継承権
食堂は、これまた日本家屋には不釣り合いな黒と金で化粧した豪勢な洋式の部屋である。
巨大なシャンデリアが部屋を照らし、中央には真っ白なテーブルクロスが敷かれた10人以上は余裕を持って座れるであろう長いダイニングテーブルが鎮座している。
これから料理が運ばれてくるのだろうか?
テーブルにはまだ何にも乗っていない。
女中さんは迷うことなく食堂の奥へ歩いていくと、誕生日席から見て左側の席を引く。
拒む理由もないので、オレは引いてもらった席へと座った。
「あっ!?お兄ちゃん!!」
オレが着席すると虎徹が食堂へと入って来た。
30代くらいの母親らしき人と彩夜と同じくらいの年齢だろうか?姉らしき子も一緒だ。
虎徹の家族は席には座らず、オレの方へと向かってきた。オレは慌てて立ち上がる。
立ち上がったオレに対し、ほんの少し驚いた素振りを見せた虎鉄の母親であったが、すぐにポーカーフェイスに戻った。
「鏡夜様でいらっしいますか?」
「はい」
「虎徹がお世話になりましたようで、ありがとうございます。私、虎徹の母で憲方裕子と申します」
「憲方櫻子です」
「湾月鏡夜です。わざわざどうも」
オレは場の雰囲気に流され会釈する。
挨拶が終わった虎徹の母親と姉も各々女中さんが引いてくれた椅子に座る。だが、その座り位置が明らかに歪だ。
虎徹の姉はオレから二つ席を飛ばしたところに座り、母親はその姉のテーブルを挟んで左斜め前、そして、女中さんが引いた席的に虎徹が座る席はオレから見て左斜め前だ。
家族が距離を取って座る──オレからすれば異様な光景。
だが、虎鉄の家族は当たり前のように自分たちの席へと着席した。
四人が席に着くと料理が運ばれてくる。
料理は悔しいがかなり美味い。ぶっちゃけオレの腕では比較にすらならないレベルだ。だが、食事するには環境が最悪だ。
広い食堂に聞こえるのは、ただただカチャカチャと手を動かす音のみ。そこには楽しい会話の一つも存在しなかった。
結局、テーブルを囲んだ四人は一言も話すことなく食事を終えた。
「あの~」
「はい、何でしょう?」
食事を終えたオレは近くにいた女中さんに疑問を投げかける。
「食堂の座る場所って指定があるんですか?虎鉄たち、家族なのにバラバラに座ってましたけど」
「はい。お席は継承権順となっております」
「継承権?」
「はい。憲方家当代代表であられる秋代様がお決めになられた継承権に倣い、皆様のお座席が決まっております」
「詳しくいいですか?」
「はい。一番上座が秋代様のお座席となっておりまして。向かって右、上座から見て左が第一継承権者──鏡夜様のお座席となっております。続いて、秋代様から見て右、鏡夜様のお座席の正面が第二継承権──虎鉄様のお父上に当たられる憲方日向様のお座席となります。その後は順に右左右左と」
「なるほど……わかりやすかったです。ありがとうございます」
「滅相ございません」
つまり、オレの左前に座った虎鉄は座席から言うと現在継承権は四番目。虎鉄の姉である櫻子ちゃんは七番目ということか。姉よりも弟である虎鉄の方が継承権が高いところを見るに生まれた順は関係ないと。そして、虎鉄の母親が一番下座に座っているのを見るに、虎鉄の母親には継承権が恐らくないのだろう。
というか、虎鉄って5歳だが案外継承権順位高いのな。
翌朝、オレは山にこだまする鳥の声で目を覚ました。
『おはよ、鏡夜』
「おはよ」
『朝のハグいる?』
「じゃあ、もらおうかな?」
トーカは満足そうにうんうんと頷くと、オレにハグしてくる。
昨日は夕食の後酷い目にあったからな。
女中さんたちはやたらオレに気を配ってくれているようで、常にオレの動向を気にかけ、風呂に入っていた時には「お背中流します」と前触れもなく入ってきた。それはまだいい、従者が主人の背中を流すのは桜ノ宮家でも聞いたからな。ただ、夜中に「お相手致しましょうか?」と白い和装の寝間着で部屋にやって来たのは、さすがに想定外で度肝を抜かれてしまった。
