傍にいるから
日が傾き、空が黄色から橙色へとゆっくりと変化する。
小学生にもなっていないガキを夜遅くまで連れ歩くわけにはいかない。太陽が山に隠れる前には憲方家に戻らねば。
オレは帰りを急ぐ。
すると、途中でオレのポケットが振動する。
時間帯的には彩夜が学校から帰ってくる頃だ。
オレは即座に電話を取る。
「もしもし」
「どうした!?なにかあったか、彩夜!?」
「ううん、大丈夫。アニキは?平気?」
彩夜の不安そうな声。
オレは今すぐに彩夜のもとへ向かいたい気持ちをグッと堪え、決して不安にさせないよう努めて明るいトーンで話す。
「こっちも平気だよ!英家には泊めてもらえそうか?」
「うん」
「そうか。よかった。いい子にして、まだ寒いから暖かくして寝るんだぞ?夜更かしし過ぎないようにな?」
「うん。……アニキ」
「ん?」
「あのさ……その…………頑張ってね」
「おう。ありがと!」
最後の彩夜の声……震えていた。
恐らく、なにか言おうとして、オレに心配かけまいと言葉を飲み込んだのだろう。
オレは顔を歪ませ、ギリギリッと奥歯を鳴らす。
彩夜を不安にさせ、辛抱を強いる今の状況は、オレとしては我慢ならない。仮にこの場に一人であったなら、苛立ちから喉が裂けるほど絶叫していたところであっただろう。
そんなオレの心情の変化を察したのだろう。虎鉄はオレから少し距離を取って帰り道を急ぐ。
「お帰りなさいませ」
散歩から帰ってくると、オレたちの行動を見透かしていたかのように門の前に憲方家の人間が待っていた。
「ただいま帰りました!!」
オレからすると座りの悪い感覚なのだが、虎徹からすればこれが日常なのだろう。
虎徹は気にした様子もなく、出迎えの男の横を抜け家へと上がっていく。
まぁ、桜ノ宮も桜ノ宮家の使用人に対して同じような感じだったし、その時は何とも思わなかった。つまり、オレが今この出迎えに嫌悪感を覚えているのは相手が憲方だからなのだろう。
相手で反応に差をつけるべきではない。オレは脳裏にこびり付いた嫌悪感を振り払うように手のひらでペチンと顔を打つ。
「いかがいたしました?」
「別に。それより祖母さんは帰って来ました?」
「それが……少々出先で案件が拗れているようでして、両三日中にはお戻りになると……」
「なに?だったら一度帰るから、祖母さんが来たら連絡してくれ。そしたらまたこっちから出向く」
「そういうわけには参りません!我々は鏡夜様のおもてなしを秋代様より仰せつかっております。ご不自由はお掛け致しませんので、どうかこちらでお待ちいただけないでしょうか!?」
「そいつはそっちの都合で、オレには一切関係ないだろ!?」
「その通りです!ですが!どうか!!」
「ふざッ──!!」
オレの首にトーカの腕が巻かれ、背中にトーカの重みを感じる。
驚いたオレは吐き捨てようとした言葉を飲み込む。
トーカはオレを後ろからギュッと抱きしめると、ゆっくりとオレの正面に回りニコリと微笑む。
苛立ちで狭窄していた視野が広がる。
冷静になったことで、ずっとその場にいたはずの、深々と頭を下げる男と、その後ろで不安そうにこちらの様子を窺っている女中さんたちの姿がオレの瞳に映る。
立場的にこの人たちはオレにも祖母さんにも逆らうことが難しく、険悪な二人の間で板挟みになっているのだろう。
いや、険悪な態度を取っているのはオレだけか……。
ともかく、反撃できないことを良いことに、立場が上の者が下の者を一方的に攻撃するのはフェアではない。
それでも、ここでオレが制止を振り切り帰ってしまったら、祖母さんはきっとそんな事お構いなく、この人たちを厳しく罰するのだろう。父さんからもらった情報と目の前にいる人たちの態度が瞭然とその事実を物語っていた。
甘いと思われるだろうか?それでも、オレにはこの人たちを見えている崖へと蹴落とすことはできない。
無意識に固く握りしめられていた拳から力が抜ける。
