英日菜の強制看病
オレの記憶は昨日の午後9時だか10時だかからない。とすると、12時間近く眠りこけていたということか。
こんなに寝たのはいつぶりだ?なんとなく目元がスッキリしているような気がする。
ただ、執事服で爆睡するもんじゃないな。頑丈な生地が使用されてるせいで、重いし体も痛い。
というか、彩夜は!?ちゃんと朝食取って学校に行けたのか!?
確認しようと動いたオレは、上手く力が入らず手を滑らせベットから転げ落ちる。
『鏡夜!?』
「いッつう……」
『大丈夫?』
「ああ」
昨日よりはだいぶ楽になっているが、まだまだ万全とは程遠いな。頭がクラクラして、額に手を当てなくても熱っぽいのがわかる。
トーカが起こしてくれようとしたところで、廊下からバタバタと走ってくる音が聞こえ、ドアが勢いよく開き日菜が入って来た。
相当慌てて来たのだろう。
溜めてきたお湯がかなりの量、床に零れている。
「鏡夜!?」
「おう」
オレは床に座り、ベットに背中を預けた状態で軽く手を挙げる。
「大丈夫なの?」
「平気。ちょっと滑っただけだよ。というか、びしょびしょじゃねーか」
「え?あ、ごめん」
「ったく、しょうがねーな」
オレはベットに手を掛け立ち上がろうとする。
すると、日菜がオレの体を支えようと駆け寄ってくる。
「いいよ。汗かいてるし」
「無理しない!!それと、安静にしててって言ったでしょ!!」
「いや、ちょっとくらい大丈夫だって」
「ダメ!!ちゃんとベットに戻って!!」
「はぁ~……わかった」
こうなった日菜は意地でも譲らない。
オレは諦めて日菜の肩を借り、ベットへと戻る。
日菜は床を軽く拭くと、持って来たお湯とタオルを側に置く。そして、迷いなく箪笥からオレの部屋着と下着を取り出した。
「じゃあ、動かないでね」
「え、なんで?」
「なんでって服着替えるんでしょ?」
「いや、一人で大丈夫だから!!」
「ダメ!」
「いやいや、ダメじゃなくって!!」
しかし、日菜はオレの制止を聞かずにワイシャツのボタンを外そうとする。
「ちょっ、着替えは一人でできるから!!」
オレも抵抗するが、体調が戻っておらず力が入らない。それと、日菜の力が普通に強い。
ただまぁ、このまま動きを阻害していれば、そのうち日菜も諦めるだろ──そう思っていたのが、突如日菜はオレの両手をがっちり握ると、オレの方を見る。
「それ以上暴れるなら紐かガムテープで縛るよ?いい子にしてて」
「……はい」
心臓を握ってきそうなじっとりした目で睨まれては従う以外の選択肢はない。
オレは抵抗をやめ、日菜にボタンを外してもらう。
「はい。じゃあ、万歳して」
「え?」
「万歳して!」
「はいはい」
まさか、高校生にもなって着替えを手伝われることになるとはな……。しかも同い年に。
こうなると恥ずかしいより、情けないが勝つな。
「じゃあ、身体拭くね?」
「はいはい」
タオルをお湯に浸して絞る日菜は楽しそうだ。
彩夜の時もそうだったけど、日菜って世話焼くの好きだよな。オレも人のこと言えないけど。
オレは日菜に背を向ける。
「どう?」
「もう少し強くてもいいぞ」
「わかった」
日菜はタオルで丁寧にオレの背を拭いてくれる。
こうしていると小さい頃、父さんに近く銭湯に連れて行ってもらったことを思い出す。
久しぶりにコーヒー牛乳を飲みたくなってきたな……。
「彩夜、ちゃんと朝食食べたのかな……?」
「食べたわよ」
「え、そうなの?」
「うん。二人で食べてたし」
「あ、そうなんだ」
「うん。はい!前向いて」
オレは体勢を変える。
日菜は別のタオルに変えると身体を拭くのを続けようとする。
「いや、前は自分でやるから」
「いいからジッとする!」
ええー……。
オレは諦めて前も日菜に拭いてもらう。
優しく丁寧に拭いてもらえるのはありがたいんだが、くすぐったいし気まずいな……。
背中の時はそんなんでもなかったが、前はどうしても日菜を意識してしまい、心臓がぞわぞわする。
オレは誤魔化すように話を振る。
「日菜はクリスマスどうしてたんだ?好きな人は誘えたのか?」
日菜の手が一瞬止まる。が、何事もなかったように再び動き出す。
ただ、返答はない。
これはマズい質問だったか……失敗したな……。とはいえ、ここからどう話題転換したらいいものか……。
