衝撃の事実
下駄箱の前で行ったり来たりしている姫路は、バレンタインのお菓子が入ってると思わしき袋を両手で大切そうに抱えている。
オレを待っていてくれている──そう思うのは傲慢というものだろうか?
姫路からバレンタインがもらえるというのは素直に嬉しい。だが、今この状況では正直受け取りづらい。
高飛車でやや高圧的な姫路であるが、その整った容姿から非常に人気が高い。さらに、そこに拍車をかけるように彼氏筆頭とされていた櫟井が藍川とカップルになったことで、気にかける男子が急増していると詞が話していた。
そんな姫路がバレンタインデーという日に、あからさまに緊張した面持ちで誰かを待っているのだ。注目を集めないはずがないし、詮索するなというのも無理な話である。
野次馬たちは姫路が誰を待っているのか確かめようと、下駄箱の周囲で監視していることが姫路にバレないよう、待ち合わせのフリをしたり、まるで内容のない雑談で時間を潰したりしている。
オレは覚悟を決めなくてはならない。
姫路の待ち人がオレであった場合、オレが向かわないとこの状況が解消されない。野次馬と同化していては埒が明かないのである。
ため息を押し殺し、オレは一歩を踏み出す。──と同時に、別の勇者が姫路に向かって歩いて行った。
オレは思わず身を隠す。
『なにやってんの?』
「いや、ちょっと……」
なんで隠れたのかはオレにもよくわからない。ただ本能が隠れろと囁いたのだ。
オレは物陰から、勇者の様子を窺う。
勇者はゆっくりと自分の存在を姫路にアピールするように近づく。
姫路が勇者に気付き足を止める。
そして──。
姫路はバレンタインの袋を隠すように、端に寄り勇者に道を譲った。
勇者はそのまま一言も発することなく、姫路の横を通り過ぎる。
決して感情は表に出さない。だが、勇者の背には思わず目を背けたくなるほどの哀愁が漂っている。
下駄箱の周りから音が消える。
だが、その静寂は長くは続かなかった。
誰かが辛抱堪らず、吹き出す。
それを皮切りに、水面に立つ波紋のように野次馬たちに笑いが伝播する。
だが、オレは笑えなかった。
なぜならば──オレはこれから彼の勇者と同じことをしなければならないのである。
先ほどまでの「もしかしたらオレのことを待っているのかも?」などという自惚れは消え去っていた。今あるのは夢破れた勇者と恐らく同じ──「オレであってくれ!」という願いである。
『大丈夫?顔歪んでるよ?』
「ああ」
オレは心を落ち着かせるように息を吐くと、無言で下駄箱へと歩みを進める。
姫路がオレに気付く。
「あっ、鏡夜!」
「おう。藍川たちは部活行ったみたいだけど、姫路はサボりか?」
「違うし!用が終わったらちゃんと行くから!!」
姫路に話しかけてもらえたことに安堵しつつ、オレは冗談を言いながら靴を履き替える。
冗談に明るく返してくれた姫路であったが、その視線はすぐにオレが持っている紙袋へと落ちた。
「それって……」
「バレンタインでもらった」
「多いね」
「ありがたいことにな」
「誰から?」
「それは言えない」
「じゃあ、本命の数は!?」
「どうだろうな?よくわからん」
「そっか……」
姫路は手に持っている袋をゆっくりと持ち上げる。
袋を持つ姫路の手は微かに震えている。
「あ、あのさ……これ、バレンタインで……受け取って欲しいんだけど……」
「ありがと」
オレはお礼とともに袋を受け取る。
「本命だから」
「え?」
姫路の急な発言にオレは思わず聞き返す。
「透のは本命だから。じゃ、じゃあ、部活行くね!!」
姫路はそのまま走り去ってしまった。
オレは姫路からもらったバレンタインの袋に視線を落とす。
『どうすんの?』
「どうするって……応えられるわけないだろ」
『それって、ミッションのせい?』
「それは……」
ここで即答できない時点で答えを言っているようなものだ。
オレは姫路にもらった袋を紙袋にしまうと、帰路についた。
家に帰ると珍しく彩夜がリビングにいる。
「お、アニキ帰って来た──って、なにその紙袋?」
「学校でもらった」
オレは紙袋の中身をテーブルに広げる。
「え!?多くない!?アニキもちゃんと友達作れるんだね」
「なぜモテるって発想が出てこない?」
「だってアニキ、中学校三年間で一度もチョコもらったことないじゃん」
「それはそうだけど……」
やはり妹だと兄の魅力を理解できないのだろうか?
