縁談破壊のピース
目を通す気にもならない大量の着信にオレはため息を吐く。
「日菜はまぁ普段通りだけど、朝宿さんも日菜の同類か、これ?」
『どうするの?』
「とりあえず、朝宿さんに連絡だな。今後協力してもらわないといけなくなるだろうし、良好な関係を継続したい」
オレは朝宿さんに電話をかける。
朝宿さんはすぐに出てくれた。
「もしも──」
「湾月様、大丈夫でしたか!?」
「え?大丈夫ですけど……いきなりなんですか?」
「だって、来客が来たとおっしゃった後、いきなり連絡がつかなくなってしまわれたので!しかも、相手はは財前様でしたし!?」
なんで財前さんが来たって知って──!?
「もしかして朝宿さん、桜ノ宮家にいたんですか!?」
「当然です。連絡がつかなくなってすぐ、心配で確認しに行きました!!」
「あ、そういうことですか。ご心配おかけしてすみません。ありがとうございます」
「いえ」
よかった~、朝宿さんがストーカーにジョブチェンジしたとかじゃなくて。別れた後に監視してたのかとか考えて、一瞬背筋が凍ったわ。
「一つよろしいですか?」
「なんすか?」
「湾月様が無事であったということは、電源は湾月様が意図的に切られたということですよね?」
「そうですね」
「やっぱり……」
「朝宿さん?」
「なんで電源切るんですか!?わたくしとはやり取りしたくなかったということですか!?」
あー、そうなるのね?
いや、実際そういう風に思ったけど……。
「いや、その伊従さんに会議中は電源を切るかマナーモードにするが常識だと言われ、電源を切ったんです。大体、朝宿さんと連絡を取りたくなかったら、今こうしてかけてないわけですし」
「では、わたくしと連絡が取りたくないと言うわけではないのですね!?」
「そうですね」
「そうですか!よかったです!では、これからも連絡してもよろしいでしょうか!?」
「え!?」
「なんです?嫌なんですか?」
「いやいや。そんなことはないですけど……」
「けど?」
「仕事や学校の間は連絡を返すことができないので、頻繁だと返せないことが多いと思いますし、罪悪感が溜まりそうだな~と。オレ、元々こまめにやり取りする方でもないですし……。それにほら!朝宿さんだってお仕事中に連絡したら困ってしまうのでは?」
「別に。わたくし現在無職ですし……。それに、前職の時も仕事中にわたくし宛に連絡が来たことありませんし……と言いますか、連絡する相手が学生時代から今まで皆無でしたし」
うーん。面倒くさい。
これからこの人の機嫌も取って行かないといけないのかー。しんどいなー。
「ですが、確かに湾月様がおっしゃっていることは正しいと思いますので、連絡は控えます。申し訳ございません」
「いえいえ、こちらこそすみません」
なんでオレが謝ってんだ?
「そうだ、湾月様。湾月様がお嬢様の使用人になることに、旦那様からご返答を頂いたのですが、その~……」
「却下でしたか?」
「わかっていたのですか!?」
「普通に考えて嫁入り前の娘をよくわからん男に世話させる親はいないでしょう。まぁ、朝宿さんや真姫……様の話を聞く限り縁談前であれば可能性はあったのかもしれないですが」
「そうですね……。はあ~……どうしましょ……」
「大丈夫ですよ。明日から約束通り、後任が来るまでの間オレが引き継ぎますから」
「ですが……!?」
「まぁまぁ。真姫様が無事であれば文句を言ってこないですよ、きっと。それに、オレは今日財前さんと顔を合わせているわけですし、縁談関係の問題はまず起こりません」
「そうですか……そうですね!では、もしよろしければ、明日から早めにお嬢様のもとに通っていただけますと助かります。お嬢様は毎朝準備に時間がかかりますので」
「了解です」
朝早くかー。彩夜に報告しないと……。
「では、わたくしはこれ──」
「朝宿さん!!」
「は、はい!」
「以前、真姫は朝宿さんのことを親友だと思っていると言っていました」
「お嬢様が!?」
「はい。それに、朝宿さんの解雇の原因を作ってしまったことを後悔して涙もしてました。……朝宿さんは真姫のことを今どう思っていますか?」
この返答いかんによって、今後の作戦に大きな影響がある。
どうか前向きな返答を頼む!!
