アーコロジーの外の世界
アーコロジーとは端的に言えば、理想都市だ。都市内部で自給自足ができ、楽園のような場所と言える。
食糧生産設備と資源集積機能、この二つがあることが帝国法においてアーコロジーと認定される第一条件である。
そんなアーコロジーだが、完璧な都市というわけではない。アーコロジーそのものが消費する膨大なエネルギーの影響でその周囲の土地は痩せ細ってしまうのだ。
さすがに惑星がアーコロジーだらけになってはたまらない、ということで一つの惑星、ひとつの星系に建ててもよいアーコロジーの数は制限されている。しかし、それは半ば形骸化していて、規定数以上のアーコロジーを建てている惑星は多くあった。
その一つがアンディーク星系の基幹惑星、ベルリオズだ。
「けほ、空気不味っ」
「慣れなって。奴隷船の船底よりはマシなんだから」
アーコロジー周辺にある大規模な集落、銀河世界らしからぬプレハブ小屋が目立つ貧民街を俺はレアと一緒に歩いていた。アーコロジー外へ向かう役所の大型輸送車にこっそりと便乗したのだ。
古着を集めたり脱出経路を調べるだけで半年はかかってしまった。その甲斐もあって、スムーズにアーコロジーの外に出ることができた。
今頃、屋敷の中では俺がいなくなった大騒ぎだろう。少し申し訳ない気もするが、たまにはジョナサンが大慌てになってもいいだろう。いい気味だ。
それにしても、と俺は周りを見回した。
貧民街だけに住んでいる人間はどれもこれも貧相な服装だ。俺が着ている古着が上等な着物に見えるほどだ。
表情も暗い。活気がないし、まるで生気を感じない。無気力さが蔓延していて、どうにも嫌な雰囲気が漂っていた。
適当な路地を覗いてみれば俺達と変わらない外見年齢の子供を大人がレンチで殴っていた。変なタトゥーを入れた大人だ。似たような光景を何度か見た。
念の為に剣とリーディングデバイスをそれぞれ二人分もってきたが、使わないといいなぁ。
などと思っていたら、さっそく絡まれた。
「おう、お前ら、この辺じゃぁ見ねえ顔だなぁ!結構、いいもん着てんじゃねーか。ちょっくら貸してくれや」
うわ、すっごいベタな悪役。見るからに小物臭が漂っているし、さっき見たのと同じタトゥー入れているし、殺しても後腐れがなさそうだ。
ガタイはすこぶるよい。2メートルくらいはあるし、俺やラナとでは体格差が歴然だ。けれどどうしてか負ける気がしなかった。
呆れてものも言えない俺達をビビっているとでも勘違いしたのか、男はげっへへへと下卑た笑みをこぼした。
「おいおい、なんとか言えやぁ。女連れのくせして度胸のねぇガキだな、おい。それとも実はどっちも女の子でちゅかってか。——つーか、おいおい片っぽチェネレント人かよ。趣味わりぃな」
「チェネレント人だから、どうした?」
「なんだ、やっぱ男か。喋れんじゃねーか。なら話ははえーや。持ってるもん全部よこしな」
「チェネレント人ならなにか悪いことがあるのかって俺は聞いてるんだが?」
「うっせぇーな、クソガキ。いいから持ちもん置いてとっとと、ぅおぐほ」
苛立って相手の口の中めがけて鞘を押し込んだ。いつ俺が鞘を自分に向けたかすら男はわからない様子でぐもぐもと何かを言いたげに唇を動かした。
「なぁ、教えてくれ。チェネレント人のなにがだめなんだ?」
「ぉ、ぉえ」
「何もないなら、黙って転がっとけ」
鞘の先端を男の口から引っこ抜き、すかさず側頭部目掛けて振るった。鞘に入っているとはいえ騎士の腕力で殴られたのだ。たまらず男は数メートル先のプレハブ小屋目掛けて飛んでいった。
ドンガラガッシャンと男が直撃したプレハブ小屋は揺れた。
「口程にもない。そんなんで俺達からカツアゲとか、10年早いぞ」
「意外と短い」
「じゃぁ100年だ。100年。そんくらい早い」
この世界で10年というのはそれほど長くもないが、短くもない。そんな時間感覚だ。前世の1年、2年くらいの感覚なのだろう、多分。
「そもそもなんで殴ったわけ?」
