撮影スタジオ
今日は楓とどこかへ出かける日である。
どこへ出かけるかは内緒だそうだ。
オレが毎朝のルーティンを終え、風呂から上がると、バッチリとオシャレした楓が待っていた。
『やっぱ楓ちゃんってきれいよね~』
全くだ。
気合を入れた楓は言葉を失うほど美しく、男が嫉妬するほどかっこいい。
「これ着て」
「これは?」
「今日、鏡夜が着る服」
オレは楓から差し出されたスーツに素直に着替える。
「着替え終わった?」
「ああ」
「へー。結構いいじゃん」
そう言いつつ、楓は洗面所に椅子を持って入ってくる。
「座って」
「え?」
「ここ、座って」
オレは楓に従い椅子に座る。
「じゃあ、メイクしてくから顔倒して」
「え、なんで!?」
「いいから!」
「お、おう」
楓はオレの顔に残った水滴を優しく拭き取ると、化粧下地を薄く伸ばしファンデーションしていく。
何が何やら不明なオレは、とりあえず黙って楓に好きに顔を弄らせておく。
「はい、できた!どう?」
どうやら終わったらしく、楓は鏡で確かめるように指示してくる。
「どうって言われてもな……」
『えー!いいじゃん!!』
多少若く見ないこともないような気がしないでもないような……。
正直大きく変わった感はないかな。
トーカには好評のようだけど。
「じゃあ、次は髪ね」
「髪なら別にオレでも──」
「いいからいいから!」
楓はワックスを手に取ると、オレの髪を整え始める。
「メイクとかやるの好きなのか?」
「まぁ、あたしも女の子だからね。人にやるのは今回が初だけど」
「え、そうなの!?」
「うん。今どんな感じ?」
「どんな感じって……ムズムズするかな。よかったら、お返しに髪整えてやろうか?彩夜のヘアセットとかやってるし結構得意だぞ」
「いい。男っぽいのは自分でもわかってるけどさ、あたし今のスタイル崩す気ないんだ。それにすぐ直すし」
「そうか」
楓のこういう一本芯が通ってるとこもかっけーよな。
「よし、完成!うん。やっぱ鏡夜も目つきはあれだけど素材はいいよな!」
「その褒められ方だと、素直に喜びづれーよ」
「あたしだって素直に褒めづらいんだよ!」
楓におめかししてもらったオレが楓に連れられてきた場所は、オシャレな謎の巨大なビルだった。
「なにここ?」
「いいからいいから!」
オレは楓に手を引かれビルの中へと入る。
楓はそのまま受付へ向かってゆく。
「おはようございまーす!」
「おはようございます!お名前を頂戴してもよろしいでしょうか?」
「東江楓です。もう母は来てますか?」
「美月さんですか?確かもういらっしゃてますよ!ところで、そちらの方は……」
え、なに!?今から楓のお母さんに会うの!?何にも準備しないんだけど!?
「楓ー!!」
オレが思考する間もなく楓のお母さんがパタパタとこちらへ走ってきた。
「鏡夜くん。お久しぶりね」
「はい。ご無沙汰してます」
「あのー、こちらの方は?」
「この子は楓のマネージャーの湾月鏡夜くんよ」
「え──ぐっ!?」
オレの両脇腹に楓と楓母の肘打ちが突き刺さる。
似たもの親子め。
黙って合わせろってことね。
「湾月鏡夜です」
オレは受付の人に微笑みながら頭を下げる。
「いやー、あんなに渋ってたのに急に楓が引き受けてくれてビックリしちゃった!」
「まぁ、お母さんの立場もあるしね」
「ええー、お母さんのことはそんなに気にしなくていいのにー。お母さん、これでも結構この世界盤石なんだから!でも、ありがと!」
「別に」
「あの~、オレなんも聞かされてないんすけど。そろそろ説明してもらっていいですかね?」
全然話が見えてこないし、これ以上何にもわからないのは心臓に悪い。
「そうね、お母さんにも説明してちょうだい」
「え!?美月さんもなんも聞かされてないんすか?」
「んー。鏡夜くんをマネージャーとして連れてくるってことは聞かされてたんだけどねー。他は全然」
「今日はここで何を?」
「ファッション雑誌の撮影よ。本当は他の子がやる予定だったんだけど、その子が病気になっちゃったらしくてね。それで、あたしの打診で楓が代打!」
「はあ……」
事情把握してんじゃねーか!
さっきの「全然聞かされてないのー」は何だったんだよ!!
「で、オレはここで何をすれば?」
「そうそう。お母さんもそれを聞きたかったの!
