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プリミティブ・マリッジ

 結婚式の日、その日は物々しい雰囲気に包まれていた。臨戦体制に近い、血走った(まなこ)で会場の周りを警備する騎士や兵士は公衆を睨んでいた。


 会場は惑星ジヨンにいくつかある大規模な施設だ。アルガダ銀河とは二つ銀河を挟んだ先にある宗教国家で親交されているオーラー教の寺院に倣った作りで、イメージとしては前世地球の大聖堂を銀河スケールに拡大したような建物だ。


 施設だけで一体東京ドーム何個分かという大きさだろうか。銀河世界に転生して60年以上、色々と巨大なスケールの建物は見たことがあるが、こういったかつての自分が生きた時代の建物と似たような建物をそのスケールで見ると圧倒されてしまう。


 ましてそこが結婚式の会場ともなれば尚更だ。


 「ああ、俺もこういうところで結婚式を挙げたいなー」

 「陛下にも結婚願望があったのですか?」


 不躾な聞き方をしてくるのはキリルだ。眼下に見える大聖堂を見つめながら、からからとキリルは笑った。


 失礼なことを言う。俺にだって結婚願望くらいある。前世で嫁に裏切られた俺が結婚式を開きたい、と思うのも変な話だが、憧れは抱いてもいいじゃないか。


 言い忘れていたが、俺は巨大な飛行艇に乗って大聖堂を見つめていた。それはリノベル伯爵が用意した軍用の飛行艇で、外見こそ結婚式にふさわしい豪奢なものへと変えられているが、中身は最新鋭の防衛システムを備えた機体だ。


 ぐるりぐるりと大聖堂の上空を周遊しながら飛行艇はその手前の広場の近くに停泊し、式場の入り口までタラップを下ろした。飛行艇を係留するためのロープが下ろされたのを確認し、俺は踵を返して、部屋を出た。


 いくつかの角を曲がり、俺はある部屋の前に立った。その部屋はクリントとジュリアスが扉を守っているロメル君の部屋だ。


 「入るぞ」


 相手の了承もなく、俺はドアノブに手をかけ、部屋の中に入った。部屋の奥まで進むと、改まった様子のロメル君が座っていた。白いブライダルスーツに身を包み、胸には白い花の飾りを付けていた。


 すでに準備は万端なようで、めかしこんだロメル君の背後には化粧道具をしまっているヘアデザイナーの姿があった。ヘアデザイナーは俺の存在に気がつくと、パッと作業をやめ、俺に向かって深々とお辞儀した。そしてその姿勢のままパパッと道具をしまうと、小走りで部屋の外に出ていった。


 「準備万端なようだな」


 「レアン陛下、これは失礼を」


 そう言って椅子から立ちあがろうとしたロメル君を俺は制した。緊張しているのに気を使わせるべきではない。


 ロメル君は浮きかけた腰を再び椅子の上に下ろし、神妙な表情で眼下を見つめた。大聖堂の反対側に位置するこの部屋からは式場の前に集まった群衆が見える。群衆の多くは歴史的な結婚を見ようと集まった民衆や記者だ。パシャパシャと写真を撮る人間もいれば、観衆相手に商売をする人間もいた。


 それらを見下ろしながら、ロメル君はため息を吐いた。この一ヶ月間、つまり俺の前で婚姻を結ぶと宣言してからよく彼はため息を吐いたり、暗い表情を浮かべるようになった。憔悴している証拠だ。気疲れとも言う。


 この一ヶ月はそれくらいロメル君を憔悴させるのに十分な一ヶ月だった。


 一ヶ月の間に主に起こったことは二つ。一つは式を挙げるための派閥工作、もう一つは派閥の粛清だ。


 この場合、ロメル君を憔悴させたのが後者である。身内を粛清するというのは純朴なロメル君には堪えたはずだ。


 粛清したのは主に二種類の人間だ。一つはべノーリオのようなベンサム兄上に操られていた連中、そして残る一つはべノーリオらの口車に乗ってシンプルに俺を裏切った連中だ。むしろ、前者より後者の方が悪質なんじゃないか、と俺は思う。


 そんなわけで絶賛、ロメル君はダウン気味だ。悲しいかな、彼を元気づけることは俺にはできない。否、俺の役割ではない。俺にできるのは話題を振って少しでもロメル君が気負うことがないように誘導することくらいだ。


 「陛下、この度は婚約から結婚まで、色々とご足労いただきありがとうございます」

 「ん?ああ、なに。気にするな。そんな綺麗なものではないことは周知しているだろう?」


 不意のロメル君の謝意に俺は本音で返した。事実として俺は別にロメル君とユリア女子をくっつけたくて、今回の結婚式を企画したわけではない。


 それを理解しているロメル君から感謝の言葉を言われると、背中がむず痒くてたまらなかった。自分が悪いことをしている事実を改めて突きつけられているようで落ち着かなかったのだ。


