リーリエ編
どうして?
お父様が連れて行かれて取り調べを受けているの。
屋敷の中は騒然としている。
「ねえ、シエル?シエルはどこ?」
わたしがいちばんのお気に入りのシエルを呼ぶと
「リーリエ様、大丈夫ですか?旦那様が連れて行かれましたが何かの間違いだと思っています」
「そうよね……ライナはわたしのことが気に入らなくて我が家を窮地に追い込もうとしているのよ」
「……わかりません、ライナは一体何を考えているのでしょう……」
「シエル……わたし辛いの、そばに居て守ってね」
シエルの胸に顔を埋めて泣いた。
今までは当たり前にあった毎日がいきなり崩れた。
護衛騎士だった数人のうち二人は辞めてしまった。
残りの三人はまだそばに居てくれる。
シエルは今回の原因でもあるライナと婚約をしている。
わたしがシエルに甘えることでわたしに罪悪感を感じてくれているのかシエルはとても優しい。
彼の胸で泣くと温かくて落ち着くの。ずっとシエルはわたしのそばに居てくれる。
そう、ずっと……
お父様が連行されて数日後、
「ねえ、わたしの食事は?お腹が空いたのだけど?」
メイド達は落ち着かないのか仕事も碌にしようとしない。屋敷はお父様が捕まってから徐々に荒れてきた。
埃やチリが溜まり空気も澱んでいる。
お母様は部屋から出てこようとしない。
「お母様?」何度か部屋をノックするも、
「………一人にしてちょうだい」と返事が返ってくるだけ。
それがさらに数日経つと……
「うるさい!わたしにかまわないで!!」
ヒステリックに叫ぶ声は、あの優しくて優雅で気品のあるお母様からは連想できないほど、怖かった。
ーーそう、そうひたすら怖かった。
部屋にメイドが作ってくれたスープとパンだけの質素な食事を持っていくと、あれだけいつも身綺麗にしているお母様の姿が乱れていた。
髪の毛は櫛で梳くことも忘れてボサボサ、ドレスを着ることも忘れて部屋着のまま。
「お、おか……あさま?」
「あんたなんか産まなければよかった。あんたなんか欲しくなかったのよ。あんたの父親はもうおしまいよ!」
わたしを見る目は澱んでいた。
「出て行け!出て行け!部屋に入ってこないで!」
お母様はわたしに枕を投げつけた。
それから近くにあるクッションや落ちていた服を投げつけてきた。
わたしは急いで部屋を閉めた。
「ハアー」
大きな溜息をついた。
頭の中に出てくるのはライナの太々しい顔。
ーーこれも全てライナの所為よ!
あいつがお父様を罠に嵌めて捕まえたのよ。何も悪いことなんてしていないのに。
裁判をやめさせようとしただけなのに。
当たり前のことなのに。
なんで!!
イライラして指を噛んでいると、周りにいたメイド達がわたしから目を逸らした。
「何よ!可愛いリーリエ様が辛い思いをしているのよ?こんな時くらいもっと仕事をしなさいよ!美味しい料理を作って掃除をして綺麗にしてちょうだい!こんな汚い屋敷で可愛いわたしが過ごせるわけがないでしょう!」
わたしは周りにいた使用人に、きちんと仕事をするように言っただけなのに、みんなビクビクして目を逸らしてわたしのそばからいそいそと離れて行った。
そして……気がつくと使用人が屋敷から少しずつ減ってきているのに気が付いた。
ーーうん?人が少なくなってないかしら?え?勝手に辞めてるの?
イライラする、思わず廊下に飾ってある花瓶を手で払い落とした。
ガッシャーン!!
ーー少しスッキリしてもまたイライラする。
ライナを苦しめたい、泣かせたい、床に跪かせて頭を床に擦り付けて謝らせたい。恥をかかせ馬鹿にして悔しがっている姿を見たい。
なのに屋敷で聞こえてくる話は……
『旦那様がライナを攫うようにバイセン様を脅して命令したらしいわ』
『リーリエ様が名誉毀損で訴えられたらしいの。ライナのところに偽物を売りつけたとクレームを言ったらしいの、本物だったのに。その事を謝りもせずライナに暴力を振るったらしいわよ旦那様』
『ライナは男遊びが多いとか仕事をまともにしないとか噂を流したのってリーリエ様が元凶だと聞いてるけど本当なのかしら?』
ーーなんなのよ!そんな話知らない!わたしは何も悪くないわ。
悔しくて悲しくて、
「シエル、お願い。わたしのそばに居て」
「リーリエ様……本当なのですか?ライナの商会へ行ってクレームを言った事……その時たまたまとは言えライナは怪我を負ってしまったと聞きました」
「ライナ?………そんなことあったかしら?」
わたしはキョトンとして首をコテンと横に倒して不思議そうな顔をしてみせた。
「………では社交界にライナの悪い噂を流させたと言うのは?」
「わたし社交界デビューすらしていないのよ?」
クスクス笑って答えた。
シエルはいつものように優しくわたしを抱きしめてくれようとはしない。
眉を顰め何かを考え込んでいるみたい。
「アマンダやエミリー、キャシー達にも話を聞きました。ライナは本当に仕事をさぼり怠けていましたか?男遊びをしていましたか?貴女に対して横柄な態度をとっていましたか?」
「え?ライナが?何かしたかしら?知らないわ」
ーー知らない、わたしは何も知らない。
ーーだってその時の気分で話したことなんていちいち覚えていないわ!
ライナのことなんて邪魔だから、その時に思いついた事を何度か話したり周りにちょっとだけ嘘ついてライナの悪口を言ってまわらせたりはしたけど、周りが勝手に噂話を広めたのだもの。
わたしは悪くない!
わたしは何もしていないもの。
わたしが気に入ったシエルと婚約したライナが悪いんだもの。
バズール様だってわたしに対して冷たい。それも全てライナの所為よ!ライナさえいなければバズール様はわたしに夢中になるのに。
それにどんなにシエルは誘ってもわたしを抱いてくれない。他の騎士達はわたしが甘えて「抱いて?」って言うと優しい甘い時間を過ごしてくれるのに。
学校でだって男子はわたしに優しい。嫌なことから守ってくれる。
勉強なんて出来なくても優しい先生に甘えれば点数なんて適当に誤魔化してくれるわ。
女子の嫌な態度だって男子は守ってくれる。
男子はいつもそばに居てわたしを守って愛してくれるの。
バズール様だって本当はわたしのことを好きなのよ。なのにライナが邪魔するのよ!わたしの可愛さにバズール様だってわたしを抱きたいはずなのよ。
だってこんな可愛くて守ってあげたくなるわたしを目の前にして愛したいに決まっているもの。
シエルには#本当のこと__・__#を言った。
「わたしは何もしていないわ、どうしてシエルはわたしを信じてくれないの?」
ーーふふこれでいつものシエルに戻るわ。
シエル、貴方はわたしだけを見ていればいいのよ。




