乙女心は秋模様
登校してからというもの完全に桜ノ宮に避けられている。
昨日の欠席のことなどで他の人から話しかけられた際は、愛想がいいとは言えないがそれでもちゃんと対応している。対して、オレのことは完全に無視だ。口を利かないどころか目すら合わせてくれない。
まぁ、普段から頻繫に会話をしていたわけではないから、詞や村雨のように相当近しい仲じゃないと気が付けないと思うが……。
『ほら!桜ノ宮さん怒っちゃってるじゃない!!なんとかしなさいよ!!』
「正解はどっちにしろ面倒くさいだったか……」
オレは重い腰を上げ、桜ノ宮のもとへと向かう。
「桜ノ宮、ちょっといいか?」
「迷惑だからわたしとは一緒にいたくないんじゃなかったかしら?」
非常に冷たい声。
昨日休んだ優等生である桜ノ宮と昨日いきなり学校をサボった不良であるオレの一触即発とも取れる会話に、クラス内に緊張が奔る。
まぁ、オレと桜ノ宮が接触する際は毎度のごとくクラス内に緊張が奔るのだが。
というのも、周囲から見たクラス内でのオレと桜ノ宮の関係性は狂犬とその世話係という印象らしい。
曰く、夏休みの宿題をオレがちゃんとやって来たのは、夏休み中に桜ノ宮がオレにやらせたから。曰く、夏休み以降のオレの成績が上がったのは、桜ノ宮が夏休み中にオレに勉強習慣を身に付けさせたから。曰く、序盤サボっていたオレが文化祭に真面目に参加するようになったのは、桜ノ宮がオレを説得し衣装も用意してやったから。そして極めつけは、オレと櫟井が一触即発になった時、オレに平手打ちをかましたこと。これが、桜ノ宮がオレの手綱を握っていると印象付けたそうだ。
これは生徒たちの間だけではなく、教師たちの間でも同様の認識だそうで、オレが問題を起こしそうな場合、先生たちはとりあえず桜ノ宮に相談している、と村雨から聞いた。
そう言うわけで、オレと桜ノ宮が接触するのはオレが問題を起こした時、もしくは問題を起こす前兆という認識のようだ。
実際はそんなことないし、世話係はむしろオレの方なんだけどな……。
「それは誤解だって。いいからちょっと来てくれないか?」
「誤解?なにが誤解なのかしら?わたしといるのは面倒だ、あなたは確かにそう言ったけれど?」
「そうだけど、それに誤解があるって言ってんの!動かないなら抱えて連れてくぞ?」
「やってみなさい。頑丈な牢獄を紹介してあげるから」
「まぁ冗談はさておき──」
「わたしは本気よ?」
「はぁ~……頼むから。とりあえず、来てくれ」
オレはなんとか桜ノ宮を説得して、寒くなり人気の少なくなった屋上に繋がる踊り場へとやって来た。
「それで、どう言い訳するのかしら?」
言い訳って……。
オレは素直に頭を下げる。
「不快にしたのはすまん。許してほしい。ただ、本当にちょっとだけ誤解があるんだ。聞いてほしい」
「どうぞ」
「その~……面倒事って言うのは桜ノ宮と一緒にいたくないとかじゃなくて、別の意味なんだ」
「別?」
「ああ。実はな、この学校では働くには学校側の許可が必要なんだ。なんだが、相当な事情がない限りその許可は下りない。オレみたいな素行不良成績不良の生徒は特にな。そんで、もしバレたら使用人は間違いなくできなくなるし、最悪退学もあり得る。だから、バレたくなかったんだ」
「そうなの?」
「そうだよ。説明不足になったのは悪かった。あん時はその説明をし忘れたこともあって、焦って言葉が足らなくなっちまったんだ。不安にさせてすまん!」
オレはもう一度頭を下げる。
「わかったわ。そう言うことなら、まあ納得してあげる。もう行ってもいいかしら?」
「ああ。聞いてくれてありがと」
説明が完了し、オレは安堵から大きくため息を吐く。
思ったよりさっぱりしてたな。まぁ、これで無駄にギクシャクすることはないだろう。
午前の授業終了のチャイムが鳴り、昼休みとなる。
学食や売店に昼飯を買いに行く者、弁当を持ってどこかへ移動する者、机をくっつけ仲良く昼食を食べる者。いつも通りの昼休みの風景だ。
しかし、当然今日のオレの身にはいつもと違うことが起こる。
「ちょっといいかしら?」
昼休みになったと同時に桜ノ宮がオレのもとにやって来た。
まぁ、桜ノ宮の分の昼食を準備していないわけだし当然だろう。
「わかってるって。行くぞ」
オレはそのまま教室を出る。
桜ノ宮は素直にオレの後をついて来てくれた。
「ちょっと、どこに行くのかしら?」
「学食。桜ノ宮はいつも弁当だったから学食を利用したことなんじゃないか?」
「ええ。そうね」
「ということで、今日は学食を体験してもらう」
「そう……」
目をキラキラさせているようだし、楽しみにしてくれているのだろうか?
