表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
初恋強盗  作者: 御神大河
146/203

湾月兄妹のトラウマ

 ソファーに座り込み項垂れるオレの横に日菜が座る。


「大丈夫?」

「大丈夫じゃない……」

「よしよししてあげよーか?」

「いらねーよ」

「本当に?」

「……ああ」


 家族や恋人ほど近くはない。友人や知人よりは遠くない。

 幼なじみという微妙な距離がなんとも言えない沈黙を生む。

 オレと日菜が同時に大きなため息を吐く。そして、互いに顔を見合わせ、くすりと笑う。


「悪いな。あんな感じになっちゃって」

「別に気にしないわよ。大切な人がいなくなっちゃう怖さとか理解はできるし」

「彩夜は父さんのことすごい好きだったからな。母さんとも仲いいし」

「鏡夜もでしょ」

「いや、オレも仲はいいけど、彩夜ほどではないしな」

「それもだけど。そうじゃなくて、彩夜ちゃんは鏡夜も大好きでしょって言ってんの!」

「だと嬉しんだけどな」

「だと嬉しいって……。鏡夜、自分が彩夜ちゃんに好かれてないと思ってんの?」

「好かれてないとは思ってねーけど。それでも父さんや母さんと比べたら一段も二段も落ちるだろ」

「そんなわけないに決まってるでしょ!鏡夜が事故に遭ったって知った時、彩夜ちゃんがどんだけ取り乱しと思ってんの!?うちまで聞こえる悲鳴を上げて、わたしたちが駆け付けた時には過呼吸で倒れちゃってたんだからね!!」

「は?ちょっと待て!そんなこと聞いてねーぞ!!」

「あっ……!?その~……彩夜ちゃんに心配かけたくないからって口止めされてて……。だから、彩夜ちゃんに問い詰めちゃダメだからね?」


 オレのせいで彩夜が倒れた……?

 オレのせいで……オレのせいで……。

 目の前の視界が歪み、キーンッと耳鳴りが脳内に響く。体の感覚が──


「鏡夜?鏡夜!!」

「おう……」

「ごめん。わたし、余計なこと言った」

「いや。それより、彩夜を助けてくれてありがとう」


 オレは土下座する勢いで頭を下げる。


「ちょっとやめてよ。そんなの当たり前のことだし。それに……そのおかげって言うのは良くないかもだけど、鏡夜の事故があったから彩夜ちゃんとも仲直りできたし、鏡夜ともまたこうやって話せるようになったんだし……」

「そういやなんでオレたち疎遠になったんだっけ?」

「は?覚えてないの!?」

「え、あ、すまん……」

「はあ~……まぁいいけどね。……知ってる?彩夜ちゃんてすごくモテるのよ」

「そりゃそうだろ。兄としての忖度抜きにしても可愛んだから。いきなりなんだよ?」

「じゃあ、なんで恋人を作らないか知ってる?」

「それは……彩夜に相応しい野郎がいないからだろ」

「それは鏡夜から見てでしょ、まったく。彩夜ちゃんが恋人を作らないのはね、鏡夜が嫌がるからよ!」

「え!?」

「彩夜ちゃんが家事をしないのも、朝起きないのも、わがままするのも、あえてそうしてるの!!鏡夜がそうして欲しいと望んでいるから」


 オレが……オレが彩夜の能力を制限してる……?


「なんで……そんなこと……?」

「嫌われたくないのよ。嫌われたら、目の前からいなくなってしまうかもしれないと彩夜ちゃんは思ってるから。

 昔、彩夜ちゃんが教えてくれたわ。

 お父さんが亡くなる前、彩夜ちゃんは珍しくお父さんに反抗したんだって。キッカケは一緒に出掛けてくれないっていう些細なことだったそうよ。どこの家庭でもあるよくある喧嘩。わたしだってしょっちゅうしてる。でも、彩夜ちゃんの場合、たまたまその後に仲直りの機会もないまま、お父さんが自分の前からいなくなってしまった。だから、彩夜ちゃんは鏡夜の望む妹を演じてるのよ。鏡夜も自分の前からいなくなっちゃわないように」

「彩夜、そんなこと考えてたのか……」


 オレが世界で一番彩夜のことをわかってやれていると思っていた。ずっと一緒にいたし。

 だが、実際のところオレは彩夜のことを何一つ理解できていなかった。父さんとの喧嘩のことも、オレに気を使ってることも。


「本当は……本当は彩夜、家事したり、彼氏作ったりしたかったのかな?」

「どうかしらね。まぁ、彼氏はともかく、わたしだったら鏡夜と並んで料理とかしたり、たまにはわがまま言ってもらったりしたいかな」

「そっか。……やっぱりオレ、今日受けた仕事するのやめ──」

「それは違うでしょ!!そんなことされたら彩夜ちゃんはますます自分のこと責めちゃうよ!

