月明かりの下で
オレと桔梗は屋上へと上がってきた。
屋上はキャンプファイヤーから距離が離れオレンジの光が弱くなった分、桔梗の一挙手一投足を正確に捉えられるほど月明かりが眩しい。
屋上を数歩進んだところで桔梗はオレの手を離し、飛び降りの防止のフェンスに手をかけキャンプファイヤーを見下ろす。
季節を感じる木枯らしが肌を撫で、言い訳と反省がごちゃごちゃと飛び交い熱の溜まっていたオレの頭を冷ましてゆく。
大きく息を吐いたオレは桔梗の横へ立ち、同じようにキャンプファイヤーを眺める。
「「なんで」」
オレと桔梗の言葉が被る。
互いが言葉を譲り沈黙が発生した後、先に桔梗が口を開いた。
「なんで、こんなことしたの?」
「それは……」
「わかってるの!!私を参加させるためでしょ?」
「……ああ。キャンプファイヤーは桔梗が望み、桔梗が努力し成し遂げたものだ。なのに、桔梗が参加できないと言うのは納得できなかった。オレは桔梗、お前に後夜祭を楽しんで──」
「わかってないよ!わかってない!私は別に自分が楽しむためにキャンプファイヤーを復活させたわけじゃないの!だから湾月くんと同じこと言うけど、私は私より湾月くんに後夜祭を楽しんで欲しかった!湾月くんの楽しみを奪っても私、楽しめないよ!楽しめるわけないじゃん!!」
こういう時にオレと桔梗の身長差を恨みたくなる。
顔を上げる桔梗の顔が月明かりにハッキリと照らし出され、オレの目を真っすぐと見つめる桔梗の瞳には、瞬きをすれば零れてしまいそうな涙が浮かんでいるのがわかる。
オレはなにも反論できない。
文化祭実行委員長にオレが言い放った言葉が、そっくりそのまま桔梗を通してオレに返ってきているのだから。
「それに、湾月くんが参加しないなら……」
そこまで言ったところで、桔梗はスッと視線をオレから外す。そして、小さく深呼吸すると祈るように両腕を組む。
「私、湾月くんが好きです!!」
少し裏返った桔梗の言葉がオレを打ち、夜闇へと霧散してゆく。
不安からだろうか?桔梗の小さな体は小刻みに震え、さらに小さく萎みながらその場にしゃがみ込んでしまう。
そんな桔梗を見てオレの心を縛っていた恐怖心が解けてゆく。
勇気とは、覚悟とはこういうものだろう。ミッションを達成しないと死んで地獄行き、彩夜を含めいろんな人を悲しませることになるってのに、口では覚悟を決めたと言いつつ、実際のところは失敗を恐れてウジウジと奥手になって、言い訳ばっか。
「なにやってんだかな……情けねぇ……」
自身の情けなさに呆れ、ポロリと言葉が零れる。
オレは膝をついて桔梗の肩に手を置く。
「桔梗」
「ん?」
桔梗はしゃがんだまま顔を上げずに返答する。
「ありがとな。お前のおかげで自信も覚悟も取り戻せた」
「え?あ、うん、どういたしまして?」
「それと、オレもお前が好きだ」
しゃがんでいた桔梗の体から力が抜け、へたり込む。
「……ウソ。湾月くんは優しいからそう言ってくれてるんでしょ?」
「なんでそう思うんだ?」
「だって……私、口うるさいし、人間関係ダメダメだし、ちんちくりんだし──」
「桔梗」
「私と付き合っても面白くないし、長くは──」
「桔梗!!」
「はい!」
オレの声に桔梗はビクンと体を跳ねさせる。
「前にも言ったが、自分を過小評価するな。大丈夫、桔梗は間違いなく魅力的だよ。オレが保証する。だから、もう少しだけでいいから自分自身のことを信じて愛してやってくれ。な?」
「ごめんなさい」
「じゃあ、もう一回。──桔梗、オレはお前が好きだ」
「私も。私も湾月くんが大好きです」
桔梗の頭上の初恋マーカーが眩く光ると、サラサラと崩れ天へと昇っていく。
再び、夜闇が戻ってきたタイミングで校庭の方から大歓声と拍手が沸き上がる。
その声に誘われるように立ち上がると、オレは屋上から暗くなった校庭を眺める。
「後夜祭無事終了したみたいね」
「だな」
暗闇の中で小さな影が校舎に向かって歩いてるのがわかる。そのまま校門へ向かう影もある。
しばらくして、校舎内に灯りが燈る。
「あーあ。キャンプファイヤーの逸話が本当だったらよかったのにな……」
「ウソとは限らんだろ」
「だってあの逸話、湾月くんが作ったんでしょ?伝説でもなんでもないじゃん」
「今なお語り継がれてる伝説だって、最初から伝説だったわけじゃなくて、時が経って次第に伝説になっていったんだろ?だったら、オレの作った逸話だってちゃんと効力があるかもしれないじゃねーか。こういうのは信じてなんぼだよ」
「だといいけどね!」
そう言いながら、桔梗は屋上の入り口へと歩き出す。
そうだった!のんびりしてる場合じゃなくて、リセットしないと!!
