父親と憲方家
不安で眠れない彩夜に添い寝をし、一時間以上かかってなんとか寝かしつけた。
オレは彩夜を起こさないように足音を殺しながら彩夜の部屋を出ると、憲方家へと向かう準備をする。
『ねえ、鏡夜』
「ん?」
『さっきのって聞いてもいいの?』
「さっきのって?」
『ごめん……』
トーカの弱々しい謝罪の声に、オレはパッとトーカの方を振り返る。
部屋の隅の方に浮いているトーカは申し訳なさそうに俯いている。
オレは顔を軽く押さえ、深く息を吐く。
反省だな。
どうやらさっきの電話が尾を引き、トーカへの返答がかなり感じの悪いものになってしまったようだ。
「すまん。さっきのを引きずっちまっただけで、トーカの質問に対して不機嫌になったとかではないんだ」
『そうなの?』
「ああ。もう大丈夫、ありがとな」
『ううん。それで、その~……これからノリ……』
「憲方な」
「そう。憲方家って場所に行くのよね?』
「ああ」
『憲方家って?』
「父さんの旧姓だよ」
『旧……』
トーカは困惑した表情を浮かべる。
「姓と名の姓な?湾月ってのは母方の姓なんだ」
『そうじゃなくて──。え?ということは、憲方家は鏡夜のお父様のご実家ってこと?』
「そうだな」
『じゃあ、電話の相手は鏡夜のおじい様やおばあ様ってことよね?なら、なんで彩夜ちゃんがあんなに怯えるの?鏡夜も苦しそうだし……』
トーカの疑問は尤もだ。
オレたち兄妹の態度は孫が祖父母に取る態度としては不自然である。
だが、これがオレたち兄妹にとっては普通なのだ。
「父さんは元々憲方家と反りが合わなかったみたいなんだ。ただ、体が弱く家を出て一人で生活する選択に躊躇し長く憲方家居たことと、長男だったってことで、憲方家的には父さんを跡取りに考えてたらしい。父さんは学業面もかなり優秀だったらしいしな」
『跡取りって憲方家は凄い家なの?』
「膨大な土地を持っているだけの片田舎の名家だよ。大したもんじゃない」
『そうなんだ』
「で、そこに現れたのが、母さんだ。知っての通り母さんと父さんは付き合うようになるわけだが、憲方家は母さんが気に入らなかったらしくてな。猛反対されて駆け落ちって形でこっちに来たって昔父さんの自慢を聞かされた。要は母さんは憲方家からすれば、大切な跡取りを連れ去った女狐ってわけだ」
『親の反対を押し切って駆け落ちって、凄いロマンチックじゃない!!』
「かもな。ほんで、理由は知らんが、昔家に憲方の人が来たことがあったんだ……」
そう言いながら、オレは机の引き出しにしまっていた写真立てをトーカに手渡す。
その写真立てには、家族四人で撮った最後の写真が入っている。
『これ鏡夜?』
「ああ」
『ふふっ。この頃から目付き悪かったのね!』
「はいはい」
『それで?素敵な家族写真だけど、この写真がなんなの?』
「オレと彩夜が父さんと母さん、どっちに似てるかちゅー話だ」
『どう見ても、鏡夜はお父様似で彩夜ちゃんはお母様似よね』
「そう。オレは父さん似で、彩夜は母さん似だ。だからか知らんが、憲方の人間はオレにはかなり甘かったんだが、彩夜には酷い接し方をしてな。彩夜は大号泣で、キレた父さんが自分の母親の胸ぐらを掴む事態まで発展したんだ」
激高した父さんの姿は今でも目の裏にくっきりと残っている。
父さんが青筋を浮かべ、声を荒げている姿を見たのは後にも先にもあれだけだったからな。
『それでどうなったの?』
「それ以降、当然こちらから接触したことはないし、憲方家も一度も家に来てない。絶縁ってやつだな。ただ、父さんが死んだ時に一度だけ連絡があった」
『連絡?』
「母さん一人じゃ子どもを育てられないから、憲方家で子どもの面倒を見てやるという連絡だ。彩夜にトラウマ植え付けといて、いけしゃあしゃあと。彩夜がどんな目に合うかわからん以上そんな提案に乗るわけに行かない。結局、母さん一人で頑張る羽目になった」
『お母様のご実家とかは?助けを求めたりできないの?』
