陰浦栞とのお出かけ後編
村雨と出会ったオレと陰浦は三人仲良く映画を見ることにした。
陰浦も村雨も上映中は映像に集中するため、食べたり飲んだりしないそうだ。
映画館の売り上げの多くは飲食費らしいんだが……まぁそれはこっちが考えることではないか。
映画は出来がよかったのか、陰浦も村雨も噛り付くように見ており、最後は大粒の涙を流して号泣していた。
そんなにか……ゲームをしっかりやっていたらオレも違った感覚を味わえたのだろうか?
二人の化粧直しを待って、映画館を出る。
「ほな、うちはこれで──」
「ちょっと待て!」
「なんや?」
村雨と陰浦が仲良くなって欲しいオレとしては、ここで村雨を逃がすわけにはいかん。
オレは村雨を引っ張ってって小声で話す。
「なに逃げようとしてんだよ!」
「だって、デートやろ。邪魔しないように気使ってやってんねやんか!」
「さっきものすごい勢いで否定されたの見てたよな?
あの状態の後に二人きりは厳しいって!頼むから村雨もいてくれ!」
「……」
「頼む!!昼奢るから!」
「はあ~、しゃーないなー」
セーフ。
オレと村雨が陰浦の下に戻ると陰浦がムスッとしている。
「な、なに話してたんですか?」
「内緒」
「むー」
陰浦はさらに頬を膨らます。
ハムスターみたいだな。
お昼は同じモール内のパンケーキのある店に入った。
クリームと蜂蜜とさまざまなフルーツ、カロリーがすごそうだが、外で食べるならこういったパンケーキが理想と言うことは彩夜と楓から調査済みだ。
しかし……彩夜と楓とはえらい違いだな。
陰浦と村雨はパンケーキそっちのけで、映画の感想に花を咲かせている。
彩夜と楓ならもう三枚は平らげてるぞ。
『陰浦さん、かなり村雨さんと打ち解けてない?』
「そうな」
まぁ、同性かつ同士だし波長が合うのだろう。
陰浦も村雨も見たことのない明るい表情で笑っている。
想像以上に作戦がハマったな。
その後も三人で仲良くモールを回る。
まぁ、仲良くと言っても、オレは一歩引いて二人の様子を見守っている状態だから、ほぼ荷物持ちだな!
それにしてもよく歩くな。ほぼ全ての店舗の全てのラインを見て回ってるぞ。
オレが陰浦たちについて回っていると奇妙な場所に出会う。
このモールは現在『群青の君』のイベントにより女性客でどこも賑わっている。
しかし、一カ所だけやけに男性客が多いと言うか、カップルが多いと言うか……。
だが、陰浦と村雨はそんなこと気にせず、入店していく。
「中は……特段普通だな?」
「なにがや?」
「いや、この店だけやたらカップルが多いからさ」
「言われてみればせやな……」
村雨は周囲を確認する。
気付いてなかったのか……。
「あれ?陰浦は?」
「あそこや」
陰浦は店頭に張り付いている。
あれは……陰浦が一番好きって言ってたムラマサとかいうキャラが付けてた指輪か?映画でもチラチラ映ってたよな。
にしても、指輪って……。
基本サイズが合わずに放置かネックレスに改造するかの二択になるだろうし、仮にキーアイテムだとしても限定品としてはどうなんだ?
「うわー、アコギな商売やなー。数量限定な上に五千円以上お買い上げって」
しかもそういう系か……。
ただ、陰浦はどうしても欲しいのだろう。五千円以上になるように手早く吟味している。
「村雨はいいのか?」
「ウチはええわ。ムラマサは好きやけど推しってほどやないし」
「そんなもんか」
陰浦結構使ってるみたいだけど、お金大丈夫なんだろうか?
陰浦は五千円以上のグッズを持って、限定品がなくならないかそわそわしながらレジへと並ぶ。
「あ、あの、そ、それもお願いします」
「申し訳ございません。こちらカップル限定品でございまして、お相手の方がいらっしゃらないと……」
「はあ?なんやそれ!?」
なるほど。
だからこの店にはやたらカップルが多かったのか。
「村雨、ちょっと待っててな?」
オレはツカツカとレジへと向かう。
「あっ、そうなんですか……じゃあ──」
「オレらカップルです!」
オレは陰浦の肩を抱き寄せる。
陰浦はビクンッと肩を跳ねさせた後、オレの腕の中で静かに縮こまっている。
「そ……そうなんですか?」
「は……はい……」
肩に触れた手から陰浦の体温が上昇しているのを感じる。
力になれたならいいのだが……迷惑に思っていないだろうか?
