一年一組の雰囲気
週明け、近隣住民からのキャンプファイヤーの署名を全て手に入れたオレは桔梗に報告するため、絶賛文化祭準備中である一年一組へと向かう。
署名集めに動き出してから一週間足らず、それで集めきったこの成果は驚異的と言っていいだろう。
しかし、驚いた。
オレはここ一週間ずっと学校外にいたため知らなかったのだが、放課後の学校は文化祭の準備で想像以上に賑わっている。特に普段よりも男女が仲良く話している姿をよく見かける。
これが、文化祭という特殊なイベントによる高揚感というものなのだろうか?もしかして、オレが流したキャンプファイヤーの逸話も多少は影響してたりして?どちらにしろ仲睦まじいことは良きことだ。
桔梗は教室にいるのかな?
オレは一組の教室を覗き込む。
桔梗は即座に見つけることができた。
なぜなら、桔梗は教室の隅で一人黙々と手作業をしているからである。みんなが楽しく賑やかに準備してるってのに、なにやってんだ桔梗の奴は。
「あの~、英さんですか?」
オレが桔梗の状態に呆れていると、一組の子が声をかけてきた。
「いや、そうじゃなくて。入ってもいい?」
「え!?はい」
許可をもらったオレは一組の生徒たちに注目されながら、桔梗のもとへと向かう。
そして、手元に集中している桔梗に気づいてもらうために、桔梗の机を指先にコンコンと叩く。
顔を上げた桔梗はオレに気づいて驚いた顔をする。
「よ!近隣住民の署名全部集まったぞ。これで相当なことをやらかさない限りクレームの心配もないだろうな」
キャンプファイヤーの第一功労者は桔梗でなければならない。
オレは周囲にも聞こえるような声量で報告する。
「ウソ!?もう!?」
「ああ、桔梗のおかげでものすごいスムーズに集まったよ。ほら!」
オレは集めた署名を桔梗に手渡す。
「これ、学校と委員会に提出するんだろ?」
「そうね。ありがと」
「どういたしまして。つっても、オレはただの使いっ走りだけどな」
そう言いながら、オレは一組を見渡す。
一組の教室内には大量の布やハロウィンでよく見るようなパーティーグッズが転がっている。
「桔梗のクラスは文化祭なにやんの?」
「お化け屋敷よ」
「あー。定番だな。でも、それってどうやって儲けだすんだ?入場料取るとか?」
「そんなことしないわよ」
「でも、それじゃあ豪勢な打ち上げとはいかないだろ?」
「もしかしてだけど、文化祭の打ち上げ制度ちゃんと理解してないんじゃないの?」
「んなことねーって。あれだろ?文化祭の出し物で儲けた金額を打ち上げに使えんだろ?」
「そうだけど、それだけじゃないのよ。
この学校の文化祭の制度として、入賞システムがあるのは知ってる?」
「それくらいは知ってるよ!」
「じゃあ、入賞金が出るのは?」
「あー……なんか言ってた気がしないでもないわ」
「入賞は来場者と生徒と教師の投票によって決められるんだけど、入賞したクラスには打ち上げのお金が学校側から出るわ。それも、それなりの額。
そして、これは入賞システムの罠なんだけど、一定以上の売り上げを出したクラスの出し物はノミネートできないのよね」
「え、そういうシステムになってるの!?」
「この前の全校集会で説明してたでしょ?」
「ちゃんと聞いてなかったわ」
「まったく……。つまり、各クラスは自らの売上金で打ち上げを開くか、入賞金額で打ち上げを開くかを選択して出し物を決めないといけないの。
ただ、一クラスが文化祭で出せる売り上げなんて学校側からの制約がある以上高が知れてるわ。それを狙うくらいなら、最優秀賞を狙う方が効率的って話」
「はえー」
つまり、うちのクラスは入賞金じゃなくて売り上げで打ち上げをすると決めたわけか……。
まぁ、オレとしては打ち上げの規模とか正直気にしないから、どうでもいいけど。
桔梗と話しているとオレの体が後方へグイッと引っ張られる。
「なにしてんの、鏡夜?」
「おう、日菜!キャンプファイヤーの件で桔梗に用があったんだ」
「キャンプファイヤー?ああ、文化祭の手伝いしてるってやつ、あれキャンプファイヤーのことなんだ。で、なんで桔梗さん?」
