全て想定の斜め上
「あなたは会場で待機してて」
会場を見渡した桜ノ宮は朝宿さんがまだ来ていないことに気付き、会場を引き返した。
桜ノ宮の命令に従い、オレは元いた会場の隅へと戻る。
「随分と長ったな。緊張で腹でも下したか?」
「自分の主人と桜ノ宮家の方々に挨拶して来たんですよ。伊従さんは?財前さんのご家族もいらっしゃってるんですよね?」
「パーティーに来る前にすでに済ませている。問題ない」
会場の中央ではすでに集まった者同士が挨拶を交わしている。
「それにしても、結構子どもが多いんですね」
「当然だろ。社交界とは家同士、会社同士の政治の場であると共に、ご子息ご令嬢のお見合いの場であるからな」
「クリスマスは友達と過ごしたいと思ったりもするだろうに」
「仕方あるまい。それが名家に生まれるということだ」
「財前さんも子供の頃、こういう場に出てたんですよね?相手を見繕われたりしなかったんですか?」
「さあな。俺が慶介様の執事になったのは高校の頃で、当時の俺はこういった場に出て来れるような存在ではなかったからな。社交界で慶介様がどう振舞われていたのかは知らない。
ただ、慶介様は学生の頃から恋愛に関してかなり奥手な方だった。財前家だから安易に恋愛できないということもあったのかもしれないがな。
それが最近、口を開けば恋愛の話だ。今までは一度だって相談などしてくれたこともなかったのに、俺どころか妻にも女性の意見が欲しいと時間を見つけては相談しに来る始末だ。今は財前家の後継を決める大事な時期だってのに」
そう愚痴る伊従さんはどことなく嬉しそうにしている。
「伊従さんと財前さんって同級生なんでしたっけ?」
「中学からのな」
「昔から仲良かったんですか?」
「そうだな。気が付いたらよく一緒に連むようになってたな」
「どうして、執事になろうと?」
「高校の頃に今の嫁さんとの間に子供ができてな、家からは勘当され学校も退学を余儀なくされた。みんなからそっぽを向かれ途方に暮れていた時、唯一俺たちに手を差し伸べてくれたのが、慶介だったんだ。今も嫁さんといられるのも、子どもと会うことができたもの慶介のお陰。俺の人生は慶介に救われた。だから、俺は人生を懸けて慶介を支えると決めたんだ」
伊従さんは思い出を振り返るように語ってくれた。
「って、俺のことはどうでもいいだろ!!そんなことよりも、和奏様はいらっしゃっているんだよな?会場にはまだ見えないようだが?」
「和奏様?」
「朝宿和奏様だ」
「ああ!賓客として参加するのは初めてみたいだし、どっかで緊張してるんじゃないですか?そう言うとこありますし。ただ、ビビッて逃げたりするような人じゃない。心配しなくても必ず来ますよ」
「慶介様が選んだ人だ。そうでなくては困る」
そんな話をしていると、突然会場がざわつき、周囲の人の目線が入り口の方へと集中する。
オレの目も周囲に誘導されるように会場の入り口へと向かった。
『わあー!!きれーい!!』
トーカの感嘆の声と共にオレの目に飛び込んできたのは、コツコツとヒールの音を響かせる桜ノ宮と朝宿さんであった。
恐らく、無意識だろう。会場に集まった人たちは中央を譲るよう道を作る。
現在、この会場は完全に二人によって支配されていた。いや、朝宿さんによって支配されていると言う方が正確だろう。朝宿さんを包む澄み渡った星空のように美しいドレスは、漆黒のドレスを纏った桜ノ宮が隣にいることで一層艶やかに輝いている。
皆が朝宿さんから後退する中、一人の男が真っすぐと朝宿さんのもとへと向かう。
男は跪くと朝宿さんへリングを差し出す。
「和奏さん、必ずあなたを幸せにします!私の隣にいてください!!」
いつの間にか会場は静寂に包まれている。
皆が結果を見届けようと二人に集中する中、オレ一人だけが頭を抱えていた。
なんで!?どういうこと!?さっき立てたプランは!?
開口一番それ!?というか、パーティー始まってすらいないんだぞ!?
非常識な行動は幻滅を引き起こすからするなって言ったのに!!
