櫟井の告白
オレはテニス部の女子更衣室に邪魔者がやってこないよう、清掃中の立て看板を掛ける。
そして、中で修羅場と化してるであろう更衣室での会話に耳をそばだてる。
最初の方は「大丈夫か?」と不安になるくらい両者荒れていた。
飛び込んだ櫟井の方は、どうやら藍川が身体的にも傷つけられていたということもあり、姫路さんを怒鳴りつけるなどかなり感情的になっていたようだ。
対して、姫路さんも櫟井が女子更衣室に飛び込んできて現場を見られたという焦りと櫟井に嫌悪感を向けられた対抗心から感情的になったようだ。
しかし、瞬間的に上がった怒りのボルテージは長続きせず、互いにほどなくして冷静になった。
「透が楚麻理をイジメてたってことでいいんだな?」
冷静さは取り戻してもその怒りは収まっていないのだろう?櫟井の声からは温度が感じられない。
「ちょっとからかってただけで、別にイジメてたわけじゃ……」
「髪を引っ張ったり、物を壊したりするのがイジメじゃなくてなんなんだ?」
「それは……ちょっとやり過ぎたかもしんないけど、別に透はイジメてるつもりとかないし!楚麻理だってそう思ってないでしょ!
ねえ、楚麻理、そう思ってないよね!?」
「最低ね」
聞き耳を立てている桜ノ宮がポツリと発する。
トーカも呆れを露わにしている。
「別にイジメてないよね!?ねえ、楚麻理!?」
どうやら姫路は藍川に圧をかけているようだ。
まぁ、ここでイジメを証言されてしまったら立場的に厳しいのは姫路の方だしな。必死にもなるか。
オレはトーカに手招きして、更衣室から一度距離を取る。
『どうしたの?』
「トーカ、中の様子の監視を頼む。もしヤバそうだったらすぐ教えてくれ」
『了解!』
外からじゃさすがに全部は把握できない。
こういう時、目となってくれるトーカの存在はありがたいな。
「楚麻理、嫌だったら嫌だって言っていいからな?
楚麻理には俺がついてるから」
「なんで!?なんで誘導するようなことするの!?
楚麻理は別に嫌だとかとか言ってないじゃん!!」
「嫌じゃなかったとも言ってないだろ?」
「あーもう!てか、なんで楚麻理の肩持つわけ!?意味わかんないんだけど!?全部楚麻理が悪いんじゃん!!
夏祭りも鼻緒が切れたとかって言って邪魔するし、テニス部でだってヘタクソなだけなのに頑張ってるアピールとかしてるし!
大体さ!今まで正義とかの顔色窺ってヘコヘコしてたくせに、みんなで遊びに行こうって言ったら、いきなり桜ノ宮たちと予定があるから行けないとか、マジで何なの!?せっかく誘ってやったのにさ!!
しかも、埋め合わせとか言って正義と二人だけで遊ぶとかマジあり得ないでしょ!!」
ここまで言い放ってしまうとは……追い込まれて完全に自暴自棄って感じなんだろうな。
ただ、その発言は姫路にとっては自らの首を絞めることになるだろうけどな。
「君が楚麻理のことをどう思っているかはわかった。
それで、なんで俺が楚麻理の肩を持つかだったっけ?」
次の櫟井の発言にオレは全神経を集中させる。
頼むから日和ってくれるなよ。
「俺が楚麻理のことを好きだからだ」
横にいる桜ノ宮が声を押し殺そうと手で口を覆う。
「なんで!?なんで、楚麻理なの!?
別にかわいくもないし!スタイルだってよくないし!頭もよくないし!運動なんてゴミじゃん!!
正義と全然釣り合ってないじゃん!!」
姫路としては納得いかないのだろう。
今日の一番の心からの叫びが姫路から発せられる。
「頭の良し悪しとか、運動ができるできないとか関係ない。それに、俺にとっては楚麻理が一番かわいい子だ!それ以上悪く言われるのはさすがに不快だ!」
「なんで事実じゃん!」
「俺はそうは思わないって言ってんだろ!
