にじゅうはち
「やめろ!シエル」
部屋に入って来て止めたのはここに居るはずが無いバズールだった。
「バズール?」
驚いたけどバズールの顔を見て何故かホッとして、わたしの強張った表情は緩み、安堵のため息を吐いた。
そんなわたしの顔を見たシエルは、眉根を寄せて
「何でお前がうちにいるんだ?」
かなり怒っていてわたしの手を離してバズールに掴み掛かろうとした。
「やめて!シエル」
「なんでいつもライナはバズールを庇うんだ?君は俺の婚約者だ。バズールはただの従兄弟だろう?」
「婚約者なら何でライナのことを信じないんだ?ライナはずっとシエルのことだけを想って動いていただけだろう?」
バズールの言葉にシエルはさらに苛立ちを隠せない。
「バズール、やめて。助けに入ってくれてありがとう。でもわたしはシエルと話したい、お願い、これ以上シエルを興奮させないで」
バズールを恐る恐る見ると、彼は泣きそうな顔で私を見つめていた。
「バズール、わたし……頑張るから見守っていて」
「………わかった…」
バズールは諦めてくれて頷くとシエルの方を見た。
「ライナとちゃんと話して欲しい、一方的に話すのではなく彼女の話を聞いてからミレガー伯爵達のこと判断して欲しい、頼むシエル」
バズールはシエルに頭を下げてくれた。
シエルは苛立ち怒っていた。
「なんでバズールからそんなことを言われないといけないんだ?」
「シエルが知っている話は全てミレガー夫人やリーリエ嬢から聞いた話だろう?それからシエルを好きなライナの同僚達、全てライナに対して悪意を持っている人達なんだ」
「悪意?何故奥様が?」
「俺の父上に昔振られたんだよ、ミレガー夫人は……それにリーリエ嬢は俺に媚を売ってくるのに一切関わらずにいたからね、ライナは俺の従姉妹だしそれに……」
バズールは一瞬言い淀んだ。
「…………まぁ、あとはライナが気に入らないのもあると思う。ライナってこう見えて昔っから男にモテるからね。俺と同じで綺麗な顔しているし頭もいいし、性格もいいだろう?
二人ともそんなライナに嫉妬してるんだと思う。シエルはライナの婚約者だからね、上手くいかないように君に悪口を言って悪い噂を聞かせ続けたんだろうね」
「はあ?奥様もリーリエ様も優しくて良い人達だ」
「ふうん、そんな人達が元使用人であるライナを悪く言うの?」
「それは、それだけライナが酷いことをしたから……」
シエルはそう言って口篭った。
「だったら何故ライナの同僚で仲の良かったメイド達がライナのことを悪く言うんだ?」
「それは雇い主であるミレガー夫人やお嬢様から言われればそう言うだろうしメイド達は面白くなかったんだと思うよ、シエルは人気があったのにシエルはライナのことしか見ていなかったんだろう?女のヤキモチは怖いからね、僻みや妬みも重なるとさらにね」
「奥様達が言わせた?おれはライナしか見ていなかった?」
シエルは少し考え込んでいた。
でも本当にわたしのことしか見ていなければ、わたしが仕事をサボってばかりだとか男好きだとかそんなこと思うわけがない。だってあの屋敷でずっと真面目に仕事だけしかしていなかったもの。
サボってもいない、男遊びなんて絶対あり得ない。
バイセン様はちゃんと見ていてくれた。そのことをわたしが攫われた時言ってくれた。
『ライナ様、貴女は真面目に働いていた、なのに噂を否定出来なくてすみません、職を失うことはできなかったのです』
あの言葉を聞いた時、わたしは嬉しかった、だって辞めてからずっとわたしが反論できないからとは言え、わたしは悪者でしかなかったのだから。
わたしを見てくれていた人がいたんだと知って嬉しかったのだ。
「シエル、ライナともう一度冷静に話して欲しい」
バズールはそう言って部屋から出て行った。
わたしはバズールの後ろ姿をじっと黙って見送った。