 「もし陛下が結婚しろ、とおっしゃらなければ、私は今こうしてブライダルスーツに袖を通すことはなかったでしょう」


 ロメル君は何を言っているのだろうか。こんな事情を知る人間からすればただの策略でしかないのに、その出汁に使われているだけでしかないのに、どうして感謝するのだろうか。


 意味不明だ。意味不明がすぎる。


 「ロメル卿、貴殿はもう少し人を疑うべきだな」


 ポンポンと優しくロメル君の肩を叩き、俺は逃げるように部屋を後にした。そして俺はその足で飛行艇のロビーホールへと向かった。タラップを降りればその先はもう大聖堂だ。ここをロメル君とユリア女子の二人が別々の覆面車で降り、聖堂入りする。なぜ分けるかのかといえば、それは結婚式間近まで、二人を会わせないためだ。一種の演出と言ってもいい。


 その後の段取りは一般的な結婚式と変わらない。新郎が先に式場に入り、その後に新婦が入る。そして晴れて二人は結ばれる、という流れだ。


 しばらくするとロメル君が現れた。ロメル君の左右にはクリントとジュリアスがいて、二人は普段は見せない真面目な表情で護衛をしていた。


 ロメル君が覆面車に乗り、式場へと消えて行くと、次いでユリア女子が現れた。


 白いドレスに身を包んだ彼女はコンクールで見た時よりも一段と美しく、大人びて見えた。化粧がそうさせるのか、はたまたウェディングドレスがそうさせるのか。興味はあるが、探究しようとは思わない。インスタントな興味でしかないのだ。


 ユリア女史は俺を一瞥し、一礼をした後覆面車に乗り込んだ。その後をラナが追った。


 「さて、俺らも下船の準備をするか」


 俺にも準備があるからな。


 聖堂に入った俺は早速、用意しておいたスーツに袖を通した。ただし白ではなく、黒い結婚式の礼服だ。皇帝用に煌びやかにしてはいるが、新郎新婦の衣装と比べれば地味な方だ。


 「陛下、そろそろです。ご準備はよろしいですか?」


 俺の試着室の片隅で控えていたテオの問いに無音で頷き返す。では、とテオが先導して俺をとある一室の前へと連れていった。その部屋はユリア女史の控え室として用意されたものだった。


 扉越しに俺はユリア女史に準備ができたか、と聞いた。ユリア女史に代わってラナが扉から顔を出し、いいわよ、と答えた。


 「では、参るとしようか」


 新婦にはエスコート役がいる。新郎の元まで、新婦を導く役だ。通常は父親がやるだろう、この仕事だが、ユリア女史の父親はここにはいない。はるか数千光年彼方だ。


 だから俺が代わりにエスコート役を買って出た。リノベル伯爵でも良かったが、俺が今回の結婚を成立させた立役者であることを内外にアピールするため、俺がエスコート役になった。


 俺に連れられてユリア女史は式場へと向かっていた。その後ろをキリルやラナといった俺の部下が介添人として追随し、俺達は牧師の合図と共に式場へと入った。


 式場は俺の派閥の貴族とその家族で埋め尽くされていた。数人、この日のために呼んだオーデル家の人間の顔もあった。あらかじめノクトやカーバイン伯爵に調べさせた穏健派の人間だ。


 厳かな、それでいて神聖な雰囲気が漂う式場にオルガンの音色が響く。ゆっくりとあらかじめ練習した通りに俺はユリア女史を新郎であるロメル君の近くまで送り届け、その足で最前列の席に座った。


 「すこやかなるときも、病める時も——」


 聞き馴染みのある牧師の問いが式場に響く。宣言を終え、用意しておいた指輪をロメル君がユリア女史に嵌めた。その直後、万雷の拍手が式場に響いた。



 「さぁ、て、と!ここからが本番だ!!!!」


 式を終え、披露宴を終え、ようやく解放された俺は喜び勇んで新聞やニュースに目を向けた。


 目を通すのはオーデル公爵の主張を載せた新聞やニュースだ。どういった反応を公爵が示したか、その陣営がしているかを把握するためだ。


 予想通り、公爵は激怒していた。自分の一族の人間が敵対している一族の人間と婚姻を結んで、しかもそれが広く喧伝されて怒らない貴族はいない。自らの自尊心を深く傷つけられた公爵は堂々と殺人予告をするくらいにはお冠なようだ。


 調べた限り、オーデル公爵は典型的な帝国貴族だ。プライドが高く、下品で、悪趣味な、自尊心の塊のような男だ。その男がこのまま黙っていられるだろうか。このまま黙って座していることができるだろうか。


 否。


 例えジェイムズ兄上やセドリック兄上のような抑え役が近くにいても、公爵の激情を抑えることはできない。帝国貴族とはそういうものだ。


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