手を引く手
後夜祭の準備が完了した放送が校内に流れる。
ある生徒は沸き上がる高揚感を全身で表現するように校庭へと走り出し、ある生徒は肩を組んだり、小突き合ったりしながら校庭へ向かう。
学校全体がこの瞬間一つになっているように感じる。
校庭へと出ていく生徒たちと反対に、フラーッと出て行っていたトーカが教室へと帰ってきた。
『文化祭も盛り上がっていたけど、後夜祭はそれ以上って言った感じね!!グルっと学校見てきたんだけど、あちこちで告白したり、キャンプファイヤーに誘ったりしてて、超青春って感じの空気が校内に充満してるわよ!!やっぱ、文化祭と言えばこうでなくっちゃね!!そうそう、それとさ──』
トーカは目をキラキラさせながら、楽しそうにオレに語りかけてくる。
元々?恋のキューピットなわけだもんな。オレにだって学校中が浮ついた雰囲気になっているのがわかるんだ。天使であるトーカには今の学校はさぞ幸せ空間に見えているんだろう。
「ねえ!鏡夜も早く行こうよ!!」
オレの机に体重がかかる。
詞がオレの机に両手を置き、目を輝かせながらオレをキャンプファイヤーに誘ってくる。その後ろでは詞と仲のいいクラスメイトたちも笑顔でオレを待ってくれている。
昔の、一学期や夏休みの頃とは違う。誰一人オレが一緒に行くことを嫌がっている様子はない。
オレの心に温かい気持ちが沸き上がってくる。と同時に、奥底にチクリと針が引っかかる感触も。
「悪い、先に行ってくれ。それと、村雨を誘ってやってくれ。一人で淋しいみたいだから」
「なっ!?別に淋しがったりしてへんやろ!!」
「村雨さん一緒に行こ!!」
「……ま、まあ、誘ってもらって断るのもちゃうし、一緒に行ってもええねんけど……」
村雨が一緒にキャンプファイヤーに参加するということで、男子グループは歓喜する。
「マジ!?女子と一緒にキャンプファイヤーできんの!?」
「よろしくね!村雨さん!!」
「よ、よろしゅう……」
「他の女子も誘ってみない?」
「なら、お前が誘えよ?」
「え!?いや、それは……」
「なになに、もしかして男子たちうちらとキャンプファイヤー参加したいの~?」
男子がじゃれていると、クラスの女子グループが話に加わってきた。
「さ……参加したいです!」
「え~、どうしよっかな~」
「「ね~」」
「「お願いします!!」」
男子グループは女子グループに向かって一斉に腰を直角に折る。
その姿を見て、詞は無邪気に笑い、村雨は呆れている。トーカも口を手で覆い、キラキラした瞳で青春の1ページに声を殺してはしゃいでいる。声を出したところで聞こえないのにな。
女子グループは互いにアイコンタクトした後、笑顔で応える。
「じゃあ、よろしくね!」
「「ぃよっしゃー!!」」
自分たちの勇気が報われた男子たちは、その成果が壊れてしまわぬよう女子たちをエスコートしながら校庭へと向かう。
「鏡夜、後でね!」
「ああ」
詞も振り返りオレに一言かけると、男女一緒になったグループと共にキャンプファイヤーへと向って行った。
校庭からはキャンプファイヤーを待ち望む生徒たちの賑やかな声が響いている。対照的に先ほどまで熱狂の渦が巻き起こっていた教室には足音一つない静寂が広がっている。
「さて」
オレは座席からゆっくりと立ち上がると、教室の電気を消し、照明の落ちた廊下へと出る。
「なにしてんの?」
誰もいないと思っていた暗い廊下で不意に話しかけられ、オレは肩を跳ねさせながら声した方を見る。
そこには、姫路透が立っていた。
「キャンプファイヤー始まるよ。早く行こ」
オレの言葉も待たずに姫路はキャンプファイヤーに連れて行こうと、オレの手を取り一緒に校庭へと向おうとする。
しかし、姫路の足はその一歩を踏み出せない。
オレと姫路では体重も力も違う。姫路が引っ張てもオレがその場から動こうとしなければ、動くことはない。
「なに?どうしたの?」
姫路はオレに言葉をかける。オレからの返答を確信している、形だけの弱々しい疑問の言葉。