「わかりました。ここで待ちます」
「感謝致します」
「その代わり、祖母さんが帰ってきたら、オレが寝ていようと風呂に入ってようと真っ先に知らせてください」
「畏まりました。お約束必ずお守りいたします」
二日三日ここに泊まる覚悟を決め、オレは与えられた部屋へと戻って来た。
部屋に戻ったオレはすぐに彩夜に電話する。
「もしもし、アニキ!?」
珍しくオレの着信に彩夜がすぐに出てくれた。
普段ならば大はしゃぎしているところであろうが、今はちっとも嬉しさを感じられない。
「おう、兄ちゃんだよ」
「どうしたの?」
「あー……大したことじゃないんだけどな……。どうも祖母さんがトラブったみたいで、二三日こっちにいることになった」
「え?」
彩夜の悲しそうな反応にズキンと心が痛む。
「キッチリ用事を済ませたら必ず帰るから、少しだけ待っててもらえるか?」
「……わかった」
「ごめんな」
「ううん。大丈夫。待ってるね!」
「ああ」
電話が切れると、オレは力なく畳にへたり込む。
強烈なストレスがかかり、視界がチカチカとして頭が割れそうに痛い。
オレが膝を抱え座り込んでいると、トントンと優しく肩を叩かれる。
『ねえ、鏡夜。手広げて』
「はぁ?なんでだよ?」
『いいから!!』
「これでいいのか?」
トーカに手を広げるように指示され、オレは体育座りから胡坐に体勢を変え、両腕を広げる。
と、いきなりトーカがオレの胸に飛び込んできた。
トーカに飛びつかれたオレは座った状態を維持することができず、そのまま後方へ倒れる。
だが、トーカはオレに抱き付いたままだ。
『ギューーーゥ』
トーカはオレを強く抱きしめる。
トーカの温もり、優しさ、重さ、柔らかさ、その全てを感じる。オレの強張った体から徐々に力が抜け、頭の中で絡まっていたものがジュワーっと解けていく感じがする。
実際の時間がどれくらいかはわからないが、体感にして1分も経っていない。
トーカの体が畳に寝っ転がったオレからスーッと離れる。トーカは空中にうつ伏せになった状態で腕を後ろに回す。
『どう?元気になった?』
「ああ。最高にな」
『それはよかった!もしまた辛くなったら、アタシを頼りなさい!今みたいにアタシがあんたに元気を分けてあげるから!!』
「そんな約束していいのか?これから家に帰るまで毎日頼むことになるぞ?」
『えー、毎日!?まぁ、アタシはあんたのパートナーだしね!しょうがないから、やってあげるわ!感謝しなさいよね!!』
「へいへい」
屋敷では夕食の準備を進めているのだろう。
非常にいい香りが部屋にまで届き、オレの腹を鳴らす。
「元気が出たら腹減って来たな」
『いいことじゃない!大体、今日駄菓子屋で買った駄菓子しか食べてないでしょ!?』
「そういやそうだったな」
『しっかり食べないと!元気でないわよ!?』
「いや、元気はトーカからもらうから」
『アタシがあげられるのは精神的元気だけだから!健康面は鏡夜が自分で管理して!彩夜ちゃんと帰るって約束したんでしょ!!』
「わかってるよ」
『ねえ、鏡夜』
「ん?」
『アタシ、ちゃんと傍にいるから。助けになれるように頑張るから。だから、あんまり一人で抱え込んで、辛そうな顔しないで』
「ああ」
廊下が軋み、誰かがこちらへ歩いて来る音が聞こえる。
そして、部屋のドアがコンコンコンとノックされる。
「はい」
「鏡夜様。お夕食の準備ができました。食堂までお越し願えますでしょうか?」
「わかりました」
オレは体を起こす。
「トーカ」
『なに?』
「ありがとな」
『うん!どういたしまして!!』
気を持ち直したオレは呼びに来た女中に従い、食堂へと向かう。
また読んでいただきありがとうございます!
『初恋強盗』の201話です!!
全然帰れずストレスマッハの鏡夜!
トーカのヒロイン力爆発!!
次回は継承権回!!お楽しみに!
忌憚ない批評・感想いただけると嬉しいです。
 




