スペース・ラブロマンス
時間は約5時間前に遡る。なぜ、5時間前かと聞かれればそれはシンプルにラナがユリアの説得に時間を必要すると思ったからだ。ユリアの都合も大いに関係している。
突然、敵対陣営の中核メンバーであるラナに誘われたユリアは困惑していた。なぜラナが自分などと密会するのか、ユリアはわからなかった。
二人が面会した部屋はレアンが使っているスーパーVIPエリアよりもやや、簡素な作りのVIPエリアだ。その一角にある白を基調とした部屋にユリアは通された。部屋にはすでにラナがおり、彼女の後ろには二人の騎士が立っていた。
一人はジュリアスで、もう一人は騎士に扮したテオである。もっとも、ユリアはそんなこと知らないが。
ユリアが連れているのは彼女の護衛である騎士だ。幼い頃から、ユリアに仕えるように教育された、譜代の家臣のようなものだ。
部屋に入った瞬間、彼らはラナとその背後に立つ騎士を見て表情をこわばらせた。それは彼女らの内に秘めた濃密な洸粒に圧倒されたからだ。特にラナは、二人がかりで襲いかかっても勝てないと思わせる圧倒的なオーラを放っているように見えた。
ユリアが着席し、ラナがそれに次いで着席した。何を話すのか、と身構えるユリアにラナははにかんだ。
「そう身構えないでください。この度、私は我が主たるレアン・ハイラント・ソル・アルクセレス陛下の名代としてこの場に参上したに過ぎません。それに私は御身を害することはありません」
それを聞いてユリアは幾分か表情をゆるめた。彼女からすればラナはただの少女でしかないからだ。まさか騎士だとは思うわけもなかった。
「この度は主よりオーデル嬢へ、書状を預かっております。皇帝である自分がわざわざ尋ねるのは貴殿の立場を揺るがしかねない、ということで私がお伝えさせていただきます」
書状と言ってラナが取り出したのは電子用紙だ。電子新聞などに使われる特殊な用紙で、書籍一冊分ほどの文量であれば、収めることができる。
ラナが読み上げたのはレアンがゼルドリッツに作らせた賞賛の手紙だ。音楽については門外漢だったレアンが、カムフラージュのためにしたためたものだ。
それを読み上げつつ、ラナは最後の一文を、追伸部分を読み上げた。
「『時にリップマン家のロメル卿とは深い親交があるようだ。若き二人の今後を祈っている』」
それを聞いた瞬間、ユリアは表情をこわばらせ、同時に頬を赤らめた。護衛の騎士達は腰の剣に手を伸ばした。それを見て、ラナはレアンが直接書いた文章の効果を実感した。
レアンの書いた文章はブラフだ。レアン自身はユリアとロメルが恋仲であるかも、とラナから聞いていても確証はない。しかし、あたかも知っているような雰囲気の文章を書き、それを読み上げることでレアンは確証を得た。
「主からの手紙は以上です。この度はご足労いただきありがとうございました」
「——お待ちください!!」
何事もなかったかのように部屋を出ていくラナをユリアは呼び止めた。振り返るラナは額に汗を浮かべるユリアを見つめた。
「レアン、陛下は何をお考えなのでしょうか?」
「なんのことでしょうか」
「このような、このような脅迫をしておいて」
「脅迫。いえいえ。我が主はただお二方の前途を祈っているだけげございます。はじめにお伝えした通り、我が主はお二人を害する意図は毛頭ございません」
しらじらしく弁明しながら、ラナは内心でため息を吐いた。真実、自分がやっていることはユリアへの脅迫だ。どう言葉を取り繕おうと脅迫だ。
ミドカウザー伯爵などの悪人面の役回りだろう、と心の中で愚痴りながら、ラナは作り笑いを貼り付けた。そうでもしなければ良心の呵責で潰れてしまいそうだった。
「——我が主はこう申しております。もしオーデル嬢がロメル卿と”良き関係”を望むのであれば、その助けとなる、と」
言いながらラナはレアンに耳打ちされた内容の脳裏で復唱した。レアンがラナに求めた事項は二つだ。一つはユリアのロメルへの恋愛感情の確認。もう一つは、ユリア自身がそれ以上の関係を望むかの確認だ。
良き関係とは端的に言えば婚姻関係だ。つまり、夫婦になるということだ。敵対する両家の垣根を越えて、夫婦となる気が、覚悟あるか、と問いかけるレアンをラナは腹の底でクソ野郎だと思った。同時に、それが策として機能することも彼女は理解していた。だからラナはレアンの意思に従って、二人の関係に踏み込んだ。
ユリアは葛藤の表情を浮かべていた。護衛の騎士の手前、即答もできない。しかし、相手は即答を求めていた。その証拠にさっきまでラナの背後に立っていた騎士の一人が、この場合はジュリアスが扉の前で仁王立ちしていた。
「さぁ、ご返答を」
*
そして今に至る。
レアンとロメルの前に立ったユリアはその舌の上に用意していた答えを口にした。
「レアン陛下。御身の家臣のおっしゃったことは事実でありますか?」
「良き関係のために助力を惜しまない、ということであれば事実だ。俺は約定を違えないと約束しよう」
「では」
