偽りの逸話
『やっぱ、そう簡単にはいかないわね』
「そうだな」
ここにきて初の署名却下を食らったオレが学校へ戻ると、桔梗が校門でオレのこと待っていた。
「署名、どうだった?」
「桔梗が根回ししてくれてたおかげで大分スムーズにいってるよ」
「そうなんだ。よかった」
「委員会の方はもう終わったのか?」
「え、うん」
「そうか。じゃあな」
「待って!」
オレが立ち去ろうとすると、桔梗がオレの袖を掴む。
オレは足を止める。
「……私なにかした?」
「急になんだ?」
「それはこっちのセリフだよ!なんで急に冷たくなったの!?」
桔梗は今にも泣きだしそうな怯えた表情でオレを見てくる。
「冷たくなってねーよ」
「本当に?」
「おう。別に桔梗に冷たくする意味ないだろ」
桔梗は疑いの目を崩さない。
「聞かせてくれ。なにがそんなに引っかかったんだ?どうにもオレは察しがよくないみたいだから、参考にさせてほしい」
「え。その……すぐに離れようとしたから……」
「……なるほどな。そいつは悪い。気を付けるよ。
ただ、オレとしては桔梗は朝早いだろうと思って気を遣ったつもりだったんだ。明日もボランティア活動するんだろ?」
「うん。──な、なんか変な風に勘違いしてごめん!じゃあね!」
「おう」
納得してもらえたのだろうか?
走る桔梗の小さな体は人込みへと消えていった。
『桔梗さんさ、クラスの人たちと折り合いが上手くいってないの気にしてるんじゃないかな?』
「みたいだな」
桔梗を見送っていると、今度はワイシャツの裾が引っ張られる。
「日菜」
「一緒に帰ろ」
「おう」
オレは教室から鞄を取ってくると日菜と一緒に下校する。
日菜と帰宅するのは入学式以来か?
日菜の好きな人に余計な情報を与えないようにと気を遣って別々に帰るようにしていたんだが……今日だけなら問題ないか。
「ねえ、鏡夜。鏡夜って桔梗さんと仲いいの?」
「悪くはないかな」
「ふーん。なんで?」
「なんでって──」
「なんで?」
「日菜も知っての通り、勉強教えてもらったこともあるし、後は今オレ文化祭の手伝いやってるしな」
「文化祭の手伝い!?なんで!?どういうこと!?」
「待て待て、落ち着けって!」
外で詰め寄ってくるのは勘弁してくれ、周りの視線もあるんだから。
オレは日菜に落ち着いて聞くように言い聞かせると、経緯を話す。
「きっかけはオレが体育祭の手伝いをしていたことだな。
学校から公表はされてないけど、オレはやらかした罰として体育祭実行委員の手伝いをすることになったんだ」
「は!?なにやったの?」
「それはいいだろ。
それで、体育祭の手伝いをしている時に桔梗に会った。桔梗はオレが率先してイベント事の手伝いをする殊勝な奴だと思ったんだろうな。オレに文化祭も手伝ってほしいと頼んできた。で、オレは引き受けたってわけ」
「ふーん。なんで引き受けたの?」
「情けは人の為ならずってね」
「鏡夜らしい理由だね。──ってか、それまだ言ってたんだ」
ようやく日菜が笑顔を見せた。
どうもピリピリしてたみたいだから、一安心だ。
「そういや、桔梗について気になることを聞いたんだけど……」
「なに?」
「桔梗ってクラスで孤立気味なの?」
「あー……」
日菜の反応的にもクラス連中的にも自覚はありそうだな。
「それって桔梗さんから相談されたの?」
「いや、たぶん桔梗さんは溜め込むタイプだろ」
「そうね」
「で?詳しく聞いてもいいか?」
日菜は話しにくそうに話してくれた。
「別に誰も孤立させてやろうとかは思ってないと思うのよね。私もそうは思ってないし。
ただ……どうも桔梗さんは融通が利かな過ぎて、度々衝突を起こしちゃうのよね。その結果、人が離れるし、それを見ていた人も面倒くさがって近づこうとしないって感じかな」
「例えば?」
「直近の文化祭準備の時の話なんだけど。桔梗さんが実行委員として一人一人に役割を振ったりしてるんだけど、終われないと帰れなくてほぼノルマみたいな感じになっちゃうとか、誰かがちょっとふざけたり、サボったりしてるとお説教が始まっちゃって息抜きすらできないとか」
おいおい。それはもはや給料をもらってやる仕事だろ。
想像以上に真面目……というか、そこまでいくとコミュニケーション能力の問題だな。
「それ、誰か注意したりしないのか?」