そんなことを考えているうちに、無言の時間が続いてしまった。
上半身が拭き終わり、日菜が離れる。
「迷惑かけてすまん。ありがとな」
「別にいいよ。じゃあ、次下ね。ズボン脱がすから寝っ転がってちょっとだけ腰浮かして」
「へ?いや、下はいいって!!」
「下だって汗かいてるでしょ!?ちゃんと綺麗に拭かないと治らないでしょ!」
「いやいやいやいや、下はさすがにマズいから!!」
「なんで?」
「なんでって……そりゃその……幼なじみとはいえ年頃の男女なわけだし、それはダメだろ」
オレの発言に日菜は目を丸くし、硬直する。
「日菜?どうした?」
「え!?あ、うん。鏡夜ってわたしのこと女子として認識してたんだ」
「はぁ?なに言ってんだ?当たり前だろ」
「ふーん。そっか……そうなんだ……。年頃の異性として認識してるんなら、下を脱がせたりするのはダメね!」
「お、おう」
内容は合ってはいるんだが、言い回しが微妙に生々しんだが……。
まぁ、納得してくれたみたいだし、良しとするか。
「日菜、悪いんだが着替え取ってもらっていいか?」
「あ、ちょっと待ってね!!あとちょっとサービスするから!!風邪ひかないように布団被ってて!」
日菜は上半身裸のオレに布団を被せると、使用したタオルとお湯を持って部屋から出て行った。
サービスってなんなんだろう?常識的なのだといいのだが……。
日菜に言い付けられた通り、そのままの状態で待っていると、日菜が新しいお湯を持って戻って来た。
「鏡夜、寝っ転がったままベットから頭を出して!」
「え!?なにすんの?」
「じゃーん!シャンプー!!わたしが頭を洗ってあげる!!」
あー、そう言うことね。
でもなー、ベットから頭を出す体勢って首がすげーキツいと思うんだけど……つっても、こうなった日菜は話を聞かねーんだよな……しょうがない。
結局、オレは日菜にシャンプーとともにヘッドマッサージとドライヤーもやってもらった。
嫌々日菜に従ったわけだが、サッパリしたし正直気持ちよかった。
これ、彩夜にやってあげるのありだな!!
「どうだった?」
「最高だった」
「本当!?」
「本当」
「そっか。よかった。じゃあ、わたしお粥作ってくるから、鏡夜は安静にしててね」
「あー、その前にいいか?」
「なに?」
「オレの机の引き出し開けてくれるか?」
「わかった」
日菜はオレの机の引き出しを開けると一瞬固まる。
「鏡夜、これって……」
「遅くなっちまったが、クリスマスプレゼントをな」
「開けてもいい?」
「おう」
日菜は引き出しの中からプレゼントを取り出すと、丁寧に開封する。
「これ……」
「昔日菜が使ってたハンドクリームを見つけたから……。一応オレの分もお揃いで買ったんだけど……」
「それって、わたしが言った……?」
「ああ。日菜がお揃いだって言って、オレにも付けてくれたの思い出して──」
「鏡夜、大好き!!」
日菜がオレに向かって抱き付いてくる。
当然、咄嗟に対処できるはずもなく、オレは日菜に押し倒される形でベットに倒れる。
「ちょっ、危ねーよ!!」
「だって!」
日菜はテンションが上がっているようで、オレを抱き締め胸に頭をぐりぐりと押し付けてくる。
オレ上半身裸なんだが……。
「喜んでくれたようで何よりだ。それと、風邪がうつったら大変だから離れろ」
「鏡夜の風邪ならうつってもいい!」
「いや、オレがよくねーよ。いいからほら、立って」
というかこの体勢、日菜の身体が密着どころか押し付けられててヤバい。
オレは日菜を急かすように肩を軽く叩く。
日菜はベットに両手をついて体を持ち上げる。
なんか日菜に押し倒され、迫られてるみたいだな。まぁ、押し倒されはしたんだけど……。
そんなくだらないことを考えていると、日菜の唇がオレに額に当たりチュッと音を立てる。
「へ?」
「ありがと鏡夜!一生大切にするね!」
日菜は満面の笑みを見せると、タオルなどを持って部屋から出て行った。
オレはベットに横たわったまま、ただただ唖然としていた。
また読んでいただきありがとうございます!
『初恋強盗』の179話です!!
今回は英日菜による看病回!!
頑固でまったく譲らない英日菜!
最後にはまさかのキス!!
次回は驚きの連絡回!!お楽しみに!
忌憚ない批評・感想いただけると嬉しいです。




