突然の着信
通学路をマフラーや手袋、イヤーマフなどが彩る。町ゆく多くの人々は冷たい風から身を守るように、首を竦め背を丸めながら歩いており、俯き加減のせいかどことなくテンションが低そうに映る。
だが、一部の学生は違う。
わざわざ手袋をせずに手を握り合い、一本のマフラーを二人共有している。どう考えても寒いだろうに、誰よりも温かそうだ。
もちろんそれは、我らが翁草高校も例外ではない。
文化祭で一気に増えたカップルたちは次なるイベントに向けて互いの愛情をさらに深め、登下校はもちろん、休み時間などちょっとした会える隙を見つけては体を寄せ合い、先生や風紀委員を困らせている。
昔のオレであれば、わざわざ周囲に誇示するように廊下に出てイチャついているカップルたちにより、精神的に甚大なダメージを追っていたかもしれない。
しかし、今のオレはそんなカップルたちにすら微笑みを送れる。
なぜならば、彩夜からもらった感謝という名の愛の一言が、今なおオレの全てを肯定し、幸福感に浸してくれているからだ。
オレは過去最高の気分で、登校した。
「あっ、鏡夜おはよー!」
「おはよ」
「おう、おはよ」
詞と姫路が話しているとは珍しい。
オレの席に座っていた姫路は、オレが来たことで立つ。
「ニヤニヤとだらしない顔になってるわよ」
「え、マジ」
姫路に指摘されてペチペチと顔を叩いて表情を直す。
「なにかいいことあったの、鏡夜?」
「おう!実はな、彩夜に『お兄ちゃん、いつもありがとう』と言ってもらえたんだ!あの言葉でオレの寿命は50年は伸びたね!』
「相変わらずだね」
「へー。鏡夜って妹がいるのね。何歳の子なの?」
「13だな」
「え、13!?話の内容的に5歳くらいとか思ったのに!」
「まぁ、鏡夜は妹さん大好きだから」
オレたちが教室で話していると、村雨も登校してきた。
「あっ、村雨さんおはよー!」
「あー、うん」
詞のいつも通り元気な挨拶に対して、今日の村雨は心ここにあらずと言った様子だ。
力が抜けたようにストンっと席に座り、机に突っ伏すと一言。
「あー……好きやー……」
その発言にオレは驚愕を持って村雨を見る。
トーカや詞、姫路も恐らく同じ行動を取っただろう。
村雨の頭上にはいまだ初恋マーカーが浮いている。と言うことは、村雨は今絶賛初恋中?
村雨はかなり性格がいい。笑顔は少ないが、穏やかで一緒にいることが苦痛にならない。また、否定から入ることは滅多になく、多くの考え方や趣味などに理解を示してくれるというのもポイントが高いだろう。
平均的よりやや長身の割に幼顔だが、好きな人もそこそこ多いだろう。
そして何よりも、圧倒的なスタイルの持ち主である。普段はオーバーサイズの衣類を好んでいるため、ややふくよかに見えてしまうが、その実本体は異性はもちろん同性すら目を奪われてしまう破壊的なプロポーションだ。
以上のことを踏まえると、個人的に村雨の初恋が叶う可能性はかなり高いのではないかと踏んでいる。
であるならば、今のうちにターゲット設定するべきか?
いや、待て。まずは情報収集からだ。
『鏡夜』
目配せしたトーカはコクリと頷く。
トーカも同じことを考えているようだ。
「好きって誰が好きなんだ?」
「「気になる!!」」
詞と姫路も話に乗ってくる。
「……キースくん。キース・フランベル」
キース・フランベル?どっかで聞いた気がするんだが……この学校の生徒だったかな?
