騎士の戦い
俺の立てた作戦はとてもシンプルだ。
火炎瓶を用いた陽動作戦だ。火事の消火のためにノースガーター一派の構成員が出てくる。その隙にドナン・ノースガーターを暗殺し、人質になっているジュリアス達を救出する。
火炎瓶も銀河世界産だけあってよく燃える。一瓶投げるだけで前世のマンション火災くらいの炎が燃え広がった。それを何十と投げれば、それはもう大火災になることは明白だろう。そんな炎を対策をしていないノースガーター一派に消火は困難だ。
一見するといい作戦だが、問題がいくつかある。ひとつは俺達はジュリアス達がどこに捕まっているかわからないということだ。ノースガーター一派の屋敷は広い。探している間に炎で屋敷が燃やされてはたまったもんじゃない。
そこでドナンの居場所だ。ドナンなら知っているだろうと踏んで、その部屋に突撃した。
まぁ、屋敷に突入してすぐ、そういやドナンの部屋どこだっけ、となったがそこは現地で突貫採用した諜報員ことノースガーター一派の構成員を拷問すれば済む。結果、こうしてドナンの部屋の前に来れたのだから万々歳だ。
「さて、と。どいつが、ドナンだ?ああ、言わなくてもいい。もうわかったから」
ドナンとはおそらく椅子の上でふんぞり返っている大柄な男だろう。両腕に刺青が入った浅黒の男で、見るからにヤクザという感じをぷんぷんと漂わせている。
ドナンの他にもう二人いるが、こいつらはきっと雑魚だろう。下っ端とか、副官とか、多分その手合いだ。
そう思っていた矢先、その下っ端Aが俺に向かって切り掛かってきた。とっさに剣で受けたら、想定以上の強さだった。
思わず後ろへ向かって飛び退き、勢いを殺した。すると間髪入れずに下っ端Aは俺に向かって追撃してきた。
それを躱す。膂力は俺よりも上、剣速はジョナサン未満、キリルと同等って感じか。なるほど、騎士か。
金髪の男は騎士。俺が戦う最初の騎士か、こいつは。
「俺の一撃を受けてなお立つか!たまには楽しめそうだな!!」
金髪騎士は目を輝かせていた。なんでそんなに楽しそうなんだろうか。
おっかないので、とりあえずは回避に徹するか。
金髪騎士の斬撃が俺の前を通り過ぎる。下手に受けようとすればそれだけで膂力で負けて、手が痺れた。まるで電流が走ったかのようだ。
最小限の動きで相手の剣を見ていて気がついたことがあった。金髪騎士の剣速はそれなりに美しい。20年ちょっと前に先生が俺に魅せた剣の美しさには及ばないが、まぁまぁだ。
騎士の能力はどれだけ美しい軌跡を描けるかで決まる。先生やジョナサンを見ていればそれが実感できる。だから目の前の金髪騎士の実力はいいとこ、中の下ってところだろう。
俺程度の、剣術の才能がまるでない俺が容易に剣を回避できる時点でそれが察せられる。それがヤクザの用心棒気取りだなんて笑わせる。
振り下ろされた剣を流す。相手の姿勢を崩したところで柄頭を相手の喉目掛けて放った。
しかし、その一撃は弾かれた。洸粒による障壁だ。
「く、そが。俺にまさかリーディングデバイスを使わせるとはな!!」
なかなか俺を捉えられないことに業を煮やしたのか、金髪騎士は洸粒を放出した。色は赤、つまりアステラ能力は肉体強化とかか。
洸粒を纏った攻撃が俺に向かって放たれる。洸粒を纏った攻撃の命中範囲は剣の間合いを凌駕する。これまでのように紙一重では躱せない。
まばゆい洸粒の本流が俺に向かう。それを大きく飛び退いて避けた。直後、一直線に廊下が裂けた。
「これを避ける。貴様、なかなかやるな」
「下手だな、おまえ。そんな風に洸粒を放出するなんて、さ!!」
洸粒を纏った一撃を放った直後の騎士に肉薄する。金髪騎士の利き腕に向かって剣を振り下ろした。ぎょっとした金髪騎士は後ろに向かって飛び退いた。剣先がわずかに相手の手首を掠ったが、握った剣を離すほどではなかった。
「つ、このガキが!!」
金髪騎士は強烈な形相で俺を睨んだ。心なしか金髪騎士の洸粒が少しだけまばらになっていた。
リーディングデバイスを用いた戦闘は長続きしない。金髪騎士も息が上がっていた。対して俺はどうか。散々飛び回ってもまだ息が上がっていない。ジョナサンに連日殴られ、蹴られした結果だな。
「さて、と。じゃぁここからは俺の番だな」
ポケットから取り出したのはリング型のリーディングデバイスだ。動揺する金髪騎士を他所に俺はそれを手首に通した。
先生を殺してからずっと、ジョナサン以外の前でリーディングデバイスを付けることはなかった。怖かったからだ。周りを無意味に巻き込まないか、と。
それを今、解く。
*
金髪の騎士、アレン・サーダーは動揺していた。