あっ!もしかして、あなたたち付き合ってるの!?うーん。どうしようかな~。あたしとしては鏡夜くんが相手なら大賛成なんだけど、世間的には今モデルに恋人がいることにすら文句が出たりしちゃうからね~。モデルは恋愛禁止とかじゃなにのにね~」
「いや、そういうのじゃないから」
「えー、違うのー!?お母さんは鏡夜くんいいと思うんだけど!
礼儀正しいし、優しいし、家事もできるし、本とかも出してすでにお金も稼いでるし、あたしとも仲良くしてくれてるし、それにー楓も気に入ってるじゃない?
お母さんが楓ならもう捕まえて放さないかな」
ちょっと待て──!?
「お母さんがどう思うとか関係ないでしょ!!」
母親に言い放った後、楓がオレに詰め寄ってくる。
「ていうか、本ってなに!?聞いたことないんだけど!!」
「いや、その~、彩夜に不便させないようにと思って料理とか掃除とかの生活本とか、絵本とかを出してて」
「他には?」
「ブログとかの収入が多少……っていうか、なんで知ってんすか!?彩夜にすら言ってないんすけど!!」
「ふふん。芸能界の情報取集能力舐めちゃダメよ。パパラッチの集めた情報とかがすぐ入ってくるんだから!結構儲かってるんでしょ?」
「いやそんなことないですけど……」
マジかよ……まぁ、別に隠してたわけじゃないしいいか。
よかったー、悪いことしてなくて!!
「で、楓。なんで鏡夜くんがマネージャーなの?」
「別に。あたし、タレントってわけじゃないからマネージャーとかいないし、そうなるとスタッフの人とかが飲み物とか持ってきてくれたりするでしょ?
でも……あたし、信用できる人じゃないと荷物とか預けたくないし」
要は荷物持ちってことね。
「ふーん」
「なに?」
「あたしはてっきり鏡夜くんにいいとこ見せてやろうかなーとか思ってるのかと思ったんだけど」
「うっさい!!」
楓は頬を膨らませながら、メイク室へと行ってしまった。
「あらあら。怒らせちゃったわね。じゃあ、あたしもこれで」
「娘さんについて何も聞かないんですか?」
「……。ありがとうございます」
美月さんは深々と頭を下げる。
「ちょ、顔を上げてください」
「あの子がなにか抱えてるのはわかってるの。でも……それがなにかわからない。そのくせ、元気そうな楓のことを見て、あたしは勝手に安心しちゃった。本当にダメな親ね」
「そんなことは……」
いや、ここで美月さんに気を遣ってどうすんだ!今優先すべきは楓だろ!!
「美月さん」
「はい?」
「楓の家庭環境はハッキリ言ってごくごく一般的な家庭とは大きく違います。
それ故、楓の精神的成熟スピードも他の子と大きくかけ離れてると思うんです。だから、もし楓からなにかお話があった際は、場合によっては未熟な子どもではなく一人の人間として聞いてあげてください」
「容赦ないわね」
「すみません。でも、楓のためですので」
「わかりました。鏡夜くん、あの子とこれからも仲良くしてあげてください」
「もちろんです」
オレから言うべきことは言っただろう。後は楓次第だ。
美月さんもスタッフに呼ばれてどこかへ行き、オレは一人スタジオに取り残される。
スタジオが珍しいのかトーカはそこら中を飛び回っているし、オレはどうしたらいいんだろう?
なんも聞かされてないんだけど……。
とりあえず、あんまり偉そうじゃない人に聞くか。
「あ、あの~」
「は、はい!」
「えっと、オレはどこにいれば……」
「あ、えーっと……少々お待ちください!」
「あ、はい」
ぬおー!!絶対、「何この素人?」って思われただろ!!
実際、素人なんだけど!!
立ち回りくらい教えて行けよな、東江親子は!!
オレがいたたまれなさに苛まれていると、先ほど話しかけたスタッフの方が大慌てで椅子を持ってきてくれた。
「遅くなり申し訳ございません!こちらにお座りください!!」
「え、あ、はい。ありがとうございます」
オレは差し出された椅子に座る。
オレの他に座ってる人見当たらないけどいいんだろうか?
「楓さん入られまーっす!!」
また読んでいただきありがとうございます!
『初恋強盗』の105話です!!
今回は東江楓とのお出かけ回!!
といっても、スタジオ!
そして、今日はまさかのマネージャー!!
次回は楓が覚悟を決める回!!お楽しみに!
忌憚ない批評・感想いただけると嬉しいです。




