喧嘩別れ
「朝宿さん!?なんで桜ノ宮の番号から!?」
「湾月様ですか!?」
「はい」
電話の声の主は間違いなく朝宿さんである。
「本日、お嬢様は登校されてますか?」
「いや、来てないみたいですね」
「まったく、あのバカお嬢様」
え!?今、桜ノ宮のことをバカって言った?
朝宿さんが電話越しにポツリと呟いた驚愕の言葉に、オレは自分の耳を疑った。
朝宿さんは桜ノ宮にとって親よりも親であり、最も親しい友人でもあるとも聞いている。実際、桜ノ宮から聞く話はそのほとんどが朝宿さん関係の話であり、仲の良さが窺える
そうでありながらも、桜ノ宮と朝宿さんとの主従の関係は徹底されている。桜ノ宮はタメ口及び命令口調で話し、朝宿さんは敬語を崩すことはしない。これは、桜ノ宮真姫が人の上に立つ存在であると幼少の頃から認識させるための、桜ノ宮家の方針であるそうだ。
にもかかわらず、朝宿さんが桜ノ宮のことをバカと言ったのだ。
「湾月様、詳しいことは後ほど説明いたしますが、よろしければ今日中、できるだけ早い時間にお時間を頂くことできないでしょうか?」
丁寧な口調は崩れていない。それでも、電話越しの朝宿さんの声が焦りと僅かな苛立ちを帯びているように感じる。
まさか、桜ノ宮がスマホを置いて行方不明とかか?
「わかりました。今から行きます」
「え!?しかし、湾月様にも学校が」
「一日くらい問題ないですよ。オレ、不良なんで」
「ありがとうございます。それでは、桜ノ宮家までお越し頂けますか?」
「了解です」
オレは電話を切ると、荷物も持たずに学校を飛び出す。
『朝宿さんなんだって?』
「さぁな?後で説明するって」
桜ノ宮家の最寄り駅は住宅地ということもあり、この時間帯はすでに人が疎らである。
そのため駅から降りてきたオレの姿を捉えることは容易であったのだろう。
駅を降りてすぐ、朝宿さんに声をかけられた。
「湾月様」
「朝宿さん!?」
「わざわざご足労頂きましてありがとうございます」
朝宿さんは小さく頭を下げる。
朝宿さんの格好はパーカーにスウェット、キャップと非常にラフな格好である。
なんというか様になり過ぎていて、芸能人の変装と言うよりは、深夜にコンビニの駐車場にしゃがんでそうと言う方が雰囲気が近い気がする。
「あの~」
「ここでは何ですので、どこか店に入りませんか?」
ということで、オレたちは近くのファミレスへと入った。
「改めまして、ご足労頂きありがとうございます」
「いえ、大丈夫です。それでどうしたんですか?」
「はい。湾月様に折り入ってお願いがございまして。しばらくの間、お嬢様の桜ノ宮真姫の使用人になっていただけないでしょうか?」
は?
「え!?使用人ですか!?なんで!?」
「湾月様は信用にたる方であるとわたくしは評価しております。そして、家事全般の腕もプロ級であるとも伺っております。それに何より、湾月様にはお嬢様も気を許しておいでです」
「いや、そうじゃなくて。桜ノ宮には朝宿さんがいるじゃないですか。なのになんでオレを使用人に?」
「……。やー、実はお恥ずかしながら、お嬢様と喧嘩をしてしまいまして、使用人をクビになってしまったんですよねー」
「……え!?クビ!?」
「はい。まさかの現在無職です」
朝宿さんは明るくそう話す。
桜ノ宮家ではしないようなラフな格好だなと思っていたが、まさかの解雇とは……。
ただ、それでも朝宿さんが桜ノ宮のことを気にかけているのは間違いない。じゃないと、わざわざ解雇したい相手がちゃんと登校しているか確認しないだろう。であれば、本当は使用人を続けたいのでは?
「えっと……何があったか聞いても?」
「だから、喧嘩したんですって」
「いや、なんで喧嘩したんですか?」
「それは……」
朝宿さんが口ごもる。
なに?聞いたらヤバい?