だいたいお前みたいに人のことを簡単に悪く言える性悪女よりずっとマシだ!」
あーあ。こう喧嘩腰になってしまってはムードもくそもないな。
オレがそんなことを呑気に考えていると、ガンッという何かのぶつかる音とともにトーカが飛び出てくる。
『鏡夜!やばい!!』
オレは急いで更衣室へと飛び込む。
更衣室の中では姫路がテニスラケットを振り回していた。
オレは姫路を押さえるために、ラケットで殴られながらも姫路をホールドする。
オレにホールドされた姫路は、それでもなお暴れようと体を揺らして振り解こうとしている。
「櫟井、藍川さん連れて失せろ!」
「わかった!」
オレの背中越しに藍川さんたちが走り去るのを感じる。
姫路ももうどうしようもないとわかったのだろう。ラケットを離すと今度はオレの服を強く掴んで号泣し始める。
まぁ、やり方はどうあれ好きな人に振られたわけだしな。
オレは姫路が泣き止むまでそのままの体勢でいた。
しばらくすると姫路も落ち着いたようで、小さい声で「離して……」と言いながらオレの腹を押す。
そして、オレが離すとそのまま力なく部室の端っこへとへたり込んだ。
なんか声をかけた方がいいのだろうか?
オレが部室を見回すと藍川と櫟井はもちろん桜ノ宮もいない。空気を読んだのか、逃げたのか、まぁどっちでもいいか。
「私って最低……」
姫路がポツリと呟く。
その声は自身への落胆を含みつつも、慰めてほしさも含んでいるように感じた。
「櫟井のことが好きだったんだろ?
やり方はよくなかったとは思うが、気持ちはわからんでもないぞ」
「あんたは楚麻理の味方でしょ?放っとい──あんた、頭から血出てんじゃん!?」
姫路に指摘されてオレは頭を摩る。
「私が殴ったから……ごめん……」
「ちょっと切れただけみたいだし、気に病まなくていいぞ。心配してくれてありがとな」
「別に……。問題ないならどっか行って!私今最悪の気分なの!」
最初オレに聞こえるように自虐したくせになに言ってんだ?
本当にプライドたけーな。面倒くせー。
「本当に行っていいんだな?」
「……」
「はぁ~……今日は部活には戻らねんだろ?愚痴くらいなら聞いてやるよ。
外で30分待つ。別に必要ねーってんなら30分部室で待機してればいい。そん時は帰るから」
そう言い残しオレは部室を出た。
『ねえ?なんで、あの女の味方をするわけ?』
「気に食わないって感じだな?」
『当たり前でしょ!あの女、藍川さんに酷いことしたのよ!藍川さんはなにもしてないのに!!』
「まず味方をするわけじゃなくて話を聞くだけな。オレも姫路のやり口は度し難いものだと思ってるし。
ただ、だとしてもオレとしては今回のことを契機に姫路透が不登校になったら、それはそれで気分が良くないんだ」
『そう?アタシは別にだけど。もしかして、姫路さんが好きとか?』
「いや、別に。そうじゃなくて……そうだな、姫路透に手を差し伸べる理由は二つある」
『二つ?』
「ああ。一つはさっき言った通り、気分が悪いからだ。
オレとしては、たとえどんなことをしでかした誰であろうとも目の前で不幸に落ちていくのは放っておけない。自分でも面倒な性格だと思うが、簡単に割り切れるようにできてないんだ。クラスの雰囲気がまた暗くなるのも嫌だしな」
『……。二つ目は?』
「二つ目は藍川楚麻理の攻略完了が確定していないからだ。
藍川楚麻理に櫟井正義の気持ちが伝わったことで、十中八九攻略は完了だ。だが、まだ確定したわけじゃない。オレが最後に見た時にはまだ初恋マーカーは残っていたからな」
『そうね』
「もし仮に攻略が完了していない状態で姫路透が不登校にでもなったら、命を絶つという結果になったら、櫟井正義はどうかわからんが、藍川楚麻理の性格に正式にくっ付かない可能性は十分ある。
ここまでやって来たんだ。それだけは何としても避けたい」
『まぁ……それなら納得』
ウソつけ。
思いっ切り顔にそれでも不満て描いてあるぞ!
まぁ、トーカは思考情報部のメンバーを気に入ってるみたいだし、それに仇なした姫路をフォローするのが気に入らないってのもわかるけどな。
また読んでいただきありがとうございます!
『初恋強盗』の100話です!!
今回はイジメの解決回!!
好きな人が自分の味方って仮に世界が敵になっても無敵感ありますよね?
この展開は賛否分かれそう。
次回は姫路透の過去回!!お楽しみに!
忌憚ない批評・感想いただけると嬉しいです。




