思い出のレストラン
日菜が正常に戻った最初の日曜日。
お昼には少し早い時間にオレは英家のインターホンを鳴らす。
インターホンに出たのは日菜のお母さんであった。
「あら、鏡夜くん!日菜に用?」
「はい。いますか?」
「ちょっと待っててね」
インターホンが切れると、オレはドアから少し距離を取る。
バタバタとこちら向かってくる音がドアの向こう側から聞こえ、勢いよくドアが開く。
「鏡夜!どうしたの!!」
寝ぐせの付いた髪で飛び出してきた日菜は寝間着姿な上に、ボタンがしっかり止まっていない。
さすがにこの姿の日菜と外で話をすることはできない。
オレは日菜を押して、英家の玄関へとお邪魔する。
「悪い。寝てたか?」
「大丈夫!それで!どうしたの!?」
「今日部活ないんだろ?せっかくだし遊びに行かないか?」
「いいの!?」
「もちろん」
「待ってて、着替えて来るから!!」
「ゆっくりでいいぞー」
日菜はパタパタと部屋へ戻って行った。
日菜が準備をしている間、どうせ一時間以上かかるだろうからと、日菜のお母さんの厚意でリビングで待たせてもらった。
日菜のお母さんはオレの母さんと対照的に、あまりしゃべる方ではない。
今回も温かいお茶とともに「日菜と仲良くしてくれてありがとね」という言葉をくれると、リビングにオレを残し、どこかへ行ってしまった。
『気になってるんだけど、いい?』
「おう」
『なんで、日菜さんの告白にすぐに返事しないの?鏡夜が一言「オレも日菜が好きだよ」とか言えば、それでミッション達成でしょ?』
「どうだろうな?」
『なに?違うの?』
「仮にな。仮にだが、トーカに好きな人がいて、その人は今までトーカにはまったく興味がなかったとしよう」
『うん』
「その人が手のひらを反すように急にトーカのことが好きだと言い始めたら、トーカはどう思う?」
『え?やったー!!って思うかな?』
マジかよ……。
トーカの予想外の返答にオレは言葉を失う。
『え、なに!?普通違うの!?』
「いや……トーカの考え方が理想的かつ一般的であって、オレが捻くれてるかもだわ、これ」
『ん?どういうこと?』
「やっぱりさっきの例えはなしにしないか?」
『ダメ!鏡夜がなにを言いたかったのか気になるし、誤魔化さずに話して!』
「わーったよ。……オレだったら、脈すら感じなかった相手が唐突にこっちに気持ちを寄せてきたら何か裏があるんじゃないかと猜疑心が湧いちまうなーって言いたかったの」
『あ~なるほどね!!言われてみれば確かにそうかも」
言われないとこの発想が出てこない時点で、トーカの心根は純粋そのものだよ。さすがは天使だ。逆にオレの心根は腐ってるな……。
「まぁそういうこともあって、念のためそう言った猜疑心を消すようにしてるってわけ」
『ふーん。それだけ?』
「……というと?」
『他の理由はないの?』
気を抜くと吸い込まれそうなトーカの深く輝く紫紺の瞳が、オレの心の奥底を探るようにオレの瞳と重なる。
「やっぱ綺麗だ……」
「え!?」
トーカが赤面しながら目をパチクリさせたことで、オレも我に返る。
オレはトーカから視線を逸らし、軽く咳払いをする。
「他に理由はないよ」
『そ、そう。まあ、鏡夜がそう言うならいいけど』
そう言うと、トーカは英家のリビングを見て回り始めた。
危なかった……。
トーカに見つめられるとつい本音が漏れそうになる。今回は助かったな。
オレは密かに胸を撫で下ろした。
「お待たせー!!」
英家のリビングでオレがのんびりさせてもらっていると、バッチリとオシャレした日菜が戻って来た。
「どうかな?」
「可愛いと思うぞ」
「本当!?」
日菜は嬉しそうに服をひらひらさせながら、自分でも姿見で確認する。
そして、両手で頬を抑えニマニマと笑う。
姿見に反射してだらしない表情が見えてるぞー?