「するわよ。注意されたらその後は本人も普通に反省するし、なにも口出ししたりしない。
ただ、結局桔梗さんから言われたノルマとかふざけないとかは尾を引くでしょ?だから、空気は重いまんまって感じ。悪気がないってのはわかってるし、みんな的にもどうしたら?って感じかな」
「なるほどな……」
これは重傷だな。
とりあえず、今のままだと桔梗も日菜たちも文化祭を楽しむことができない。
それだと、「文化祭をいい思い出にしてほしい」という桔梗の願いも本末転倒だろ。
「ねえ、鏡夜?もしかして、首突っ込もうとしてる?」
「当たり前だろ?」
「あんまりこういうこと言いたくないけど、桔梗さんと絡むと鏡夜にも影響出ると思うからやめておいた方が……」
「ふっ。そいつはオレをなめ過ぎだな」
「え?」
「桔梗がオレに与える影響とオレが桔梗に与える影響。どっちが大きいか見とけ。なんだったら一組の奴らにお前らが手も足も出なかった桔梗を、オレが変えてやるから指咥えて見とけって言ってくれてもいいぜ」
「そんなこと言えるわけないでしょ!それに絶対言わないでよ!!」
「わかってるって」
オレは日菜に対して大見得を切った。
──翌日。
学校中にとある噂が駆け巡り、教員も実行委員たちもバタバタとしていた。
その噂とは、”キャンプファイヤーで結ばれた二人には、永遠の幸せが訪れる”と言うものである。
当然、一年三組も噂の話で持ちきりであり、噂好きの詞が早速オレのもとへ話を持ってきた。
「鏡夜、鏡夜!噂聞いた!?」
「キャンプファイヤーの件か?」
「そう!それで、今キャンプファイヤーをやりたいって言う嘆願書をみんなで書いて実行委員に提出しようって話も出てるんだよ!」
「へー。詞もキャンプファイヤーやりたいのか?」
「そりゃ、やりたいよ!学校でキャンプファイヤーとか青春って感じじゃん!」
詞の目がめっちゃキラキラしてる。これは相当テンション上がってるな。
オレは周囲の反応を確認するため、校内をフラフラと歩きまわる。
やはり、青春真っ只中の高校生。
恋愛関係の噂が出た瞬間、ただでさえ文化祭で浮ついていた空気がさらに浮ついている。
『ねえ、鏡夜!恋愛に関する逸話はウソだって言ったなかった!?』
「ウソだよ」
『でも、今話題になってるじゃん!!』
「そりゃ、そうだろ。オレがでっち上げた噂なんだから」
『え、どういうこと?』
トーカって純粋過ぎて、かなり察しが悪いよな……。
「陰浦栞にキャンプファイヤーに関する逸話があるらしいって話したろ?あれは種蒔きだ。
あの段階で、陰浦栞の性格なら必ず調べると思っていた。ついでに言うと、陰浦栞はかなり素直だからな。オレに言われた『伝説の樹について友達に聞いてみ』って言葉をそのまま受け取り、調べるんじゃなくて友達に聞いたと予想している。そうすると友達としては『いきなりどうしたの?』て感じになって、自然とキャンプファイヤーの逸話の話になるだろ?
後は簡単。陰浦栞の友達伝手に、キャンプファイヤーには逸話があるらしいって噂があっと言う間に広まるって寸法だ」
『でも、それってキャンプファイヤーには逸話があるかもしれないってだけで、逸話を発見できなきゃ自然消滅しちゃうんじゃない?』
「その通りだ。だから、具体的な内容を用意した。
内容は何でもよかったから、とりあえず高校生が一番食いつきそう恋愛関係にした。重要なのは、過去にキャンプファイヤーをやっていたことを周知させることと、キャンプファイヤーを熱望させることだからな」
『どうやって具体的な噂を広めるの?』
「ん?すごい単純だぞ。この学校にはネット上に掲示板があるからな。そこで、逸話に関する質問者と返答者をIDを変えて予め自演しておいただけだ」
『はえー』
噂により、学校中にキャンプファイヤーの存在が知れ渡り、熱望の火も点いた。
桔梗が描いていた全生徒がキャンプファイヤーの望む形はこれで完成。仕込みは完了だな。
また読んでいただきありがとうございます!
『初恋強盗』の114話です!!
今回は偽りの逸話回!!
桔梗律のクラスでの状況が明らかに!!
そして、鏡夜のウソによって盛り上がる生徒たち!!
次回はご立腹の実行委員及び教師陣からの呼び出し回!?お楽しみに!
忌憚ない批評・感想いただけると嬉しいです。