兄は妹の魅力わかるんだけどな……。
「そうだ、アニキ。これ」
彩夜は思い出したかのようにオレにチョコを差し出してきた。
「え?なにこれ?」
「楓からアニキに渡して欲しいって頼まれて。まぁ、楓忙しくて直接渡すとか無理だしね」
「そうか。じゃあ、楓にありがとうって伝えといてもらっていいか?」
「了ー解」
彩夜はテーブルの上のお菓子たちを見ながら、空返事する。
「ねえ、アニキ。これってそれぞれ誰からもらったの?」
「内緒にしといて欲しい人もいるから言えないよ」
「ふーん。じゃあ、日菜ちゃんのは?日菜ちゃんのならいいでしょ?」
「日菜?」
「うん」
「日菜からはもらってないけど」
「え、なんで!?」
「なんでって……逆になんで日菜からもらってる前提なんだよ」
「だって、日菜ちゃんアニキのこと好きじゃん」
「へ?」
「え!?ウソ?アニキ、日菜ちゃんの気持ち知らなかったの!?」
日菜がオレのことが好き?
彩夜の衝撃の発言にオレは一瞬思考が追い付かず固まる。
そして、ここ一年でオレが日菜に発言してきた内容が一気に脳内でリフレインする。
次の瞬間には、オレは日菜の家に向かって駆け出していた。
オレは勢いそのままに英家のインターホンを押す。
しかし、応答はない。
「吹奏楽部って今日部活か」
身を翻すと、オレは再び学校へと急ぐ。
好きな人から自分ではない前提で恋の応援をされる。どんな気持ちか推し量ることはできない。が、少なくとも嬉しく思わないであろうことは容易に想像がつく。
今までオレは、そんなことを日菜に対してしてきたのか……。
日菜への申し訳なさと、自身への嫌悪で、心臓がキリキリと金切り声を上げている。
電車に飛び乗ったオレは座席にへたり込む。
「トーカ。トーカは知ってたのか?」
『そうなのかな~とは思ってたけど……』
「そうか……」
電車を降りたオレは下校する生徒たちの群れを掻き分け学校へと走る。
空はすっかり暗くなっており、部活終わりの生徒たちが帰り始めている。
学校へ着いたオレは一気に音楽室まで駆け上がると、息も整えず音楽室のドアを開ける。
とにかく日菜と話さなければという一心で、その後のことはまったく考えていなかった。
「あら、ビックリした!!」
音楽室にはすでに吹奏楽部の生徒の姿はなく、いるのは音楽の先生だけであった。
「なにか用?」
「いえ、なんでも……」
オレはソッと音楽室のドアを閉める。
ここで日菜に会うことが叶わなかったという現実に、肉体的、精神的疲労がドッと襲ってきて、オレはフラフラと壁にもたれ掛かる。
そして、そのまま力なくその場にしゃがみ込んだ。
『大丈夫?』
トーカが心配そうに覗き込んでくる。
「大丈夫じゃないなんて言う資格、オレにはない」
『……こうなってしまったからこそ、一つ確認したいんだけど、いい?』
「なんだ?」
『ミッション、どうする?』
そうか……そうだった。
日菜はすでにターゲットとして設定されている上に、初恋相手がオレであることも確定している。つまり、エンディング条件は揃っているのだ。
そして、日菜の攻略が完了するとミッションも達成だ。
トーカの質問により、オレの中にさまざまな情念が渦巻く。
オレは──。
また読んでいただきありがとうございます!
『初恋強盗』の194話です!!
妹の一言により急展開!!
鏡夜の結論は!?
次回は英日菜回!!お楽しみに!
忌憚ない批評・感想いただけると嬉しいです。




