムシ

 レアンがアレンと戦っている頃、クリントはラナと数人の仲間を連れてドナンの屋敷を探索していた。


 元々、ラナはレアンに同行していたが、レアンがドナンの部屋を突き止めたため、それをクリント達に教えるため、彼らに合流した。その指示に従って、クリント達がドナンの部屋の前に到着した頃にはドナンの姿はなかった。


 「クソ、逃げられた!レアンはなにやってるんだ?」


 焦るクリントの問いにラナが答えた。指差した先には激しい戦いの跡があった。


 「護衛かなんかと戦ってたんじゃない?なんか、知ってる?」

 「あ、そういやすごく腕の立つの金髪の奴がいるって」


 「じゃぁ、きっとそいつ騎士だったんじゃない?だからレアンも苦戦してるんじゃないかな」


 他人事のようにラナは言う。レアンが死のうが死ぬまいがどうでもいいという感じだ。


 「その隙にドナンは逃げたってことか。どこに逃げたんだ?」

 「さすがに入り口で化け物二人が戦ってるのに、その(わき)を通って逃げるってのは考えずらいし、かと言って窓から逃げたって感じもしない」


 開かれた窓から身を乗り出し、ラナは真下を確認した。人が落ちた痕跡はなかった。


 「となるとこの部屋のどこかに隠し通路があるってことになるか」


 ぐるりと部屋を見まわし、ラナはとある書棚に目を向けた。周りが豪華で悪趣味な財宝ばかりの部屋にあって、そこだけ異質なほど上品だった。


 「おいしょっと」


 スイッチだとか仕掛けだとかを探すのがめんどくさいなと思ったラナは書棚の横に立つと、勢いよくそれを蹴り飛ばした。クリント達はその様子を唖然として見ていた。だが、蹴り飛ばされた書棚に隠されていた通路を見て、彼らはすぐに顎を引いた。


 「やっぱあった。この隠し通路から逃げたんだろうね」

 「すぐに行くぞ。おい、ジャック。お前は外の連中をここに呼んでこい!」


 仲間の一人を伝令に出し、クリントは通路の奥へと入っていった。もちろん、ラナもそれに続いた。


 隠し通路は一直線の簡素なもので、それを走っているとすぐに出口に出た。通路の先は使われていなさそうな物置だった。


 「なんだ、ここ」

 「物置かな。ほら、埃で足跡が」


 ラナが指差した先にはくっきりと足跡が残っていた。四人がそれを辿ってみると、物置の入り口ではなく、その隣の部屋に通じている扉の前に辿り着いた。


 「よし、行くぞ」

 「ちょっと待って。中から何か聞こえる」


 勇んで突撃しようとするクリントをラナが制す。唇の前で人差し指を立て、扉に耳を押し当てた。


 「——くそったれが、あのガキどもが!!」

 「ボス、外で消火してる奴らからです。火の手が強すぎて消火できないって」


 「あいつらーぁああ!!ここら一帯火の海にする気かよ!!無関係な奴らも巻き込むとか、血も涙もねーのかぁ?」


 「ボス、それよりもこのガキども、どうしやす?」

 「あいつらが入ってきてんだろ?なら、いい人質じゃねーか。おい立たせて並べるぞ」


 会話からラナは扉の奥にいるのがドナンとその部下だろうことを確信した。ちらりと同じようにして聞き耳を立てているクリント達を見ると、今にも飛び出していきそうなくらい、怒りを顔に滲ませていた。


