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ロメル君とユリア女史

 コンサートはほどなくして閉演した。優勝したのはユリア女史で、最後の方にユリア女史がリノベル家の楽団と一緒に演奏を行なった。


 「——さて、リノベル伯。そろそろ本題に移ってもいいか?」


 授賞式などが終わり、フリーになったところで俺はリノベル伯爵に話しかけた。伯爵は深く頷き、俺達はコンサートホールの一角にある応接室に通され、そこでリノベル伯爵と会談を行った。


 「陛下、随分とお遊びが過ぎるのではありませんかな?」


 開口一番、リノベル伯爵はこちらを咎めるような目で睨んだ。それまでの紳士然とした伯爵からは想像もできない厳しい視線だ。


 俺はその視線に対し、小さく肩をすくめた。そして咳払いをして、できるだけ落ち着いた口調でその糾弾の視線に答えた。


 「伯爵の過大な評価に対し、俺は何を言うこともできない。少なくとも、この事態になるまで、俺は何かできる立場にはいなかったからな」


 「ふむ。そのおっしゃりよう。まるでこれからは何かできるように聞こえますな」


 伯爵の追い討ちのような言及に俺は、ああ、と小さな声で肯定した。


 俺の頭の中、もとい俺達の頭の中にはどのようにしてオーデル家やバートン家を叩き潰すかの構想がある。リノベル家が領内への立ち入りを許可するまでの間に立てた作戦だ。最後のピースが揃えば、この作戦を実行に移せる。


 だが、その最後のピースがまだ見つからない。それはもちろん、俺は有しているものではない。俺が有していたらそもそもリノベル伯爵領に長居なんてしないだろう。


 リノベル伯爵は俺の内心をさぐる様な目を向ける。幸か不幸か、伯爵の俺への評価はなぜか高い。打開策を持つ俺が動かない理由を伯爵はその明晰な頭脳で図っているのだろう。


 「陛下が動かれない理由はなんでしょうか」


 伯爵の言葉に俺は端的に答えた。


 「錦の御旗。大義名分。統合の象徴。それらが欠落している」


 「ふぅむ。どれも簡単には手に入りませんな」


 リノベル伯爵は鷹揚に頷いた。


 ただ、その発言には白々しさを感じた。



 しかし意外なことにその欠けたピースは、すぐに見つかった。正確にはピースのようなものがすぐに見つかった。


 「え、マジ?」

 「マジです。この耳で聞きました」


 手がかりをもたらしたのはラナだ。宇宙港のスーパーVIPエリアで俺はラナからロメル君が頻繁に、誰かと通信を行っていた事実を聞いた。


 ラナ曰く、最初は身分不相応な恋でもしていたと思ったらしい。結ばれるのが難しい、よくある恋物語程度で、そこまで気にする様なことではないとか。


 しかしコンクールの時のロメル君の顔を見て直感したそうだ。


 ロメル君が想いを寄せている相手はオーデル家のユリア嬢だと。


 「ニキャフ侍従武官、それはあくまで貴殿の憶測ではないか?」

 「敵対している貴族の縁者同士の恋物語など、劇場演目でしか聞いたことがありません」

 「冗句として聞いても、面白くありません」


 ラナに対し、背後の官僚団は辛辣だ。貴族の確執をある程度知っているからこその発言だろう。


 この銀河世界、寿命が長い分、恨みも何千年と蓄積することが多い。そんな恨みと怨嗟の歴史の中に「恋」が生まれるなんていうのは確かに冗句のような話だ。


 「ちなみにラナ。それはどういう直感だ?」

 「女の直感です」


 俺は思わず、右手で顔を隠した。女の勘と言われてしまうと、男の俺はどうも言えない。俺の背後の官僚団にも女はいるが、コンクールの会場に列席したやつはいない。あの場で女性はラナ一人だった。


