窮地を救う友
『これ、もしかしなくてもかなりやばい?』
「ああ」
この状況はもはやミッションどころの話ではない。
彼女持ちかつ女の子を保健室に連れ込み襲った奴とか、恋愛対象以前に人としてお近づきになりたくないだろ……。
人の噂も七十五日だっけ?……2か月以上か……長すぎて収まる前に精神が崩壊するだろ!
オレが絶望の淵に立っていると、村雨が廊下に聞こえるんじゃないかという大きな声で話しかけてきた。
「なんや湾月、来ててんか!?警察に捕まってもうて、もうこーへんのかと思とったよ!」
声でけーな。オレと逆でいいことでもあったのか?
村雨が大声でオレの名を口にしたことで、クラスの連中以外に他クラスの連中も注目しているのがわかる。
「と言うか、彼女がおるんやったら教えてくれればよかってんに!」
「いや、彼女いねーよ」
「え!?英さんが彼女と違うん!?」
ん?さっきからやけに大げさだな?
それになんか無理してる?
村雨はいい声がもったいないと思うほど、普段喋らないし声も張らない。にもかかわらず、今はどうだ?
普段からは考えられないほど、大きな声を出している。
もしかして、オレを助けようとしてくれてる?
「いや、ちげーよ!オレと英は幼なじみだって!オレが英の彼氏とか言ってたら、あいつに怒られるわ!」
オレも村雨に合わせるように声を張る。
オレが意図に気づいたことがわかったのだろう、村雨はノリノリで話を続ける。
「ほんまに?」
「ほんまに!」
「ほな、女の子を保健室に連れ込んだってのは?陰浦さんやったけ?」
「それはだな、陰浦さんが頭打って気絶しちまったから保健室に運んだだけだよ!保健室には艶縞先生もいたから疑うなら聞いてみろよ!」
「気絶!?なんで?」
おいおい。ほんとにびっくりして音量が落ちてるぞ。
てか、なんて説明したらいいんだ?
陰浦が逃げ出そうとしたところを押し倒しましたなんて正直に言えないし……それにできれば図書室で二人きりという事実もできる限り伏せたい。
「その~、オレが陰浦さんにぶつかっちまって、それで陰浦さんが転倒して頭を打っちまったんだ」
「そうなん?じゃあ、阿雲先輩たちを侍らせてたってのは?」
「オレが体育祭実行委員の手伝いしてたから、先輩としてからかいに来てただけだろ?実際、体育祭終わった後は来てないし」
「確かに……」
もしかしたら、オレの予想してない他の爆弾が飛び出してくるんじゃないかとびくびくしていたが、村雨の勢いが落ちてきたところを見るとネタは使い切ったのだろう。
村雨の勢いと同じく周囲のオレへの関心も薄れつつあるのがわかる。
オレの噂がデマであるとわかり、興味が薄れたのだろう。
この調子なら思ったより早く噂は収束してくれそうだ。
「なんや、どれも違うんか。所詮は噂ってことやな!」
そう言うと村雨は逃げるように早足で教室から出て行ってしまった。
村雨、マジでありがと!!
そんな村雨を追いかけるように桜ノ宮もスッと教室を去る。
「ほらね?私が言った通りでしょ?」
「みたいね」
「てかさー、湾月に裏切られたーとか言ってたけど違うってことじゃん、圷!」
「そうじゃん!マジごめんだしー!謝った方がいいかな?」
「圷がそう思ってたこと湾月は知らないだろうしいんじゃね?」
聞こえてますよー。
てか、藍川もオレの噂を訂正しようと頑張てくれてたのか……。
調理実習頑張ってよかった!
『これはセーフなんじゃない?』
「そうだな」
「あっ!?鏡夜!」
安堵しきっていたオレの肩が詞の声でビクンッと跳ね上がる。
詞はさっきまで教室にいなかった。
つまり、オレの噂が事実無根であるということを知らない。詞に避けられたりしたら……。
「鏡夜?」
「お、おう、詞」
「今日、遅かったんだね。なにかあったの?」
「妹が体調不良でな……」
「そうなんだ。妹さん大丈夫なの?」
「ああ」
あれ?噂のこと言ってこないぞ?
これは……遠慮してくれているんだろうか?
優しい詞らしくてありがたいんだけど、早めに弁明したいからこの場合はさらっと聞いてくれると助かるんだが……。
いつまでもこのままじゃ居心地が悪いし……しょうがない、オレから切り出すか!