ユリアはロメルの方へ振り向き、彼の手を握った。その手は震えていた。二人とも震えていた。
互いを見つめ合う二人の時間は、永遠のようにも、一瞬にも感じられた。何かを話したわけでも、何か合図を送ったわけでもない。静かに見つめ合った二人が次にレアンに振り返った時、二人の眼には決意のようなものが宿っていた。
それを見た瞬間、レアンは酷薄とした笑みを浮かべた。
*
素晴らしいことがると人間とは柄にもなくウキウキするものらしい。ウキウキとは心が躍るという意味だ。身体中の細胞が活性化し、心なしかそれまで一度も刻んだことのないスキップが足を動かすと勝手に刻んでしまった。
「嬉しそうね」
背後に立つラナがポツリとこぼす。俺はおう、と元気よく答えた。
「嬉しいだろ、そりゃ。なんせ、探していたピースをようやく手に入れられたんだからな」
「そ。恨まれて刺されないように背中に注意なさい」
大丈夫だよ、と俺は楽観的に返す。だって、俺の背後はラナやクリント、キリルが守っているのだから。
「はぁ。私は不安よ。レアンがいつかとんでもない地雷を踏み抜かないか」
「ああ。そうだな。特にこれから会うやつの地雷は踏み抜かないようにしないとな」
そう言って俺は部屋の中に入った。その部屋はリノベル伯爵が用意した一室だ。当然、そこにはリノベル伯爵が待っていた。
部屋の中にはリノベル伯爵の他に、その部下二人とゼルドリッツ兄上が待っていた。俺が入室すると、二人は重たい腹を持ち上げて軽く頭を下げた。
「よく集まってくれた。早速だが、本題に移ろうか」
挨拶もそこそこに俺は本題を切り出した。本題とはずばり、どうやってロメル君とユリア女史の結婚式を盛り上げるかだ。
作戦名「ラブラブハッピーマリッジ」。自分で命名したはいいが、実に馬鹿馬鹿しい作戦名だ。だが、これからの俺達がすべきことを端的に説明してはいると思う。
作戦はこうだ。
ロメル君とユリア女史の結婚式を大々的に執り行う。帝国中にその話を広め、そして多くの人間に、貴族平民問わずに、リップマン家とオーデル家の融和の象徴として喧伝するのだ。
意図はいくつかある。
まず第一にバートン家を除く西方四家を俺が手中に収めている、という内外へのアピールがある。例え少数でも、西方で影響力を有している貴族家の縁者やその本家が俺の側についている事実は強力なカードとして使える。
第二にこの婚姻を平和の象徴、両家の和解の証として広く周知させることで、それに反対する勢力を黙らせることができる。正確には俺の側に正義があるという大義名分の理由づくりに利用できる。
ロメル君とユリア女史が結婚すれば形だけとはいえ、リップマン家とオーデル家の人間が一つの家族として未来を歩むというなんともロマンチックな構図が出来上がる。それは側から見れば、素晴らしいラブロマンスだ。その二人の恋路に茶々を入れれば、それは害虫のように映るだろう。必然、害虫は悪となる。
第三に、この婚姻はオーデル家にも波紋を呼ぶ。これまで敵対していたリップマン家にオーデル家の縁者が嫁入りするのだ。オーデル公爵やその側近はともかくとして、オーデル家にいるだろう潜在的なハト派の連中はこぞってこう言うに違いない。「今こそリップマン家と和解すべきだ」と。
べノーリオをはじめ、リップマン家にも潜在的な和平論者がいたのだ。同じような家系のオーデル家にそういった連中がいないと考えるのは不自然だ。
整理すると、俺が立てた「ラブラブハッピーマリッジ」作戦の要点は三つ。俺の能力のアピール、大義名分の獲得、離間工作。こんなところだ。他にも意図がないではないが、要点はこんなところだろう。
その説明を受け、リノベル伯爵はどんな反応を示したか。
伯爵は笑った。大いに、盛大に、ついこの前までの仏頂面が嘘のような呵呵大笑だ。
長い間親交があっただろう、ゼルドリッツ兄上ですら、伯爵の笑いぶりに呆気にとられていた。おそらく、伯爵がこれほど大笑いすることはこれまでなかったのだろう。
ひとしきり笑い終え、伯爵は後ろに控えていた部下からハンカチを受け取って、それで唇を拭った。どうやらよだれがこぼれかけていたらしい。貴族としては品がない、しかし人間らしい今の伯爵は俺の好みだった。
「失礼いたしました、陛下。どうかご容赦ください」
「いい。それで、伯爵。返答は?」
即答を求める俺に伯爵はめいいっぱいの微笑でほおを膨らませて、俺の問いに答えた。
「——いいでしょう。陛下の作戦に乗りましょう」
「ああ、感謝する。これでようやく、会議が始められる」
*
会議を終え、二人が去った部屋で俺はノクトを呼び出した。現れたノクトは俺の足元に跪き、いくつかの事項を報告した。その中にはテティスが接触した人物についての報告も含まれていた。
「ノクト、婚約式までにリップマン家の掃除を行え」
「御意。手始めにどちらを処理しましょうか」
「そーだな。まずは。うん。あいつから消そう」
俺の脳裏に浮かんだのは青い瞳の連中だ。そいつらを始末するように命令してから、俺は部屋を出た。
*