 「今すぐ行くぞ。もう我慢できない!!」

 「わかってる。ちょと待って」


 コートのポケットを探り、ラナはリーディングデバイスを取り出し、手首にはめた。すぐに洸粒が立ち起こるが、すぐに彼女は静身の状態にした。


 「よし、行こう」


 言うが早いか、ラナは扉を蹴り飛ばした。勢いよく飛んだ扉はドナンの前を通り過ぎ、壁に直撃した。


 ギョッとしてドナンは扉が飛んできた方向を見た。ラナ、クリントとその仲間二人に気がつき、ドナンは下卑た笑みを浮かべた。


 「へ、ガキどもが。俺を追い詰めた気か、あぁ?これを見やがれ!!一歩でも動けばお前らの仲間は死に別れだぜぇ?」


 レーザー銃を気絶しているジュリアスにドナンは押し当てる。苦しそうにうめくジュリアスを見て、ドナンはいっそう笑顔を浮かべた。


 「ドナン!!人質なんてとってどうするんだ!!お前はもう逃げられないんだぞ!!」


 「うるせー!!てめーらが、そこをどきゃ、逃げ出せるんだよ!!」

 「俺達が退くと思ってんのか?」


 「退かなきゃこいつの頭はバチュンだぜ、バチュン!」


 ジュリアスを抱えたまま、ドナンは一歩前に出た。一歩遅れてその部下がもう一人、チェネレント人の少女をつかみ、彼女の首にナイフを押し当てて彼に続いた。


 「クソ、やっぱり人質か。——こうなったら、隙を見て後ろから」


 「そんなのする必要ないよ。——ねーおっさん。そんなに人質を抱えてるのって面倒くさくない?」


 ラナが一歩前に出る。警戒してドナンはレーザー銃をラナに向けた。


 「あたしが人質になるよ。それでそいつらを解放してくれない?」

 「は、はぁ?」


 ドナンはわけがわからない、と言った様子でラナを見た。ラナは腰の剣をドナンの足元に投げて見せる。武装解除する彼女にドナンはすぐさま笑みを浮かべた。


 「なるほどな。自己犠牲ってやつか?いいじゃねーか、気に入ったぜ、そういうの。いいだろう。お前が人質——なわけねーだろ、バカが!!」


 ドナンはレーザー銃を放った。至近距離だ。躱せる距離ではない。


 それにも関わらず、ラナは避けた。躱したレーザーは物置の壁に命中した。


 「な!!」

 「ばーか。引き金を引くのが遅いんだよ!」


 接近し、ドナンのレーザー銃を持つ手をラナは握りしめる。ぐしゃり、とレーザー銃のグリップごとドナンの右手は潰れた。驚くドナンにラナは回し蹴りを放つ。顎を正確に穿ったそれは華奢なラナの体躯にも関わらず、ドナンを吹き飛ばすのに十分な威力だった。


 「ボス!!てめぇ、人質が、うわ!!」


 膝蹴りが部下の顔面に直撃した。気が付けば、彼女の膝が顔面を射抜いていた。


 もんどり打って倒れる部下の手から離れたチェネレント人の少女をラナはキャッチする。ついでに部下の手にあったナイフもキャッチした。


 「ほい、これで人質救出。やったね!」


 ピースをするラナをクリントは唖然として見つめていた。



 なんだ、これ。なんなんだよ、これ。


 わけがわからなかった。目の前で起きたことが何もかも。


 ラナというチェネレント人の少女、彼女は瞬きの合間にドナンの前まで移動し、その右手を握りつぶした。そしてドナンに回し蹴りをしたかと思えば、今度はその部下の顔面に膝蹴りを喰らわしていた。