「海外の人なの!?」
「この学校の人!?」
「え!?いや、そうやなくて……」
「海外じゃないってことはハーフ?」
「いや、そっちじゃなくて他校ってことじゃないの?」
これは便利だ。オレが動かなくても、詞と姫路のおかげでどんどん情報が集まってゆく。
まぁ、質問攻めにあってる村雨は大変だろうが。
と、思っていたのだが──。
「ちゃうちゃう、そうやなくて、その~……」
そう言うと村雨はスマホを取り出し、画面を見せてくる。
そこにはゲーム画面が映っている。
「これがキースくんで……」
そうだった……。どっかで聞いたことがあると思っていたが、最近リリースされた『ドウティング・プリンス』とかいうソーシャルゲームの広告で見たんだった。だから覚えがあったのか……。
村雨が好きって言ったら二次元に決まってるじゃねーか。なんで失念してたんだ。
オレもトーカもガックリと肩を落とす。
「なんだー、ゲームのキャラクターかー」
「なんや期待させたみたいで、すまん」
「ううん。こっちが勝手に勘違いしただけだから」
「そうよ。それにしても、村雨さんってオタクなのね。知らなかったわ」
「まあ……すんません……」
村雨は肩身狭そうに返答し、謝ってしまう。
「なんで謝るのよ?」
「あ、いや、その~……」
あーあ。悪気はないんだろうけど、そう詰めてやるな。
オレはオロオロとしている村雨が見ていられなくて、助け舟を出す。
「ヲタクは周囲に気持ち悪がられてないかとか気にして卑屈になりやすいんだ。そういうもんなんだと理解してやってくれ」
「ああ、そうなの?ごめん」
「いや、うちこそ」
「ただ、一応言っとくけど、透はヲタクだからって気持ち悪がったりとかしないからね。最近はもうやってないけど、透も昔ゲームとかやってたし!」
「え、そうなん!?」
「うん」
「どんなやつ?ボクはゲームやったことないんだよね~」
「えーっとね、なんかオジサンがジャンプで敵を躱して、お姫様を助けるやつ?小学校の頃とかだからあんまり覚えてないんだけど」
「あっ……そうなんだ……」
殻から出かけていた村雨の頭が再び引っ込んでしまった。
そらそんな反応になるわ。
めちゃくちゃ有名なゲームの名前すら出てこないんだから。
「そう言えば、鏡夜もゲーム好きだよね?」
「え、そうなの!?」
「お、おう」
マズい!流れ弾が!!
仮にジャンルとか聞かれようもんなら、ギャルゲーは答えづらいし、エロゲに関しては口が裂けても言えん。
ただ、他のゲームはやったことないしな……横に村雨がいる以上、ウソは絶対バレるよな……。
「じゃあさ!今度みんなで一緒にゲームやろうよ?」
助かったー!!
やはりオレを救ってくれるのは詞だ。
「なるべく早くやろうね!じゃないと鏡夜忘れるし!!」
「え!?オレ、詞との約束忘れたことあったっけ?」
「一学期の最初の方に遊ぼうって約束したのに、夏休みまで誘ってくれなかった」
「あ……」
「最悪やん」
「すんませんでした」
みんなで盛り上がっていると、姫路が探るように口を開く。
「ね、ねえ」
「どうした?」
「みんなはクリスマス、どうするのかな~と思って……」
クリスマスの予定か……。
そう言えば、彩夜が家で友達たちとクリスマスパーティーするから、出て行かないといけないんだよな。
ん?あれ?てことはオレ、クリスマス彩夜と過ごせない?
絶望だ……。
「鏡夜!鏡夜!!」
オレは姫路の声で我に返る。
あまりのショックに意識が朦朧としていたのか。
姫路は困惑した様子で、詞と村雨はいつものことといった様子でオレを覗いている。
「えっと、クリスマスの予定だったっけ?」
「そう。瑠璃花くんは弓道部の全国大会で。村雨さんは予定があるんだって。鏡夜はどうなの!?暇だったりする?」
「オレは──」
テロロンテンテン♪テロロンテンテン♪
オレが口を開いたと同時に、珍しくオレのスマホが鳴る。
「ちょっと悪い」
オレは色増先生とすれ違う形で、教室を出る。
「湾月くん?」
「すんません。先始めててください」
「はあ?」
桜ノ宮!?
着信画面には桜ノ宮真姫と表示されている。
オレは教室の中を確認する。桜ノ宮の席は空で、荷物も見当たらない。
「もしもし?」
「朝宿と申します。こちら湾月鏡夜様の番号でお間違いございませんでしょうか?」
朝宿さん!?
また読んでいただきありがとうございます!
『初恋強盗』の137話です!!
今回はクリスマス前の学校回!!
学生時代によく見る光景!
そして、まさかの人からの着信!!
次回は電話がかかってきた理由回!!お楽しみに!
忌憚ない批評・感想いただけると嬉しいです。