「っ──」
「ねえ」
オレが口を開いたと同時に、桔梗が足を止め言葉を発する。
オレは自分の口に急ブレーキをかけて言葉を飲み込むと、一呼吸置いて平静を装う。
「どうした?」
「私たち、こ……恋人同士だよね?」
癖なのだろうか?桔梗は祈るように両腕を組み、振り返る。
「そうだな」
「あのね。えっと……お願いがあるんだけど……」
「おう。言ってみ?」
「本当にわがままなんだけど……」
桔梗の声が震えている。
理由はわからないが、また何か不安に感じているのだろう。
オレは優しく返答する。
「いいよ」
「私、その恋人とか初めてどうしたらいいとかわからなくて……ちゃんとできる気がしないの。だから!いろいろと調べてくるから……」
おいおい。真面目過ぎる、と言うか難しく考えすぎだろ!
「別に気にしなくていいぞ。普段通りで──」
「私が!私がちゃんとしたいの……ちゃんと素敵な彼女になりたいの」
「そうか……」
いや、その宣言はパートナーにも結構なプレッシャーがかかる宣言だけど……。
まぁ、こういうお堅いところが桔梗らしさと言えばらしさか。
「それでね。ちょっとの間でいいから、みんなに内緒にして欲しいなって……ごめんなさい!嫌だよね!?」
「別にいいよ。そもそもオレ、聞かれたら答えるけど、自分から言い触らすタイプじゃないし」
「あ、そうなの……」
「なに?こいつがオレの彼女ですって周りに吹聴するタイプの方が嬉しかった?」
「え?あ、うーん……わかんない」
「ふっ、なんだそれ。まぁいいや、とにかく桔梗とのことは黙ってればいいんだな?」
「あ、うん。それでね……」
「おう」
「それで、恋人のこと内緒にしているうちに私から湾月くんの心が離れちゃうんじゃないかって心配で……」
おいおい。今度は恋人になって早々信用できない宣言かよ……。
素直なのはわかるが、さすがに突っ込みどころが多すぎるし、普通にアウトだろ。桔梗って本当に人との関わり合いダメなんだな。
将来が心配過ぎるし、ここは一応指摘しておくか。……嫌な役回りだな、まったく。
「それ、オレのこと信用してませんって聴こえるぞ」
「え!?ご、ごめんなさい!そう言うつもりじゃ……!!」
「わかってるから。ただ、もうちょい会話の練習した方がいいぞ。今のままじゃ危なっかし過ぎる」
「はい……頑張ります」
「それで、お願いってのは?」
「あ、え、ええっと……」
桔梗は目をギュッと瞑り、両手を広げる。
その手は緊張で指先までピンと伸びている。
「安心したいので、は、ハグして欲しいです!!」
オレはゆっくりと近づくと、体を屈めて桔梗の小さな体を優しく抱きしめる。
体が触れ合った瞬間、桔梗の体がビクンと跳ねた。
その後、桔梗はキュッとオレを抱きしめ返すとすぐに力が抜ける。
だが、オレは抱きしめたままだ。桔梗が力を抜いたのにオレが抱きしめたままのため、おろおろとしているのが伝わる。
「あ、あの……」
「なぁ、桔梗」
「はい」
桔梗を抱きしめたまま、今度はオレがお願いをする。
「キスしてもいいかな?」
「ふぇぁ!?わ、私、やり方とかその……」
「ダメ?」
「きっと下手ですよ……?」
オレは桔梗の体を引き寄せる。
桔梗の鼓動がわかる。桔梗にもオレの鼓動が伝わっているのだろうか?
しばらくそうした後、オレは手を桔梗の肩に残したままゆっくり離れる。
不安からだろうか?緊張からだろうか?桔梗の体が僅かに震えている気がする。
無理やり──はオレが嫌だし……。幸い、しばらくの間はこの関係を隠しておけるんだ。もう少し待つか……。
「急にごめん。やっぱり──」
「あの!わ、私もしたいです……」
月明かりの中、互いの視線が結ばれる。
夜でも桔梗の顔が紅潮し、瞳が潤んでいるのがわかる。
桔梗はその瞳をゆっくりと閉じた。
また読んでいただきありがとうございます!
『初恋強盗』の134話です!!
今回は桔梗律攻略回!!
いつもの4倍は難航してしまった……。
身長差は伝わっているだろうか?
次回は文化祭後回!!お楽しみに!
忌憚ない批評・感想いただけると嬉しいです。