 時間にして数秒くらい。たったそれだけの時間でラナは人質を助けた。


 同じ動きをしろ、と言われたらまずできない。仲間の中じゃ腕っぷしは随一だけど、同じことができるようになるとは思えなかった。


 ただ走っただとか、動いただとかいう話じゃない。動きが人間離れしていたんだ、ラナは。おそらく、レアンよりも。


 「クリント、すぐに逃げるよ、ここから」


 ラナに言われ、俺はああ、と返した。そうだ。まだ終わりじゃない。いつ、ここにまで火の手が迫るかわからないんだから。


 「レアンはどうする?」


 先行して露払いをしてくれたレアン。色々と気に入らない奴ではあるが、その実力は本物だ。これから、レアンの力は必要になる。


 「大丈夫でしょ、レアンなら」

 「お前の仲間じゃないのか?」


 「仲間?違う、違う。あれは——うーん、あたしの金づる?下宿先?仲間なんて心温かいものじゃないよ」


 ラナはドライに笑う。馬鹿馬鹿しい話題を出すな、と目で訴えていた。


 だからじゃないけど、ラナに言われるがまま、俺達は人質になったジュリアス達を回収した。


 「すまん、クリント」


 ジュリアスが謝罪する。済んだことだ。それにジュリアスに落ち度はない。たまたまノースガーター一派の支配域に入ってしまったこと以外は。


 それもジュリアス達が救えたならもういい。ドナンにとどめをさせないのは少し残念だが、今はジュリアス達を一刻も早く、この魔窟から逃すことが先決だ。


 最後に気絶しているドナンを一瞥する。動く気配はない。それを確認すると、足音が聞こえてきた。きっとドナンの怒鳴り声が聞こえたに違いない。


 「行くぞ」



 クリント達が隠し通路に入っていって、しばらくしてドナンは目を覚ました。一緒にいた部下は顔面を潰され、すでに事切れていた。


 「ち、使えない奴め」


 死んだ部下を蹴り飛ばし、ドナンは悪態をつく。すべからくすべての部下はドナンにとってはただの捨て石だ。先生、先生、と呼んでいた金髪の騎士、アレンだってドナンからすればただの自分を守る盾でしかない。


 自分の部下が死んでいき、あまつさえ自分を守れないことにドナンは腹を立てていた。使えない部下への憤りはそのままクリント達に向かった。あのクソガキども、ただじゃおかねーぞ、と。


 とりあえずはこの屋敷から脱出するところからだとドナンはそっと、部屋の扉を開いた。外の炎はまだ屋敷まで達していないようだったが、微かに煙の匂いが漂ってきていた。


 廊下のどこにも誰もいないことを確認し、ドナンは部屋から出た。右手が潰されてしまったせいで、体のバランスがとりづらかった。そのせいで歩き方がややぎこちなかった。


 「クソ、あのガキぃ!よくも俺様の右手を潰しやがって!!」


 潰れた右手はレーザー銃のグリップが絡まっていて、取ろうと思えば手術をする必要がある。とりあえずは代官のところにでも身を隠すか、とドナンが思案していると、ドタドタと走る音が後ろから聞こえた。


 部下だろう、と思ってドナンは振り返る。直後、彼の鼻骨めがけて、蹴りが飛んだ。


 「げぼ、ぁ!!!」


 仰向けになってドナンは倒れた。そんなドナンを彼を蹴り飛ばした張本人であるレアンは睥睨した。


 「あー驚いた。いきなり振り向くもんだから思わず蹴りがでちゃったよ」


 まるで悪びれもなくレアンは言う。怒りを滲ませ、ドナンが睨んでもまるで気にしていない様子だった。


 「この、クソ。ガキぃ!!!」


 「お前、ドナンだろ?おいおい、どーしたそのザマはさー」


 茹で蛸みたいだぞ、とレアンは笑う。ふざけた態度のレアンに、一層ドナンは怒りを覚えた。


 「まぁいいや。お前が生きていると、クリント達が迷惑するんだってさ。だから死んでくれ」


 しかし、レアンの一言でその怒りは吹き飛んだ。代わりに恐怖が沸き起こった。鳥肌が立ち、汗がぶわっと全身から流れ始めた。


 「待て、待って。待ってください!!ころ、殺さないでください!!」


 左手を前に突き出し、ドナンはレアンを静止しようとする。レアンを前にして、ドナンはさっきまでの威勢の良さをかなぐりすてて、ただただ媚び諂った。愛想笑いを浮かべ、おざなりな敬語で彼に命乞いをした。


 「は?やだよ」


 それをレアンは一蹴する。そんな命乞いに価値はない、と断言する。


 「おねがい、お願いします!!財宝でもお金でもなんでもあげますから!!命だけ、命命命命いのいの、」


 ドナンの首が宙を舞う。事切れる寸前まで命、命と叫ぶ彼がレアンは鬱陶しく、またかつての自分を見ているようで腹立たしかった。


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