「なぁ、詞」
「なに?」
「詞はその~……噂のことなにも言ってこねんだな」
「だって鏡夜が女の子を連れ込んで無理やりとかそんなことするわけないもん。保健室に連れて行ってあげただけでしょ?」
「ああ」
「やっぱりね!ボクはあんな噂最初から信じてないよ」
「……そうか」
詞ああああああ!!
詞はオレのことを信じていてくれた!やっぱり詞は神だ!いや、神以上だ!!
それに比べてオレは……詞が噂に踊らされて引いてしまうかもしれないとか、全く詞のことを信じてやれなかった……。
今後はなにがあっても詞のことは信頼しよう!!
「でも、鏡夜と一組の英さんが付き合ってるなんて知らなかったよ!教えてくれればよかったのに!」
そっちは信じてるんかい!
「いや、オレ英と付き合ってないからね?」
「え!?そうなの!?なーんだ、鏡夜の恋バナとか聞いてみたかったのに」
「恋バナね……」
今んとこオレの恋愛事情は人に話せるようなエピソード全然ないんだが……。
詞の誤解が解けたところで授業が始まった。
「なぁ、詞」
「ん?」
「ありがとな」
「なにが?」
「いろいろと」
「ふふ。どういたしまして!」
オレは詞の背中に向けて感謝を言葉にする。
授業中ということもあって、詞も振り返らずに応える。
後で村雨たちにもお礼を言わないとな。
放課後、オレは過去一番の速さで帰宅する。
村雨たちへのお礼?
それはまた後日でいいだろう!昼休みの後すぐに普段通り接するのはさすがに憚られたのか、村雨の奴はオレから地味に距離取ってたし。
それに、今は彩夜のことがなによりも最優先だ!
オレは彩夜の部屋へ直行する。
「帰ったぞー彩夜ー!いい子に──!?」
ボッフン!
「ノックしてって言ってるでしょ!!」
オレの顔面に彩夜の投げたクッションが直撃する。
ナイスコントロール。
だいぶ元気になったみたいだな!
「体調はどうだ?」
「平気」
「ほんとか?」
「……やっぱりまだちょっとよくないかも」
「!?あそこは藪医者だったか……他の病院行くか?それとも市販の薬の方がいいのだろうか?そう言えば下剤は効果が高いとか!?ちょっと待ってろ、今から下剤買ってくるから!」
「絶対やめて!……ねえアニキ、夜ご飯なんだけど……」
「おう!なんでもいいぞ!遠慮なく言ってくれ!」
「ケーキがいい」
「……ケーキ?それはちょっと……消化に良くないんじゃないか?体調がよくなったらホールで作ってやるから、別のにしない?」
「体調直った」
「ウソをつくんじゃありません!」
どんだけケーキ食べたいんだよ……。
「じゃあ、ヨーグルト。ヨーグルトは消化にいいでしょ?」
「ヨーグルトかぁ……」
胃には優しいけど栄養がな……。
「まぁいいか」
「ブルーベリージャムがいい!あとプリン!」
「はいはい。その代わり安静にして、すぐに良くなるんだぞ?」
「わかった」
彩夜はいそいそとベットへ戻る。
夕食にヨーグルトとプリンはどうかと思うのだが、彩夜が嬉しそうだしたまにはいっか!
しかし、こうやって素直に甘えてくれる彩夜は久しぶりだな~。
昔は今みたいにオレによくおねだりしてくれてたもんだ、懐かしい。
もうちょっと甘えてくれないかな~?
「体調戻ってきてそうだし、結構汗かいたんじゃないか?兄ちゃんがまた背中拭いてやるよ!」
「いい」
「そう言わずに」
「いい!」
「そうか?じゃあ昔みたいに耳かきとかどうだ?」
「いらない!てか、玄関チャイム鳴ってるよ!」
ほんとだ。
もう、誰だよ!?
せっかく彩夜と楽しい時間を過ごしてたのに!!
「ヨーグルトとプリンね!」
「はいはい。ちゃんと安静にしてるんだぞ」
オレは彩夜との素晴らしいひと時を切り上げて、インターホンに出る。
「はーい。どちら様です……か」
また読んでいただきありがとうございます!
『初恋強盗』の56話です!!
今回は噂解消回!!
普段は前に出たがらない村雨心和が頑張ってくれました!
そして、家に来訪者!!
次回のメインは当然あの子!!お楽しみに!
忌憚ない批評・感想いただけると嬉しいです。