目の前の灰髪の少年、その体から溢れ出た虹色の洸粒を見て、心が揺れていた。それは彼が初めて見るアステラの輝きだ。知識だけでしか見たことがない、希少な虹だ。
アレンは帝国の騎士の家門の出身だ。代々、騎士を輩出することで名ばかりの貴族位を得てきた家の出身である。アレン自身も幼い頃から相応の教育を受け、騎士になるべくして騎士学校に入学した。
しかし、騎士学校でアレンは挫折した。当時の教官から、洸粒の扱いが雑、剣の軌跡が雑と散々に言われ、騎士学校を卒業した後も成績が響いてうだつの上がらない日々を送っていた。
その彼の前に現れた少年の構えはところどころ異なるが、彼を貶した騎士学校の教官の構えに似ていた。それが自分が持ち合わせない最上のアステラの才能を持って目の前にいる。
こんなに腹立たしいことはない。
剣を構え、アレンは放出していた洸粒を体内に収めた。一度「静身」にすることで洸粒の消費を抑えるのだ。
対して少年はアレンがそうしたように剣に洸粒を纏わせ、「攻身」の構えを見せた。
少年の体が飛び、アレンにぶつかる。振り下ろされた剣を受けたその刹那、アレンは直下の廊下まで叩き落とされた。
「ご、あ!!!」
床に叩きつけられ、アレンは肺から息を吐き出した。痛みは少ない。静身で体を防護していたからだ。しかし体中の筋肉が、骨がきしみをあげていた。
防御に秀でた静身で、体の形を守るのが精一杯だった。もしもう一度攻撃を受ければ、確実に体が破裂する。
まずい、まずい、まずい。
改めて見る少年の剣はアレンの数倍の密度で洸粒を纏っていた。しかもそれでなお、少年の体から溢れ出す洸粒の量は衰えない。一体どれだけ洸粒に余裕があるのか、アレンには見当もつかなかった。
なんだよそれは、とアレンは心の中で叫んだ。世界の理不尽に涙した。
少年はアレンを睥睨する。直後、少年は洸粒の放出を抑えた。静身に移ったのだ。
アレンにはわけがわからなかった。あと少しで自分を殺せただろう少年が急に鉾を収めたことが。
だからアレンはそれを煽りと受け取った。お前なんて静身でも倒せる、と。
「この野郎、ぶっ殺してやる!!」
身体中の力を振り絞り、アレンは洸粒を放出した。放出した洸粒を剣に纏わせ、それを少年めがけて放った。先の一撃以上の高密度の洸粒の本流だ。
これが防御できるわけがない。そうアレンは意気込んだ。
対して少年は片手を前に突き出した。防御姿勢を取ることすらしない。す、と前に突き出された手を少年は迫る剣撃に添えた。
直後、束ねられた赤色の洸粒は霧散した。石壁に水風船をぶつけたがごとく、少年の手に触れたと同時に弾かれた。
「は、はぁああああああ!!!????」
「はぁ。騎士って言ってもこの程度かよ。せめて一太刀くらいはもらうと思ったんだけど。不足、お前、不足」
呆れた様子で少年はアレンに近づいてきた。全力の洸粒を放ったアレンは体がガクガクと震えていた。逃げることができなかった。ただ精一杯、静身をして体を守った。
少年は手刀の形にした手をアレンに向かって突き出した。なにをするつもりなのか、とアレンが思っていると、その手はアレンの体目掛けて徐々に押し込まれていった。
「ぁああ!!あ、あ、あ、ああ!!!やめろ、やめろ、やめろ!!!」
静身を纏ったまま、アレンは剣を振るう。少年目掛けて剣を振り下ろす。しかし、その剣はすべて静身を纏った少年によって容易く弾かれた。
考えてみれば当然だったのだ。少年の洸粒量はアレンの洸粒量を何倍にも、下手をすれば何十倍にも凌駕している。それが攻撃に転じれば、アレンの静身をたたき伏せた。ならば防御に転じればどうなるかなんて自明だ。
今も少年は静身を解かない。アレンも静身を解いてはいない。ただ両者の洸粒量がその成否を分けた。
より硬いものが脆いものを押しつぶす。世界の真理だ。
ずるずるずる、と少年はアレンの腹を割いていく。そして、心臓にまで達すると、それを無造作に引っこ抜いた。
「ぁあああああ!、あああ、あああ」
大の字になってアレンは倒れた。残った少年は掴んだ心臓を「汚っ」と吐き捨て、あらぬ方向へぶん投げた。
*
戦いは終わった。俺の圧勝だ。
最初からリーディングデバイスを使っていれば、もっと早く決着がついたかもしれない。
けれど、いい試金石にはなった。俺の剣術の仕上がり具合、アステラを用いた実戦、俺自身のポテンシャルの再確認、全部できた。
「あ、そうだ。ドナン捕まえなきゃ」
ついつい力を試すのが楽しくて忘れていた。さっさと捕まえてジュリアス達の居場所を吐かせなくては。
目的を思い出した俺はひとっ飛びで自分が開けた穴から上階へと戻った。
*