オレは心の中で天に祈る。
「そうですね……。わたくしもお嬢様は親友のような妹のような存在だと思っております。当然、解雇されたことも恨んではおりません」
電話越しでもわかる慈しみのこもった優しい声。
オレはホッと胸を撫で下ろす。
「そうですか。あの、もし真姫が助けを求めることがあったら、使用人ではなく友人として助けてあげてほしいんです。お願いします」
オレは電話越しに深く頭を下げる。
たとえ相手からはオレのことが見えていなかったとしても、欠片だけでもオレの誠意が届くように。
「わかりました。お嬢様から連絡があった時にはできる限り応えようと思います」
それだけ、約束してくれると朝宿さんは電話を切った。
「妹ように思っている」か……。よかったー、桜ノ宮の「母親のように思っている」を伝えなくて!!
もしかしたらその一言で全部おじゃんの可能性あったよな!?ナイスファインプレー、オレ!!
オレはその場でガッツポーズする。
『よかったわね。桜ノ宮さんと朝宿さんまだ仲良くできそうで』
「だな」
これで、桜ノ宮、朝宿さん、財前さんと桜ノ宮を縁談から救うピースは整った。後は手順をミスらないことだ。
オレは決意を胸に自宅へと帰った。
「「お帰り」」
「お、おう。ただいま……」
自宅の玄関では彩夜と日菜が待ち構えていた。
そのままどこにも行くことも許されず、オレは二人によってリビングへと連行された。
「そこに正座」
「はい」
「日菜ちゃんから聞いたんだけど、鞄を置きっぱにして学校をサボったってどういうこと?説明して」
「はい。知り合いがトラブってしまったということで、助けに……」
「ふーん」
彩夜はそれだけ聞ければ十分といった様子で、柔らかい表情となる。まぁ、オレの性格はよく知ってるしな。
しかし、日菜はさらに質問してくる。
「知り合いって誰?」
「朝宿さんと言う人なんだけど……」
「どういう人?性別は?」
「性別?性別は女性だけど」
「女性?どれくらい仲いいの?」
「うーん。知り合い以上、友人以下かな」
「なーんだ!そうなんだ!はい、鞄!!」
「ありがとう」
オレは日菜から鞄を受け取る。
なんか中身を漁られた形跡があるが……まぁ何も言うまい。
さて、オレとしてはここからが正念場だ。彩夜に再び家にいる時間が遅くなることを伝えなくてはならない。
「あの~、彩夜?」
「なに?」
「言っておかなくちゃいけないことがあって……」
オレの発言に彩夜と日菜の蟀谷がピクンと跳ね、部屋に緊張が奔る。
「なに?」
「実はその~……しばらくの間兄ちゃん家にいる時間が少なくなるんだけど……」
「なんで?」
「ちょっとお仕事しようかなーって……」
「え!?もしかしてお金ヤバいの!?もしかして、お母さんに何かあった!?」
彩夜が一気に取り乱し、過呼吸気味になる。
「彩夜!?大丈夫だから!!母さんは元気だし!!お金も彩夜が心配することはないから!!」
「大丈夫よ彩夜ちゃん、落ち着いて。深呼吸深呼吸」
オレも日菜も慌てて彩夜を落ち着かせる。
日菜は優しく彩夜の背中を擦る。
「本当に……?」
「ああ。本当だよ」
「どうせあれでしょ?もうすぐクリスマスだからプレゼント奮発しようと思ってるんでしょ?どうせならわたしにもプレゼントちょうだいね、鏡夜?」
「おう、わかった」
「私はプレゼントよりアニキがいてくれる方がいい……」
ぐっ!?ヤバい!今からでも彩夜のために桜ノ宮のこととか放り投げたい。
でも──ミッションを達成しないと、それこそ彩夜を独り残すことになって悲しい思いをさせちまう。それだけは絶対にできない。だから──
「ありがと、彩夜。でも、ごめんな。もうお仕事引き受けちゃって……」
「あっそ。じゃあいい。アニキは最近ずっとそんなだし」
ヤバい……心が折れそう……。
「じゃ、じゃあ、よかったら彩夜ちゃんしばらく英家に来ない?」
「うん……。私もう寝る!!」
彩夜は不機嫌なまま自室へと戻って行ってしまった。
あー、くっそ。オレは彩夜を不安にさせたり、悲しませたりしてばっかだな。アニキ失格だ……。
オレはがっくりと肩を落とした。
また読んでいただきありがとうございます!
『初恋強盗』の145話です!!
今回は縁談破壊のピース回!!
朝宿さんの協力も取り付け成功!!
歓喜も束の間、肩を落とす鏡夜。
次回は湾月彩乃のトラウマ回!!お楽しみに!
忌憚ない批評・感想いただけると嬉しいです。