桜ノ宮は外だと特に感情を表に出さないから、嬉しいのかどうかよくわからん。不機嫌な時はわかりやすいんだけどな~。
学食についた桜ノ宮は入ってすぐにその場で止まり、辺りを見回す。
「どうした?」
「どこの席を予約しているのかしら?」
「予約?学食に予約なんてあるわけないだろ。レストランじゃねーんだから」
「そうなのね。でも、それだと座席はどうするのかしら?」
「適当に取るんだよ。いいから、ついて来いって」
オレは桜ノ宮を連れて比較的空いている奥の席へと向かう。
オレらの組み合わせは圧があるのだろう。周囲に座っていた生徒たちがさり気なく席を移り、距離を取っていく。なんだか申し訳ないな。
席を確保したオレは、今度は桜ノ宮を連れて食券機へと向かう。
「ここで食いたいもんの券を買うんだ。金を入れて食べたい飯のボタンを押しな」
「これカードはどうやって使えばいいのかしら?」
「カード?あー……そうか……この食券機、クレカは無理だぞ」
「そうなの!?どうしよう……わたし現金持ってないわよ?」
「オレが出すよ。どれがいい?」
「このA定食というのにするわ」
「そうか」
オレは桜ノ宮に現金を手渡し、お金を入れることもボタンを押すことも体験させる。
なんか彩夜が小さかった頃を思い出すな。
「食券を手に入れたら、食堂のおばちゃんにこれを渡して、自分の頼んだもんを受け取って完了だ。そんなに難しくはないだろ?」
「ええ。そうね」
桜ノ宮は料理を自分で運ぶという経験もしたことがないらしい。
料理を待つ桜ノ宮は尻尾をブンブンと振る犬のように見える。
どうやら悪くなっていた機嫌は完全に持ち直せたようだ。
しかし、それでも気を抜くは訳にはいかない。
なぜならば、帰宅の際も周囲の目を気にしてバラバラに帰らないとならないからである。そのタイミングで再び不機嫌になられたら堪ったものではない。
そこでオレは一計案じることにした。
オレは待ち合わせシーンのある少女漫画を村雨から聞き出し、その作品を桜ノ宮に紹介してもらった。電子書籍の使い方も村雨から教えてもらえるし、一石二鳥だな。
──放課後。
夕焼けが射し込む教室からは部活のために多くの生徒がいなくなり、思考情報部とかいうもはや部活としてまったく成り立っていない部活に所属しているオレと桜ノ宮、ふわふわと空中に浮いているトーカのみが教室に取り残された。
「ねえ、湾月くん」
「どうした?」
「帰りもバラバラに帰るのよね?」
「そうしてもらえるとありがたい」
「じゃあ、駅で待ち合わせということにしないかしら?」
「いいよ」
チョロい。早速漫画に影響されたか。
「じゃあ、あなたから先に駅に行ってもらえるかしら?わたしは後から出るから」
「了解」
あまりにも上手くいきすぎて歓喜の声を上げたいくらいだが、その気持ちを抑え足取り軽くオレは駅へと向かう。
だが、オレは桜ノ宮の純粋さを甘く見ていた。
桜ノ宮が駅に来たのはオレが駅に到着してから一時間以上経ってからであった。
「お待たせ!待った?」
「いや、待ったけど……。なにやってたんだ?」
「はあ~……」
え、なに!?今の一瞬でものすごい不機嫌になったんだが!?
オレなにか気に障ること言ったか!?あー……しまった。大きい方の可能性があったか。
『バカ!そこは「全然!オレも今来たとこだよ!」って返すところでしょ!!少女漫画の鉄則知らないの!?』
あっ……そう言うことかー……。
小細工を弄した結果、最後の最後で詰めが甘くなったか……。
また読んでいただきありがとうございます!
『初恋強盗』の148話です!!
今回は桜ノ宮真姫との教育回!!
もはや妹状態!
それでも乙女心は高校生!!
次回は桜ノ宮とゲーム回!!お楽しみに!
忌憚ない批評・感想いただけると嬉しいです。




