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今夜さよならをします  作者: たろ
第1章
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じゅうなな

「ライナ、婚約解消のことなんだが……」


 お父様に執務室に呼ばれた。


「はい」


「書類は整った。シエルの有責で解消することでシエルの父親の男爵にも納得してもらった」


「そうですか……」


「シエルに一度会うかい?それとももう会わずに男爵に頼みサインをしてもらうかい?」


「………会います。会って聞きたいです……わたしのこと嫌いなのか、噂のことも」


「……噂のことなんだが……ミレガー伯爵家に対してこちらから名誉毀損で裁判を起こす予定だ」


「えっ?」

 お父様の顔を思わず凝視した。


 ーー確かにわたしの噂は社交界にまで広がっている。友人達は心配してくれて最近は屋敷に会いにきてくれている。


「やはりミレガー伯爵家ですか?」


「社交界に流すように言ったのはリーリエ嬢らしい。まだ未成年者だが、親がきちんと教育出来ていなかったのがいけない、ライナに対してのありもしない噂を流したことに対してはきちんと反省してもらわないといけない。それにライナのことを盗人呼ばわりして店内で営業妨害、さらにお前の怪我のことも今更だがきちんと傷害罪として訴えるつもりだ」


「お父様……いいのですか?わたしのせいで商会が矢面に立たされて……商売に影響があるのではないですか?」


「ライナ……すまなかった。すぐに動いてやれずに。わたしが男爵という低い地位にいたせいでお前には我慢ばかりさせた。

 ……本当は陞爵の話がずっと来ていたのだが、あまり爵位に興味がなかったから放っておいた。受ければ受けたでそれなりの地位に見合った行動をしないといけなくなる。商売を中心にするなら男爵くらいの地位が動きやすいしお前が継ぐ時に負担にならないと考えていた」


 ーーお父様が爵位に興味がないことは知っていた。

 それにお父様の資産は多分……その辺の高位貴族よりもかなり裕福なのも知っていた。


 病気が蔓延した時もいち早く他国から薬を仕入れて、病気の流行を抑え込んだのはお父様の手腕だと国王陛下からお褒めの言葉を頂いた。


 平民が安価で小麦を買えるようになったのもお父様が他国と強い繋がりを築いて、安定した小麦を仕入れることができるようになったからだ。


 そんなお父様は何度も陞爵の話が上がるが、わたしが一人娘であること、これ以上の力は必要ないことなどを説明して断ってきた。


 それに高位貴族の方々は男爵でしかないお父様と地位など関係なく親しくしてくださっている。

 きちんとした評価をしてくれている。


 特に今まで不便を感じたことはなかった。


 それでも………『男爵』という低い地位と言うだけで嘲笑うし馬鹿にする人たちもいるのだ。お父様はそんな人達に対して飄々と仕事をしてきた。それでいいと思ってきたらしい。


 でもそれでは大切な娘を守ることが出来ないと強く感じたらしい。


「わたしは地位を上げることにした。それがライナをそして家族を守ることになるのなら。

 だから今回陛下に謁見させてもらって話し合い陞爵させて頂くことになった。伯爵になりミレガー伯爵に対して裁判を起こすつもりだ。……遅くなってすまない。言い訳だがその間に動けることはしたつもりだ。ライナの受けた酷い噂は払拭出来るように証拠と証人は集めた」


 お父様は物凄く怖い顔をして言った。


「絶対に裁判には勝つ、ついでにあそこの家門を地の底に落としてやる」


「お、お父様………ちょっと怖いです」

 思わず本音がポロリと出ると……


「そんな………ライナ……わたしはお前のことが……」

 ショックを受けて落ち込んでいた。


「お父様、ありがとうございます、わたしのためにお忙しいのに動いてくださって感謝しています」


 わたしの言葉になんとか気を取り戻した。



「ところでシエルと会うのにどうしたい?」


「どうしたいとは?」


「あいつはお前の頬を叩いた、それにお前の噂を真に受けるバカな奴だ!ただ会ってサインを書いてもらうだけなんてわたしは許せない。ライナ、いいのかこのままで?」


「……わからないんです、どうしてあそこまでシエルが変わってしまったのか、聞いてみたいんです、ただ……」


「すまない、わたしがムキになっても仕方がないのに。わたしはライナの味方だから、いつでも協力はさせてもらう」


「ありがとうございます」


 お父様の執務室を後にして、我が家の書庫へと行き本を手に取った。


 何か読みたかった訳ではない。でもそのまま部屋に戻りたくなかった。


 椅子に座り本を開いても読む気にはなれずに窓の外を眺めていた。


 幼い頃からシエルとはよく遊んだ中庭の景色が見えた。


 我が家にシエルが来て二人で中庭で探検ごっこをしたり駆け回っていた。

 虫取りもした。

 大きな木に登って下りられなくなって二人で大泣きして護衛の人達が慌てふためいて下ろしてくれた。


 婚約が決まった時は恥ずかしくてシエルの顔を見れなくて……顔を真っ赤にしていると「ライナ婚約者になってくれてありがとう」と優しく言ってくれた。


 いつもデートに誘ってくれてお買い物に行ったり劇を見に行ったりして過ごした。そこには優しい時間が流れていた。


 なのに……気がつけば彼も職場の人達もわたしにとって悪意のある人たちへと変わっていた。


 さらに社交界でもわたしの悪い噂は広がって………


 今わたしはあまり外に出られず屋敷で引きこもっている状態になっている。


 優しい友人達は心配して顔を出してくれる。わたし以上に怒ってくれるユミエルは会いに来るたびに怖い顔をして帰る。

「ユミエルが怒ってくれるからわたしは怒ることを忘れそう」

 と笑いながら言うと


「ライナは甘いのよ!そんな奴らみんな死ぬほど後悔させてやらないと!」

 と、ユミエルの方が酷いことを言われたように代わりに怒ってくれた。


 ーーわたしはそれだけで胸が熱くなってもう十分だった。

 だってわたしの噂に惑わされずにわたし自身を信じてくれる人達がいてくれる。もうそれだけで幸せなのだから。


 シエルももしそうだったら……なんてつい思ってしまうのはそれこそ甘い考えなのかもしれない。


 本当にわたしを愛してくれていたのなら……何があってもわたしを信じてくれているのではないのかしら………そう考えるとわたしは愛されていなかったのだと思った。










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