 せめてテティスか、感受性のある奴がいれば、と思った矢先俺はゼルドリッツ兄上が脳裏に浮かんだ。


 「そうだ。ゼルドリッツ兄上だ。ゼルドリッツ兄上を呼べ」

 「は。かしこまりました」


 そう言ってテオがそそくさとゼルドリッツ兄上を呼びに行った。兄上は俺の泊まっている部屋の隣の部屋に泊まっている。呼ばれた兄上は大体10分くらいで俺の前に現れた。


 会って早々、俺はゼルドリッツ兄上にロメル君とユリア嬢について尋ねた。芸術家のパトロンとして名高い兄上なら何かわかっているのではないか、と思ったからだ。


 「ロメルというのはリップマン家の人間ですな。ユリアというと、あのコンクールで優勝した?ふむむ。そう言われてみれば、ロメル卿の彼女を見つめる視線には熱がこもっているように感じられました。その時は敵対するオーデル家の人間だからか、と思いましたが」


 「うーん。まぁそうなるか。やっぱりここは本人に聞くべきか」

 「へ、陛下?それは」


 何か問題でもあるのか、と聞くとゼルドリッツ兄上はもじもじしながら答えた。


 「そ、そのこれは男女の間のことでございます」

 「ああ。そうだな?」


 「はい。そこに部外者である我らがとやかく何か言うのは、そのいささかロマンスに欠けるのでは?」

 「ロマンスぅ?」


 ゼルドリッツ兄上の言葉に俺は失笑しそうになった。ロマンスなんてものを信じるのは兄上の勝手だが、時と場合を考えてほしい。今は他人のロマンスだとか、モラトリアムだとかを気にしている場合じゃない。


 よく言うだろう。ラブコメは第一話と最終話を読めば十分と。過程とかどうでもいいのだ。今必要なのは結果だ。二人がいい仲であるという事実と、それによる最終的な結果だ。


 「よし、まずはラナ。ラナはユリア嬢に接触しろ。そして、ロメルとの仲を尋ねるんだ。俺はロメルを詰問する」

 「詰問?」


 「間違えた。聞く。ただただ、聞く」

 「はぁ。かしこまりました。ちなみに私がすべきことはユリア女史のロメル卿への恋心の確認だけでしょうか」


 ラナの問いに俺はかぶりを振った。その程度ならわざわざ俺の懐刀を派遣するものか。


 「ラナにやってもらいたいことは二つ。一つはユリア嬢の恋心の確認、そしてもう一つは」


 俺は言葉を切り、ラナの耳元に最後の一つを囁いた。それを聞いたラナは盛大にわざとらしくため息を吐いた。


 「ここが公の場じゃなきゃキンタマ潰してたわよ?」


 小声で囁き返すラナの目は本気だった。もしこれが二人きりだったら、俺のキンタマはいくらの卵のように潰されていた。



 三日後、俺はロメル君との間に会談の場を設けた。俺の背後にはキリルとクリントが控える一方、ロメル君は一人で寂しく、恐縮した様子で俺の前に座っていた。


 何を話すのか、気になって仕方ないという感じでありつつ、同時にロメル君はおっかなびっくりとしていた。


 「今日はよく、俺の呼びかけに応じてくれた。卿も色々と忙しかったんじゃないか?」

 「いえ、そのようなことはありません。陛下のお呼びとあらば数千光年先からでも直ちに駆けつけましょう」


 ロメル君は威勢のいいことを言うが、内実はこのバタバタしている時に呼びつけやがって、くらいには思っているもしれない。なにせ、リップマン家は今や風前の灯だ。


 敗北を喫したリップマン家の艦隊はそのほとんどが現在はリノベル伯爵の領内に駐屯している。言い換えれば自領を空にしている状態だ。バートン伯爵領を通ってオーデル公爵家が侵攻するんじゃないか、とそわそわしていてもおかしくはない。