いや、でも理由を知らないと解決のしようもないし……。
「朝宿さん?承知してると思いますけど、さすがに理由を聞けないと引き受けかねますよ」
「えー!その~……非常に言いづらいことで……」
そう言いながら朝宿さんは、座席から腰を上げ前傾姿勢になりながらオレの手を握ってくる。
「なにも言わずに引き受けて欲しいな♡ダメ?」
「正直グッときましたが、ダメです」
「はあ……もう!相変わらずガードが固いですね。湾月様を相手にしていると、自分の魅力に自信がなくなります。……絶対に口外しないとお約束くださいね?」
「当然です」
「あと、笑ったり哀れんだりもしないでくださいね?」
「?……わ、わかりました」
「実は先日、お嬢様に縁談の話があったんですよ」
え!?
「ただ、お嬢様はその縁談乗り気ではなく、お見合いが終わった後は二日も自室に籠り、やっと出てきたかと思ったら愚痴がものすごくってですね。お嬢様は基本的に旦那様と奥様には不満の類を吐露できないので、愚痴は全てわたくしが聞くハメに。
我慢はしていたのです。ですが、さすがに限界が来てしまいまして、その~……『縁があるだけ良いじゃないですか!』と言ってしまいまして……。そしたら、お嬢様が『縁談したことがないわたくしには縁談がどんだけ嫌かなんてわからない!!』とおっしゃり……。そこからはお互いヒートアップして売り言葉に買い言葉といった感じで……」
うわー……。何とも言えない喧嘩内容だった。
「ちなみに、どんなお相手で?お見合いってことは顔合わせをしたんですよね?」
「現在、大手証券会社の副社長で28歳の方です。かなり優秀な方で次期社長であるとか。少しぽっちゃりとしていて優しそうかつかわいい見た目で、物腰柔らかく性格も悪いようには見えませんでした。前科等もないですし、正直かなりいい縁談相手かと」
なるほど。縁談としては良物件という感じなんだろうか?立ってるステージが違うせいでよくわからん。
ただ、桜ノ宮が乗り気でないなら、オレはこの縁談全力で阻止させてもらうがな。桜ノ宮はターゲットの一人なんだ。
「大体ですね!お嬢様はわがままなんですよ!!
28歳が年齢的に離れていると言うのは理解できます。ですが、目つきは鋭い方がいいとか、ぽっちゃりは嫌だとか!ぽっちゃり、かわいいじゃないですか!!
そもそもですね!わたくしが25にもなって結婚相手どころか恋人もいないのは、この仕事のせいでもあるんですよ!!基本、お嬢様以外との関わりがありませんし、社交界とかでは主人を引き立てるため使用人として地味な格好をしなくてはならないですし!!出会いがないんですよ!!なのに、恋人がいないのはわたくしが悪いみたいに言って!!」
「あの、声量声量」
「す、すみません……」
あの冷静な朝宿さんがここまで感情を露わにするとは、婚期とは怖ろしいな。
「喧嘩理由はわかりました。それで、桜ノ宮のご両親は今どこに?帰ってきているんですよね?」
「よくご存じで。お嬢様から?」
「はい」
「旦那様と奥様は縁談が終わった後、再びすぐ出張に出られました」
「ということは、縁談の話をするために帰ってきたと?」
「そうなりますね」
「それは……桜ノ宮ショックだったろうな」
「ああ、その辺は問題ないかと。ここだけの話、お嬢様は旦那様と奥様との折り合いあまりよろしくないですから」
あれ?そうなの?
「ということは、親も頼れないと」
「はい。お嬢様は基本的になにもできないので、わたくしがいないと生活が成り立たないかと。その証拠に本日も登校できておりませんし。ですので湾月様、お嬢様のことお願いできませんでしょうか?」
朝宿さんは机に額が付くほど深々と頭を下げる。
個人的には桜ノ宮と朝宿さんが仲直りすればいいと思うんだが……そう簡単にはいかないんだろうな。
「わかりました。オレでよければ引き受けます。ただし、桜ノ宮真姫の使用人ということであれば」
「感謝致します!」
「桜ノ宮のご両親には朝宿さんから説明してもらってもいいですか?」
「かしこまりました。では、こちら桜ノ宮家のマスターキーとなります。決してなくさないようお願いします」
「了解です」
結局、使用人になること引き受けてしまった……。
とりあえず、学校をサボっている桜ノ宮の奴に挨拶しに行くか。
また読んでいただきありがとうございます!
『初恋強盗』の138話です!!
今回は朝宿和奏回!!
桜ノ宮真姫に縁談が!?
朝宿さんは恋人が欲しい!!
次回は桜ノ宮真姫の使用人回!!お楽しみに!
忌憚ない批評・感想いただけると嬉しいです。