こっから挽回する方法は──って、あるわけねーよな!?もう衆目に晒された状態でプロポーズしちまってるもん!!
終わったーーー……。
「はい。よろしくお願いします」
え?
オレは起こったことが理解できず放心する。
会場が拍手に包まれ、朝宿さんと財前さんは取り囲まれ祝辞を受けている。
え?成功した!?なんで!?
パーティー中にも好感度を可能な限り稼ぎ、最後は会場から連れ出してロマンチックにエンディング。これが最も王道で最も安全な攻略のはずだ。
それが開口一番プロポーズ……。普通なら間違いなくバットエンドコースだ。よくてノーマルエンド。それが──。
『どうしたの、鏡夜?』
「あ、いや……」
まぁ、結果としてプロポーズは成功してるわけだし良しとするか。
これで財前さんとの協力関係は完遂だ。
開会の言葉が述べられ社交界が開始する。
円卓には料理が並べられ、オーケストラが曲を奏でる。
華やかでまさに金持ちのパーティーだ。
『暇ね』
「ああ」
使用人はマジでやることがない。
ただひたすら何か起こった時のために、主人に目を配りながら会場の隅っこで直立不動で待機しているだけ。もはや苦行だろ。
『桜ノ宮さん、すごい人気ね』
「そうな」
普段がどんな感じか知らないが、今日の主役であり中心は朝宿さんと財前さん。そして、二人が所属している桜ノ宮家と財前家である。
そのためほぼ全ての人が、順番に婚約の賛辞を述べ、ついでに挨拶をしている。その際に、息子がいる人は桜ノ宮と顔合わせもしているようだ。
中には小学生ぐらいの子もいる。もしかしたら、あの子が将来の桜ノ宮の伴侶となるのかもしれないのか……。不思議な世界だな。
「あ!いたいた!!」
オレが呆けて立っていると、先ほどイヤリングを拾ってあげた女の子がオレのもとへやって来た。
「ああ。先ほどの!」
「久我エレナよ。よろしく」
「湾月鏡夜と申します。久我様」
オレは朝宿さんに習った通り、胸に手を当て一礼する。
「エレナでいいわ」
「しかし……」
「エレナって呼んで!」
「かしこまりました。では、エレナ様とお呼びさせていただきます」
「よろしい。ここにいるってことは鏡夜って執事なのよね?」
「はい」
「どこの家に仕えてるの?」
「私は──」
「ちょっといいかしら?」
オレと久我さんが話していると桜ノ宮が会話に入って来た。
「げ、真姫。なんであんたがここにいんのよ?」
「それはこちらのセリフよ。いつも中央に陣取っているあなたが、なぜこんな端にいるのかしら?」
「私は鏡夜と話しに来たの!あんたには関係ないでしょ!?」
そう言いつつ、久我さんはオレの腕にしがみ付いてくる。
失礼にあたらないようオレは動くわけにはいかない。
しかし地獄だな、この状況。
オレとしては桜ノ宮を攻略したいのだが、その桜ノ宮の前で謎の美少女に抱き着かれ動くことができない。
加えて、周囲の目、特に男の子たちの目が痛いほど刺さっている……。
「これはどういうことか説明してくれるかしら?湾月くん」
「は、なに!?あんたも鏡夜と知り合いなの!?」
「知り合い?この男はわたしの執事なのだけれど?」
「え!?」
久我さんがオレから離れる。
「ししし、執事!?鏡夜が!?真姫の!?」
「そう言ってるでしょ。もういいかしら?わたしもたった今湾月くんに用事ができたから」
ヒェッ!?
目の笑ってない笑顔が怖いのですが……。
「待って!聞きたいことが──!!」
久我さんが口を開いた瞬間、桜ノ宮がその口を押える。
「場所を変えましょ」
久我さんは口を押えられたまま頷く。
桜ノ宮と久我さんは各々両親にパーティー会場を出ることを伝え、会場を後にする。
オレも当然連行された。
予想外の連続なんだが、どうなんのこれ……?
また読んでいただきありがとうございます!
『初恋強盗』の174話です!!
今回はプロポーズ回!!
まさかの開口一番プロポーズ!!
何もかも鏡夜の想定の斜め上!
次回はお嬢様が二人回!!お楽しみに!
忌憚ない批評・感想いただけると嬉しいです。