 そんな状態にあって、リップマン家はいまだにまとまりを欠いていた。それは当主とその跡取りが相次いで死んだからだ。つまるところ、フィリップのスペアがいないのだ。


 普通ならスペアがいるものだが、あいにくとそのスペアはすでに死んでしまった。なんでも運悪く艦橋にレーザーが直撃して死んでしまったらしい。不運なことだ。


 現在のリップマン家は二つに割れている。べノーリオ率いる降伏派と統率者無き主戦派だ。ロメル君は一応、前当主の息子ということも相まって、二派の間を取り持つのに四苦八苦しているのだそうだ。


 「陛下はどのような御用向きで私をお呼びになられたのですか?」


 焦っているのか、ロメル君は世間話すらしない。余裕がないことが一目で見てとれた。俺は口元に笑みを浮かべ、その問いにやはり、直截に答えた。


 「単刀直入に言おう。貴殿とユリア女史はどのような関係だ?」


 俺の質問に、ロメル君は瞠目した。すぐに平静を装ったが、その瞳は揺れ、ピクピクとまなじりが震えていた。


 「陛下、ユリアとはオーデル家のユリアですか?」

 「そうだ。察しがいいな」


 「なにも。なにもございません陛下。オーデル家の人間と関わり合いなど」

 「そうか。それならどうして真っ先にオーデル家のユリア女史の名前が出た?俺はユリア女史としか言っていないぞ?」


 俺に図星をつかれ、ロメル君は表情をこわばらせた。普通の貴族であれば、ユリアとはどのユリアでしょうか、と聞き返すだろうところを、わざわざ特定個人のことを名指しするなど、関係があると自白しているようなものだ。


 口籠るロメル君に俺はやさしく、彼の肩に手を置いた。


 「別に取って食おうとか、ロメル卿がオーデル家の姫と密通していたことを咎めようとか、そんなことは考えていない。ただ、確認したかっただけだ。二人はどういう仲なのか、というのをな」


 それでもロメル君の俺を見る目は変わらない。警戒するのは正しいことではあるけれど、自分の信用のなさにすこしばかり寂しさを覚えた。


 「そうだな。ならば確約しよう。皇帝である俺が確約しよう。今後、ロメル卿に俺が”害”を与えることはない、と」


 皇帝の名での誓約にロメル君は多少の安堵を覚えたのか、口元に笑みがこぼれた。もちろん、俺が破ろうと思えばいつでも敗れるペラペラの誓約ではあるが、貴族にとって皇帝の言葉は重い。特に皇帝を絶対の権威と考えている伝統的な輩にとってはそこらの文鎮以上の重みがある。


 わずかばかりの安堵を覚えたロメル君は俺に、ユリア女史との間柄を明かした。ラナが予想した通り、二人は恋仲であるらしい。


 知り合ったのは今回のようにリノベル伯爵領を訪れた時だそうだ。十数年前のコンクールに出た彼女をロメル君が見初め、その後に行われた夕食会で知り合ったらしい。


 なんともロマンス的な情緒を感じる話だが、俺からすればそういったロマンスや愛なんてものはどうでもいい話だ。重要なのは二人の間にちゃんとした恋愛感情があるかどうかだ。


 前世の俺は愛で裏切られた。ならば、今度はとことん俺が愛を利用したっていいじゃないか。


 「私とユリアの関係は決して歓迎されるものではありません。誰も望んでいない関係です。貴族の中ではよくあることです」


 ロメル君は寂しく、そう述懐した。その言は正しい。だが、果たして誰も望んでいない関係だろうか。少なくとも俺はロメル君の恋を応援するつもりだ。


 「ロメル卿。実は今日は卿他にもう一人、客を呼んでいる。その客と会ってはくれないか?」

 「客、でありますか?」


 「ああそうだ。——入れ」


 肯定と同時に俺は扉の向こうに立つ人物に命令した。扉が開き、その前で立っていた人物が姿を現した。それを見た瞬間、ロメル君は今日一番の驚いた表情を浮かべた。


 「ゆ、ユリア?」

 「お久しぶりです、ロメル様」


 俺へ気品あるカーテシーをするその人物はロメル君を見つめ、軽く会釈をした。現れたユリア・エル・オーデルの背後にはニヤニヤ笑っているラナがいた。


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