この状態では陰浦の顔は見えない。
オレは店員から五千円分のグッズと限定品の指輪を受け取る。
「はい。これ欲しかったんだろ?」
「あ、ありがとうございます。あ、あの、ちょっとお手洗いに!」
陰浦は指輪を握りしめたまま、ぴゅーっとトイレへ走っていった。
「湾月って陰浦さんのこと好きなん?」
「はあ?」
「やって、彼氏ですゆうて陰浦さんのこと助けとったし」
「あれは誰でもそうするだろ?せっかく五千円分も買って手に入れようとしてるのに断られるとかあんまりすぎるだろ」
「まあな。でもあれはな……」
「なんだよ?」
「そっか。あんたマサムネのストーリー知らんのか」
「ストーリー?」
「あの指輪はな、マサムネの家に代々伝わる生涯を捧げる相手に送る指輪で、姫のために戦場に行く際に姫に誓いを立てたキーアイテムなんや。『戦場から帰ってきたらこの指輪をあなたに付けて欲しい』ゆうてな。
やから『群青の君』界隈であの指輪は、純愛の指輪って呼ばれとんねん」
「へー」
知らなかった。
が、予想外にありがたい展開になっているっぽい。
オレにとっては純愛というより幸運の指輪だな。
「そうだ。ちょうど陰浦いないし、ちょっといいか?」
「ん?」
「実はさ、陰浦の奴友達がほとんどいないんだよな」
「せやろな。見るからにウチの同族やし」
「それでさ、できれば夏休み中あいつと遊びつつ、他の友達も紹介してやってくんねーか?」
「それウチに頼む難易度やないで?」
「頼む!あいつの唯一の友達が男ってやばいだろ。しかもオレだぞ?」
「それは……確かに。もー、しゃーないな!一個貸しやからな!」
「ありがと!」
その後、一通りモールを回り解散した。
オレは最寄り駅まで陰浦を送る。
「いっぱい買ったなー。お金とか大丈夫か?」
「だ、大丈夫です。お小遣い貰ってもあんまり使い道がなくて貯まりっぱなしでしたので。
それに今日遊びに行くっていったらお母さんが奮発してくれました!」
そのお金はオタクグッズに使わない方がよかったんじゃ……。
「あと……初めて遊びに行った思い出ですから……」
「そっか。楽しめたみたいでよかった」
「はい。あ、でもすみません。
せっかく湾月くんが誘ってくれたのに、私村雨さんばっかりと……」
「いいよいいよ。栞に仲のいい人ができてオレも嬉しいし。
村雨とは仲良くなれたんだろ?」
「はい。今度のコミケにも誘っていただけました。初参加です!」
へー。もう次の予定入れてくれたのか。
ありがと、村雨!
「あの」
「ん?」
「湾月くんは楽しかったでしょうか?」
「楽しかったよ」
「本当ですか?私の好きなものばっかでしたし、その……私は浮かれて気を回していただいてばっかでしたし……」
「栞に楽しんでもらおうと思って誘ったんだし、オレは栞が楽しんでくれたなら満足だよ」
「わ、私は!私は、湾月くんにも楽しんでほしいです……」
あーくそ。いい子だな。
「じゃあ、今度は栞がどこか連れてってよ」
「え!?」
「またどっか行こうな!」
「はい!あっ、それと映画代とパンケーキ代ありがとうございます。そ、それと、指輪も……」
ええ……このタイミングで。
「お、おう。指輪の時、勝手に彼氏名乗っちゃってごめんな。迷惑じゃなかったか?」
「迷惑なんてそんな!そ、その…………嬉しかったです、鏡夜さん」
そう言い残すと、陰浦は振り返ることなく走り去ってしまった。
夕陽に照らされ赤くなった陰浦の笑顔により、オレはしばらく放心していた。
また読んでいただきありがとうございます!
『初恋強盗』の77話です!!
今回は陰浦栞とのお出かけ回後編!!
この主人公なんかお父さんみたい。
陰浦栞は非常にいい子!!
次回は瑠璃花詞とのお出かけ回!!お楽しみに!
忌憚ない批評・感想いただけると嬉しいです。