「あいつ、ラナのことバカにしたんだぞ?チェネレント人だからって」
「まぁ、そうだけど。別に気にすることなんてないじゃない。ああいう手合いはどこにだっているものだし」
そもそも、とラナは続けた。
「あんなの殴ったって別に周りの目が変わるわけでもないでしょ」
言われてみればそうだ。しかしムシャクシャしていたのは事実だ。せっかくの外出に水をさされた。だから、殴って少しだけ溜飲が下がった。
野生児かよ、とラナはそれを聞いて吐き捨てる。野生児の化身みたいなラナにそんな風に言われるのは心外だ。遺憾だ、遺憾。
「お、おい。お前達」
急に話しかけられ、俺は振り向いた。浮浪者っぽい格好の人間が立っていた。
「なんだ、お前は」
「え、いや。お前達が倒しちまったそいつが、誰かわかってんのか?」
「そういえば名前聞いてなかったな。おい、お前。名前なんだよ」
男は気絶しているのか、答えない。
使えないやつだな、と思いながら、話しかけてきた浮浪者にこいつの名前を聞いた。
「名前は知らない。けど、そいつはノースガーターの一派だ。お前ら、貧民街のボスに喧嘩を売ったんだぞ!」
そう言って浮浪者は男のタトゥーを指さした。三本爪のような黒いタトゥーだ。
「ふーん。早めにここから逃げたほうがいいな。おっさん、ありがとう教えてくれて」
要はヤクザみたいなものだろう。さすがに前世でヤクザにぶっ殺された手前、関わりたいとは思わない。個人的にはぶっ潰してやりたいが。
そうと決まればさっさと逃げよう。アーコロジーまで逃げれば多分大丈夫だろ、多分、メイビー。
帰るか、と俺とラナは元来た道を歩き出した。帰り際に改めて貧民街を見て回ったが、やはりひどい有様だ。
インフラが整っていないのはもちろん、まともな露店だってない。屋敷からアーコロジー外縁までの道中で見た、アーコロジー内部の生活環境とはえらい違いだ。
こんな場所を牛耳る人間がいるとすれば、それはヤクザみたいな非合法な組織だろう。そういう組織が幅を利かせて色々と悪どいことをやっているんだろうな。
「気分がいいものじゃなかったな、ほんと」
屋敷に戻った俺はそう独りごちた。ジョナサンに屋敷を抜け出したことがバレて、俺とラナはしばらく部屋から出ることを禁止された。おかげで、昼も夜も部屋の中でひとりぼっちだ。
とはいえ、それもせいぜい二週間程度だ。二週間の謹慎処分が終わった俺は再び、アーコロジーの郊外へ行ってみた。もちろん、ラナを連れて。
前回訪れたのはアーコロジーの西部に広がる貧民街だ。今回は反対方向の東部に行ってみることにした。前回と同じ手段で逃げ出したが、存外ジョナサンも抜けているのか、それでこうして無事貧民街まで来ることができた。
「変わり映えはしないか。どこもかしこもボロボロだ」
「それはそうでしょ。貧民街にそんな違いなんてないもの」
聞く話によれば貧民街はアーコロジーの何倍も広いそうだ。アーコロジーのおこぼれに預かろうと、人が集まったかららしい。
「はー。なんていうか世知辛いな」
露店で買ったチューブ飲料を噛みながらそう言うと、ラナは「そーね」と肯定した。ちなみにチューブ飲料はとても高かった。
「代官さえなんとかすればって感じでもないのが怖いよな。ここにはもう確かな生活基盤を作っている連中がいる。下手に壊せないんだよな、そういうの」
「さすが皇帝。詳しいじゃん」
「そりゃまぁ。けどさー。——最低限の治安維持くらいはするべきだよな」
壁に寄りかかっていた俺は瞬時に振り向き、背後から近づいてきていた男の襟首を掴むと、地面にたたき伏せた。たたき伏せられた男の手には小振りのナイフが握られていて、それを俺に向かって突き刺そうとしたことが容易に想像できた。
とりあえず、片腕をポッキリ折っておくと、男はぐぁああ、と大きな悲鳴を上げた。うるさいな、こいつ。
見ると周りを同じような柄の悪い男達が囲んでいた。ナイフ、鉄パイプ、果てはレーザー銃などなど。とにかく武装した男達だ。その上腕だったり、首周りだったりに二週間前に俺が叩きのめした男と同じタトゥーを入れていた。