「じゃあ、行こっか!」
一通りチェックを完了した日菜はその恰好のまま外へと出ようとする。
「待て待て」
オレはそんな日菜の首根っこを掴んで止める。
「その格好じゃ寒いだろ。上着を羽織れ上着を!!」
「でも……」
日菜は姿見でもう一度自分の姿を確認すると、上着を羽織りたくないという態度を示す。
コートなんかを着込んでしまってはせっかくのオシャレが見えなくなってしまうからな。日菜のオシャレな状態で外に出たいという気持ちはわからんでもない。オシャレは我慢という言葉もあるしな。
ただ、無理に歯を食いしばってオシャレを突き通すより、快適な格好で心穏やかな時間を過ごす方がいいと思うんだよな……。
それこそ風邪なんか引いてしまっては最悪だろうし。
「風邪引くから暖かくしような」
「わたし結構丈夫だからこれくらいなら風邪引かないよ。それに、わたしが風邪引いたら鏡夜が看病してくれるかもだし」
「オレの言うこと聞かずに風邪引いた奴の看病をオレがすると?」
「してくれないの?」
「しない!いいから上着持って来い」
「ええ……」
日菜は不服そうに頬を膨らませる。
随分と粘るな。
「このままだと、置いてくぞ?」
「いいもん!勝手に付いてくから」
「その場合はオレのコートを無理やり着せるからな?」
「え!?鏡夜のコート着ていいの!?」
オレの発言に日菜が目を輝かせながら食いついてくる。
なるほど……そうなるのか。
はぁ~……仕方ない。
「ほれ、着せてやるからこっち来い」
オレは自分のコートを日菜に着せる。
日菜は「でへへへ」と嬉しそうに笑う。
日菜に上着を貸してしまったので、オレは一度自宅に戻り、別のコートを着ることとなった。
まぁ、日菜が喜んでいるようだし、良しとしよう。
一、二週間前よりはマシになった気がするが、外はまだまだ肌寒い。
オレはコートのポケットに手を突っ込み、肩を竦める。
「どこ行くの!?」
うーん。そう言われても、突発的に日菜とどっか行こうと思っただけだから、特にどことか決めてないんだよな……。
「とりあえず昼食にするか。日菜は何が食べたい?」
「え!?鏡夜のごはんかな」
「ボケなくていいから。外食な、外食」
「外食かー……うーーーん……」
なんで高速でボケて、本題は長考なんだよ。
「あっ、そうだ!久しぶりに駅ビルにあるレストランにしない?」
「あー、あそこか」
「あそこって予約いるんだっけ?」
「要らないんじゃないか?混んでるイメージまったくないし。ていうか、あそこってまだあるのか?」
「あるに決まってんじゃん!」
そうなのか……あのレストラン潰れてなかったんだな。
行き先が決まり、オレたちは駅に向かって歩く。
予約は要らないと思うが、道中念のため電話にて予約をしておいた。
レストランは案の定閑古鳥が鳴いていて、待つことなくすんなり座れた。
「懐かしいねー!!」
「そうだな。つっても、そんなに来てないだろ、ここ」
「そうだっけ?」
「そうだよ」
「でも、思い出の場所でしょ?」
「まぁな」
このレストランはオレと日菜がまだ堂々とお子様ランチを注文できるくらい小さかった頃、本当にたまに両母親に連れられ来たレストランである。
正直、オレは日菜がいるタイミング以外でこのレストランを利用したことがないから、日菜専用の思い出の場所と言っても過言ではない。
注文だが、オレはトマトパスタ、日菜はなんとお子様ランチを頼んだ。
「お子様ランチって……」
「懐かしかったからついね!鏡夜だってトマトパスタじゃない!」
「トマトパスタは普通だろ?」
「え、覚えてないの!?鏡夜のお母さん、ここ来た時はいつもトマトパスタだったじゃん!」
「そうだっけ?」
全然覚えてない。
そうだったっけ?仮にそうだった場合、オレは無意識に母さんと同じ物を注文したということになるのか……遺伝ってスゲーな……。
思い出のレストランでオレと日菜は懐かしい昔話をしながら食事した。
と言っても語り手は基本的に日菜で、オレは所々しかも断片的にしか覚えていなかったのだが……。
また読んでいただきありがとうございます!
『初恋強盗』の197話です!!
女の子らしいわがまま発動!
それとちょっとした幼なじみならではの思い出!
次回は日菜とのデート後編回!!お楽しみに!
忌憚ない批評・感想いただけると嬉しいです。