 それに、彩夜ちゃんの思いを押し切ってまで鏡夜はそのお仕事しようとしたでしょ?そんなこと今まで見たことなかったら、わたし驚くと同時に思ったんだ。きっと鏡夜がやらないといけないお仕事なんだって。どんなお仕事か知らないけど、やらないといけないんでしょ?だったら、お仕事頑張って!彩夜ちゃんのことはわたしがちゃんと見てるから!」


 不安を背後に隠し、堂々とした態度を取り繕いながらオレの背中を押す日菜の姿を見て、オレは思わず笑みがこぼれる。


「なによ?」

「いや、昔もそうやって頼れるお姉さんやろうとしてたなってのを思い出して」

「女の子は誰しもそういう時期があるもんなの!!女の子はそうやって本物のお姉さんになっていくんだから!!」

「そうだな。今や日菜もすっかり頼れるお姉さんだもんな」

「鏡夜はまだまだだけどね」

「まったくだ……。日菜」

「なに?」

「彩夜を頼む」

「任されました!じゃあ、そろそろ帰るね」

「おう。いつもありがとな」

「どういたしまして」


 オレは日菜を玄関まで見送る。


「ねぇ、鏡夜。もし、なにか困ったこととかあったらわたしに相談してね。力になるから」

「ああ」

「無理しちゃダメだからね」

「わかってる!って言いたいところだが、無理しないといけない時もあるだろうから、約束はできないぞ?」

「そうかもだけど……。まぁいいや、無理するなって言ってもどうせ鏡夜は絶対聞かないし。だから言い方変える。彩夜ちゃん悲しませちゃダメだからね!」

「もちろんだ。そう言えば、なんでオレたちが疎遠になったか教えてもらってないんだけど……」

「うーん。わたしからは教えてあげない!頑張って思い出して!」


 そう言うと日菜はこちらを見ずに英家へと歩く。

 そして、ドアの前でこちらに手を振るとにこりと笑顔を見せ、自宅へと入っていった。


『やっぱり日菜さんはすごいね』

「ああ」

『負けられないなー……』

「ああ」


 今のオレは日菜に完敗だ。

 怒涛の一日終わった。

 白い息が煙のように空に昇り消える。



 翌朝、オレはいつもよりもかなり早く起きて、掃除や朝食の準備を終える。

 まだ外は暗いが、桜ノ宮のもとへ行かなければならない。

 オレは本来ならオレが起きてくるような時間に彩夜を起こしに行く。


「彩夜ー。彩夜ー起きてくれー」


 名前を呼びながら軽く叩くと、なにやらもごもご言いながら彩夜が体を起こす。


「おはよ、アニキ」

「おはよ!ごめんな、朝早く起こしちまって。兄ちゃん、これから仕事行ってくるから」

「お仕事?ああ……うん……わかった」


 そう応える彩夜の表情はひどく悲しそうだ。

 オレは思わず、彩夜を抱き寄せる。


「ちょ!?」

「一人にしてごめんな。不安にさせてごめんな」

「別にいいって!離してよ!鬱陶しい!」

「兄ちゃんは彩夜を置いて行ったりしないから!絶対にしないから!」


 オレを引き離そうとぐいぐいと押していた彩夜の手がダランと落ちる。

 そして、再び今度はゆっくりとオレの体を押す。

 オレはゆっくりと彩夜から離れる。


「大丈夫だから」

「彩夜……」

「大丈夫だって!……信じてるし……」

「ああ……ああ!!じゃあ、兄ちゃん行って来るから!彩夜もちゃんと学校行くんだぞ!サボっちゃダメだからな!後、英家にはあまり迷惑はかけないようにいい子に──」

「ああーもう!わかってるから!早く行きなよ!!」

「はいはい。行ってきます!」


 オレは元気よく桜ノ宮家へと出発する。


『彩夜ちゃん大丈夫そうね!』

「ああ!」


 彩夜のためにも絶対に死ぬわけにはいかない。

 オレは改めて初恋成就のミッションに対し気合いを入れる。

また読んでいただきありがとうございます!

『初恋強盗』の146話です!!

今回は湾月彩夜の過去回!!

がっつり過去回は初かな?

彩夜も取り乱すけど鏡夜も取り乱す。似た者兄妹!!

次回は湾月鏡夜の自覚回!!お楽しみに!


忌憚ない批評・感想いただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