「桔梗がキャンプファイヤー復活の発起人だからだよ」
オレの発言に一組の教室がざわつく。
まぁ、クソ真面目な性格が故に楽し気な空気感を破壊してしまうと噂の桔梗が、キャンプファイヤーの発起人だと思わないよな。
「え?桔梗さんがキャンプファイヤーの発起人なの?」
「そうだけど」
「なんで?どうしてキャンプファイヤーを?」
日菜は驚いた様子で桔梗に質問する。
「え!?えっとー……みんなとって文化祭がいい思い出になればいいなって」
傍から聞く分には素晴らしい考えだと思う桔梗の発言だが……教室内の空気が少し重くなったようにオレは感じた。
日菜の表情も決してにこやかではない。
「それ本当に思ってる?」
「え、うん……」
桔梗の返答に一組の他の連中は呆れたように首を振り、「いやいやいや」「だったらさ……」と言った小さな声がチラホラ聞こえてくる。
『なんか自分のクラスなのにアウェーって感じね、桔梗さん』
トーカ同様、オレもこの雰囲気に桔梗は大丈夫かと心配したのだが……案の定桔梗はダンッと机を叩いて教室の外へと出て行ってしまった。
「あっ、おい!?」
オレが桔梗を追いかけようとすると日菜に服を掴まれて止められる。
「放っておいたら?」
「いや、そういうわけにはいかねーだろ」
「実際さ、言い方悪いかも知れないけど、桔梗さんが文化祭をみんなのいい思い出になればって思ってると思えないもん」
日菜の発言にクラスメイトから賛同の声がポツポツと上がる。
「なんつうか、みんなって言うか自分にとっていい思い出って感じだもんなー」
「あー、独りよがりって奴?」
「そうそれ!」
「ぶっちゃけ桔梗さんがいるとクラスの空気悪いし」
「そもそも空気を悪くしてる自覚ないんじゃない?謝ってるとことか反省してるとことか見たことないし」
「「ねー」」
最初は遠慮気味だった桔梗批判も次第に強くなっていく。
たとえ桔梗にこうなる原因があったとしても、聞いてて気持ちがいいものじゃないな……。
聞くに堪えかねたオレは大きなため息を吐く。
「まぁ、クラス全員が一致して桔梗がクラスの雰囲気を悪くしたと言うってことは、そうなんだろうな。
だけどな、ついさっきのクラスの雰囲気を悪くしたのは、間違いなくお前らだからな?
先にやられたんだから自分たちにはやり返す権利があるってか?んなわけねーだろ。大体よ、桔梗に直してほしいところがあるってんなら、本人のいないところで愚痴ってねーで、ここを直してほしいって本人に説明しろや。さっきの様子を見るとそういうこともしてねんだろ?自分たちは間違ってないって思うんならできんだろうが、そんくらい」
署名を集めるために思ったよりも精神をすり減らしていたのだろうか?柄にもない説教をしてしまった……。
オレから説教を受け、一組のメンツは黙ってしまう。
「まぁ、いいや。お前らができない桔梗への説教はオレが引き受けてやるから、指加えて待ってろ。
んで、桔梗が反省して戻って来た時には今やってるガキみたいな対応じゃなく、大人な対応をしろ。わかったな?」
オレは勢い任せに言い放って一組の教室から出る。
あーーー。やっちまったーーー。
最近せっかくオレの評価も上がって来たっていうのに、また怖がられるようなことをしてしまった……。しかも、部外者が上から目線で何様って感じだよな……絶対そう思われたよなー。
はあ~……まぁ、やっちまったことはもういいか……。ていうか、オレの行動も間違ってはないだろ!たぶん……。
「トーカ、桔梗律の探索だ。鞄は教室に置いて行ったし、まだ校内にいるはずだ。いつも通り、女子トイレや女子更衣室を中心に頼む」
『了解!!』
オレは姿をくらました桔梗を探す。
また読んでいただきありがとうございます!
『初恋強盗』の120話です!!
今回は一組の教室回!!
真面目が故に空回りしてる子、一人はいるよね!!
鏡夜は何とかできるのか!?
次回は桔梗律の更生回!?お楽しみに!
忌憚ない批評・感想いただけると嬉しいです。