「母方の祖父母は両方もう亡くなってて、親戚はいるのかも知らん。仮にいたとしても、親戚関係は彩夜のトラウマ的に厳しかっただろうしな」
『そっか……そうよね』
「そういうわけで、オレも彩夜も憲方家が嫌いなんだ」
『そんな人から呼び出されて大丈夫なの、鏡夜?』
「なんだ?彩夜の心配性が移ったか?」
『本気で心配してるのに!呼び出しの要件は?』
「さぁな。着いてからお楽しみってやつだな。どうせ碌な話じゃないだろうが」
出来ることなら、今回の連絡も無視したいくらいだ。
だが無視したら、あちらがこっちに出向くとか言い出して来たからな。彩夜に接触させないためにはオレが出向くしかない。
彩夜を守る。そのためだったらオレはどんな労力も厭わない。
父さんから彩夜を託されたからな。
オレはキャリーケースに着替えなどを詰め込むと、日菜とそのご両親にしばらくの間、彩夜のことをお願いしたいとの手紙をしたためた。
「よし」
『準備完了?』
「ああ」
最後にテーブルの上に”無駄遣いせず、大切なことに使うように!”とのメモとともに纏まったお金を置き、電車の始発時間に合わせて家を出る。
「トーカってオレから一定の距離にいないといけないんだっけ?」
『そうね!』
「悪いな、関係ないことに巻き込んじまって」
『いいのいいの!ミッションとは関係なくても、鏡夜のパートナーとしてきっちりサポートするから!!なんだったら今回の旅もアタシが楽しい思い出に変えてあげるわよ!!』
「ありがと。期待している」
憲方家へ向かうため、オレは電車を乗り継いで新幹線の自由席へと座る。
ここまで気を張り詰め、休まずに動き続けてきたオレであったが、トーカと会話し席にも座ったことで一息つけ、そのまま眠りに落ちてしまった。
オレは降車駅の直前で目を覚ました。
はぁ~……座った状態で寝たせいで体が痛い。
オレはコキコキと体をほぐし、新幹線を降りる。
『憲方家ってどの辺なの?』
「まだまだだぞ。ここから二時間以上はかかるかな?」
『鏡夜、行ったことあるの?』
「いや。少なくとも憲方家までは行ったことないな。ただ、父さんと一緒に付近までは行ったことがあんだ。一応今回もザッとだが調べたしな」
本当は憲方に連絡すれば、車をこちらに回してくれるだろうが、極力奴らの力は借りたくない。オレとトーカは電車とバスを乗り継いで憲方家へと向かう。
空にはすでに太陽が昇っており、日差しが眩しい。
思わず深呼吸したくなる澄んだ空気と頬をなぞる空っ風、雲一つない吹き抜けるような冬晴れの空が今は恨めしく感じる。空模様をチョイスできるなら、ぜひ曇天を所望したいのが今の気分だ。
仲良く手を繋いで登校する小学生や、カラカラと自転車を漕ぐ制服姿の学生たちとすれ違う度に、足取りが重くなる。
『いいところね!!』
「そうだな」
オレの気分とはまるで合っていないがな。
バスを降りてから20~30分ほど歩くと、瓦屋根の塀に囲まれたやたら大きな門構えの屋敷が見えてくる。
『あれが憲方家かしら?』
「恐らくな」
オレが門の前に立つと、門の横に付いている出窓から女の人がひょこっと顔を覗かせた。年の頃は40~50といったところだろうか?
その人はオレと目が合うと、「少々お待ちください!」と言って慌てて下がって行った。
しばらくして、門がゆっくりと開く。
門の先には屋敷の雰囲気とは合っていないスーツ姿の若い男が立っている。
「遠いところよくぞお越しくださいました、鏡夜様。ご息災のようで何よりです。お部屋へご案内致しますので、どうぞこちらへ」
オレは心を落ち着かせ覚悟を決めると、憲方家の門をくぐる。
また読んでいただきありがとうございます!
『初恋強盗』の199話です!!
父親の実家へいざ!!
湾月は母方の姓なんじゃよね!
次回は小さな男の子回!!お楽しみに!
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