当然、お断りしたのだが、あまりのことに動揺を隠しきれなかったのが良くなかった。
トーカからは『鼻の下を伸ばしていた!!』『アタシがいなかったら絶対に誘いに乗っていた!!』と判定され、女中さんが去った後、めちゃくちゃ怒られた。
トーカとのハグが終わったオレはこの後の行動に悩む。
正直、いつもの如くその辺をランニングし、シャワーで汗を流した後、朝食を摂るという段階を踏みたいのだが、ここは自宅ではない。
ランニングに関しては昨日虎鉄と一緒にこの辺の地形は把握したから問題ないとは言え、風呂や厨房を勝手に使うわけにはいくまい。
「ここに居る間はじっとしとくか……」
現状、オレが動くと全体が動いてしまう。
それはさすがに忍びない。
オレは祖母さんが帰ってくるまでの間、極力部屋で静かにしていようと決めた。
『暇ね……』
「そうだな……」
ゲームの一つや二つ持ってくるべきだったな。
四畳半の部屋では座ったり寝っ転がったり以外やれることがない。
本来であれば今頃学校で授業を受けている頃か……。
木枠の付いた窓からボーっと外の景色を眺め、そんなことを考えていると、部屋のドアがコンコンコンとノックされる。
「はい」
オレが応えるとドアが少し開き、隙間から虎鉄が顔を覗かせる。
「お兄ちゃん、遊ぼ」
「おう。いいぞ」
「本当!?」
虎鉄は目を輝かせる。
この時間、お姉ちゃんは学校だろうし、大人たちも仕事があるから遊び相手がいないのだろう。特にこれくらい田舎だとやることも限られるしな。
オレも死ぬほど暇してたし、よくわかる。
「おう」
オレは体を起こして、部屋から出る。
ドアに隠れていて見えなかったが、虎鉄は野球のミットとボールを抱きかかえている。
「キャッチボールでもやるのか?」
「うん!!いい!?」
「いいけど。どこでやるんだ?庭は広いけど車やらなんやらあって危ないだろ?」
「近くに空き地があるんだ!」
「へー」
オレたちは空き地へと移動し、キャッチボールをする。
だが、虎鉄は思った以上に運動神経が悪い。
投げるボールはとんちんかん方へと飛んでいくし、捕球も下手投げどころかゴロが精一杯だ。それでもボールを追いかける虎鉄は笑顔で楽しそうだ。
しばらく付き合っていると体力が尽きたのか、虎鉄がボールを持ったままこちらにやって来た。
「休憩か?」
「うん!」
オレと虎鉄は空き地に設置された古ぼけたベンチに腰掛ける。
「キャッチボールやるの初めてか?」
「ううん。これが二回目」
「そうか」
ボールもミットも新品のように綺麗だったから、あんまり使っていないのかと思ったが案の定だったな。
「どうやったら上手くなれる?」
「上手くなりたいのか?」
「うん。それでお父さんをビックリさせたい」
一回目のキャッチボールは父親とだったか。
虎鉄も父親とは一緒にいる機会が少ないみたいだし、わかりやすい形で褒められるポイントを用意したいのだろう。幼いながらの努力というやつだ。
オレも昔褒めてもらいたくて、そんな努力をした憶えがある。オレの場合は料理とかだったが。
「よし!じゃあ、特訓して虎鉄の父親の度肝を抜いてやるか!!」
「うん!!」
オレはスマホで検索しながら、ボールの正しい握り方や投げるフォーム、捕球体勢なんかを虎鉄に指導する。
5歳という若い年齢でありながら、目標へ向かう直向きさは目を見張るものがある。後は虎鉄に少しでも才能があるかどうかだな。
オレは昨日同様、日が傾く時間まで虎鉄と一緒に過ごした。
また読んでいただきありがとうございます!
『初恋強盗』の202話です!!
憲方家の歪なシステムはこんなものじゃない!!
トーカのおかげで、鏡夜は一転ほのぼの状態!
次回は憲方櫻子回!!お楽しみに!
忌憚ない批評・感想いただけると嬉しいです。