オレは姫路の予想通りの言葉を吐く。
「キャンプファイヤーをやる上での条件。先生はもちろん、実行委員会の関係者の代表もキャンプファイヤー中に問題を起こす生徒がいないか巡回をしないとならない。文化祭中と一緒だ。
──だから、姫路は楽しんできてくれ」
視線と共に姫路の手がオレの手からスルリと落ちる。
沈黙の中、キャンプファイヤーに火が点火されたのだろう、今日一番の歓声と共にオレンジの灯りが廊下を照らす。
一言も発さず、表情も見せず、姫路は校庭へと走って行った。
キーッンっとマイクがハウリングする音が夜空に響き、文化祭実行委員長より後夜祭の開会宣言がされる。
月明かりと暖かい炎に照らされ、生徒たちはフォークダンスと言うには不格好な踊りを各々思い思いに踊っている。カップルの中には肩を寄せ合いゆらゆらと揺れる炎を見つめている者もいる。
そんな校庭の様子をオレは暗い廊下を歩きながら眺める。
『よかったの?』
「よくはねーけど、こればっかりはしょうがねーだろ」
『まあ、提案者の桔梗さんが今の鏡夜の役をやってるとかそれこそあり得ないもんね』
「だろ。だからと言って、他の実行委員の連中に押し付けんのもな……」
『そうだけど……いっつも鏡夜が貧乏くじだし……なんだかなって……』
逆行でトーカの表情は正確にはわからないが、あまり納得いってないというのはわかる。
「なぁ、トーカ」
『なに?』
「わざわざオレに付き合わなくてもいいぞ?」
『はあ?』
「キャンプファイヤー、見てきていいぞ。オレと巡回するだけとか面白くないだろ?」
『……ッチ』
「トーカ?」
『あっそ!じゃあアタシ、キャンプファイヤー見に行くから!!鏡夜のバーカ!!』
ええー……。
トーカは暴言を吐いてキャンプファイヤーへと行ってしまった。
ぐるりと校内を一周したが、廊下や教室には生徒の姿は全くない。これなら問題が起こることはまずないだろう。それ以上に巡回をしているであろう先生たちの姿も見当たらなかったのが、不自然だ。
オレは灯りのついている職員室をコッソリ覗く。
窓からキャンプファイヤーを眺めている先生、机に向かって作業している先生、談笑している先生など職員室にはそれなりの人数の先生がいる。
これだけの人数がいるのに巡回で鉢合わせないなんてことあるか?絶対ないだろ。てことは、先生たち巡回サボってやがったな!生徒が問題を起こさないと信頼していると言えば聞こえはいいが……アホらし!
オレは教室へと戻る。
今からキャンプファイヤーに参加……と言うわけにはいかない。先生たちが職員室に残っているように、巡回の生徒が校内に残っているという体裁は大切だ。
……いや。
これは言い訳だな。オレは自信がないんだ。だから、失敗を恐れ、トラウマに腰が引けているんだ。
文化祭前までは順調と言ってよかっただろう。だが、その後はどうだ?
文化祭には本来、桔梗を誘って一緒に回るべきだったんだ。にもかかわらず、オレは文化祭中に桔梗に失望されることを恐れ、誘うことすらできなかった。その結果が他の女の子たちの誘いを断らず、フラフラするだけ。
今だってそうだ。せっかく逸話まででっち上げ、学校中を巻き込んで告白しやすい雰囲気を作り出したと言うのに、桔梗に向き合うこともせず上から一人キャンプファイヤーを眺めているだけ。
オレが暗い教室内でウジウジと生産性のない反省会をしていると、大きな音を立てて勢いよくドアが開く。
「桔梗……なんで……?」
桔梗はツカツカとオレの前までやってくると、オレの手を取る。
「来て!」
「え!?いや、お前キャンプファイヤーは?」
「いいから来て!!」
桔梗は力強くオレの手を引く。
その手に引かれ、オレは黙って桔梗の後をついて行く。
また読んでいただきありがとうございます!
『初恋強盗』の133話です!!
今回はキャンプファイヤー回!!
学校全体がエモい雰囲気!
なのに鏡夜の元気は0。
次回は桔梗律回!!お楽しみに!
忌憚ない批評・感想いただけると嬉しいです。