前世で俺を殺したヤクザの連中を思い出す。だから沸々と怒りを覚えた。
「例の、ノースガーターの一派ってやつか?」
「そうでしょ、絶対」
俺もラナを剣を抜き、臨戦体制を取った。
直後、男達の一人が銃を撃った。生まれて初めて銃で撃たれた。しかし、その弾道は容易に予測できて、鼻歌混じりに回避できた。
レーザー銃を回避されたことに男達はぎょっとする。前世の俺だったならきっと同じ反応をしたかもしれない。
けれど先生の立ち回りを知っている俺からすれば、騎士がレーザーを避けられるのは当然だ。驚くようなことでもない。
驚くか、驚かないか。その一瞬の隙をつき、俺は男達に接近する。抜き放った剣を銃を持った男の喉元に押し当て、強く引いた。
男の首から鮮血がほとばしる。ぐしゃりと倒れる男を一瞥し、なおも驚いている男達に俺は切り掛かった。
次に狙ったのは近くにいたナイフを持った男だ。首を目掛けて剣を振るうと、面白いくらい抵抗なく、男の首を切断された。
その時点でこの戦いの趨勢は決まったようなものだった。ラナもラナで倒れた男を肉盾にして、襲ってきた男達を制圧していた。
ざっと10人ほどの死体が瞬く間に現れた。肉体強化を受けていない人間なんてこんなものだろう。自分でも驚くくらいすんなりと相手を殺せたのは、きっとこいつらがヤクザだったからだ。前世の恨みをぶつけているみたいでとても気持ちよかった。
剣を見てみれば、脂や血は残っていない。刃こぼれもない。きちんと騎士の戦闘ができたと感じ、少し嬉しかった。
「それで?これからどうするわけ?」
剣を鞘に納めたラナが聞いてくる。確かにどうしよう、と俺は考えた。
ノリと勢いで刺客を殺してしまったが、一人くらいは生かしておいてもよかった。色々とノースガーター一派について聞けたはずだ。
「この考えなし。あーもー。まだ生きてる奴いない?」
「いるわけないだろ、こんなにめった切りにしてさー」
「あんただって首刎ねたり、心臓突き刺したりしてんじゃん!あたしにばっかり、押し付けないでよ!!」
「くっそー。これどーすんだー?」
ノースガーター一派がどれだけの規模かはわからない。アーコロジーまで逃げ切れば安全かもしれないが、すでに顔がバレている以上、いずれはアーコロジーの中にも入ってくるかもしれない。
俺とラナが自由にアーコロジーと貧民街を行き来できるように、ノースガーター一派ができないなんてことはないからだ。
「うーん。よし。潰そう、ノースガーター一派」
「はぁ?何それ、その場の思いつき?」
「いや。将来的には潰そうと思ってた。ただそれが早くなっただけだ」
ノースガーター一派の放った刺客はどいつもこいつも標準的な延命施術しか受けていないようだった。騎士のような特別な肉体強化の施術を受けていないのだ。骨密度、筋肉密度いずれも騎士とは比べるべくもない。
「そういうわけだ。早速情報収集しようか?」
「簡単に言ってくれちゃって。そんな都合よく敵について教えてくれる奴がいるわけないでしょ」
「——いいや、いるぞ」
視線を感じ、俺とラナは振り返った。戦闘が始まる前からうっすらと感じていた視線だ。最初は、今足元でくたばっている奴らの視線かと思ったが、戦闘中も視線は感じていた。
てっきり、スナイパーとかかと思ったが、そうでもないようだ。
振り返った俺達の視線の先には赤髪の少年がいた。歳の頃は俺達と変わらない。肌は浅黒く、身長は俺よりも高い。ヒョロッとしていて、きっと栄養不足なのだろう。
少年は欠けた歯を除かせ、ニカっと笑いかけてきた。敵意は感じなかった。
「俺は、クリント。クリント・カムシだ。あんたら、すごいな」
クリントと名乗った少年が指を鳴らす。するとゾロゾロとプレハブ小屋の中から同じ年嵩の少年、少女達が現れた。ざっと40人くらいはいた。
「単刀直入に言うぜ?あんたら、俺らの仲間にならないか?」
クリントの提案に俺は即答する。
「断る」
*




