ノースガーター一派
ジュリアス・カーセルは貧民街の少年だ。貧民街で生まれ、貧民街で育った生粋の貧民街っ子だ。
ジュリアスはむしゃくしゃしていた。見ず知らずのやつにボコボコにされたからだ。挙句、その男の連れに庇われた。怒りと恥ずかしさで彼のプライドはズタズタにされていた。それを気遣われているのが余計に辛かった。
「ジュリアスさん、気にすることないですよ!」「ただの偶然ですって」「あんなやつら、腕っぷしだけっす」
貧民街を通るジュリアスを彼の取り巻きが励ますが、それが腹立たしい。
「クソなんなんだ、あの野郎」
レアンと名乗ったあのおかしな騎士もどきのことを思い出し、ジュリアスはイライラを募らせた。
実力は確かにある。それは認めるところだ。しかし、どうにもあの態度が気に入れない。こちらを見透かし、侮り、見下しているあの目が気に入らなかった。
あの目にジュリアスは心当たりがあった。かつて一度だけ代官が貧民街に降りてきた時に見た、こちらを路傍の石として見ている奴と同じ目だ。
そんな奴が自分達に協力すると言われて信用できるわけがない。その実力はともかく心が信用できないのだ。土壇場で裏切るかもしれない、見捨てるかもしれない。そんな予感がした。
「あの、ジュリアスさん。ここ、大丈夫ですか?」
取り巻きに言われて、ジュリアスはハッとなった。見回すとそこはノースガーター一派の勢力圏だった。
「ちょっと奥に来すぎたか。すぐに帰るぞ」
今ジュリアス達は4人しかいない。4人だけの子供で、大人相手に勝てる道理はない。見つかってはまずい、と逃げ出した矢先、彼らの道を塞ぐ大人達が現れた。
「クソ、遅かったか」
「よーぼっちゃん達。ちょっとおじさん達とお話ししようか?」
先頭にいる男にジュリアスは見覚えがあった。ノースガーター一派の武闘派として知られている男、ジョン・バールだ。大型のレンチを握ったジョンはそれを振り上げ、ジュリアス達に殴りかかった。
*
「それで、ジュリアス達は?」
「それが、連中のアジトに連れてかれたっぽいです。偶然、その時のこと見てた奴がいたっぽくて」
アンディーク少年自警団のアジトでは緊急の会議が開かれていた。ジュリアス、俺が散々コテンパンにしてやった子供とその取り巻きが捕まったとかで上に下にとアジトの中は忙しそうだった。
俺はと言えば、騒がしいクリント達を他所に日当たりのいいソファに腰掛けていた。どうせ、俺が何か提案してもこいつらは首を縦に振らないだろう。
「集められるだけ、仲間を集めろ。武器もありったけかき集めろ。火炎瓶もだ」
クリントの号令で浮浪児達が動き出した。まるで軍隊みたいだなー、と他人事のように感じた。実際、他人事だし。
「レアン、あんたにも動いてもらうぞ」
「俺を動かせるのは俺だけだ。俺を動かすためになんかしてくれるのか?」
クリントは俺の返答に戸惑った様子を見せる。だが、最初からそう言っている。俺の仲間になれ、と。それは俺が命令権を得るということだ。俺が命令に従うんじゃない。
「俺に指揮権をくれるなら、お前らの仲間を助けてやる」
「そんなことできるわけないだろ。俺はともかく、仲間が納得しない」
「ふーん、お前は俺が指揮権を持つことに納得するんだな」
「そりゃ、お前ってなんか頭良さそうだし。腕っぷしもあるし」
なんだか、あやふやな根拠だな。それで俺に指揮させるってどうかしてるんじゃないか、こいつ。
だが、俺の実力を認めてくれるっていうのは気分がいい。久々に自己肯定感が高められていい気分だ。そんなこいつのために少しだけ譲歩してやろう。
「そうだな。じゃぁこうしよう。俺がお前に指示を出す。それに従ってくれればいい」
あくまで従うのはクリントだけ。他のガキ共はクリントの指示に従う。それでいいだろ。
クリントは渋々それに納得した。うんうん、聞き分けのいいやつは大好きだ。柔軟性のある奴はもっと好きだ。
「じゃぁ、早速作戦を説明するぞ。だいじょーぶだって。俺の言う通りにすれば、絶対に勝てるから」
*
ノースガーター一派のアジトは貧民街の奥地、かつてこのアンディーク星系を統治していた男爵家の屋敷にある。
広大な敷地を守るのは武装した兵士達だ。レーザー銃はもちろん、耐レーザー装備が充実した重装備振りだ。その屋敷でふんぞり返るのはノースガーター一派のボス、ドナン・ノースガーターだ。
「奴らは来るかな?」
「へい。奴らはたいそー、仲間想いですんで」
ドナンはその返答に気分を良くする。かねてから叩き潰したいと思っていた奴らが自分から走ってくるのだ。こんな嬉しいことはない。
「いいねぇ。あいつらの中の、特にクリントだったか。あいつを剥いてやろうぜ?」
「へい、ボス。そういや、奴らのとこに大層強い騎士くずれが入ったって話ですが?」
「ぁあ?騎士くずれ?あー、そういや俺のかわいい、かわいい部下共が殺されただか、殴られただかしたんだっけか。そいつらも来るか。へ、いいじゃねーか。そういうことならこっちにも考えがある」
ドナンは笑みを浮かべ、視線をある男へ向けた。貧民街に似つかわしくない小綺麗な格好をした金髪の男だ。男は腰に剣を帯びていた。
「せんせー。頼りにしてるぜ?」
「——無論だ。騎士くずれなど、俺の敵ではない」
「頼もしいじゃねーか。へっ。いつでもきやがれ、クソガキ共が」
目にもの見せてやる、とドナンはほくそ笑んだ。
——直後、爆音がドナンの耳に届いた。激しい爆音だった。
「な、なんだぁ!?」
「すぐに調べさせます!!」
すっとんでいた部下。それが戻ってくるのに一分とかからなかった。
「屋敷の近くで爆発です!!火の手がこっちに回ってるって!!」
「なぁにぃい!!??爆発だとぉ!!??」
怒鳴るドナンはすぐに窓へ向かって駆け、火の手が上がっている方角を見た。屋敷の庭園の向こう側ではメラメラと炎が燃えていた。その火の手は確かに屋敷に向かっていた。
「すぐに消火しろ!!クソ、なんだってんだ、クソ!!」
「ドナン殿、落ち着け。焦るようなことではない」
「先生、なんでそんなに落ち着いてられるんだ!!すぐに消火しないとまずいんだって!!」
「消火ならすればいい。だが、ドナン殿は取り乱してはならない」
先生と呼んだ騎士に落ち着け、と言われドナンも不承不承、受け入れて元いた席に座った。
「先生、これから、どうすればいいんですかい?」
「落ち着け。これは陽動だ。戦力を分散させるためのな」
「陽動!?」
「ああ、おそらくはもうすぐ」
「——どーん!!!おっと、随分と準備がいいじゃないか、悪党共が」
現れたのは灰色の髪の少年だった。瞳の色は青、背丈は150センチ後半とそれほど高くなかった。だが、その立ち姿は異様だった。
片手に剣を握り、もう片方の手には血みどろのノースガーター一派の構成員の襟首が握られていた。息も絶え絶え、何度も刺されたのか刺し傷が至る所にあった。
返り血を浴びて真っ赤になった少年は獰猛な笑みを浮かべた。
「さて、と。どいつが、ドナンだ?ああ、言わなくてもいい。もうわかったから」
直後、先生が少年に斬りかかった。
*




